魔法少女育成計画shadow fight   作:赤葉忍

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"麗しき貴婦人"

♢Dr.ヤニー

 

 張手山一発が右手を突き出したのを見て、身体を右方向に傾ける。すると、顔のすぐ横を突風が通り過ぎていき、客席の一部が破壊された。しかし、その近くでDr.ヤニーの煙を吸って眠っている観客には全くダメージが入っていない。その大雑把な魔法と外見からは想像できないほど繊細なコントロールだ。

 

 だが、それは張手山一発が観客のことを考え力をセーブしている証拠であり、Dr,ヤニーにとっては大きなアドバンテージであった。余計な死者は出したくはないが、最悪巻き込んでも構わないと考えて戦っている自分と全力を出し切れない張手山一発とでは、おそらく自分が勝つ。

 

 試しに、張手山一発の近くにいる観客に向け鞭を振るえば、張手山一発は観客を庇うようにして自らの身体を前に出し、鞭の攻撃を両腕で受け止める。その両腕には既にいくつも鞭の痕が付いており、そこから血がポタポタと下に落ちている。

 

「⋯⋯眠っている患者を鞭で狙うとは、随分と酷いお医者様ですの。慰謝料請求いたしますわよ?」

 

「今さら何を言われようとも構わねぇさ。俺は、藪医者だからな!!」

 

 再度鞭を振るえば、今度は張手による衝撃派で防がれた。しかし、明らかに先ほどまでに比べ動きが鈍くなっている。いくら煙を吸わないように気を付けていても、生きている限り呼吸は必ずする。そして、戦闘で激しい動きをすれば呼吸も激しくなり、どんどん煙を吸い込んでいってしまう。さらには、傷口からも煙の成分は着実に張手山一発の身体に取り込まれていっているだろう。

 

「諦めな、張手山一発。この状況じゃああんたに勝ち目はないよ。お仲間と一緒にすやすや眠っててくれ。そうすれば、じきにすべて終わるさ。うっかり屋さんの仲間と組んじまったあんたの運を呪うことだね」

 

「ええ、あのうっかりお嬢様には後でしっかりお仕置きしておきますの。それはそれとして、その言葉には頷くことはできないですの。何故ならば、幸運とは、浪漫とは自分の手で掴み取るものなのですから!!」

 

 張手山一発はそう言うと、右足を大きく持ち上げ、力強く四股を踏んだ。同時に、張手山一発を中心に土俵の形をした陣が形成される。

 

「おいおい、正気かよ」

 

 Dr.ヤニーは思わず驚きの声を漏らす。あの魔法は、発動すれば一撃を放つまで動くことが出来ない諸刃の刃。まさか、この状況で発動するとは思っていなかった。一瞬何かの罠かと警戒するが、その間にも張手山一発は四股を踏み陣を広げ始めていたので、迷いを振り払い鞭を振るう。

 

 的確に急所を狙い振るう鞭は、着実に張手山一発にダメージを与えている。しかし、張手山一発は四股踏みを止めない。ならばと膝を重点的に攻撃する。

 

 土俵型の陣がDr.ヤニーの元まで伸びてきたタイミングとほぼ同時に、重点的に攻撃を加えていた張手山一発の右足が千切れた。が、張手山一発は倒れない。膝から下がない状態で絶妙なバランス感覚を保ち、最後の四股を踏むと、右手を前に突き出した。

 

「”一発(インパクト)”!!」

 

 陣が縮むと同時に、身体が張手山一発の方へと引き寄せられる。そして、放たれた一撃はこれまでの牽制で放っていたものとは比べ物にならない威力と衝撃。避けきれず、Dr.ヤニーの右半身が持っていかれる。さらには、この威力でもちゃんと観客を巻き込まないよう計算されていたようで、やや上向きに放たれたことで後方への被害はほぼ0だった。

 

 やはり、張手山一発は強い。その精神力も実力も、魔法少女の中でも上位だろう。しかし、相手が自分なのが運がなかった。

 

「⋯⋯悪いねぇ。これくらいの傷なら煙草の灰で治せるのさ。俺を倒すなら、殺すつもりでその一発を撃つべきだったね」

 

 煙草の灰を吹き飛んだ右半身に当てれば、肉が盛り上がり再生を始める。見た目はややグロテスクだし痛みはあるが、これで張手山一発の渾身の一撃は無効化した。そして、対面する張手山一発はダメージの限界を迎えたのか、うつ伏せで倒れていた。だが、その顔は決して伏せられることなく、こちらをまっすぐに見上げている。

 

「それくらい、最初から知ってますの。どうやらこの賭け、あたくしの勝ちのようですの」

 

 ⋯⋯負け惜しみか? いや、この表情は決して負け惜しみではない。いったいどういうことだ。

 

 突然、後頭部にこつんと何かが当たった感触がした。慌てて振り返ると、そこには見覚えのない老人が立っている。どうやら、先ほどの衝撃は老人が持っている杖で殴ったものだったようだ。何故か血まみれの老人は、目を吊り上げて怒りの声をあげた。

 

「おい、この煙は貴様の魔法か! まったく、さっき叩き起こしてやった魔法少女といい、お前らはホントに碌なことをしないな! 儂は早くこの趣味の悪いマスクを脱ぎたいんだ。さっさと煙を出すのを止めろ!!」

 

 その時になってようやく、Dr.ヤニーは老人が金ぴかのマスクで口元を覆っていることに気づいた。同時に、Dr.ヤニーの耳に、やたら大きな高笑いが聞こえてくる。

 

「おーほっほっほ!! 煙も高性能ガスマスクで無効化してしまえば怖くないですわね! そしてこれでとどめですわ! “黄金時代(ゴージャス・エイジ)”!!」

 

 ドレスを翻しながら颯爽と登場したゴージャス麗麗麗が、技名を叫びながら煙に触れる。すると、煙は一瞬にして金粉へと変化し、あたり一面をキラキラと埋め尽くす。その光景に、こんな状況下でありながら、つい見とれてしまった。

 

 思い出すのは、過去の記憶。まだ幸せだったころの思い出。最愛の人と二人で見たイルミネーションの煌めき。今はもう決して見ることの叶わない、永遠に失われた輝き。

 

 隙だらけのDr.ヤニーに近づいたゴージャス麗麗麗が、その煙草に触れると、煙草は煙の出ないタイプの電子タバコに変わった。魔法のアイテムさえも一瞬で変化できるのか。これでは、もう勝ち目はない。一度変身を解除すればまた煙草を出せるだろうが、その隙を見逃してはくれないだろう。Dr.ヤニーは抵抗することなく、ゴージャス麗麗麗の取り出した金の鎖によって拘束された。

 

「ふー、これで一安心ですわね! ところで張手山一発、貴女それ大丈夫なんですか!? 滅茶苦茶怪我しているじゃありませんの!!」

 

「滅茶苦茶いてーですの。まあ、そこに居る藪医者さんの煙草奪えばたぶん回復はできるはずですの。それ、変えたものは元に戻せますの?」

 

「当り前ですわ!! 少々お待ちになって!!」

 

「おい、元凶は掴まえたのか? ならこの血まみれの服を早く何とかしろ!!」

 

「お爺様は少しお黙りになって!!」

 

 目の前でわちゃわちゃと騒ぐ三人を見て、不思議と笑みがこぼれる。あの老人の服が血まみれなのは、おそらく張手山一発の一撃で飛ばされたDr.ヤニーの右半身の肉片のせいだろう。この老人は、Dr.ヤニーが煙で観客を眠らせる前に確か張手山一発の手で気絶させられていた。あの時は張手山一発の周囲に煙を集中させていたこともあって、肉片が当たり目覚めた老人はゴージャス麗麗麗を叩き起こすことが出来たのだろう。おそらくこれを計算していたであろう張手山一発の頭脳と、ゴージャス麗麗麗の魔法の性能を見誤ったDr.ヤニーの完敗だ。ここまで見事にしてやられると、逆に面白くなってくる。

 

「⋯⋯TV唱。あんたの計画、失敗するかもしんねぇな」

 

 ぽつりと漏れた独り言に、反応する者はいない。TV唱の計画は完璧だと思っていたが、こんな常識外れの連中が相手なら、敗北もあり得るかもしれない。もしTV唱が敗北すればどうしようか。少し前までは自死することも考えていたが、死ぬのはもう一度あのイルミネーションを見てからでもいいかもしれない。静かに目を閉じたDr.ヤニーの瞳からは、一筋の涙が流れていた。

 

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