少年と魔女 作:甘党からし
今日も休校。
俺は掛布団に包まりながら、必死の身体の疼きを抑えていた。
朝起きてから震えが止まらない。熱を測ってみたが、体温は平熱。倦怠感に支配されている訳でも無い。
寧ろその逆。抑えがたい衝動に支配されているようで、どうにも落ち着かなかった。
(刻魅に連絡を……!)
そう思って何度かメッセージを送ってみたものの、一向に既読がつかない。
震える指先で若干おかしくなった文章を必死に連投するも、まるで反応が無かった。
「何か、あったのか?」
心配になる。しかしその心配もすぐに衝動によって掻き消された。
苦しい。一体俺の身体は何を求めている?
何も、マズいものは吸っていないはずだ。
(――――先輩)
ふと、蠍先輩の顔が浮かんだ。
昨日カラオケボックスの中で見せられた、酷く淫靡な彼女の顔。
思い返すと、それが酷く魅力的なものに思えてしまう。
「駄目だ、駄目なんだ……」
何度も言い聞かせるように呟き、努めて先輩の顔を記憶から消そうと藻掻く。
だが藻掻けど藻掻けど、彼女の顔は消えない。それどころかより鮮明になっていく。
身体のある一点だけが熱くなり、俺を身体を牽引しようと身を乗り出している。
その時、着信音が鳴った。
刻魅だと思った。しかし違った。
相手の名前は、毒島蠍。
「――――――」
気がつけば、着替えていた。
そして水の勢いのままに流し込み、急いで部屋を出る。
自動ドアが開ききる前に飛び出し、そして足早に歩きだした。
「あ、来た来た。おーい!」
コンビニの前で先輩が手を振っている。
その姿を見た瞬間、途方もない安堵感を覚えた。
「やっほ。随分急いできたんだね、大丈夫?」
「……ちょっと、寝坊した、んで」
「へぇ? 夜更かししたの? もしかして私のこと考えて眠れなかったとか~?」
先輩が悪戯っぽく笑う。
表情の変化を見るだけで、俺の心臓が高鳴っていくのがわかる。
「……あはっ、顔真っ赤じゃん。もう私にベタ惚れなのかな?」
「そんな、んじゃ……」
「もう、正直なんだから」
先輩が俺の背中に腕を回す。彼女の体温が基点となって、急速に身体が火照っていく。
「今日もたっぷり遊ぼうね?」
「は、はい……」
先輩に触れた瞬間、震えがピタリと止まった。
じんわりと広がっていく多幸感。ベタ惚れなんてものじゃない。
俺はもう、先輩の中毒者だ。
客観的に見れば、今の俺はきっと異常だ。
だがもう今はどうでも良い。昨日散々感じた罪悪感でさえ、今の幸福に比べれば取るに足らないことのように思えてしまう。
(先輩、先輩、先輩、先輩)
頬を染め上げ、うっとりとした表情で先輩の傍で歩く。
周りの人間が少し顔を顰める程にべったりと近づいている。どこをどう見ても壊れた玩具。
同じ事だけを繰り返し、反芻するだけガラクタだ。
「今日はここにしよっか?」
場所は休校のはずの学校だった。
まだ調査中なのか警察と思しき者達がチラリと見えた。
「イケない場所でイケないことしちゃお? きっと楽しいよ? もっと中毒になっちゃおう?」
先輩が発する言葉の一言一句が媚薬のようで、俺はこれ以上無く興奮していた。
先輩も同様らしく、息が荒くなっている。それが俺はたまらなく気持ちが良い。
身体に擦れる空気さえ、愛撫のように思えてくる。
「ここは……」
「生徒会室。あのお高く止まった生徒会長の居る場所を、徹底的に汚してやろうと思って」
少しだけ、動きに固さが出た。昨日の刻魅の言葉を思い出す。
考えて見れば、昨日行ったカラオケも龍王財閥が経営している場所だ。そして今度は生徒会室。
もしもここでしてしまえば、とことん刻魅を侮辱することになってしまうのではないか。
そんな思考が俺を躊躇わせた。
「はい脱いでー♪」
しかしそんなことは先輩には心底どうでも良いことで。
俺の衣服を強制的に剥ぎとった。かなり力が入っていたらしく、布の破ける音が聞こえる。
「あはっ、アハハハハ! もうこんなになってるじゃん!」
何というか、先輩もおかしい。
昨日まではあったはずの余裕が無くなっているように思える。色香を武器に戦う淫魔が、逆に色香に支配されているかのような。そんなことがあるのだろうか。
「んっ――――――」
考えている間に蜜が喉の奥に流し込まれていく。
人肌温度の暖かい、とろける蜜。俺の中のものと混ざり合い、双方の中に注ぎこまれていく。
「ぷはっ」
「もっと…………!」
間髪入れずに二度目。
注がれれば注がれる程、体温が上昇していく。サウナのような熱気が生徒会室中に充満していく。
「……ハァ、キスだけじゃ、やっぱ我慢出来ないや……! もっと熱く、もっと濃く、もっと激しいのを頂戴よ……!」
先輩に求められている。その事実が他の感情を消し飛ばす。
ただされるがままを望むように、俺は両腕を開いた。
「あはっ、良い子良い子。じゃ、遠慮なく……!」
最早普通の行為じゃない。相手の尊厳すら蔑ろにしかねないそれは半ば暴力。
かつて親父が名も知らぬ女性にしたことと毛ほども違わない行為を、俺はその身に受けようとしている。
「嬉しい……」
呟いた。それは中毒によるものか? 否。
元々、全てが一変したあの日から俺の中で生まれた度し難い欲望。自分の力ではどうにもならないような圧倒的存在に組み伏せられて、徹底的に。
「良いっすよ、先輩……」
「~~~~~~♪」
自ら肉となることを望み、喰われる。
それが俺の欲望だ。その癖愛されたいなどと抜かすのだから、もう本当にどうしようもない。
だけど俺にとって、今この瞬間が最も満たされて――――。
「黒魔女と白魔女。同じ魔法を使う女性という意味では同じこの二つだどうして区別されているのか、わかる?」
声が聞こえた。うるさいくらいに飛び散る嬌声にも負けない程の凛とした声だった。
「殺生・偸盗・邪淫・妄語その他諸々。己が欲望に溺れて悪逆を為す魔女の魂は黒く穢れる。正義を為す魔女の魂は純白に輝いている……。この世界は大きく分けて白と黒、正義と悪に二分される。どちらが正義でどちらが悪か、場所や時代によって移り変わり行くものの中で、万が一にも肯定させないために、その名称はつけられた……」
空間が冷える。
先程まで凝縮されていた熱が急速に排出されていく。
「だけど実際には魔女かどうかなんて関係無いのよ。魂を見ることが出来るのが魔法というだけで、魂そのものはあらゆる生物に備わっているものだもの」
視界を埋め尽くすのは先輩の顔。しかしその中の僅かな欠片に映りこむのは、俺がいつも見ている顔。
故に、見間違える余地も無く。
「良い時代になったと思わない? かつて女にだけ押し付けられた純潔が、今や男にも求めることが許されるようになった。…………ねぇ、浮気者さん?」
龍王刻魅がそこに立っている。
恐ろしい程に透き通った瞳で、俺を見下ろしていた。