♢TV唱
ときんちゃんが死んだ。直接視認したわけではないが、取り付けていたセンサーから生命反応が消えてしまっている。割と長い付き合いの相手だったが、死んでしまったモノはどうしようもない。切り替えていこう。
ときんちゃんが殺した魔王塾卒業生は2人。可もなく不可もなくといったところだ。しかし、元の計画通りクラッシュライトは確保できた。完全な精神崩壊とまではいかないが、間近で人が殺された場面を見てショックを受けている。この状態ならば奥の手は発動できる。
「護、準備はいいかい?」
「⋯⋯はい、お嬢。いつでもいけます」
TV唱の呼びかけに答えるのは、毒電波で洗脳を施したシャドウゲールだ。ぼーっとした様子の彼女は、TV唱を自らの主であるプフレだと思い込んでしまっている。何とも間抜けな奴だ。しかし、こんな間抜けも魔法だけは使える。TV唱のこの奥の手を使うには、シャドウゲールの魔法が必要不可欠だ。
「そうか。では、
二重の意味を込めて、シャドウゲールの背中を押せば、うぃーんと音を立てて装置がシャドウゲールを頭上へと押し上げていく。さあ、後は奥の手がうまくいくのを安全地帯から見守ろう。これから起こる惨劇に胸を躍らせ、TV唱は棚からポップコーンを取り出して摘まみ始めるのだった。
♢張手山一発
張手山一発は、すぐに異変に気が付いた。観客席、いや、この会場全体が揺れている。何かがおかしい。怪我は既に治った。不測の事態に備えて既に四股は踏んでいる。四股踏みでだいぶ陣が大きく広がったタイミングで、急に辺りが暗くなった。咄嗟に頭上を見上げた張手山一発は、思わず目を見開く。
先ほどまで結界はあれど見えていた太陽の光が、隠れてしまっている。この闘技場全体が、まるで貝のように閉じようとしていた。
「どどど、どうなってますの~!? このままじゃ、わたくしたち全員ぺしゃんこですわ~!?」
張手山一発と同様に異変に気付いたゴージャス麗麗麗がパニックになって叫んでいる。Dr.ヤニーは、このことを知っていたのか諦観した様子で閉じ始めている頭上を見上げていた。
さあ、どうするべきか。TV唱はおそらくこのまま全員を閉じ込めて押しつぶす気だ。破壊するだけならば、できる自信はある。張手山一発の全身全霊をかけた一撃ならば、結界ごとぶち抜いて穴を空けられるはずだ。しかし、それでは観客約2000人全員を助けることは出来ない。何かいい策はないか。考えながらも四股を踏むのはやめない。何故ならば、自分のこの
「ゴージャス麗麗麗さん!! 観客を全員、舞台の上に落としてください!!」
突然、舞台の上から誰かの声が響き渡る。そこには、いつの間にか見慣れぬ成人女性が立っていた。かなり整った容姿だが、見覚えはない。しかし、周りにキューティ☆Eやら洒落亭流音が居て、聖マリア0.01とガムシャもその女性の指示を受けて何やら準備を進めている。それならば、信じる価値はあるだろう。
「わ、分かりましたわ! それならばなんとかできます!!
そう判断したのはゴージャス麗麗麗も同様だったようで、その指示を受けて即座に両手を天高く掲げた。それと同時に、観客を救出する際ついでに触れていた座席が一斉に、ジェットコースターへと変化してクラシックを奏でながら舞台中央に進み始める。一度触れればどうやら時間差で高価な物体へ変化も可能なようだ。
そして、舞台の中央には、巨大なガムで出来た風船と、その上にマリアの膜が張られている。なるほど、そういうことか。作戦は理解した。そして、自分のこれからすべきことも。
「さあ、貴女たちも早くいきますわ⋯⋯ぶへっ!?」
こちらに手を伸ばしてきたゴージャス麗麗麗の鳩尾を、四股踏みを途切れさせないよう気を付けながら肘で打ち、発射するジェットコースターの上に乗せる。ゴージャス麗麗麗はどうやらDr.ヤニーも一緒に逃がそうとしていたようで、Dr.ヤニーの拘束は解けていたが、ジェットコースターに乗ることは無く、かといって張手山一発の邪魔をするわけでもなくじっとこちらを見つめていた。ならば、こちらから手を出すこともない。張手山一発には大事な役目が残っている。
「⋯⋯張手山一発さん、天井に穴を空けてください!!」
ゴージャス麗麗麗に指示を飛ばした人物と同じ声が聞こえてくる。先ほどとは違い声に躊躇いが感じ取れるのは、この指示を出す意味を理解しているからだろう。そう、もし張手山一発が結界を壊して穴を空けたとしても、それを実行した張手山一発だけは脱出することが出来ない。そんなの、最初から分かっている。分かったうえで、四股は踏み始めていた。
「承知ですの!! あのムカつくTV唱をあたくしの代わりに、ぶっ飛ばしてくださいですの!!」
だから、躊躇いを吹き飛ばすように、大声で叫んでやった。TV唱は随分と念入りに計画を立てている。厄介な奴だ。ムカつく奴だ。そんなTV唱の計画を、張手山一発の張手一発で吹き飛ばして、死ぬはずだった観客全員を救出し、さらには魔王塾卒業生の同志たちも外に出せたとなれば、最高に気持ちがいいではないか。あのにやけ面のマスメディア野郎に一泡吹かせてやりたい。その顔を拝めないのは残念だが、嗚呼、そうなればなんと素晴らしい浪漫だろうか。
足元の陣は既に観客席全域を覆い尽くすくらいには広がった。あとは、タイミングが重要だ。
観客を乗せたジェットコースターがガムと膜で作られた即席の巨大トランポリンの上に乗り、大きく跳ねる。それを確認し、張手山一発は正真正銘最大の一撃を放った。
「
最後の四股を踏んだ足が、真っ赤に燃え上がる。張手山一発の生命エネルギーを燃え尽きるまで燃やし、膨らますことで放たれた一撃は、超新星爆発にも匹敵するほどの衝撃となり、天井へとぶつかった。
その桁違いの威力に、普通は破壊不可能なはずの魔法の結界が音を立てて壊れ、空いた穴から観客たちが一斉に外へと飛び出す。その様子を、全身が燃えながら見つめていた張手山一発は、朦朧とする意識の中で聖マリア0.01とガムシャの姿を捉えた。
あの2人だけ、トランポリン作成のためにまだ外に出ていなかったのだ。観客たちに続いて2人も自分たちの作ったトランポリンに乗って跳びあがるが、張手山一発が空けた穴は既に閉じ始めていた。
ダメだ。間に合わない。嫌だ、あいつらまで自分と一緒に死なないでくれ。
「⋯⋯世話がかかる患者だ。ほら、お前ならもう一発、いけるだろ?」
耳元で声が聞こえ、燃え尽きたはずの腕が再生していく。Dr.ヤニーが燃え上がる身体を後ろから抱きしめ、支えてくれていた。足はもう完全に燃え尽きてしまったが、腕が再生した今ならば、もう一発くらいは撃てる。いや、撃ってみせる。
「
張手を撃った瞬間、全身が弾け飛んだ。その爆発に巻き込まれたDr.ヤニーは吹き飛ばされ、座席の無くなった観客席痕で仰向けに倒れこんだ。張手山一発の肉体はもう消し炭となってしまい消えている。その灰が舞う中で、Dr,ヤニーは新たに空いたわずかな隙間から、聖マリア0.01とガムシャが外に飛び出すのを見た。
「⋯⋯確かに見届けたぜ。お前の命の煌めき。随分と激しくてロマンチックなイルミネーションだ。旦那に、いい冥土の土産話ができたぜ」
全身についた火を煙草に移し、ふぅと息を吐く。直後、Dr.ヤニーの身体を閉じられた闘技場が挟み込んだ。
こうして、闘技場内に存在する生命体は、そのほぼ全てが消え去った。残るのは、動力源として奥深くに眠らされているクラッシュライトと、魔法で改造した闘技場を動かす役割を担わされているシャドウゲールだけ。⋯⋯TV唱の想定では、本来それだけのはずであった。
「⋯⋯
「こ、怖かったよレンダ~!! で、でも、潜入したはいいけれど、皆は大丈夫なの!? あの高さから落ちたらひとたまりもないんじゃ⋯⋯。ほら、さららとか今変身解けてるみたいだし!!」
「そちらも問題ありません。既にスケジュールに記載済みです。私たちは、この後に備えて準備を進めましょう」
戦いの様子を逐一放映していたメインモニターなどを管理していたモニタールーム。そこへ潜入していたレンダと茶田千代の2人は、まだ生きているカメラの一つをハッキングして、外の様子を伺う。
想定外の事態は起きつつも、計画は順調に進む。TV唱の宣言した奥の手は、ここからが本番であった。