♢キューティー☆E
『プクプック屈服!プクプック屈服!プクプック屈服!!』
ここはNoNameのアジトである桜の大木の中。リビングルームに置かれたテレビモニターには、今放送されている新魔王発表会見で、新たな魔王となった茶田千代が早口言葉を途切れなく口にする映像が映し出されていた。
突然早口言葉を言い出した茶田千代に対するざわつきの声もカメラが拾っていたが、あまりにも途切れなくすらすらと早口言葉を言い続ける茶田千代に対し、いつの間にかざわつきは拍手へと変わり始めている。あの茶田千代に魔王が務まるのかと心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。
「ふふ。茶田千代さん、元気そうでよかったです」
映像を見る沙羅の表情には、久々に笑みが浮かんでいた。それを見たキューティー☆Eは心の中で茶田千代に感謝を述べる。
あの事件以来、沙羅は笑わなくなっていた。元々そんなに感情を表に出す方ではなかったが、よりそれが顕著になっていたのだ。無理もない話だ。最も大切な仲間であるナコの人格は知らない魔法少女に乗っ取られた上にどこかに消え去ってしまい、姉まで目の前で失ってしまったのだから。
そんな状態でも、沙羅はナコを取り戻すために前に進もうとしている。その姿は見ていて何とも危なっかしい。だからこそ、キューティー☆Eはそんな沙羅の傍にいなければならない。もし倒れそうになった時に、支えてあげられるように。
「あはははは!! 意味わかんなーい!! おもしろいね~!!」
「そうですね、ギャシュリーお姉さま!!」
そんなキューティー☆Eの決意など知ったことかと言わんばかりに、耳障りな大声で笑うのはギャシュリー。そして、それをすぐ横で称えるのがクラッシュライトだ。茶田千代が魔王に就任することで、必然的にレンダもNoNameを脱退し空いた穴を埋めるように、この2人がアジトに住み着くようになった。
キューティー☆Eとしては、ギャシュリーがアジトに住み着くことには当然反対だ。こいつに何人の仲間が殺されたか。その怒りが消えることは無いし、顔を見るたびに失った手足がズキズキと痛む。
しかし、沙羅がギャシュリーを受け入れることを決めたのだ。沙羅は、キューティー☆Eを説得する際にこんなことを言った。
「ナコの人格を乗っ取っている魔法少女は、強大な力の持ち主です。そんな相手に、力を失った今のボクが勝てる可能性は0です。⋯⋯キューティーさんの気持ちも分かっていますが、今は少しでも多くの戦力が必要なんです」
懇願するように頭を下げられてしまえば、受け入れるしかなかった。だが、すべてが終わったら必ずギャシュリーはこの手で殺す。アジトに受け入れることは許したが、キューティー☆Eはギャシュリーを仲間だと認めてはいなかった。
一方で、クラッシュライトの事情はやや複雑だ。TV唱に洗脳を受けた際、どうやらTV唱は後々問題になることを防ぐためにクラッシュライトの戸籍情報を消してしまったらしい。沙羅がレンダの力も借りて調査した結果、両親も既にTV唱に殺されてしまっていた。つまり、クラッシュライトは天涯孤独になってしまったのだ。
そして、クラッシュライトはどうやらあの時自分を救い出してくれたギャシュリーに惚れこんでしまったらしく、ギャシュリーのことを「ギャシュリーお姉さま」と呼び慕う始末。ハイライトの消え去った瞳でギャシュリーの腕にしがみついて離れようとしなかったので、なし崩し的にクラッシュライトもNoNameで引き取ることになったのであった。
⋯⋯まあ、クラッシュライトに関してはその境遇に正直同情するし、受け入れることに拒否感はない。ただ、キューティー☆Eがギャシュリーに抱いている殺意を感じ取っているのか、一度も会話をしてくれないのでなかなか辛いものがある。
「はい、ギャシュリーお姉さま。あーん♡」
「もぐもぐ。あれ、早口言葉2周目入った!! 凄いね~!!」
クラッシュライトがイチゴジャムを塗ったトーストをギャシュリーの口へと運び、それを食べるギャシュリー。2人の様子はまるで付き合いたてのカップルのようだが、ギャシュリーは口に運ばれたものをただ咀嚼しているだけでクラッシュライトのことは全く見ていない。何とも歪な光景がそこにはあった。
「⋯⋯おい、クラッシュライトに礼を言ってやったらどうだ」
つい、クラッシュライトを不憫に思ってギャシュリーに声をかけてしまった。すると、ギャシュリーは首だけを動かしてこちらを見ると、イチゴジャムで濡れた口元をにかっと吊り上げながら、こう答えた。
「私ね、壊すのは好きだよ。でもね、壊れたおもちゃに興味はないんだ」
それを聞いて、キューティー☆Eはやはりギャシュリーとは相容れないと改めて感じた。しかし、興味がないと聞かされてもなおギャシュリーにすり寄るクラッシュライトを見ていると、ギャシュリーの言うこともあながち間違えてはないとも思えてしまった。クラッシュライトはTV唱によって人生も心も滅茶苦茶に壊されてしまった。とどめを刺したのがギャシュリーというだけで、きっと誰が助けてもこうなっていたのだろう。これを治すのにはおそらく、長い月日がかかる。こうして引き取った以上、クラッシュライトの面倒を見るのは自分たちの責任だ。気長に付き合っていくしかないのだろう。
「⋯⋯ギャシュリー、少しはクラッシュライトに優しくしてあげてください」
「沙羅がキスしてくれるならいーよ!」
沙羅の注意に対しほっぺたを差し出すギャシュリーの一番の興味は、やはり沙羅に向いているらしい。いつの間にか名前呼びになっている。つい視線がギャシュリーの持つ絵本に向かってしまうが、まだ沙羅は死ぬ気配はないし、おそらくあの絵本に姿は描かれていないのだろう。
「え。その程度でいいならいくらでもしますが。それで言うことを聞いてくれるなら⋯⋯」
「おい、ダメだぞ沙羅! 貴様はもう少し自分の価値を高く見積もるべきだ!!」
ギャシュリーの提案を呑もうとした沙羅とギャシュリーの間に割り込むようにして車椅子を走らせる。その移動で巻き起こった風が絵本を捲り、とあるページを開く。
そこに描かれているのは、青い髪の魔法少女が白い髪の魔法少女の前で血を流し、倒れる姿。しかし、そのページはすぐにギャシュリーによって閉じられ、誰も見ることは無かったのであった。