死んで覚える「ポケットモンスター」   作:サラウマン

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レポート-03「カイリューの翼」

 トキワまでの道程の半分ほどを消化した僕らは、僕らの身の丈よりも大きな岩の陰で、休憩をとっていた。この岩は、マサラから旅立つ新人のトレーナーは必ず立ち寄るという岩で、僕たちはここでの休憩を楽しみにしていた。

 

「思ったより遅くなっちまったな。」

 

「うん、でも仕方ないよ。あんなにすごいバトル、テレビでも見たことないもの。」

 

 太陽はすっかり中点を過ぎてしまっている。グリーンがコラッタとのバトルにより心身ともに激しく消耗していたため、なかなか距離が伸びなかったのだ。しかし、トレーナーの旅にバトルは付き物。こんなのは当然のことだ。

 

「それじゃ、ご飯にしようか。おなか空いてるよね。」

 

「おう。」

 

 僕とグリーンはそれぞれ鞄からお昼にと用意しておいた食料を取り出す。僕はシャケのおにぎりで、グリーンはハムレタスのサンドウィッチだ。それからポケモンたち用の「ポケモンフード」を出して皿に盛ってやる。グリーンは早速ポケモンが三匹に増えたからドッサリだ。準備ができたら、ボールからポケモン達を出してやる。

 

「んじゃ、いただきまーすっ。」

 

 グリーンに合わせて、ポケモンたちも競うようにして食べ始める。それを見ながら僕はご飯の前にレポートを書き始める。普段は朝起きてすぐに書くのが日課なのだが、今日は朝が慌ただしかったのですっかり忘れていたのだ。レポートとはいっても紙の上に書くようなものではない。言葉にすると難しいが、心の中で「スタートボタン」を押す感じだ。僕は物心ついた頃からこういう風にレポートを書くことができた。レポートを書いてみても実際に何かが起こるわけでもなく、「レポートを完了しました」とメッセージが浮かぶだけだから、こんな話は言ってもなかなか信じてもらえない。それでも僕は、これが何かとても大切な物のような気がしていて、こうしてレポートを書いているのだ。

 

レポートをたくさんかきこんでいます

プレイじかん 7:43

みつけたポケモン 4ひき

つかまえたポケモン 1ひき

レポートをかんりょうしました

 

「っえ!?な、なに!?」

 

「んあ?どうしたんだよレッド。」

 

 今までにないレポートの結果に驚きの声をあげると、グリーンが反応する。

 

「いや、えっと、レポート書いた感じがいつもと違ってて。」

 

「へー。どんな感じだったんだよ。」

 

 グリーンは僕の不思議な話を信じてくれるたった一人の友達だ。僕はグリーンに今の出来事を説明する。増えた項目。たくさん書きこんでいる。プレイ時間。要領を得ないそれにグリーンは何とか納得してくれた。

 

「それってやっぱ、旅に出たせいじゃねーか?マサラ出てから大体そんぐらいだろ。」

 

「そっか、じゃあ捕まえたポケモンっていうのはゼニガメのことなのかな。」

 

「そうなんじゃねーの。ていうか、お前がジムバッヂ集め終わるころにはプレイ時間がとんでもねーことになってそうだな。」

 

 グリーンはイシシと笑うとまたサンドウィッチにかじりついた。それを見て僕もおにぎりを包むラップをはがして食べ始める。グリーンもポケモンたちも、みんなが食事に集中している。黙々と食べ進める。会話はないが、少しも不快ではない。むしろ心地よい、のんびりとした時間が流れていく。しかし、

 

 

ヅッッッッ!!!!!!

 

爆振。 突然、視界が果てしないオレンジに覆われる。瞬間、衝撃によって体が吹き飛ばされる。世界が回る。

 

レッドのめのまえはまっくらになった

 

 光が戻ってくると、そこには、何事もなかったかのようにグリーンがサンドウィッチをかじっていた。ポケモンたちも夢中でポケモンフーズをほおばっている。

 

「へぁ?」

 

「んあ?どうした?レッド。」

 

 おもわず漏れる僕の声にグリーンが反応する。僕はそれに説明を返す。突然現れたオレンジ。吹き飛ばされた僕。元通りの世界。

 

「何言ってんだよ。夢でも見てたんじゃねーのか?そんなことよりさっさと飯食っちまえよ。トキワまでまだ半分残ってるんだぜ。」

 

 しかし、グリーンは取り合ってくれなかった。こんなことが今朝にもあった。手元を見ると、食べかけのはずのおにぎりがラップに包まれて真新しくある。これも、あったことだ。やっぱり夢だったのだろうか。確かめたい。

 

「おい、何やってんだよレッド?」

 

 僕はキョロキョロといそがしなく辺りを見回し始めた。今朝の夢は大体は見たままに実現した。ならば、今度も本当になるのかもしれない。

 

「あのオレンジを探してるんだよ。」

 

 答える僕に呆れるグリーン。しかしそれにかまうことなく、くまなく辺りを観察する。あのとき、あのオレンジは確かに僕の目の前に現れた。この近くにいる筈なのだ。そして、視界の隅にあのオレンジをとらえた。慌てて振り向くと、それは豆粒のように小さく見えた。しかし、瞬きする間にも、それは急速に大きくなっていく。超遠距離から高速で接近してきているのだ。それは、山を踏みつぶせるような巨大な体と、その巨体に似合わぬ小さな翼をもっていた。それは、世界最強の伝説。

 

「カイ、リュ、ウ?」

 

レッドのめのまえはまっくらになった

 

「おい、レッド!何ボーっとしてんだよ。」

 

 光が戻ってくる。また、夢を見ていた。グリーンの呼ぶ声に意識がはっきりしてくる。僕は何をしていたんだっけ。確か、レポートがおかしくって、オレンジが来て、オレンジが、

 

「そうだっ!カイリュー!」

 

「、?カイリューがどうしたんだよ。」

 

 大岩の影だ。グリーンのサンドウィッチはまだ全然減っていない。僕のおにぎりもまだ手つかずだ。夢の中で夢を見てたってことなのかな。いや、それよりも今は。

 

「グリーン!逃げなくっちゃ!カイリューが来るんだよ!」

 

「っはぁ!?どういうことだよ!?」

 

「カイリューが来るんだよ!危ないんだ!」

 

「意味分かんねーよ。なんでカイリューが来んだよ?」

 

「夢で見たんだよ!ホントなんだ!!」

 

 興奮して、僕は声を荒げてしまうが、グリーンは呆れたよう。当然だ、夢で見たことが現実に起こるなんてありえない。でも僕はここを逃げ出したくてたまらない。根拠なんてないに等しい。夢の中で見た夢が、夢の中で現実になってしまったというだけだ。それでも僕は、これが夢では終わらないと思えてならないのだ。根拠はないけれど、そんな気がするのだ。

 

「んだよ、夢かよ。寝ぼけてねーでサッサとメシ食っちまえよ。」

 

「そんなことより早くここから逃げないと!本当にカイリューが来ちゃう!」

 

 なおも焦る僕の様子をグリーンがいぶかしがる。これも当然だ、夢が現実になると信じている人なんてそれこそ夢の中の存在だ。あり得ない。でも僕はそれに確信を持ってしまっている。カイリューは此処に来るのだ。直ぐにでも。

 

「はあ、んじゃ行くか?なら片付けねーとな。」

 

「う、うん。急がないと。」

 

 それから、五分も掛けずに荷物をまとめて僕たちは、大岩からトキワへ向けて出発した。まだポケモンフーズを食べていたポケモン達は不満そうだったけど、今は我慢してもらうしかない。

 

「そろそろ、かな。」

 

「あん?何がだよ。」

 

 大岩を離れてから十五分ほど。カイリューが大岩に着いてもいいころだろう。そうすれば、すぐさま大きな着地の音とともに、衝撃が来るはずだ。僕は衝撃を防ぐに十分だと思える大きさの木の幹に回り込み、身をかがめ、その時を待つ。

 

「お、おいレッド!見ろ!あれ!!」

 

 僕の後ろを着いてきていたグリーンが、突然慌てた声を上げる。何事かと振り向いた僕の視界を覆ったのは、一面のオレンジ。

 

 どうして、こっちに。

 

レッドのめのまえはまっくらになった

 

「やっぱり信じられないよね。」

 

 事のあらましをグリーンに説明した。しかし今度は逃げようなどとは言えない。あのカイリューはきっと僕らを追ってきていたのだ。そうでなければ、あの場に現れる筈が無い。

 

「そりゃそーだろ。こんなとこにカイリューなんているわけねーし、大体が夢にしちゃー記憶がはっきりしすぎだろ。カタッてんじゃねーよな。」

 

「っ!そうか。」

 

 そうだ。言われてみればその通りだ。それに、思えば、夢にしてはできが良すぎたのだ。夢っていうのはもっと支離滅裂でなければいけない。こんなに筋が通った話であるはずが無いのだ。このおかしな記憶は夢によるものではない。だとすれば、原因なんてもう一つしか心当たりが無い。レポートだ。レポートが、このおかしな正夢のような現象を引き起こしているのだろうか。そういえば、はじまりは、毎回レポートを書いた直後だった気がする。グリーンが少しだけサンドウィッチを食べていて、僕はまだおにぎりに手をつけていない。そんな状況からばかりだった。

 

「でも、どちらにしたってカイリューは来るんだ。どうにかしないと。」

 

「はあ、んじゃ穴でも掘ってうまっとくか?とりあえず風で吹っ飛ばされることはねーだろ。」

 

 グリーンの提案に頷いた僕は、直ぐにゼニガメと穴を掘り始めた。グリーンも手持ちのポケモンを総動員して手伝ってくれた。五分ほどで子供一人がしゃがんでようやく入りきるような穴が完成した。グリーンとはじめに話していた時間が長かったから、たぶんカイリューが現れるまでもう時間はない。ぼくはゼニガメをボールに戻して穴に身を隠した。そしてそれから十秒もしないうちに、あのオレンジが視界に入った。

 

「来たよ、グリーン!早く入って!」

 

「狭すぎだよ!入れるわきゃねーだろ!つかマジで来ちまったじゃねーか!どーすんだよ!」

 

ズッッッ!!!!!!

 

 着弾。それとともに暴風が吹き荒れる。穴の中に隠れていても体が持って行かれそうになってしまう。あまりの轟音に耳はまともに聞こえない。まるで圧縮された台風がぶちまけられたようだった。

 

「っクソ!生きてるかー!?レッドォ!」

 

 ようやく耳が聞こえるようになった頃、グリーンが叫んで呼びかけて来た。顔を上げてその姿を探すと、どうやら、大岩にしがみ付いて何とか吹き飛ばされるのを免れたようだった。ポケモンたちも皆グリーンにしがみ付いて吹き飛ばされるのを防いでいる。

 

「大丈夫だよ!グリーン!」

 

 風はそれから直ぐに止んだ。僕は穴から這い出てボールからゼニガメを出す。カイリューはしばらくは辺りをキョロキョロト見回していたけれど直ぐに僕たちに気付いた。逃げることはできない。しかし、闘うには余りにも力の差がありすぎた。僕たちのポケモンたちも圧倒されて身動きできないでいる。

 

「お、おい、どうすんだよ、レッド!」

 

 カイリューに聞こえないよう小声で問いかけてくるグリーンに、しかし僕は何の反応も返せないでいた。そんなこと、分かんないよ。時間の流れが重い。ねっとりとした冷たい空気が僕たちを包む。カイリューがゆっくりと体を倒し、顔を近づけてくる。その瞳は険しく歪められ、激しい怒りに包まれているようだった。鼻息が感じられるほどに顔を近づけてカイリューはしばらく静止した。するとその瞳は徐々にカイリュー本来のやわらかなものへと戻っていくようだった。僕たちは何が何だか分からないまま、あっけにとられているだけだった。

 

「お、おわあ!?」

 

 何かに納得した様子のカイリューは、一度体を起こし、爪で地面に何かを書き始めた。それが終わると僕たちをつまみあげてそれを見せた。それは、ローマ字の「R」に見えた。

 

「ね、ねえ、グリーン。これって、」

 

「ああ、多分、ロケット団、だろうな。」

 

 ロケット団、最近カントー地方で勢力を伸ばしている暴力団だ。赤でRが染め抜かれた真っ黒な服がトレードマークで、銀行強盗や放火など、目立つ悪事も一杯やっているのでニュースでもよく取り上げられる。カイリューも奴らに何かをされたのだろうか。

 

「な、なあ、お前この模様がついた黒い奴らを探してんのか?」

 

 僕たちの会話に反応したカイリューが顔を近づけてくる。グリーンの問いかけると大きく頷き、また地面のRを指さす。カイリューは僕たちに一体どうして欲しいのだろうか。僕とグリーンは互いに顔を見合わせた。

 

「彼女はロケット団にさらわれた息子を探しているのだよ。少年たち。」

 

 振って来た突然の声に顔を上げると、そこには、羽ばたく石で出来た鳥「プテラ」と、それに掴まるマントをつけた赤髪オールバックの青年がいた。彼のことを僕たちはよく知っている。弱冠十九歳にしてカントーポケモンリーグの現チャンピオン、竜使いの異名をとるカントーの覇者。

 

「な、なんでワタルがこんな所に、」

 

「バ、バカレッド!さんをつけろ!バカ!」

 

「はは、いや、構わないよ。今はそれよりも彼女、カイリューのことだ。彼女は息子のミニリューをロケット団にさらわれていてね、追っているんだ。」

 

 ワタルの言葉にカイリューが小さく頷く。つまりこのあたりにロケット団が逃げてきていて、カイリューはそれらしき人影、つまりは僕達を見つけて降りて来たのだろう。カイリューはとても心配そうにしている。出来れば協力してあげたいけど、僕たちじゃあ彼らに着いていくことさえできないだろう。

 

「あの、オレら、マサラから来たんですけど、ロケット団は見なかったです。すみません。」

 

「ああいや、いいんだ。実はもうロケット団は見つけていてね。」

 

 ワタルの言葉と同時にカイリューが僕らを地面に下ろす。それはこれから戦闘を始めるための準備。ロケット団はここにいる。なぜなら。ワタルの使うプテラは化石から再生された古代のポケモンだ。ワニのように強い顎と、燕のように自由な翼を持ち、そして犬のように、

 

「プテラは鋭い嗅覚を持つ。」

 

「お、よく知っているね。ま、そんな訳だ。出て来い、そこの三人。」

 

 右側にある大きめの草むらから、ガサガサという音を立てて三人の黒づくめの男が現れる。それぞれの胸にはでかでかと赤のRが刻まれている。まぎれもない、ロケット団だ。その表情は追い詰められたようにひきつっていて、だけどどこかに余裕があるようだった。

 

「へへっ、余計なことスンじゃねえぜ。可愛い、可愛い、ミニリュウちゃんを殺されたくなかったらなあ!」

 

 ミニリュウに大きなナイフを突き付けながらロケット団が叫ぶ。人質、これが奴らの余裕の正体だったようだ。悔しいが、これで僕達は動けない。グリーンも苦虫をかみつぶしたような顔をしている。しかし、ワタルだけは何事もなかったかのように平然としていた。それどころかロケット団相手に挑発まで始める。

 

「全く、お前達は何も分かっていないな。」

 

「ああん?この状況で何を言ってやがる。俺たちがいったい何を分かってねえってんだ?ええ?」

 

 ワタルは笑みをもらし、続けた。

 

「カイリューが地上最強のポケモン、伝説と呼ばれる、その所以を、だよ。」

 

 直後、世界が極光に掻き消される。おもわず瞼を閉じるが、それでも視界には光が満ちている。瞼を通した赤い光だ。一瞬遅れて起こる爆風に吹き飛ばされかけるが後ろから抱きとめられる。

 

「大丈夫かい?」

 

「は、はい。ありがとうございます。ワタルさん。」

 

「構わないよ。それより、もう目を開けても大丈夫だよ。」

 

 ワタルさんの言葉に従って、おそるおそる目を開ける。光はすっかりおさまっていて、草むらがすっかりなぎ倒されて、その先にあった木々も随分と折れてしまっていた。ロケット団は影も形もない。

 

「カイリューはこの世で最も強力で、最も強靭で、そして最も速く、早いポケモンだ。その技の発生は何者にも認識できず、その姿は何者にも捉えられない。それ故に人はその技を、「しんそく」と、そう呼ぶよ。」

 

 ワタルさんは、カイリューが吹っ飛ばしたロケット団をプテラの鼻で見つけ、捕縛し、帰って行った。ロケット団たちは東のタマムシに連れて行かれ入念な取り調べを受けるらしい。ミニリューを誘拐したことも問題だが、それ以上に奴らがどうの様にしてミニリューの生息地を知ったかが問題らしい。非常に貴重なミニリューの生息地はポケモンリーグによって厳重に管理されているらしく、リーグ内でもかなり高位の者にしか知らされていないそうだ。やっぱり、それだけロケット団の勢力が増大してきているということなのだろうか。恐ろしいことだ。

 カイリューはワタルさんを見送った後、しばらくミニリューと話していた。何を言っていたのかは分からないがどうやらお説教をしているようであった。それが終わると住み処へと帰るようで、ミニリュウを頭に乗せていた。

 

「それじゃあな、カイリュー。ミニリューも。」

 

「元気でね、二人とも。」

 

 僕らが声を掛けるとカイリューとミニリューは振り返り、軽く頷いて応えた。二匹は前を向き直り飛び立つ。カイリューは大きく羽ばたいた。爆風。

 

レッドのめのまえはまっくらになった

 

 

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