♢ときんちゃん
『さぁて始まりました第二試合! 茶田千代さん、今回はどちらが勝つと予想しますか?』
「え、え~っと⋯⋯? 手元の資料によると、『魔法の毒で中毒にしちゃうよ』という魔法を使うソリマチ選手と、『爪と指の間に針を刺すよ』という魔法を使うハリー・サシター選手の対決のようです。なんか変わった名前だなぁ⋯⋯」
『茶田千代さん!?』
「じゃなくて!! すっごく面白そうな対決ですね!! これは解説しがいがありそうですよ~!!!」
控室に置かれたテレビには、先ほど始まったばかりの第二試合の様子が映し出されている。ここにいるメンバーは、魔王塾卒業生以外で固められた10名。先ほど脱落したカミーラも含め、魔王塾卒業生に比べるとやや雑な扱いをされている感は否めない。それ故にこの短時間で妙な団結感が産まれており、解説を務める魔法少女に対して控室からはブーイングの嵐が飛んでいた。
しかし、ときんちゃんはその中には加わらない。一人皆が集まっている場所から離れた場所で、親指と人差し指で器用にカップを持ち上げ、その中に入ったお茶をちびちびと啜っていた。
ときんちゃんは、孤高を愛する魔法少女だ。決して群れることは無く、誰かの下につくこともない。いついかなる時も、他人とは異なる行動を取り、逆境に身を置き続ける。これこそまさに、アウトローな生き方だ。
「解説の魔法少女、早く変えてほしいわ~」
「それな。そうだ、さっきお茶持ってきてくれたイケメンさんにやってもらえばいいんじゃない?」
「確かに~! 少ししか喋ってくれなかったけれど、ハスキーないい声だったもんね!! あの人、魔法使いとかなのかな?」
「いや、あの人は女の人だね。私の百合センサーがビンビン反応した」
⋯⋯なんだか、ずいぶんと話が盛り上がっている。どうやら、解説の魔法少女へ対する不満から、さっき茶菓子を届けに来たスタッフへと話題が移ったようだ。
まあ、確かに? 高身長で顔立ちも整っていて、スーツをばっちり着込んでいるのに耳にはピアス開けててつい見とれちゃいましたけれど? かなりアウトローポイントは高い見た目だったので連絡先とか交換したかったですけれど? なんなら今もあの会話に入ってもっと魅力を語れますけれど?
しかし、しかしだ。ときんちゃんは孤高を愛する魔法少女。先ほどの好みドストライクのスタッフに対しても、他の魔法少女たちが熱い視線を送る中、クールに片手を挙げるだけしかできなか⋯⋯いや、しなかった。
ときんちゃんは、ちらりと横に視線を向ける。実は、あの輪の中に入っていない魔法少女はときんちゃんだけではない。そこに座るのは、真っ黒な魔法少女。黒いフードを目深にかぶっているため、顔もはっきりとは分からず、この控室に入ってから誰とも喋っていない。
ときんちゃんとしては、自分と被る立ち位置に魔法少女がいるのは御免こうむりたい。今のままだと、客観的に見てアウトローポイントはこの黒い魔法少女の方が上だ。イケメンに対してもまったく反応しなかった上に、差し出されたカップを床に叩き落とした時は目を疑った。ここは、アウトロー上級者として一つ釘を刺しておかねばならないだろう。決して、同じ孤高同士シンパシーを感じているわけでは、断じてない。ないったらない。
「⋯⋯ふぅ。有象無象どもが騒がしいな。戦いの前に心を静めることもできないとは、程度が知れるというものよ。貴様も、そう思うだろう?」
「⋯⋯⋯⋯」
隣に座る黒い魔法少女以外には聞こえないよう、小声で話しかける。しかし、返答はない。もしや、声が小さすぎただろうか。しかし、あまり大きな声で話しかけて他の魔法少女に聞かれるのは怖い⋯⋯じゃなくて、アウトローではない。
「⋯⋯ふっ。無駄な会話はしないというわけか。その心意気、なかなかに気に入ったぞ。貴様、名を名乗れ」
「⋯⋯⋯⋯」
先ほどより少し大きな声で話しかけてみる。返事はない。⋯⋯少々、言葉遣いが悪かったかもしれない。もう少し丁寧に話しかけてみよう。
「⋯⋯く、くく。あー、せっかく同じ控室に居るんだ。お互い、自己紹介くらいしてみないか? 我の名はときんちゃんだ」
「⋯⋯⋯⋯」
返事は、ない。なんという徹底した孤高っぷり。これが本物のアウトローとでもいうのだろうか。なんだか泣きたくなってきた。
「へ、へへへ。なんかすいません。あ、その黒いコスチューム、かっこいいっすね。うちも見習いたいな~なんて。あ、姐御って呼んでもいいです?」
「⋯⋯黙れ。二度とその五月蠅い口を開かないで」
思いっきり下手に出て媚びを売ってみたら、何故か殺意を込めた瞳で睨まれた。いったい何が地雷に触れたのかは分からない。ときんちゃんはそれ以上話しかける勇気が持てず、かといって今さら他の魔法少女の輪に加わることもできずに、気まずい時間を過ごすことになったのであった。
♢神谷沙羅
「⋯⋯ギャシュリーとマーブルフェイス? その、洒落亭流音という魔法少女は、ナコにそう言ったんですか?」
「は、はい。あと、事件の黒幕を知りたかったら、さららが試合に出ろとも言ってました」
控室へのお茶出しが終わり、ナコとキューティ☆Eと合流したその場で、沙羅はナコから洒落亭流音という魔法少女からの伝言を聞いた。
ナコは、記憶がないため分からないようだが、沙羅とキューティ☆Eははっきりと覚えている。ギャシュリーとマーブルフェイスという名前は、かつての沙羅の仲間を殺した、最悪の魔法少女二人組だ。彼女たちとの戦いで、キューティー☆Eは四肢を失い、ナコは記憶を失った。沙羅は特に大きな怪我はしなかったものの、大切な仲間をナコ以外失ってしまった。忘れるはずがない、凄惨な事件。その事件に黒幕がいるとは、いったいどういうことだろうか。
「洒落亭流音とは、いったい何者なんだ? 何故ギャシュリーとマーブルフェイスのことを知っている?」
「⋯⋯わ、分かりません。是非知りたいところですけれど、条件が厳しいですね。何故ボクを試合に出そうとしているんでしょうか」
「そもそも、沙羅って試合出れるんですか? ほら、TV唱さんが飛び入り参加はダメって言ってましたし⋯⋯」
「──そこは、あんたなら何とかできるはずだろ? あたいはただ、あんたの泣きわめく顔が見たいだけさ。まあ、素敵なお客様を殺された恨みも多少はあるけどね」
聞こえるはずのない、4人目の声。沙羅が素早く声の聞こえた方を向くと、そこにはいつの間に近づいてきていたのか、派手な色彩の羽織を纏った、糸目の魔法少女が立っていた。ナコから先ほど聞いた特徴と完全に一致する。間違いない、彼女が洒落亭流音だ。しかし、この声。どこかで聞いた覚えがあるような気がする。
「⋯⋯選手は控室に居るよう、言われていたはずですよね。まあ、ちょうどよかったです。あなたにはいろいろと聞きたいことがあったので」
「ははっ! 聞きたいことがあったら試合に出ること、それが条件なのは変わらないさ。それより、この声を聞いてもまだあたいが誰だか分からないのかい? 流石にちょっと悲しくなっちまうねぇ。⋯⋯これで、分かってくれるかい?」
そう言って、洒落亭流音は、自分の瞳に手をかざす。自然な動作ですっと外されたのは、コンタクトレンズ。先ほどまで細められていた瞳は見開かれ、そのあまりにも特徴的で見覚えのある色彩を映し出す。
「え、その目って⋯⋯!?」
「おいおい、そんなことがあるのか!?」
ナコとキューティ☆Eが驚きの声を上げる。沙羅はというと、驚きすぎて声も出せなかった。洒落亭流音は、虹色の渦巻く瞳をかっぴらき、ケラケラと愉快そうに笑う。その仕草と表情は、沙羅のよく知る人物と結びついた。
「まさか⋯⋯義姉さん!?」
「ようやくわかったかい、この愚妹。折角お前さんをいじめるために情報仕入れてやったんだ。逃げ出そうとしたって許さないよ。地獄の果てまで追いかけて、泣きべそかかせてやるからね」
このあまりにも傍若無人な言い分。間違いない。沙羅の最も恐れる、最悪の義姉だ。この義姉のせいで、沙羅は今の性格になったと言っても過言ではない。常に最悪を想定しなければ、この義姉は沙羅の思考を上回る嫌がらせでもって沙羅をいじめてくるのだ。
「それにしても、まさかあんたまで魔法少女になってるたぁね。世界は狭いねぇ」
「今のボクは、変身していないですけれど。それに、TV唱のせいで変身も封じられているから、悪いけれど試合には⋯⋯」
「おや、なんで変身が封じられていると思うんだい? TV唱はただ、テレビを通じて注意喚起しただけだろ? それなのにそう言うってことは、あんた、TV唱の魔法の効果はある程度検討ついてんだろ。それなら、注意深いあんたが対策しないはずはない。変身は、問題なくできるはずだ。違うかい?」
⋯⋯失言した。義姉の登場で、動揺していたせいだ。確かに、義姉の言う通り、沙羅はTV唱の魔法の効果をある程度予想し、そして対策していた。あんな明らかに胡散臭い魔法少女を疑わない方がどうかしている。まあ、胡散臭さと厄介さならこの目の前の魔法少女の方が上だが。
「おっと、あんまり長話していると、次の試合が始まっちまうね。部屋の面子とは誰が勝つか賭けやってんだ。2回戦ではあたいはハリーサシターが勝つと睨んでいるんだけれど、あんたはどう思う?」
「早く控室に戻ってください。試合に出ることに関しては、なんとかしますので。⋯⋯例の事件の黒幕とやらに関しては、必ず話してくださいね」
「そうかい。楽しみに待っとくとするよ。それじゃあ、次は会場でな」
そう言い残し、洒落亭流音はご機嫌にスキップしながら去っていく。その後姿を見ていると、なんだかどっと疲れた気分になった。
「はえ~。まさか、沙羅にお姉さんがいたなんて、驚きです。⋯⋯なんか、ずいぶん癖のあるお姉さんですね」
「おい、試合に出ると言ったが、どうするつもりだ? 変身できるといっても、飛び入り参加が認められていない以上、難しいだろ」
「⋯⋯そこは、なんとかします」
沙羅は、先ほど見た控室の光景を思い出しながら、そう答えた。あの部屋の中に居た、青い髪の魔法少女。背丈も、ちょうど同じくらいだ。幸い、この顔立ちは何故か同性に受けがよい。声をかけて連れ出すのは、容易だろう。
──数分後、控室内に居た魔法少女が一人、スタッフに呼ばれ部屋から連れ出される。「百合フラグ、きちゃー!!」と歓喜の叫び声をあげたその魔法少女は、部屋に戻って以降やけにおとなしくなり、部屋の隅でうつむいて顔をあげなくなってしまった。
きっと、あのイケメンに振られて落ち込んでいるのだろう。そう思った周りの魔法少女は、そっとしておくことを決めた。そして、また一人話しかけてもまったく反応してくれない魔法少女が増え、ときんちゃんは心の中で泣きべそをかくのであった。