新しい魔王
♢パミー
私の名前はパミー。数か月前、TV唱が開催した武闘大会で途中からTV唱の代役で司会を務めていた、人造魔法少女だ。
産まれてからずっと、パミーはTV唱の洗脳下にあり、自分で思考するということをしてこなかった。それがある時、急にTV唱の洗脳が解除されたことをきっかけに自我が産まれ、こうして自ら考えて行動できるようになったのだ。
あの日、崩れゆく巨大ロボの瓦礫の下敷きとなってしまったパミーだが、元々優秀なホムンクルス製の肉体も相まって、何とか生き残ることが出来た。その後、瓦礫の回収作業の見物に来たキューティオルカに拾われ、今は広報部門の下っ端として日々を過ごしている。
オルカをはじめとしたキューティヒーラーストライプの面々にこき使われる日々はなかなかに大変だ。しかし、TV唱の命令に従うだけの日々に比べたらずっと人間らしい生活を送れている。拾ってくれたオルカへは感謝1割。残りの9割はこき使われることへの不満。この10割が今のパミーを人間たらしめ、そして今日もまた、ストライプ全員にお土産もちゃんと買って来いよと尻を蹴られながら、この場に赴いている。
『新魔王発表会見』
そうでかでかと書かれた紙が貼られた会見会場には、既に大勢の魔法少女が押し寄せ、新たな魔王の誕生を今か今かと待ちわびている。
そもそも、TV唱が開催したあの武闘大会は魔王の後継者を決めるという名目だった。しかしながら、あんな事件が起こったために大会はうやむやになり、そもそもの目的を誰もが忘れていたところへの突然の発表。魔法の国は大いにざわついた。
果たして新しい魔王はいったい誰なのか。魔王塾卒業生の生き残りは、聖マリア0.01とムシャラ・ガムシャの2人。どちらも癖の強い魔法少女だが、あの事件を生き残っただけあって実力は確か。裏ではこっそりどちらが新しい魔王になるかの賭けも行われているようだが、人気はどちらもほぼ同じ。今までの素行を考慮してガムシャがやや優位といったところらしい。
「それでは、新たな魔王の入場です! 皆さん、どうぞ拍手でお迎えください!!」
アナウンスの声が聞こえると同時に、ざわついていた会場が静まり、一斉に扉へと注目が集まる。既に扉から壇上へと続くレッドカーペットは敷かれており、扉を開けて魔王が登場することは伝えられていたからだ。このスクープを魔法の国全土に伝えんとする魔法少女たちに負けじと、パミーもカメラを構えて魔王の登場に備える。
そんなパミーたちを嘲笑うかの如く、勢いよく扉は蹴破られ、その砕けた破片が一部の魔法少女にぶつかり悲鳴が漏れる。現れたのは、マリアとガムシャの2人。両開きのドアを同時に蹴破った二人が跪いて道を譲ったことで、どよめきが走る。あの2人が魔王ではないのか。それでは、いったい誰が。
続いて姿を現したのは、腕時計をたくさん身に着けた魔法少女だ。見た目は魔王塾卒業生のおっく・ろっくに酷似しているが、おっく・ろっくは死んだと聞いているので別人だろう。その魔法少女は、一瞬ちらりと手元のスケジュール帳に目を落とした後、さっと後ろに手を差し出した。
そして、その手に引かれて、4枚の羽根を背中に広げ、全身を極彩色の鎧で包んだ魔法少女が姿を現した。しかし、肝心の顔がレッドカーペットの横に配置されたスポットライトで照らされて逆光になっていて見えない。パミーも何とか顔を確認しようと頑張って首を伸ばすが、無駄に大きな羽根と計算されたスポットライトの配置によって、新たな魔王の顔だけが壇上に着くまでまったく分からなかった。
レッドカーペットを新たな魔王が歩く間、誰も一言も発さず、その顔が露わになる瞬間を固唾を飲んで見守っていた。そして、魔王が壇上へと上がり、くるりと振り向いてこちらを見た瞬間、パミーを含めた全員の口から、「あー!?」という声が上がった。その魔法少女は、TV唱の魔法の国全土生中継によってほぼすべての魔法少女が顔と踊りを目に焼き付けられた魔法少女。確かに、知名度だけでいえば新たな魔王に誰よりもふさわしい存在であった。
「それでは、この度新しい魔王に就任しましたお茶たちょ茶田千代さん、スピーチをお願いします」
傍に控えていた魔法少女がその名を告げ、マイクを渡す。魔法の国の歴史に刻まれるスピーチが今、始まろうとしていた。
♢お茶たちょ茶田千代
レンダからマイクを渡された茶田千代の頭は、真っ白になっていた。数日かけて覚えたスピーチの内容も、どこかへ飛んで行ったきり迷子になってしまっている。
いったい何故このようなことになってしまったのか。確か、言い出しっぺはレンダだった。
「私、新しい魔王には茶田千代さんが相応しいと思うんです」
魔王塾卒業生のマリアとガムシャを集め、レンダがそう切り出した時には、ただのジョークかと思っていた。しかし、その表情が真剣そのものだったので、すぐに冗談ではないと気が付き、慌てて弁明した。
「いやいやいや、よりにもよってこの2人の前で何言ってるの!? 私なんかが魔王になれるわけないじゃん!! そもそもあの大会自体TV唱の罠だったわけだし、魔王の後継者の話もなかったことになったんじゃないの!?」
「確かに、魔王の後継者うんぬんはTV唱が勝手に言い出したことですが、あの事件で未だ混乱覚めやらぬ魔法の国で新たな”魔王”が誕生することは大きな意味があると思います。そしてその座につくのは、一日で誰よりも有名人になった茶田千代さんが相応しいかと」
「いやそれ、レンダが勝手にやったことだよねぇ!? それに、マリアさんとガムシャさんが賛成するわけないでしょ!?」
魔王の名を継ぐなんてとんでもない。自慢じゃないが、茶田千代は碌に戦ったこともない、運だけでここまで生き残ってきただけの魔法少女だ。当然マリアとガムシャは反対してくれるだろうと2人の反応を見たが、どういうわけか2人とも乗り気だった。
「わたくしは賛成ですわ。勿論、尊敬するお師匠様の後継者になりたい気持ちはあります。しかし、あの場で茶田千代さんはわたくしよりもTV唱の撃破に貢献いたしました。実質決勝戦のようなあの場で誰よりも目立っていたあなた様に、わたくしは素直に敗北を認めますわ♡」
「⋯⋯敗者に口なし。我はただ生き残っただけの愚者。魔王の名は相応しくない」
「だから、私も相応しくないですってばぁ!! 私、超弱いですよ!?」
「問題ありません。茶田千代さんを魔王としてサポートするためのスケジュールは、既に組んでありますので」
そう言って以前の姿の名残で無い眼鏡を押し上げるジェスチャーをするレンダが、今だけは憎たらしい。その言葉を聞いたマリアとガムシャもノリノリでそのスケジュールに手を加え始め、やれ羽根を生やしたらどうだ、やれ甲冑は着るべきだなど当の本人を置いて好き勝手に話し始めていた。
その後は、怒涛のスピードで進んでいった。面倒な手続きや会見会場の設置などはレンダが全て行い、茶田千代がしたことと言えば、沙羅に事情を伝えてNoNameから脱退することを告げ謝罪したくらいだ。
茶田千代は全くもって望んでいないのだが、新しい魔王という外交部門の切り札的立ち位置になる以上、一組織に所属し続けることは困難だった。
沙羅は、ただでさえナコが失踪したことやその他もろもろで大変だというのに、勝手な理由で脱退する茶田千代のことを労ってくれた。「薄々こうなるかなと思っていました」と語る沙羅の表情がどこか寂しそうに見えたのは茶田千代の自惚れではないと信じたい。茶田千代は別れが嫌すぎて号泣した。
そして、そんなことをしているうちについに会見の日程が決まり、茶田千代は逃げ道を完全に失った。吹っ切れてスピーチの練習を行い、今日まで胃を痛めながらも頑張っていたというのにこの様だ。練習していた内容はすっかり頭から抜け落ち、魔法少女たちの無言の視線の圧力が茶田千代を押しつぶす。
既に無言のまま数秒は経過している。このままでは最悪の放送事故になってしまう。おそらく画面の向こうで応援してくれている沙羅たちのためにも、それだけは何とか避けなければならない。
とっさに開いた口から飛び出したのは、自分の魔法の効力を確かめるために何度も口にした言葉。すなわち⋯⋯。
「隣のラツムホノメノカミはよくバラムツ食うラツムホノメノカミだ隣のラツムホノメノカミはよくバラムツ食うラツムホノメノカミだ隣のラツムホノメノカミはよくバラムツ食うラツムホノメノカミだ!!」
早口言葉であった。
☆☆☆☆☆
突然始まった早口言葉に会場が今日一でざわつく中で、レンダは一人こっそりと茶田千代の勇姿をカメラに記録していた。これでお宝フォルダがまた潤う。
あの事件の後、沙羅に「TV唱の魔法の効力を弱めるためにあんなことをするなんて凄いですね」と褒められたが、レンダにはそんなつもりはなかった。レンダはただ、自分の愛する茶田千代の魅力を、魔法の国全土に広めたかっただけだ。
これまでもこれからも、レンダの行動指針はただ一つ。茶田千代への愛のみ。新しい魔王となった茶田千代はこれまで以上に大変だろうが、レンダがちゃんと支えるし、マリアもガムシャもサポートしてくれる。何とかなるだろう。それに、困っている茶田千代の顔も大変キュートなのだ。
茶田千代にも見せていないスケジュール帳の一ページ。そこには、太文字で大きくこう記されていた。
『TV唱の放送をジャックし、茶田千代さんの魅力を魔法の国全土にお届けする』