♢TV唱
「何かしようとしていたみたいですが、甘いですねぇ。私は既にときんちゃんから1周目にあった出来事はだいたい伝えられているんです。洒落亭流音、貴様を警戒するのは当然でしょう」
モニターを眺めながらにやりと笑みを浮かべ、コーヒーを一杯飲み干すTV唱は、この戦いを観戦気分で眺めていた。唯一TV唱の魔法を上回る危険のあった洒落亭流音の喉は潰した。心臓も光線で撃ちぬいたので、直に死ぬだろう。
しかし、その余裕は、洒落亭流音がよろけながらも座布団の上に座ったことで崩れ去る。画面の向こうで、空間が歪み、洒落亭流音が魔法で造り上げた高座へと上がった。その正面の観客席に、TV唱の自信作の巨大ロボが無理やり座らされる。
「⋯⋯はっ! どうやらまだやる気のようですが、声の出ない落語家なんぞ恐るるに足りず! 私の報道でお前の舞台をぶち壊してやりますよ!!」
一瞬動揺したが、先ほど喉を撃ちぬいた光線によって洒落亭流音は声を出せないはずだ。ならば、こちら側から公演中止を報道してしまえばあの魔法で造り上げた空間も消し去るはず。そう判断してマイクに顔を近づけたTV唱の耳に、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。
『えー、ただいまより演目、「時ソバット」を開始いたします。公演中はお静かに。録画、撮影等も固く禁じております』
どういうことだ。洒落亭流音は喋れないはずだ。⋯⋯いや、違う。これは洒落亭流音の声ではない。この声は、試合中何度も聞いた声だ。
『なお、本日洒落亭流音さんは現在声が出せない状態にあるため、代わりにこの私、お茶たちょ茶田千代が演目を代読させていただきます!!』
そうだ、あのへなちょこ解説の声だ。今の今まで存在を忘れていた。今、あいつはどこにいる?
そんなTV唱の疑問に答えるかのように、これまでTV唱の顔を映していた巨大ロボのモニターに、緊張気味の茶田千代の顔と、その後ろで『茶田千代さんBig♡Love』と書かれた団扇を振るレンダの姿が映し出される。慌てて画面を奪い返そうとするが、洒落亭流音の造り出した空間の中にいるせいか、手出しすることが出来なかった。
『江戸っ子の好きな食べ物には、そばってものがございます。それはそれとして、魔王塾卒業生の好きなモノには、ソバットという技がございます。ちなみに、ソバットとは相手の正面に対して回転しながら後ろ蹴りをする技のことを指すそうです。まぁ、これはマホペディア参照でございますけれど』
茶田千代の前口上に合わせ、洒落亭流音が舞台の上で回し蹴りをするジェスチャーを取る。そして、それに合わせて背中側でばっと扇子を広げれば、そこには魔王が降臨していた。
『おやおや、そこに座るのはお客さんかい。どうだい? ひとつ魔王塾伝統のソバット、たったの16文で体験してみないかい?』
「誰がそんなの金払ってまで食らうか!!」
思わず突っ込んでしまうが、今のTV唱の声は誰にも届かない。そして、舞台の上で扇子という名の羽根を広げた洒落亭流音は、巨大ロボの目の前まで飛翔してきた。
『まぁ、嫌だと言っても食らってもらうがね。あんたのせいで多くの同門が死んだ。”時の管理人”、”暴走特急”、”春夏秋冬”、”騒音少女”、”浪漫砲”、”麗しき貴婦人”。6人がそれぞれ右足と左足、2つの足を持っている。だもんで計12回のソバット、食らってその罪清算してくれや』
茶田千代の代読に合わせ、洒落亭流音は空中で身体をひねり、巨大ロボの胸部目掛け、力強く回し蹴りを放った。
『ひとーつ!!』
カウントと共に放たれた蹴りは、凄まじい衝撃でもって巨大ロボの胴体を揺らす。洒落亭流音は、血を吐きながらも笑顔を浮かべ、ふたつ、みっつとカウントに合わせ回し蹴りを放ち続けた。その度に巨大ロボの装甲が崩れ、破壊されていく。
「ま、まだです。これしきの攻撃で私の自信作は破壊されない! 既に奴の命は風前の灯! 事前に宣言していた12回の蹴りが終われば、反撃のチャンスはあるはず⋯⋯!!」
通信がうまくいかずに操縦席に座るシャドウゲールに指示を送れないせいで、巨大ロボの操作もできない。しかし、あの攻撃にも限度があるはずだ。今は耐えて反撃のチャンスを伺う。そう決意して茶田千代のカウントを聞き続け、そのカウントがついに『10』まで到達した時だった。
『⋯⋯ところで、今何どきでい?』
反射的に時計を確認したTV唱は、この時ようやく題目『時ソバット』の意味を理解した。現在の時刻は午前4時だ。時間を確認した茶田千代のカウントは、再び『4』から始まる。
『お、4時かい。いーつ、むー、なな、やー』
そして、またしてもカウントが『10』まで到達したタイミングで、再び茶田千代はこう言った。
『⋯⋯ところで、今何どきでい?』
カウントは永遠に途切れない。洒落亭流音の命の火が消えるまで、この演目は止まらないだろう。そして、その時には既にTV唱の最高傑作は⋯⋯。
「や、やめてくれ! そんなふざけた攻撃で、私の自信作が、私の人生をかけた復讐が、壊されていいはずがない!!」
怒りに任せモニターを叩く。しかし、報道を封じられたTV唱は最早この場所から手出しは出来なかった。そして、そんなTV唱にさらに追い打ちをかけるように、巨大モニターの画面が切り替わったのであった。
☆☆☆☆☆
ここは、人事部の部門長室。今魔法の国全土に放送されているTV唱の映像は、当然この部屋でも流されていた。先ほどまではその映像にどう対処するかで頭を悩ませていたが、突然切り替わった映像は、プフレの頭を混乱させるには充分すぎるものだった。
『ほ、本当にこの格好で踊るの? は、恥ずかしいよぉ⋯⋯』
『大丈夫です茶田千代さん。とても似合っていますよ』
先ほどまで映し出されていた巨大ロボと洒落亭流音の戦闘は小さなワイプ画面に移動され、代わりにでかでかと映し出されたのは、チア衣装を身に纏った茶田千代と、その姿を褒めるレンダの声だった。
「いったい何なんだこれは⋯⋯」
思わず困惑の声を漏らすプフレ。そして、画面の中では茶田千代が音楽に合わせて足を上げ、ポンポンを振って踊り始める。
『ちゃ、ちゃ、茶田千代! ちゃっちゃちゃっちゃっちゃ茶田千代!
『最高です茶田千代さん! もっと足を上げてください!!』
「ぎゃーーー!! 茶田千代さぁん!!!」
TV唱の元に送り込むべく収集をかけていたTierドロップが映像を見るなり泡を吹いてぶっ倒れる。しかし、そんな反応を見せたのはドロップだけで、もう一人この場に居たキューティオルカは白けた表情をしていた。
「は? 魔法の国全土をジャックして流す映像がこんなしょうもないジョーク映像とか冗談でしょ。TV唱の奴も終わったねこりゃ」
どうやら似たような感想を抱いているのはオルカだけではないようで、突然茶田千代のダンス映像に切り替わったことで、そもそも先ほどまでの戦闘映像すらフェイクだと判断したのか、騒がしかった人事部内も徐々に元の静けさを取り戻していた。おそらく、他の映像を見ている魔法少女たちも同様だろう。
まさか、これが狙いなのか。これを計画したのはおそらくレンダ、もしくはその上にいるさららだ。茶田千代にはこんなことをできる頭脳はない。
「⋯⋯もしそうだとするならば、レンダが人事部から去ったのはかなりの痛手だったか」
しかし、そんなことを言ってももうどうにもできない。レンダは今さら茶田千代のいない人事部に戻ってくることは無いし、元々人事部と因縁のあるさららを引き抜くことも難しいだろう。
ただ一つ分かることは⋯⋯もうTV唱は終わりだということだけだ。
♢神谷沙羅
空中では、茶田千代の代読によって演目を続けている洒落亭流音が、巨大ロボを圧倒している。もしものためにと事前に茶田千代にも洒落亭流音の台本を魔法の端末で送っていたのが功を奏した。茶田千代ならば『どんな言葉でも噛まずに最後まで言えるよ』の魔法で途切れずに演目を読み上げるだろう。
問題は、洒落亭流音の体力だ。先ほど、沙羅は目の前で洒落亭流音が心臓を光線で撃ちぬかれるのを見た。その後すぐにこちらの心配など無用とばかりに演目を開始したが、相当無理をしているはずだ。なるべく早く決着をつけなければ、死んでしまう。
「ギャシュリー!! どこにいますか!?」
ギャシュリーは腕を光線で焼き切られて地面に落下していたが、あれくらいで死ぬはずがない。必死に呼びかけながら探していると、体操座りしてふてくされている様子のギャシュリーを見つけた。落下の衝撃のせいか、久光織衣の顔の皮は剥がれ、素顔が露わになっている。
「ギャシュリー、貴女ならできると思うのでお願いです。あのロボットの胸部まで突撃して、中にいるクラッシュライトを救い出してください」
「⋯⋯いやだ。腕無くなったし、お気に入りの顔も消えちゃったし、もうつまんない」
どうやら、いろいろと嫌なことが重なったせいでギャシュリーは拗ねているらしい。まるで幼い子供のようだと思いつつ、どうしようかと頭を悩ませていると、キューティ☆Eが傍まで車椅子で駆けつけてきた。
「そいつに頼る必要はない。私がなんとかしてみせよう」
確かにそれもありだ。しかし、キューティ☆Eには他に任せたいことがある。沙羅は首を横に振った。
「いえ、キューティさんはレンダに連絡を取ってください。万が一に備えておきたいのでその対応を。ギャシュリーは、ボクが説得します」
「⋯⋯承知した」
納得できていない様子ではあるが、キューティ☆Eは沙羅の指示に従ってレンダに連絡を取ってくれた。そんなキューティ☆Eに感謝を述べつつ、沙羅は再びギャシュリーに向かい合う。
「お願いします、ギャシュリー。⋯⋯ボクができることならなんでもします。だから、どうかクラッシュライトを救い出してください」
「⋯⋯じゃあ、腕をちょうだい?」
そう求められて、頷くのに一切迷いはなかった。沙羅がうなずいたのを確認したギャシュリーは、頬を上気させ、沙羅の右腕を引きちぎり、自分の失われた腕にくっつけた。
引きちぎられた右腕から血が大量に噴き出す。慌てて近づいて止血を施してくれるキューティ☆Eに小さな声で礼を言いながら、沙羅は巨大ロボ目掛け大きく跳んだギャシュリーを、じっと見つめていた。
☆☆☆☆☆
「くそっ! くそっ!! くそっ!!」
声を荒げ、顔を真っ赤にして吠えるTV唱。そこには、先ほどまで見せていた余裕は全くなかった。あのふざけまくったダンス映像が流れ始めてから、自分の力がどんどん弱くなっていくのを感じている。信頼を失ったメディアは無力だ。誰も情報を信じてくれなければ、報道しても意味がない。TV唱は、最早ただ力が強いだけの一般人になりかけていた。
「こうなれば、もうなりふり構っていられない! クラッシュライトを自爆させる!!」
残った力を総動員し、クラッシュライトの洗脳だけに注ぎ込み、自爆させる。それでも想定したほど大した威力はでないだろうが、あの場にいる魔法少女くらいならば巻き込めるはずだ。
そう決意して魔法を発動させようとしたTV唱の目の前で、モニターの画面が切り替わる。映し出されたのは、カレンダ・レンダの姿だった。
『あなたの力が弱まったおかげでようやくアクセスできました。それでは、こちらの音声をどうぞ』
そう言ってレンダが正面に突き出したのは、魔法の端末。その端末からは、軽快なミュージックと共に、強い意志の込められた言葉が放たれる。
『レッツ、Q・T・E!!』
直後、脳内に無数の矢印が走り、身動きが封じられる。魔法も使えない。何もできないTV唱の目の前で、最後の希望が失われようとしていた。
♢クラッシュライト
光の届かない、暗い暗い影の中に居た。ずっと意識は影の下に隠されていて、やっと出てこられたと思ったら、直後にはまた影の中に突き落とされた。
助けの手を差し伸べてくれた魔法少女も、目の前で死んでしまった。自分はもう、このまま暗い影の中で死んでいくのだと、諦めていた。
不意に、光が差し込んできた。破壊音と共に、目の前がぱっと明るくなり、誰かが目の前に立っていた。
「あ、みぃつけた」
そこに居たのは、決して光ではなかった。無垢な笑顔を浮かべるその瞳は、先ほどまでクラッシュライトが囚われていた影よりも黒く淀んだ闇を宿していた。
しかし、クラッシュライトはその強烈な闇に惹かれてしまった。思わず手を伸ばすと、肌の色の違う右手で、その手を掴んで引っ張り出してくれた。
「ねえ、あなたの名前を教えて?」
「く、クラッシュライト」
「そっか。うん、まだ死なないみたい。よかったね。あ、でも⋯⋯もう、壊れちゃってるかな?」
この人の言う通りだ。TV唱に洗脳される前のクラッシュライトの人格は、もうボロボロに壊れてしまって、思い出すこともできない。そんな壊れたクラッシュライトを、目の前の魔法少女がより深い闇で包んで、滅茶苦茶に組みなおした。
光は壊され、影の中から闇に救い出されたクラッシュライトは、新たな光の中へと飛び出していく。崩れゆく巨大ロボを背に、ギャシュリーの腕に抱きかかえられたクラッシュライトは、瞬きも忘れてずっとその顔を見つめ続けていた。