♢キューティ☆E
謎の集団に遭遇し、よく分からないことを言われた。あれは、TV唱の部下なのだろうか。いや、何となくだが違う気がする。とにかく、今は一刻も早くさららと合流しなければならない。
車椅子を爆速で走らせるキューティ☆Eは、進行方向とは反対側から奇妙な音を聞いた。その音は、徐々にこちらに近づいてくる。
あの集団のボスがやって来たのかと一瞬身構えたキューティ☆Eだったが、音の正体を視界で認識したことで思考が固まった。あれは、さららだ。何故か、さららが変身前の神谷沙羅の姿で、久光織衣のレールによって運ばれている。
止めなければ。しかし、あのスピードをそのまま受け止めてしまえば、反動で沙羅の身体が傷ついてしまう。一瞬の逡巡の後、キューティ☆Eは高速で移動する沙羅と車椅子で並走し、掬い上げるようにしてレールから沙羅を回収することに成功した。
「おい、さらら! いったい何があったんだ? 何故変身を解除している? ナコは見つかったのか?」
抱きかかえた姿勢のまま、沙羅に問いかける。しかし、沙羅からの反応はない。どこか遠くを見つめたまま、心ここにあらずといった様子だった。沙羅らしくない。
「おい、本当にどうしたんだ? 誰かにやられたのか?」
「⋯⋯分かりません。でも、ナコの姿をしていました。あと、ギャシュリーが居ました」
「は!? ギャシュリーは死んだはずだろ!? 何故あいつが生きているんだ?」
どういうことだ。ギャシュリーが生きていた? ナコの姿をしていた? まったくもって意味が分からない。つい、沙羅を問い詰めるような形になってしまう。それがいけなかった。
「⋯⋯分かんないですよ!! ボクがっ、なんでも知ってると思わないでくださいよ!!」
抱きかかえていた義手をばしっと叩かれる。その力はとても弱弱しいものだったが、その悲痛な声色に衝撃を受けた。沙羅がここまで声を荒げたのは、奈子が廃人同然となってしまったあの時以来だ。
「ギャシュリーがなんで生きているかなんて分からない! ナコの身体が今どうなっているかも分からない! どうして皆ボクに期待するの!? ボクは、ボクはそんなに大した人間じゃないのに!!」
そんなことはない。そう反論しようとして口を閉じた。今、キューティ☆Eの目の前にいるのは強くて頼れるリーダーであるさららではなかった。無力さに打ちひしがれるどこにでもいる普通の少女が、そこには居た。
人間体の沙羅は長身だが、涙目でこちらの肩を掴んで揺さぶる姿は、酷く小さく見えた。ああ、知っていたはずじゃないか。沙羅は、自分よりも明らかに年下だ。そんな沙羅に、自分は今まで頼り切りだった。その強さに寄りかかってしまっていた。
「ホントはリーダーなんてしたくなかった! 危険な目にあうのは嫌だし、痛い思いをするのも嫌だった!! ずっと、ずっと、仲間たちといっしょに居られたら、ボクは、それだけでよかったのに⋯⋯!!」
沙羅の魂の叫びは続く。今まで抑え込んでいた思いが、一気に決壊してしまったのだろう。キューティ☆Eは、たまらず沙羅を抱きしめていた。沙羅の身に何が起こったのかは、今は分からなくてもいい。大切な仲間の心が壊れそうな時に支えられない魔法少女なんて、言語道断だ。
胸に顔をうずめ、泣きじゃくる沙羅の頭を優しく撫でる。今ばかりは、体温が伝わらない義手と、そこまで大きくない胸が憎たらしい。キューティ☆Eが敬愛していた先輩ならば、もっと上手に沙羅の心を癒せたはずだ。
どれくらいの時間が経っただろうか。時折聞こえる司会の声だけが、正確な時間を知る手がかりだ。もう少しで、クラッシュライトの出番だ。本来なら自分たちも動かねばならない。しかし、キューティ☆Eには沙羅を放って向かう選択肢はなかった。頼れる魔法少女はたくさんいる。最悪、自分たちが居なくても何とかなるだろうと思っていた。
もぞりと、これまでずっと声を上げて泣いていた沙羅が、キューティ☆Eの腕の中で身じろぎした。そして、腕の中から抜け出した沙羅は、袖で目元を拭う。ずっと泣いていたせいで目元は腫れていたが、もう沙羅は泣いていなかった。
「⋯⋯あ、ありがとうございます。おかげで、少しだけ、落ち着きました」
「⋯⋯無理することはない。お前は今変身できないんだろう? 休んでいても誰も文句は言わない」
そんなことを言いつつも、キューティ☆Eは沙羅がどんな返事をするか予想できていた。泣き腫らした瞳には、確かな意志が宿っていたからだ。
「⋯⋯いえ、ダメです。人手は一人でも多い方がいい。ナコのことは、とりあえず今は後回しにして⋯⋯最悪の未来を、阻止しに行きましょう」
ああ、やはり沙羅は強い。その強さは、魔法少女に変身できなくても変わらない。でも、キューティ☆Eはもうその強さに頼り切ることはしない。隣で立って、支えるのだ。もう二度と、沙羅の心が折れて涙を流さないように。
この心臓が動く限り、永遠に。キューティ☆EはNoNameのメンバー皆の心を守る、護衛隊長だ。
♢ギャシュリー
「随分と呆気ない幕切れでしたね。⋯⋯どうしましたギャシュリー? もうここに用はありません。帰りますよ?」
ギャシュリーをここに連れてきた魔法少女、ジェーン・ホワイトが呼び掛けてくる。しかし、ギャシュリーはまだここに用があった。それに、正直ジェーンはあまり好きではない。仲間の魔法少女が居なかったら、イチゴジャムにしたいくらいだ。
「えっと、先に帰ってて。私、もうちょっとここで遊んでから帰るから」
だから、ジェーンにはそう答えた。ホントは、ジェーンの元に帰るつもりはなかったけれど。ギャシュリーの思いを知ってか知らずか、ジェーンは数秒ほどこちらをじっと見つめたかと思えば、何も言わず後ろを向いて歩きだした。
ジェーンが懐から一冊の本を取り出しページを開くと、空間にゲートのようなものが出現する。その中に入っていったジェーンと、イニミニマニ・モニカはどこかへと消え去ってしまった。残されたのは、ギャシュリーと、それから、四肢をもがれて血まみれで這いつくばる、久光織衣だけ。
ギャシュリーは、ジェーンたちの姿が完全に見えなくなったことを確認すると、ぴょいっと両足でジャンプして久光織衣の顔の前に移動した。そして、そのままこてんと横に寝転がれば、地面に伏せる久光織衣の顔と目が合った。
「ねえねえ、まだ生きてるよね? ちょっと息してるもんね?」
「⋯⋯うる、せぇ。殺すなら、早く殺せよ、クソ、が」
息絶え絶えという様子だったが、思った通りまだ久光織衣は生きていた。もしかしたらジェーンたちも気づいていたかもしれないが、こうやってお話ができるようにわざと生かしておいたのだ。この魔法少女には、死ぬ前に聞いておきたいことがあった。
「ねえ、なんであのお姉さんを逃がしたの?」
「言った、だろうが。あいつを、殺していいのは、私だけだって⋯⋯」
「嘘はやめてよ。どうせ死ぬんだからさ。本当の、貴女の気持ちが知りたいな」
嘘は分かる。独特の匂いがするから。ギャシュリーは嘘は嫌いだ。嘘つきは悪人の始まりだって、誰かも言ってた。誰が言っていたかは、思い出せないけれど。
久光織衣は、もうすぐ死ぬ。絵本を見なくてもわかる。ギャシュリーが分かるくらいだから、本人も分かっているのだろう。だからだろうか、久光織衣は本当の気持ちをギャシュリーに教えてくれた。
「⋯⋯目が。目が、綺麗だったんだよ。髪も、凄く綺麗で。それなのに、滅茶苦茶強かったんだ⋯⋯」
「そっか。じゃあ、一目惚れだったんだ」
「⋯⋯そうか。そう、だったんだな。だから、あの日から、毎晩、夢に見てたのか。勝って、私のもんに、したかったんだ。こんな、時に、自分を殺した奴に言われて、気づくなんてな」
「気づかないまま死ぬよりは、幸せだと思うよ?」
ギャシュリーがそう言うと、久光織衣は少し驚いたように目を開いて、それから、小さく笑みを浮かべた。口元に手を当ててみると、息は既にしていなかった。久光織衣は、死んだ。
ギャシュリーは、目の前で死んだこの魔法少女が、無性に羨ましく思えた。ここに連れてこられたはいいが、ギャシュリーはずっと何かが足りないと感じていた。ギャシュリーにとって大切で大好きなナニか。でも、それはもうどこにもないのだということも同時に理解した。
さららという魔法少女は、ギャシュリーは既に死んだはずと言っていた。たぶん、ギャシュリーが連れてこられたこの世界ではもう、ギャシュリーの大好きなものはギャシュリーと一緒に死んでしまったのだろう。それはもう二度とギャシュリーが手にすることは出来ない。死んだら皆、イチゴジャムと砂糖菓子になる。砂糖菓子はいつか溶けてなくなってしまう。
ギャシュリーは、久光織衣の死体の周りに視線を向けた。そこには、砕けたレールの金属片が散らばっている。その一つを手に取ったギャシュリーは、その鋭利な先端を、久光織衣の顔に押し当てた。何故か、こうしなければいけないと思った。
ゆっくりと、丁寧に顔の皮を剥ぐ。そして、血まみれのそれを、自分の顔に押し当ててみる。べたっとして気持ち悪いが、血のお陰でうまいことくっついた。これなら、しばらくは剝がれないだろう。
「うん、これで、貴女の大好きは、私の大好きになったね」
ふと視線を落とすと、顔の皮を剥がすときに置いた絵本のページが捲れていた。そこには、顔の皮を剥がされた久光織衣と、その顔の皮を被るギャシュリーの姿が描かれている。ならばきっと、これも運命だったのだ。
宝物の絵本を拾いなおし、ギャシュリーはスキップで廊下を駆ける。新しい大好きに、自分の全てを捧げるために。