♢
『会場左手から入場するのは、いきなりの『魔王塾卒業生』!! シード権が与えられなかったからと油断するな? こいつが動き出したら誰にも止められない!! “暴走特急”久光織衣~~!!!』
TV唱のノイズ交じりの口上を聞きながら、久光織衣は戦いの舞台へ足を踏み入れる。ローラースケートを履いた足取りは軽やか。駅員風のコスチュームの裾と、くるんとカールした特徴的な付け髭を風に揺らし、颯爽と現れた久光織衣であったが、内心はかなり荒れ狂っていた。
まず、自分にシード権が与えられなかったことが納得いかない。魔王塾卒業生でシード権を貰えていないのは、自分のほかにあと一人だけ。何故だ。久光織衣はこの大会に参加している面子の中では一番速い自信がある。速いは正義。速いはカッコいい。ゆえに速いは最強なのだ。そんなこと、小学生だって理解している。足が速い男子がモテるのがその証拠だ。
次に、大会参加者の中に久光織衣因縁の相手、さららがいなかったこと。これは本当にムカつく。一度抗議をしに行ったが、その時スタッフとして会場に居たさららにまたしてもしてやられてしまった。そのせいでシード権をはく奪される羽目になり、より一層さららへの憎しみは増した。
さららとの因縁は、久光織衣がとある犯罪魔法少女集団にちょっかいをかけに行ったことから始まった。久光織衣は、魔法の国に所属していない、フリーランスの魔法少女だ。たまに悪そうで強そうな魔法少女をボコって捕まえることで生計を立てている。ついでに、その悪そうなやつらを捕まえに来た魔法少女もボコってやることで、相手との格の違いを見せつけ悦に浸るのが久光織衣の趣味だった。
しかし、その日いつものように嬉々として相手をボコそうとした久光織衣は、その自慢のスピードを発揮する前に髪の毛で全身をぐるぐる巻きに縛られ袋叩きにされ、逆にボコられる結果となってしまった。
屈辱だった。そもそも、こっちが何かしようとする前にいきなり拘束してくるなんて卑怯じゃないか? 絶対、スピードに乗った久光織衣ならばさららに負けることなどなかった。だから、あれは敗北ではない。次戦えば、絶対にさららに勝つことができるはずだ。
だからこそ、この大会でさららと戦えることを楽しみにしていたというのに。まさか、選手ではなくスタッフ側にいるとは予想外だった。しかし、この会場に居るならば、どこかで戦いの舞台に引きずり出す機会はあるだろう。その時こそ、はっきりとどちらの方が強いか白黒つけるのだ。
⋯⋯あの日以来、毎日夢に見る、あの虹色の瞳。ぐるぐると渦巻くあの瞳に見つめられる悪夢から覚めるためにも、久光織衣はさららに勝たなければならない。
『続きまして、会場右手から入場するのは、カミーラ選手!! 折り紙に命を吹き込む魔法を使うと聞いております!! 果たして、どのような戦いをみせてくれるのでしょうか~!?』
正面に立つ対戦相手は、和紙で出来たゴシックドレスを纏った、金髪の魔法少女だ。奇しくも、漢字違いだが同じ“かみ”を使う相手。さららとの前哨戦にはぴったりだろう。
『両者ともに入場終わりました!! 試合開始のゴングが鳴ると同時に、戦闘開始となっております!! 解説の茶田千代さん、あなたはどちらが勝つと予想しますか?』
「えっと、そうですね⋯⋯。私の恋人の調べによりますと、久光織衣選手は魔法の性質を活かしたスピーディーな戦いを得意とするそうです。対するカミーラ選手は、折り紙を使ったトリッキーな戦術が得意だとか。この戦い、どちらがより自分の強みを相手に押し付けられるかが鍵になりそうです。個人的には、カミーラ選手が勝つんじゃないかな~って思ってます。⋯⋯あの人、さららに負けてたし」
オーケー。分かった。解説の茶田千代とかいう奴。あいつもぶっ殺リストに登録しておこう。
舐め腐った解説をした茶田千代とやらは確か、さららの仲間の1人だったはずだ。最後にぼそっと付け加えたらしい言葉、ばっちりマイクに拾われて聞こえている。
「あらら、あなた、さららとかいう魔法少女に負けたんですの? 私、さららという魔法少女は知らないんですが、そんな無名な魔法少女に負けるなんて、案外魔王塾卒業生とやらも大したことないのね」
それはもちろん目の前の対戦相手も同じで、思いっきり久光織衣のことを煽ってきた。⋯⋯確か、名前はカミーラとかいったか。死なない程度にぶっ殺してやる。
『いや~、ナイスな解説です茶田千代さん!! それでは、あまり待たせても悪いですのでいきましょう。試合、開始ぃぃぃ!!』
TV唱の宣言と共に、ゴングが鳴らされる。瞬間、久光織衣は地面に手をつき、舞台全体にレールを張り巡らせた。
「
久光織衣の魔法は、『どこにでもレールを敷けるよ』だ。言葉通りにどんな場所にもレールを敷くことができ、さらに、久光織衣はそのレールの上に乗る限り、半永久的に加速し続ける。
ローラースケートの車輪部分をレールに乗せ、走る。カミーラとの距離は2m程度。最高加速には程遠いが、これくらいの距離でも亜音速に迫る勢いでの加速はできる。
すれ違いざまに放った蹴りは、カミーラの羽織る折り紙で出来たマントによって防がれた。カミーラは、マントを翻すと同時に、そのマントを素早く折りたたみ、巨大な鶴を完成させる。
「飛びなさい、鶴太郎!」
そこそこ残念なネーミングセンスで名付けられた折り鶴は、くえーっと一鳴きし、カミーラを乗せ宙を舞う。地上戦は不利と見て空中に逃げたか。しかし、問題ない。久光織衣の魔法は、文字通り
「
技名を声に出し、空中に敷いたレールの上を翔け、カミーラへと迫る。まさか空中にもレールを敷けるとは思わなかったのだろう。焦った表情を浮かべたカミーラが、折り紙で大量の手裏剣を作って投げてくる。
久光織衣は、そのすべてを余裕をもって回避した。何せ、いまだ加速は続いている。これくらい回避するのは訳ない。地面に刺さった手裏剣を見るに、魔法で強度が上がっているようだが、当たらなければどうってことは無い。やはり速さだ。速さこそがすべてを凌駕する。
圧倒的な速度に任せてぶつかれば、折り鶴の羽根には大きな穴が空き、その上に乗っていたカミーラごとバランスを崩して地上に落下する。
「助けて、ぴょん吉!!!」
しかし、地面に激突する前にカミーラは懐から折り紙で作った巨大なカエルを召喚し、クッションにすることで衝撃を緩和させてみせた。こちらを睨み上げる表情からは、闘志は消えていない。そんなカミーラに対し、先ほどのお返しとばかりに空中にレールで『ざ~こ♡』と書いてやると、わかりやすいほど青筋を立てて怒りだした。
「いいでしょう! そこまで私を馬鹿にするならば、全力で叩きのめしてみせます!! 千羽鶴よ、あの生意気な奴を線路ごと飲み込んでしまいなさい!!」
カミーラがこちらに向けビシッと指をさす。すると、カミーラの纏っていたコスチュームがパラパラと大量の折り紙へと変わり、それがたちまちにして鶴へと姿を変える。一匹一匹は先ほどの巨大鶴ほどの大きさはないが、意志を持った千羽の折り鶴が群れを成せば、それはかなりの迫力を出していた。
「⋯⋯さすがにあの中に突っ込むのは危ないか。まだ温存する予定だったけれど、せっかくだから見せてやるよ!!」
久光織衣は、指で輪っかを作り、その輪の内側にレールを敷く。そして、ポケットからコインを取り出すと、レールの上に乗せ、加速を乗せていく。
指に敷いたレールは、小さい分加速が乗るのが速い。あっという間に音速を超え、さらに加速。たちまちにコインの動きは肉眼で追うのが不可能な速さへと到達した。
「行きなさい、千羽鶴!!」
カミーラが、千羽鶴へ号令をかけ、久光織衣の元へと向かわせる。津波の如く押し寄せてくるその鶴の大群に動じることなく、久光織衣は指の輪っかを解き、拳銃の形にしてその押し寄せる鶴の大群へと銃口を向けた。
「
加速を極め、超音速まで到達したコインが、衝撃派を纏って放たれる。その一撃は、鶴の大群を一瞬にして突破し、その先に居るカミーラの肩を貫いた。
そのままコインは地面に激突し、轟音と共に衝撃を産む。その衝撃に巻き込まれ吹き飛ばされたカミーラには、既に意識はなかった。
「は、早すぎて何が起こったか全然分かりませんでした!! しかし、倒れているカミーラ選手に対し、余裕の表情で宙を駆ける久光織衣選手!! これは、勝負は決まったのではないでしょうか!?」
『どうやらそのようですね!! 第一試合、久光織衣選手の勝利です!! 皆さま、盛大な拍手で勝者を称えましょう!!』
解説の茶田千代と司会のTV唱の声を聞き、ようやく決着がついたことを理解した観客から、わーーっ!!という大きな歓声が沸き上がる。
その歓声に手を振ってこたえながらも、久光織衣の心は満たされることはない。そうだ。これはあくまで通過点。さららを倒さなければ、なんの意味もない。
対戦相手も、因縁の相手もすべてなぎ倒し、久光織衣が一番だと証明する。魔王の後継者の肩書など、正直どうでもいい。久光織衣は、そのために今ここに居るのだ。
久光織衣は、勝利の余韻にそれ以上浸ることはなく、結局最後まで止まることのないまま、レールを出口まで伸ばし、戦いの舞台を後にするのであった。