♢ナコ
第一試合が終わり、次の試合が始まる前に参加者たちに軽食を提供する必要がある。控室は全部で3つ。スタッフの数は少なくかなり余裕のない状態で回しているので、沙羅とキューティ☆Eとナコの3人で分担することになった。
誰がどの控室に行くかはかなり揉めたが⋯⋯沙羅もといさららに関しては魔王塾卒業生と関わると久光織衣が絡む可能性があり面倒なこと。そして、3つある控室のうち一つは魔王塾卒業生の中でも際立った問題児がいる部屋ということもあり、ナコは必然的に問題児が少ない方の魔王塾卒業生が集まる控室に向かうことになったのであった。
「お邪魔しま~す」
トレイの上に軽食のおやつとお茶を乗せ、ナコは控室のドアを開く。それと同時に、控室の中に居た魔法少女4人分の視線が、一気にナコへと集められた。
「ありゃあ。君、ナコちゃんじゃないのさぁ。お茶持ってきてくれたのかい? ありがとねぇ」
注目を浴びてつい身体を強張らせたナコの耳に、聞き覚えのあるおっとりとした声が届く。椅子に座った状態でナコに手を振ってくれたのは、ひと月前にアジトを訪ねてきていた
「はい! お菓子も持ってきたので、皆さんもどうぞお食べください!!」
顔見知りに声をかけられたことでやや緊張がほぐれたナコは、部屋にいる他の面々にも声をかける。そして、その呼びかけに真っ先に反応したのは、室内だというのに鮮やかなビキニを身にまとった、小麦色の肌をした魔法少女だった。
「え、マジ!? うわ~、これ結構高いとこのお菓子じゃんね! さっすがTV唱。こういうとこにも気合入っちゃってんね~!!」
やたらときゃぴきゃぴした口調で話すその魔法少女は、さっそくお菓子をパクリと頬張ると、ん~!と満足そうに頬を緩めた。
「ヤバ~い、超おいしいじゃーん!! ありがとね、ナコっち!!」
「い、いえ⋯⋯。これもお仕事ですから。でも、喜んでいただけたようで、嬉しいです」
「んん~! めっちゃいい子! こんな子、魔王塾じゃ絶対いないよ!! あ、うちの名前はシキオリ=オリー! 今は夏モードだからこんな感じ! よろよろ~☆」
シキオリ=オリーは右手でピースを作ると、顔の前に持ってきてウインクしてみせる。その様子は、いかにも現代のギャルっ子といった感じのノリの良さだ。
シキオリ=オリー。確か、事前にさららに教えられた情報だと、『季節によって姿を変えるよ』という魔法を使う魔法少女だったはずだ。二つ名は、”春夏秋冬”。
正直、魔法の名前を聞いただけではどんなことができるか想像できないが、これが夏モードと言ったからには、春モードや秋モードもあるのだろうか。少し気になるところだが、果たして試合中にそれらの姿を見ることはできるのだろうか。
「あら。それしきの茶菓子を高級扱いとは、さすが庶民。感性が貧相でいらっしゃるのね」
ナコがシキオリ=オリーへと思いを馳せていたその時、無駄に優雅な仕草で足を組み替えた魔法少女が、その煌びやかな金髪を手でかきあげながら、こちらへと嘲るような笑みを向けてきた。
「えっと⋯⋯。ゴージャス
「べ、別にあなたを馬鹿にしたわけじゃないのよ!! そんな風に謝られると私が悪者みたいじゃないの!!」
この煌びやかな見た目、間違いない。魔王塾卒業生の中でもかなりの有名人、”麗しき貴婦人”ゴージャス麗麗麗だ。さすが、『なんでも高価なものに変えちゃうよ』という魔法を使うだけあって、どうやら中途半端な値段のお菓子がお気に召さなかったようだ。とっさに頭を下げれば、何故かわたわたと慌てた表情を見せている。⋯⋯案外、優しい人なのかもしれない。
「れれれ嬢、初対面の相手にそういう物言いは、よくないんじゃないかねぇ?」
「うわー、れれれっち、いかにも悪役令嬢って感じだね~☆」
「あんたらは黙りなさい!!」
そんな麗麗麗をからかう超☆Ⅱ凱にシキオリ=オリー。纏う雰囲気が全く違うのにまったく物怖じしていないのは、やはり魔王塾卒業生同士の絆というものがあるからだろうか。
「お、なんだいなんだい。皆でゴージャス屋をからかってるのかい? そんなら、このあたいも混ぜて貰おうじゃないかい」
そう言ってすっくと立ちあがり扇子を構えるのは、この部屋の中で唯一椅子ではなく座布団に座っていた、派手な色彩の羽織りを着た魔法少女だ。すうっと細められた瞳からは感情を読み取りにくいが、その声色からこの状況を面白がっていることは伝わってくる。
「あんたは黙ってなさい
「そりゃああんた、あたいは”噺家”だからね。喋らないと死んじまう生き物なのさ。⋯⋯おっと、紹介遅れてすまないね。あたいの名前は洒落亭流音。魔王の後継者になる魔法少女の名前だから、ぜひ覚えてってくれや」
洒落亭流音はこちらに顔を向けると、扇子を広げ、そこに書かれた『洒落亭流音』の文字を見せながら自己紹介してくれた。この名前も、かなり有名だ。”噺家”洒落亭流音。魔法少女落語家という異質な職歴を持つ洒落亭流音は、『駄洒落を言うのが得意だよ』という魔法を使うらしい。
ニコニコと笑みを浮かべる洒落亭流音。しかし、先ほど彼女が自己紹介のついでに放った言葉で、部屋の空気が変わった。先ほどまで明るい表情を浮かべていた超☆Ⅱ凱やシキオリ=オリーの表情も、一気に剣呑なものへと変わっている。
「⋯⋯洒落を言うのは舞台の上だけにしなぁ、流音嬢よ。パムの後継者の座、私ぁ譲るつもりは全くないよ」
「うちも、そこは譲れないかな~。これに関してはマジでいかせてもらうから」
「あら、後継者の座はわたくしのものよ? だって、そんな唯一無二でゴージャスなポジション、このわたくしにこそふさわしいものですもの!!」
「あわ、あわわわわ⋯⋯」
一気にぴりついた空気に変わった室内に、ナコはあわあわするしかできない。これで、比較的問題児ではない魔王塾卒業生が集められた控室だというのだから、果たしてキューティー☆Eが行った問題児が主に集められたという控室はどんな場所か、あまり想像したくない。
「⋯⋯あちゃあ。どうやら、ナコちゃんを困らせちゃったみたいだねぇ。ここでこれ以上やりあうのはやめとこうか」
「わわ、ごめんねナコっち! 困らせるつもりはなかったの!!」
しかし、どうやら、ナコがあわあわ言っているのが聞こえていたらしく、超☆Ⅱ凱とシキオリ=オリーが慌てて殺気をしまい、ナコのフォローに入ってくれた。麗麗麗も申し訳なさそうに眉を下げており、あまり様子が変わらないのは洒落亭流音だけだ。
「⋯⋯わ、わたくしも、洒落亭流音に煽られて冷静さを欠いていましたわ。お詫びに、これを差し上げます」
そう言うと、麗麗麗はナコが持ってきた茶菓子手に取り、ナコに渡す。その行動の意味が分からず目をぱちくりさせたナコであったが、パッケージを見て気が付いた。持ってきた茶菓子じゃない。いつの間にか、ナコでも知っている有名高級和菓子メーカーのものに変化していた。
「も、もらえませんよこんな高級なお菓子! 私、スタッフですし⋯⋯」
「そんなこと言わずに貰ってくださいまし。わたくしたちのノリにあなたを巻き込んだお詫びですわ。⋯⋯この面子の中に居ると、つい殺気立ってしまうんですのよね」
「そ、そう仰るのでしたら⋯⋯いただきます!!」
ナコは、おそるおそるパッケージを開け、その中から飛び出してきた高級和菓子に目を輝かせ、ぱくりと噛みついた。その瞬間、口の中に幸せが広がり、天にも昇りそうな感覚に包まれる。
「⋯⋯なんですのこの子。クッソ可愛いですわね」
「ゴージャス屋、おめぇさんの趣味嗜好は自由だが、目の前で手ぇ出すような真似はやめとくれよ。大会参加前に逮捕されちゃあ、流石に冷めるんでねぇ」
「だだだだだだだ、誰が色白儚げ美少女の好きな同性愛者の変態ですってぇぇぇ!?」
「そこまでは言ってないんだけどねぇ。⋯⋯お、そうだ。ナコ屋。あんたのところのリーダーに伝言があるんだが、一つ頼んでもいいかい?」
「え? さららに伝言ですか?」
洒落亭流音は、何やら顔を真っ赤にして喚き散らす麗麗麗を無視し、ナコの方へと近づいてくる。そして、耳元に顔をそっと寄せると、こう囁いた。
「⋯⋯あの事件の黒幕を知っている。ギャシュリーとマーブルフェイスは、ある魔法少女に呼ばれた。それが誰か知りたかったら、お前も試合に参加しろ」
「⋯⋯え?」
思わず変な声が出た。それくらい、洒落亭流音の伝言は奇妙で、よく分からないものだった。しかし、何故だろう。ギャシュリーとマーブルフェイスという名前には、聞き覚えがある気がする。
洒落亭流音は、既にナコのそばから離れ、元いた座布団へと戻っている。他の3人からのいぶかし気な視線を受けても動じることなく、念押しとばかりにナコに声をかけてくる。
「そんじゃあ、さらら屋に伝言、よろしく頼んだよ。⋯⋯
ガツンと、脳を鈍器で殴られたような衝撃が走った。その名前にも、聞き覚えがある。でも、思い出せない。頭が、割れるように痛い。
ナコは、その頭痛から逃れるように、部屋から飛び出した。その後姿を、うっすらと目を開けた洒落亭流音が、じっと見つめていたのであった。