少年と魔女   作:甘党からし

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魔女中毒ー①

また一人が死んだ。

 伝聞ではなく、断定。この目で見た以上は疑いようがない。

 

 背中から血を流した、青白い死体。

 苦しんで死んだのか、喉には引っ搔き傷があった。眼球は充血しており、素肌との対比が痛々しい。

 

 学校は臨時休校となり、生徒は皆蜘蛛の子を散らすように帰って行った。

 俺を揶揄う余裕もないらしい。

 

 当然か。俺だって、吐き気が収まっていない。

 一旦トイレで吐き出したかったが、教員に無理矢理叩き出された。

 コンビニでトイレを借りて吐き出し、水を買って一段落。このままホテルで休もうかとも考えたが、今すぐという訳にもいかんかった。高級ホテルに出入りしているという噂が流れ、売春しているという話にまでなっている。

 噂でないと確信されたら、どんな面倒が待っているかわからない。

 

 そしてそれ以外にもう一つ。

 

「あはっ、そんなに警戒しないでよ」

 

 この女をどうにかしなければならない。

 

「お前誰だ?」

 

毒島(ぶすじま)(さそり)。一個上の先輩だよ、よろしく~」

 

 女は左手を振りながらにこやかに毒島と名乗った。名前は随分といかついが、露出多めの制服は口調からは随分と軽い印象が感じられる。

 

 俺は余り交友関係が広くない。何なら皆無に等しい。

 だがそんな俺でも毒島蠍の名前は聞いたことがあった。

 

 二年三組のギャル。男女混合のスクールカースト上位グループに所属する女子生徒。

 裕福な家庭の子供が集まって、何やら色々と遊んでいるらしい。

 学校では美男美女の明るい噂はすぐに広まる。逆に悪い噂は広まらない。俺が居るからだ。

 

「そうですか。じゃあ、俺はこれで」

 

 ハッキリ言って関わりたくない人種だ。毒島の毒々しい嗜虐心に満ちた紫色の瞳がその思いを加速させる。

 そもそも俺に好き好んで話しかけてくる奴には碌なのが居なかった。

 きっとコイツもそうに違いない。

 

 先輩だから一応の会釈をしつつ、俺はさっさと場所を移す。もう帰ろう。コンビニで暇を潰すつもりだったが、止めだ。

 

「そんなこと言わないでさ? 今から私と遊ばない?」

 

「遊ぶ? 先輩と? 俺等初対面ですよ?」

 

 どうにか嫌悪感を隠しながら、俺は言葉を出す。

 

「そもそも、今そんな気分じゃないんです。先輩も知ってるでしょ? あの現場。俺さっきゲロ吐いたんですよ、休ませてください」

 

「知ってるよ。皆ビックリしてたね。怖かった?」

 

 毒島は口に手を当ててクスクスと笑っている。

 理解できない。学内で起きたんだ、最早対岸の火事じゃない。

 いつ自分に降りかかるかわからないというのに。

 

「でも怖がりって損だよ? 世の中には沢山の刺激的なことがあるのに、それらを楽しめなくなっちゃう」

 

 そう言いながら、スマートフォンの画面を俺に見せた。思わず、目を反らした。

 そこに映っていたのは死体の写真。ウチの学校の生徒が藻掻きながら死んでいった成れの果て。

 

「……不謹慎じゃないですか?」

 

「言ったでしょ? 私、怖い者知らずなの」

 

「限度があるでしょ」

 

 呆れながら溜め息を吐く。殺人事件を面白がる連中はネット上に山ほど居るが、それをリアルでやろうとする奴は見た事が無い。因みに俺は死体が大の苦手だ。トラウマと言って良い。

 

「ふーん。その割にはって感じだね。やっぱり君のこと、もっと知りたいかも」

 

「残念ながら俺はもう既に先輩のことが苦手です。帰ってください」

 

「そんなこと言わないでさ、遊ぼ?」

 

 毒島が俺に寄りかかってくる。無駄に良いスタイル、綺麗な顔、良い肉付きが癪に障る。

 次いでそれにしっかり反応してしまっている自分が情けなくなってくる。男とはかくも単純な生き物なのか。

 

「先輩として心配なんだよ? ずっと独りで虐められて。この間なんて水浸しで廊下歩いてたじゃん? 可哀想だなって思ったんだ」

 

 甘い声が鼓膜を揺らす。ちょっとくすぐったい。

 しかしここまで俺に近づいてくる人間は初めてだ。もしかしたら、本気で俺のことを気にかけてくれているのか?

 いやそんなはずはない、とは言い切れない。言い切りたくない。何せ、刻魅が居るのだ。

 

「――――ね? 遊ぼ?」

 

 やっぱり俺は単純だ。身体を押し付けられたら、もう頷く以外の力は残っていなかった。

 

「…………一回だけなら」

 

「やった! 行こ行こ!」

 

 ああでもまあ、一度だけなら良いか。

 

 

 

 

 蠍さんの提案した遊びはどれも普通のものだった。

 ボーリングとゲームセンター。人が多く、余り周囲を気にしなくても良い。

 

 率直な気持ちを言えば、楽しかった。周りを気にせず遊べたのはいつ以来だったか。

 もしかしたら今までに無かったかもしれない。

 ファミレスで食事をしながら、俺はふとそう思った。

 

「ねえ、次はどこ行く?」

 

 ハンバーグステーキを切る手が止まる。

 スマートフォンの画面を見ると時刻は二十時。ボウリングで時間を使い過ぎたか。

 流石にもう遅い。そろそろ帰らなければ、厄介事が舞い込んでくる。

 

「いや、もうこの辺にしときましょうよ。もう遅いし、殺人犯が紛れてるかもしてないし」

 

「えー? もう少しだけ遊ぼうよ~」

 

「無理です。俺だって怖い」

 

「刺激が足りなーい!」

 

 そんなこと言われても困る。

 蠍さんは甘く見ているようだが、天舟市で起きる事件はまともじゃないものが多い。

 猟奇的だとかそういう意味じゃない。勿論その手の事件が起きることもあるが、そんなものは天舟に限らない。

 一番まともじゃないのは犯人だ。

 

「……魔女に襲われるのは勘弁なんで」

 

「…………へえ? 魔女? 何それ都市伝説?」

 

「都市で起こっているものではありますけど、伝説ではないですよ。歴とした現実(リアル)です」

 

 この街には魔女が出る。これだけ聞くと聞き分けの無い子供に親が使うような言い文句だが、この街に限ってはそうじゃない。厳密に言えばこの街に限った話ではない。しかし頻度が他の地域と比べて異常に多い。

 蠍さんは面白そうに目を細める。

 

「昔から天舟市では不可解な事件が多いでしょ? 発展してるけど、発生率を理由に引っ越しちゃう人が出るくらいには」

 

「そうだね。刺激的で良い街」

 

「…………まあそれは好みの問題なんで何も言いませんけど。とにかく実際に魔女が潜んでるんです」

 

「なんか意外だね。君そういうの信じるタイプなんだ?」

 

「信じるも何もリアルですから」

 

 魔法も奇跡も存在するのがこの世界だ。

 俺も最初は信じられなかったが、この目で見てしまった以上は信じる他無い。

 

「……やっぱり、君に話しかけて良かった」

 

 蠍さんが身を乗り出し、顔を近づけてくる。

 瞳が妖しく光り、俺の眼球に反射する。

 少しだけ、頬が熱くなった。

 

(ホント単純…………)

 

 いつも極上の肢体からなるこれ以上無いレベルの快楽を味わっているというのに、また別の誰かに欲情してしまうなんて。悲しくなるくらいに性欲に支配されている。三大欲求という言葉は実に的確だ。だからこそ、今日に至るまで使用されているのだろう。

 

「これ、私の連絡先ね。また遊ぼう? 楽しみにしてる」

 

「あっ」

 

 伝票を持って蠍さんが席を立つ。

 寸前に出た「あっ」は名残惜しさ故か、はたまた女性にお金を払わせてしまったことへの罪悪感故か。

 

「……俺が払うつもりだったのに」

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