「ふぁああう」
前の人の背中に隠れてあくびをかみ殺す。
たいくつ。
何でこーゆー行事って、偉そうな人がいっぱい来てダラダラと長い話ばかりするのかしら。誰も聞いてないっつーの。
周りを見回しながら髪をもて遊ぶ。前髪、ハネてないよね? うん大丈夫、かわいい……ハズ。やっぱ第一印象が大事だもんね。
胸のリボンを整えているとどーしても顔がニヤけてしまう。ふふふー、やっぱこの学校にして正解だったな。制服かわいいもんね。ちょーっと偏差値高かったけど、入ってしまえばコッチのもんよ。
あ、あの人ちょっとカッコいいかも。あの先輩もなかなかのもんよね。全体のレベルはまあまあってトコかな。
「理事長あいさつ」
もーいつになったら終わるのよー。
……何? 急にまわりが騒ぎだしたけど、なんなの?
皆が注目してる壇上に私も目をやる。
……え?
そこには女の人が立っていた。しかも若い。
金髪? 外国人? さっき理事長とか言ってなかった?
騒いでるのは私たち新入生とその父兄ぐらいで、二・三年生はむしろその反応を楽しんでるようにも見える。
ちょっと待って、そーいえば何年か前に「あの」伊集院家を二十代の女性が継いだとかってテレビで騒いでた。
伊集院家っていえばこのきらめき高校の経営者で……つまりは……やっぱあの人が理事長ってコトなんだ。
「それでは、高校生活を楽しんで下さい」
いつの間にかあいさつは終わり、理事長はステージから降りる。
まわりはまだザワついていた。
「世の中って不公平よね。あんなに若くして金持ちで、持ってない物なんてないんだよ。ずるいと思わない、ひとみー?」
「まーね」
前の席に座っている友達、弘前ひとみは相づちを打つ。が、気持ちがこもっていない。
「でもそんな事言ってもしかたないじゃん」
ちぇっ、ドライなやつだ。
中学の頃からそうだ、人間観察と情報収集が趣味のクセに対象の人間自体にはそれほど興味がなさそうだったりする。変なヤツ。
「ところで、C組の前の方に座ってた人だけど……」
「茶パツの背高い人でしょ。なかなかいいよねー」
「葵の好みだと思った。背が高くて顔整ってるの好きだもんね」
「なんか、ヒトを見た目だけみたいに」
「いいんじゃない? 初対面の判断材料なんてそう多くはないし、外見に比重置いたって」
「……うーん」
なーんか、ひとみの言い方ってひっかかるのよね。
でもいつもの事だし、気にしないでおこう。
「先輩達もいいカンジだし、やっぱこの学校にしてよかったよね」
「葵の学校選びの基準はソレだけなの?」
「うっさいなー、んじゃひとみはどーなのよ」
細いポニーテールをぐいっと引っ張ると、そのまま頭をそらせて舌を出した。
「アタシは偏差値ちょーどよかったから、かな」
「それ、私に対するイヤミ?」
「いたたたっ、髪抜ける、抜けるってば」
そんな感じで雑談していると、ガラガラガラっと教室のドアが開く。
「ほらほら、座れーー」
先生が入ってきて、皆は自分の席に着く。ひとみも後ろの方の席に戻っていった。
若い先生だ。顔はまあまあ合格ってトコロね。
黒板に名前を書くと、先生は自己紹介を始める。
「担任の伊集院満だ。担当は保健体育、男子の体育を受け持っている。男子バスケの顧問もやってるから経験者に限らず入部は歓迎するぞ」
伊集院………?
「伊集院って事は、理事長と関係あるんすかー?」
誰ともなく声が上がった。たぶん、皆が気になっていた事だ。
先生は、へへへーと笑って頭をかく。
「実はあれ、俺のカミさん」
…………は?
一瞬の間の後、教室がどっと笑いに包まれる。
「センセー、冗談やめてよー」
「伊集院家の人間がこんな所で働いてるワケないじゃん」
あ、そっか、そーよね。
伊集院家の、しかもトップの人の旦那さんなら遊んで暮らせるワケだし。
「こんな所って、お前ら失礼だなー。……ま、いいけど」
軽くそう言うと、苦笑いしながら黒板の字を消す。
「つーわけで理事長先生と同じ名字だから、呼びにくかったら下の名前で呼んでくれ」
それから生徒の自己紹介が始まった。
「初めまして柴譜葵です。趣味はカラオケとウィンドーショッピング、楽しい事が大好きです。これからよろしくー」
そんな感じで私の高校生活は始まったのだった。
***
「はい、それじゃ、ちゃんと片付けておいてね」
先生の一言で皆はラケットやネットを片付け始める。バドミントンは嫌いじゃないけど、準備とかがめんどいのよね。
「たるぅ~~。ねえひとみ、そっち持ってー」
「ハイハイ」
ポールしまうのは遠慮したいから、さっさとネットをたたむ事にする。
「男子は元気よねー」
チャイムが鳴ったのに、まだやってる。
「と言うか、満先生も混じってるじゃん」
よく見ると、たしかに一人だけジャージが違うのが走り回っている。
ボールを取った満センセは何人も抜いてシュートを決めた。
「ひゅー、かーっこいい~」
「普段はサエない感じだけど、さすが元プロね」
「プロ? ってバスケの?」
「うん、アメリカに留学してた事もあるとか」
「へー、すごーい。じゃ、英語もペラペラなのかな」
ちょっと意外。
サエないってのは言いすぎだけどいっつもジャージだし、えらぶったり気取らないから先生ってよりは友達って感じ。
でも、あーやって真剣な顔でプレイしてるのを見ると少しはそれっぽい、かな?
「ケガで引退して先生になったらしいんだけど……」
ひとみは眉間にシワを寄せて、変な顔をした。
「なに?」
「それがね、先輩や先生達に聞いてもあんまり満先生の事教えてくれないのよ。何か隠してと言うか、もったいぶってると言うか……ああ気持ち悪いい~~~」
ひとみは吠える。
趣味が情報収拾だから、一度気になるとそれがハッキリするまで落ち着かないらしい。
「ま、がんばって」
「ふふふ、燃えてきた。満先生の秘密を暴いてみせるわ!!」
ひとみが吠えてから、しばらくは大人しいものだった。
いつもは三日もすれば何かしら結果を教えてくれるのにそれもないまま、満センセの隠し事(?)なんて忘れかけていた頃、
「葵っ!」
ひとみが廊下の向こうから、必死の形相で走ってきた。
うわ、
私はつい、それをよける。
ひとみは勢いづいて通り過ぎると、二・三歩行った所でキキーッと止まり、振り返った。
「満先生の新情報入手~~」
ふっふっふ、と笑う。
ひとみがこんな状態の時は、よっぽどのネタだ。
「なになに!?」
ひとみはニヤリ、と笑った。
もったいぶらないで早く話してよー。
「満先生、結婚してるのよ」
「……なんだそんな事? ソレなら指輪でとっくに分かってるじゃない」
「まあ、黙って聞きなさい」
なだめるように掌を見せた両手を上下させる。
いや、興奮してるのはアンタの方だって。
「それが、相手はあの理事長なのよ」
……は?
「ソレって、冗談だったんじゃないの?」
「いやそれが本当なの」
「マジで?」
「マジよマジ、大マジ。いやーもー伊集院家の公的な行事にはほとんど出てないから記事にも露出しないし、ウラ取るのに手間取ったわ。なんせあの風貌でしょ、先輩達も面白がっててなかなか教えてくれなかったのよ」
「……だよね」
言っちゃ悪いけど、どー見たってあの伊集院家の関係者には見えない。
顔はまずまずだし運動してる時はカッコいいけど、平々凡々の「ザ☆庶民」って感じ。
あの理事長と夫婦だと言われたってピンと来ない。
「しかも二人ともこの学校の卒業生で、あの伝説の樹で告白したんだって」
「へー、本当にあるんだ」
伝説の樹……卒業の日に校庭にある大きな樹の下で、女の子から告白して結ばれた二人は永遠に幸せになれる。そんな伝説がある。
その話を知って、私もいつかは……と思っていた。
「あーすっきりしたー」
ひとみは両手を上げて伸びをする。
ここん所大人しいと思ったら、ずっと調べてたのね。趣味とは言えご苦労な事だ。
「あ、そうそう」
ひとみは突然、ずいっと顔を近づける。
「それから、おもしろい話聞いたんだけど……」
「セーンセ!」
声をかけると満センセは振り返って箸を持ったまま手を振る。
中庭でシートを広げてお昼を食べていた。周りに座ってるのは男の先輩ばかり。
なんて言うかセンセって女子に人気ないわけじゃないのに、寄ってくるのは男子が圧倒的に多いのよね。
「すごいお弁当ですね」
何段もある重箱が並べられている。どれもとっても美味しそう。
「柴譜も食べるか?」
「座って座って」
「いっぱいあるから、どーぞ」
先輩達は私を招き入れて、重箱を差し出す。
「って、お前らが言うな」
差し出した先輩の手をぺちっと叩くと、辺りは笑いで包まれた。
ホント、センセって男子と友達みたい。
「いただきまーす」
先生の隣りにちょこんと座り、テリーヌをつまむ。
あ、おいし。
さすが伊集院家、普通お弁当にテリーヌなんて入ってないよね。
「コレって、理事長が作ってるんですか?」
「いや、あいつは忙しいから滅多に……って、もうバレたのか?」
先生はあっさりと認めた。
「やっぱり、本当だったんですね」
ひとみの情報だから間違いはないだろうけど、確かめてみるまで信じられなかった。
「センセ隠す気ないっスよね」
「隠してもしょうがないだろ。どーせ根堀り葉堀り聞いてくるからって自己申告してやれば、今度は信じないし」
「だってあんな言い方じゃ、誰も信じないって」
「そーそー」
アレって毎年の事なんだ。
確かに冗談にしか聞こえなかったわよね。あの言い方じゃなくても、そうは信じられないけど。
「あと、聞きたいんですけど」
「何?」
「学生時代に理事長が、男の格好してたって話ですけど」
「……ホントに皆、その話好きだよなあ」
センセは苦笑いして髪をかきあげる。
「あーそう言えばそんなウワサもあったっスね」
「あったあった、あと理事長が誘拐されたのをみつ先生が助けたとか」
「ダイヤモンドの漬物石を使ってるとか……」
先輩達は口々に伊集院家のウワサについてしゃべり出す。
ひとみが「あくまでウワサ」と前置きして話してくれたのもいくつかあったけど、冗談としか思えない話ばかりなのに「伊集院家の」とつくとありえそうに思ってしまうから不思議。
満センセはそれを否定も肯定もしないで、面白そうに聞いていた。
***
「なんで、この、世に……マラソン……なんて、ある……の……かしら……」
「しゃべってると、よけい疲れるよ」
ひとみは余裕で答える。
私より一周多く走っているのに・・・つまり私が一周遅れなんだけど、この余裕。私の遅れた分まであげたいぐらい。そう、いっそ道連れに・・・。
「じゃ、おさきにー」
つかもうとした手は空をかき、ひとみはさっさと行ってしまった。
「……うらぎり……もの…………」
「別に『一緒に行こうね』なんて言った覚えはないけど」
私がぜーはーとへたり込んでいる横で、ひとみは腕を組み男子の方を見ていた。
「文化部の、くせに……」
「演劇は体力も必要なのよ。葵ももう少し運動した方がいいんじゃない?」
「いーの、帰宅部なんだから」
やっと息も整って、立ち上がってひとみに言う。
が、ひとみは男子の方を見たまま、変な顔をしていた。
「どうしたの?」
見ると、サッカーの授業は終わったみたいで、皆は片付けをしている。別に気になるとこもない。
「ほら、満先生がボール拾ってるじゃん」
「いつもの事でしょ」
ボールが入ったカゴを運ぼうとしたところに男子数名が近づく、遠慮したように手を振っていたが、男子はカゴを受け取り、小走りで先に行ってしまった。
センセは一人残される。さびしそうなシルエット。
「………………」
私とひとみは顔を見合わせた。
体操服を着替えて教室に戻ろうとすると、見慣れた後ろ姿があった。
やっぱり、どこかさびしそう。
「満センセー」
私とひとみは駆け寄って、両わきに並ぶ。
「次はホームルームだよね、教室までイッショ行こう」
「おう」
いつものように明るく答える。
さびしげな背中なんて、気のせいだったみたいに。
「満先生ー!」
女子が数人駆け寄ってきた。
同じ一年生、かな。
「調理実習でカップケーキ作ったんです」
「食べて下さい!」
「ああ、ありが……」
「きゃー、渡しちゃったー!」
「どうしよー」
ケーキを渡すと女の子達は、きゃあきゃあ言いながら行ってしまった。
なにアレ?
渡しておいて「どうしよー」ってのはなんなのよ。
「あんまり嬉しくなさそうですね、先生」
「そうかな?」
ひとみの言う通り、ちょっと困った感じに見える。
ケーキもらったってのに、さっきのさびしいシルエットに重なった。
「ありがた迷惑って顔してますよ」
「そ、そんな事ないだろ」
両手を顔にあてて、表情を矯正する。
それ、ボケツ掘ってると思う。
「センセ、顔ひきつってるけど」
「う……」
手を下ろすと、センセはため息をつく。
「別にうれしくないわけじゃないさ。ただ、ああいった反応は何度受けても慣れなくて、ね」
「……ごめんね、私のせいで」
理事長の夫だという事実はあっと言う間に一年棟を駆け抜け、今や満センセは腫れ物にさわるように、もしくはどっかの芸能人のような扱いをされていた。
「それを言うならアタシのせいよ。皆が口をつぐんでいたのに、ムリヤリ探るような真似して」
センセは私達の頭をぐしゃ、となでて笑う。
「なーに二人のせいじゃないさ、毎年の事だからちょっと早まっただけだって」
ほっとするような笑顔だった。
「……んもー、髪セットしたばっかなのに、ダイナシじゃない」
「ごめんごめん」
子どものように、無邪気な顔であやまる。
センセはまったく変わっていない。なのに、周りだけが変わっちゃった感じ。
正直、本人見てると伊集院家の人間だなんていまだに信じられないくらい。
「それに、たまには俺も伊集院家の重みを感じておかないとな」
フッとさびしそうに笑った。いつもは見せた事のない、大人っぽい顔。
「あいつの千分の一もないんだけど、さ」
理事長を指して言った言葉に、私のどこか身体の奥底で、ちくん、と小さな痛みが生まれた。
「おーっとみつ先生、両手に花ですか?」
「理事長先生に言いつけるよー」
通りかかった先輩達が、からかうように言った。
「ばーか」
満センセが振り上げた手をかわして、先輩達は逃げていく。
「そういえば、二・三年生は満先生の事を知ってたのに、あの態度なんですよね」
あ、たしかに。
「俺が伊集院家に影響力ないって知ってるからな」「ないの?」
トップの旦那さんなのに。
「ないよー、ムコだし」
さらっと言って笑った。
天下の伊集院家だから、庶民出のおムコさんだと肩身が狭い、とか?
「まーしばらくすれば、一年生も慣れるさ」
「ところで、センセはどうしてこんな所で働いてるの?」
「こんな所って……教職を否定する気か」
言葉のわりには軽い口調。顔も笑ってる。
「そーじゃなくて……伊集院家の、しかもトップの人の旦那さんだったら一生遊んで暮らせるでしょ。じゃなくても、伊集院家系列の会社役員とか」
「教師の給料なんてたかが知れてるし」
「はっきり言うなー、弘前」
ひとみの一言に、センセは苦笑いする。
「そうだな、そんな選択肢もあったけどさ」
先生はポリポリと頭をかくと、ちょっとだけ困ったように笑った。
「ヒザをケガして選手としてやっていけなくなった時に、伊集院家に喰わしてもらうかな、なんて冗談めかして言ったら『そんな男に惚れた覚えはない』って一喝されちゃって」
「先生ー、それってノロケですか?」
「はっはっは、まあなー」
冗談のように答えたかと思うと、静かに微笑む。
「教員免許も取ってたし、きらめき高校に拾ってもらったんだ。コネで就職したって言えばそれまでだけど、人と出会う事は好きだしこんな俺でもできる事があるんだって……今はこの職業についてよかったと思ってるよ」
その笑顔に再び小さく、けれど今度はハッキリとした痛みを私の胸に落とした。
***
満センセはトントンと書類をまとめている。
「センセ……」
「みつ先生、バイバイー」
「おう、気をつけて帰れよ」
クラスメイトは大きく手を振って教室を出てく。
センセが言ったみたいに、いつの間にかぜんぶ元に戻っていた。
本人は相変わらず年中ジャージだし、伊集院家の影も全然見えない。センセが伊集院家の人間だなんてやっぱり冗談だったような、それとも学校全体でセンセの冗談に付き合ってるような、そんな感じだった。
まだセンセをアイドルか何かだと思ってる女子もいたけど。
「ん? どうした柴譜」
「センセはこれから部活でしょ、途中までイッショ行こうよ」
「ああ」
「あ、待って、アタシも行く」
ひとみも混ざって、教室から少しの間だけどイッショに帰る。
「弘前は演劇部だったよな、文化祭の準備は大変だろう」
「見に来て下さいね、アタシも脚本に参加してるんだから。……ちょっとだけですけど」
「へえ、脚本か。舞台には出ないのか?」
「一応チョイ役で出るけど、演技する方はあんまり好きじゃないんです」
「もったいないー。中学のときは出てたじゃない。センセ、ひとみったら後輩にすごい人気だったのよ」
「やめてよ、部員が足りないからやってただけ。周りが騒いでたのだって、別に私じゃなくても男役やってたら誰だってよかっただけよ」
「そんなことないと思うけどなー」
「はは、女の子はそういう話好きだからなあ」
「……先生、なんか妙に実感こもってないですか」
「そ、そんなことはないぞ」
分かりやすくうろたえるセンセに、ひとみのアンテナが反応する。
「なにナニ? 何かあったんですか!? 聞かれたくない事とか!?」
センセは話をそらそうとしたけど、「アタシにかかったらどうせバレるんだから、吐いた方が楽ですよ」という説得力あるようなないようなオドシで、しぶしぶ口を開く。
「ええと……そうだ、ほら、むかし俺も劇で女役やらされたんだ。面白がってさんざん女子に写真撮られたっけ」
センセの女装……。
想像して、思わず吹き出す。ひとみも本気で笑ってる。
「……おう、当時も充分ウケ取れたよ」
すねたように言うと、センセはさっさと話題を変える。
「ところで、柴譜は部活に入らないのか?」
「うーん、あんま興味ないけど。そうね、マネージャーならやってもいいかな。……バスケ部とか」
「ほんと? それが本気なら大歓迎するよ、女子バスは人手足りないって言ってたし」
「そ、そうじゃなくて、男子バスケ部のマネージャーなんだけど」
「男子? うちはマネージャー足りてるから、女子に行ってくれた方が助かると思うんだけど。二年の子が転校しちゃって大変なんだ」
そーゆー意味じゃないってのに、ああもう。
「興味があるなら次の練習試合でも観戦に来ればいいよ」
「うん、ゼッタイ行くね」
そう言って腕に抱きつくと、センセはスルッとそれを外す。
「こらこら、そういうのは冗談でもやめなさい」
ちぇっ、カタイなあ。
いつもは友達みたいなのに、こーゆー所はカタイんだから。
突然、センセは立ち止まって荷物を見る。
「しまった、教室に名簿忘れた」
「マヌケー。センセってけっこー抜けてるよね。こないだも授業に来ないと思ったら、時間割間違えてたし」
「うるさいな。じゃ、気をつけて帰れよ」
教室に戻ろうとしたセンセを引き留める。
「待って、私ここで待ってるから」
強引にセンセの荷物を奪い取る。
せっかくだから、もう少し一緒にいたい。
「……しかたないな、じゃ行ってくる」
「いってらっしゃーい」
走っていく背中を見送る。
うふふ、いまの会話ってなんか夫婦みたい。
あ、一緒に戻ってもよかったな。そっち方が長くいられるし。
「………………」
背中に視線を感じて、ゆっくりと振り向く。
「……ひとみ、居たっけ?」
「居たわよ、ずっとね」
半眼で、仁王立ちだ。
うう、やめてよ。もともと目がキツイんだからコワイじゃない。
「葵、あんた本気なの?」
「……なにが?」
「満先生の事よ」
ズバッと言った。
ひとみに容赦という文字はない。
「そりゃ、満先生はいい奴よ。背高くて顔もいいしアンタの守備範囲だけど………でも、結婚してるんだからね」
分かってる。
「奥さんはあの伊集院家の総帥なのよ」
分かってるってば。
「金持ちで、美人で、スタイルも良くて、あの伊集院家を仕切ってるぐらい頭も切れて、あんたがかなうモノなんてなんにもないんだから」
「分かってるわよ!!」
私は叫んでいた。
「ああそう本気よ! どーせ私はただの女子高生よ。……ムダかもしれない、でも、でも……しょーがないじゃない……好きになっちゃったんだから…………」
「………………」
ひとみは静かに、私の頭に手を置いた。
「別に葵を責めるつもりはないわよ。でもどんな結果になったって、結局傷つくのはアンタなんだからね」
「………………」
頭の上の重みがなくなったかと思うと、バシッと衝撃が来る。
「いったあーー」
「だいたい、アンタにしめっぽい話は似合わないのよ。……さて、アタシは部活行かないと。じゃね」
悩める乙女にチョップをかますと、ひとみは行ってしまった。
ちょっとだけ、気持ちがラクになった。
私だって振り向いて欲しいと思ってたわけじゃない、……でも、好きでいるくらいいいじゃない。
「ねえ」
答えるはずもないセンセの荷物に語りかける。
「ひゃっ、なっなに!?」
突然、荷物がうなりを上げた。
「……なんだ、ケータイか」
ムリヤリ取っちゃったとは言え、電話まであずけちゃうなんてマヌケ。ま、その辺もかわいいんだけどね。
マナーモードで震えつづけているソレを、どーしたもんかと見つめる。
よく見るとそこには「レイ」と表示されていた。理事長……センセの奥さんだ。
「…………」
私は静かにケータイのボタンを押した。
『満? 私だけど、今日も遅くなりそうなの』
電話の向こうは一方的にしゃべりつづける。
『ごめんね、今のプロジェクトが大詰めで日曜の練習試合も行けないみたい。この前もキャンセルしちゃって心苦しいんだけど』
「……ご心配なく。私が試合も行くしお弁当だって作ってあげるし満先生にはずーっといっしょにいるから、仕事でもなんでもどーぞ」
『えっ、誰あな……』
ぶち、と電話を切る。電源も切ってしまって、荷物の中にもどす。
……そうよ。
顔だってスタイルだって少しだけ……ちょっとだけ負けてるかもしれないけど、若さは勝ってるし何よりセンセのそばに居る事ができる。センセにさびしい思いなんてゼッタイにさせない。
「お待たせー」
センセは走って戻ってきた。
「はい、荷物」
にっこりと笑って渡す。
そうよ、近くに居たもん勝ちなんだから。
「じゃ、気をつけて帰れよ」
「ねー体育館なら外通っても行けるでしょ、こっちから行こうよ」
玄関で別れようとしたとこを、ぐいっと腕を引く。
「なんで、わざわざ……」
「いいでしょー、ほら、散歩散歩」
「ハイハイ、わかったって」
しぶしぶと、上履きをはいたまま玄関から出る。センセってけっこー押し切られやすいのよね。
校庭にある大きな樹が見える。私はそこにたたたっと走り寄った。
伝説の樹。
ここで告白すると永遠に幸せになれるという伝説。
センセと理事長が結ばれたという伝説の樹。
足元に木洩れ日がゆれていた。
「センセはここで理事長に告白されたんだよね」
樹を背にして振り返ると、センセは足を止めてこっちを見ていた。
「伝説って……永遠の幸せなんて、ホントにあるの?」
「うーん、どうだろうな」
センセは伝説の樹を見上げる。
「永遠なんてどんなもんか知らないから」
いつものような軽い口調ではぐらかす。
「……私には、センセが幸せなんて思えない」
「どうして?」
ちょっと困ったように笑う。でも否定はしない。
「忙しくてロクに会ってないみたいじゃない、そんなので夫婦って言えるの?」
伝説が、センセ達の「永遠の幸せ」なんてないハズ。
「私なら旦那さんにヒトの弁当持たせるなんてしない」
なに言ってるんだろう。
「さびしい思いなんてさせない」
何をしようとしてるんだろう。
「毎日手料理作っていってらっしゃいのキスしてお帰りなさいのキスして」
伝説なんてないのに、
「家にいる時は二人でビデオを見たり、休みの日にはピクニックに出かけたり」
伝説なんて……
「……柴譜、夫婦にはいろんな形があるんだよ」
「私なら……私なら、ずっとセンセのそばに……」
「満のバカーーーーー!!」
「がはっっ」
センセが目の前から消える。
「なに? えっ!?」
センセに飛びゲリをかましたその人は、ハイヒールでスチャッと着地する。
両手を腰にやり、地面にめりこんだセンセをキッとにらむ。
「ひとが忙しくてまともに帰られないっていうのに、自分は女の子とイチャイチャと……」
「俺が浮気するわけないだろ!」
「解ってるわよ!!」
「!?」
「ただ、この前一緒に行こうって言ってたお店に私抜きで好雄くん達と行かれた事思い出しちゃって、ふつふつと怒りが……」
「だから悪かったって。それは謝っただろ」
「ええ、つい……」
突然、理事長はこっちをにらむ。
こ、こわっ……近づいて来たよ、ど、どーしよう。
「この人に手出ししたら、伊集院家が黙ってないわよ」
ひぃぃっっ
「こらこら、生徒を本気でオドすな」
「だって……」
「俺がお前以外を好きになるわけないだろ」
「でも、あなたを好きになる人は沢山いるもの」
「バカだな」
私を抜きに、センセと理事長は二人の世界に入る。
ってか、眼中にない? のけものですか?
もしもーし。
「レイ様」
ひゃっ
……びっくりした。いつの間にか、隣りに男の人が立ってた。
「そろそろ、お時間です」
お、なかなかカッコイイ。
「ごめんね満、会議中に来たからもう戻らなきゃ」
「こっちこそ悪かったな、手間取らせて」
「ううん。あ、日曜の試合には必ず行くから」
「うん? ああ、でもムリしなくてもいいからな。身体に気をつけて」
理事長は微笑むと、美景の黒服を従えて帰っていった。・・・嵐のように。
「……ごめんな、なんか巻き込んでしまって」
センセはいつもの笑顔を見せる。
かなわないって言うか……なんか、バカみたい。
「あーあ、伝説は本物か。私も告白する相手はやく探そーー」
伸びをしながら伝説の樹を見上げる。
樹はさっきと変わらずに、静かに枝をゆらしていた。
「あ、さっきの人って秘書か何か? カッコよかったな、ちょっといいかも」
センセは急にフクザツな顔をする。
「……彼はやめといた方がいいよ、うん」
「??」