♢洒落亭流音
沙羅と初めて会ったのは、母親が離婚してすぐのことだった。再婚相手の男の連れ子。それが神谷沙羅だった。
洒落亭流音は、父親のことが好きだった。落語家だった父に憧れて、よく公演を見に行ったものだ。だからこそ、浮気をしたあげくすぐその浮気相手と結婚するような母親は嫌いだったし、当然相手の男のことも家族とは思っていなかった。
本当は、父親の方についていきたかったのだが、馬鹿な司法が勝手に娘は母親と一緒に居た方がいいだろうと決めつけて母親に親権を渡してしまった。それ以降、洒落亭流音は歳を食っただけの馬鹿な大人たちを見下すようになった。
沙羅のことも、勿論嫌いだった。たった1歳しか歳は変わらないのに、無駄に自分より背が高く、そのくせ引っ込み思案ではっきりと喋らない。親に気づかれないよう物を隠したり、叩いたりなどしていじめても何も言い返さずただ泣くだけ。そのうち反応も見飽きていじめることすらやめた。
そんな妹に対する認識が変わったのは、高校の文化祭がきっかけだった。洒落亭流音は、担任に賄賂を渡し、体育倉庫を貸し切って一人落語の舞台を披露した。
観客はほとんどいなかった。学生の落語なんて好き好んで見に来るもの好きはいない。しかし、その中に何故か、沙羅の姿があった。退屈そうにあくびをする客の隣で、沙羅は最期まで熱心に自分の落語を聞いていた。そして、公演が終わると控えめに拍手を贈ってくれた。
元々、洒落亭流音はこの日を最後に落語家への夢は諦めようとしていた。母親はどうせ賛成してくれないし、かといって一人家出して落語家に弟子入りするほどの熱量は、その時の洒落亭流音には残っていなかった。
しかし、その日贈られた拍手が、洒落亭流音の消えかけていた熱に再び火を点けた。そして、その日から再び、沙羅をいじめるようになった。いや、正確には以前よりももっといじり倒すようになった。
沙羅の泣き顔が見たい。沙羅の怒った顔が見たい。沙羅の笑った顔が見たい。あの日、たった一人だけ拍手を贈ってくれたことがどんなに嬉しかったか、沙羅は知らないだろう。それでいい。
沙羅が友達なんて作らないように、影でこっそり悪い噂を流すこともあった。沙羅の見た目が人を寄せ付けないように、パンクな趣味を進めてやった。それもこれも全部、沙羅を独り占めしたいからだ。
魔法少女になり、魔法少女兼落語家して活動するようになってからは、妹と会う機会は減った。こちらも自分の大切な夢だ。あの日、沙羅が思い出させてくれた熱だ。中途半端に投げ出すつもりはない。
海外公演に赴いた際に、ギャシュリーとマーブルフェイスとかいう殺人鬼二人と出くわした時は死も覚悟した。だが、予想以上に洒落亭流音の落語を気に入ってくれたことで仲良くなり、そんな落語を産み出した日本への興味を持ってくれたようだ。まさか、あの後で本当にギャシュリーたちが日本にやってきて妹と殺し合いをする関係になるとは予想外だった。やばいと思っていろいろ調べた結果、黒幕はどうやら別にいたようだったので胸を撫でおろした。同時に、このネタは今度妹に会った時久々に泣き顔を見るのに使えるなと思った。
久しぶりに会った沙羅は、どういうわけか組織のリーダーになっていた。お前はそんな柄じゃないだろう。沙羅に責任を負わせる無神経な仲間が許せず、いろいろと悪戯めいた台詞も吐いた。
沙羅が魔法少女に変身できなくなったことは正直嬉しかった。これで、沙羅は自分が守るべき非力な存在にまた戻ってくれた。このままリーダーを続けるのは無理だろう。もし自分を頼ってくれたら、さんざん悪態をついた後で甘やかしてやろう。
そんなことを考えていたのに、沙羅は思ったより強かった。変身が出来なくても、仲間のことを考えて行動する立派なリーダーだった。しばらく会わない間に、沙羅は強く成長していた。
「
沙羅の声が聞こえる。心臓を貫かれてあれだけ長時間魔法を使っていた。とっくに自分の身体が限界を迎えていることは知っていた。それでも止めなかったのは、沙羅の泣き顔が見たかったからだ。
自分が死ねば、優しい沙羅は泣くだろう。その泣き顔は自分だけに向けられたものだ。他の誰のものでもない。自分だけのものだ。誰にも渡さない。渡したくない。
そう願ったところで、既に沙羅は自分の手から離れて成長していた。だからこれは沙羅へ送る姉としての最期の意地悪だ。
死なないで? それは無理な話だ。ここで奇跡が起こって生き返るなんて三門芝居、まったく面白くない。
既に洒落亭流音の魔法で造り出した舞台は壊れ、TV唱の自信作の巨大ロボットも崩れて瓦礫と化している。本人を殴れなかったのは残念だが、あれを思いっきり蹴るのはなかなか楽しかった。あの舞台は、自分の今まで行ったどの演目よりも最高傑作だった。だから、その最高傑作に泥を塗るようなことはしない。
死にかけの自分の頭を膝の上に乗せて必死に呼びかける沙羅をわずかに残った力で押しのけて、立ち上がる。正面には泣き顔を浮かべた沙羅。その隣にキューティ☆Eと、クラッシュライトを抱きかかえたギャシュリーが居る。
崩れゆく巨大ロボから決死のダイブをした茶田千代とレンダを、いつの間にか復帰していたマリアとガムシャが受け止める。戦いの舞台の役者は揃った。あとは、幕を下ろすだけだ。
ばっと扇子を広げて顔を隠し、こちらを見つめる全員に礼をした。流れる涙は正面に立つ沙羅には見えていない。さあ、目に焼き付けろ。死ぬまで私のことを忘れるな。これが、お前のたった一人の姉の最期の姿だ。
ぱちぱちと、あの日のように贈られた拍手の音を聞きながら、洒落亭流音は満足そうな表情を浮かべ、目を閉じたのだった。
♢TV唱
自らの敗北を悟ったTV唱は、それまで身を潜めていた地下から逃げ出すことを決意した。いつあそこが特定されて襲われるか分からない。その時、今のTV唱では対抗する術がない。TV唱のマスメディアとしての名声は地に落ち、今のTV唱の報道を信じる者はこの魔法の国ではほとんど存在しないだろう。
「だ、だいじょうぶだ。民衆とは愚かなモノ。時間が経てば、皆忘れる⋯⋯! それまでの間に、徐々に力を貯めて復讐の機会を伺うのです⋯⋯!!」
地下通路に設置した梯子を上りながら、TV唱は今後の計画を練る。おそらく数年は表舞台に立てない。それまでは裏社会に潜入して反撃の時を待つ。TV唱の実力ならば、必ず成し遂げられる。
ふと突然、頭の中に昔魔王パムに言われた言葉が蘇ってきた。
『TV唱。貴様は、少し自惚れが強いな。自分の力を信じるのはよいことだが、その過信は後々身を滅ぼすぞ』
何故今この言葉を思い出したのか。当時は心の中で鼻で笑っていた忠告だが、今まさに破滅の一歩手前に居るからだろうか。
最上段まで梯子を上り、ハッチを開く。同時に、外の光がTV唱の顔面を照らす。しかし、その光はすぐに、何者かによって影の中に隠された。
ぐさり、と鈍い音が体内に響く。気が付いた時には、眼球に包丁が突き刺されていた。
「私はあの場に居ても役に立てそうになかったので、貴女の居場所をずっと追って正解でした。さあ、私からブルジョワーヌ様を奪おうとした罪、せいぜいあの世で償ってくださいね♡」
その声で、ようやく頭上に居るのがジュリエッタということに気が付くも、痛みで思考が回らない。反撃に移る前に、さらに突き出された包丁が、残っていた方の眼球も突き刺した。
「ああ、目が⋯⋯! 何も、何も見えない!!」
「痛いですか? 苦しいですか? でも、きっとあなたに利用されて死んでいった魔法少女たちも同じ気持ちだと思いますよ。まあ、私にとってはどうでもいいことですけれど」
さっきからジュリエッタが何を言っているか分からない。TV唱は別に、ジュリエッタからブルジョワーヌを奪うなど言ったことはないはずだ。そもそも何故、協力者だったはずのこいつがあの場所に居たのか、それすらもよく分からなかったのだ。
「ああ、そういえば。貴女は二周目では別に何も言っていませんでしたか。だから、私に殺されることに混乱しているんですね。でも、そんなこと知りません。罪は罪です。一周目の分まで、苦しんで死んでください」
そう言って、今度はジュリエッタは喉を刺してきた。痛みで叫ぼうとしたが、血がごぽごぽと噴き出すだけで声にならない。その後も、体中のあらゆるところを滅多刺しにされ、しかしながら無駄に強い生命力のせいでなかなか死にきれない。
やめてくれという心の声が殺してくれという懇願に変わった時、ジュリエッタは最期に、梯子を掴んでいたTV唱の指を切り落とした。
「さようなら。哀れなマスメディア。誰にも知られることなく、地下深くで死んでください」
必死に手を伸ばすも、誰も助けてくれる人はいない。何も見えない瞳が見つめる先で、外へつながるハッチの扉が閉じられ、TV唱の視界は真の闇に包まれたのであった。