石の町、ニビシティ。町の西にかまえるオツキミ山から採れる良質な石材が有名で、他にも進化の石やポケモンの化石などが多く採れ、そういう変わった石を集めた博物館もある。今でこそ地下通路を通ればポケモンリーグまで一直線だが、カントーに地下通路網が整備されるまでは、チャンピオンリーグ挑戦者のほとんどがこのニビを経由してリーグへ向かったそうだ。その名残か、町のあちこちにポケモンバトルに使うであろう空き地があり、子供たちがイシツブテを投げて遊んでいる姿を見ることができる。
「かーっ。同じトキワの隣だってのに、どうしてこうも違うのかねえ。」
「しょうがないよ、ニビなら公認ジムもあるし、オツキミ山に入れば修行もできるんだし。」
オツキミ山を深く潜れば、イシツブテやイワークといった岩系のポケモンと出くわす。ニビジムのリーダー、タケシはそういったポケモンを使ってくるという話だ。一度オツキミ山で修行して、対岩ポケモンの感じをつかんでから挑むというのもアリだろう。
「でもよー、もうちょっとマサラにトレーナーが来てたら、今頃あんなド田舎にはなってなかったぜ?悔しーよなー。」
「でも、マサラにはめぼしい修行スポットもないんだし、しょうがなかったんじゃないかな。」
今のご時世にマサラにはポケモンジムはおろか、フレンドリーショップやポケモンセンターすらない、といえば、どれだけマサラが田舎なのか分かるだろうか。そんな場所ではまともな修行など出来る筈もなく、マサラはますます遠ざけられるばかりだ。
「ま、いいけどよ。どーせオレがチャンピオンになりゃいいことだ。そうすりゃマサラはチャンピオンの生まれ故郷。一気に都会になるぜ!」
グリーンは自信を持って言う。グリーンは強い。自分がチャンピオンになることを微塵も疑っていない。
「うん。それはそうと、ジムには今日挑戦するの?」
「当然だろ。さっさと行こうぜ。」
ニビジムに着くと中の明かりが点いているのが分かる。トキワの二の舞で無いことにホッとしてしまう。とりあえず中に入ってみると、僕たちより二、三歳上に見える少年がにこやかに声をかけて来た。
「お、君たち入門希望かい?ジムリーダーなら奥にいるぜ。」
「そいつは丁度良かった、案内してくれよ。オレ達、挑戦者なんだ。」
ニッと笑ってグリーンが告げると、とたんに彼は表情を変えた。腰のボールに手が伸びる。
「生意気な。だったらまずはこの俺を倒してからにしてもらおうか。教えてやるぜ、お前がタケシさんに挑もうなんて一億光年早いってことをな!」
キャンプボーイのカケルがしょうぶをしかけてきた
グリーンは快勝した。最初の彼だけではなく、それからさらに三人と連戦をしてストレート、それも無傷での勝利だ。やっぱりグリーンは強い。
「もういいだろ。さっさとタケシんとこまで案内してくんねーか?」
「いや、その必要はないよ。」
グリーンの声に応えたのは低い、大きくはないがとても力を感じさせる声だった。振り返ると、そこにいたのは浅黒い肌をした、上半身裸でグレーの作務衣を着た、開いているのかすら分からないほどに目の細い青年。
「俺がジムリーダーのタケシだ。歓迎するぜ、チャレンジャー。」
その肉体が生半可な鍛え方をされていないのは一目でわかる。決して体格は大きくないが、その硬質な体つきはまさに岩石を操るに相応しい重量感を備えている。彼は強い。少なくとも昨日のロケット団相手なら、一人で、容易く、蹴散らしてしまえるほどに。それだけの覇気が伝わってくる。
「グリーンです。へへ、さっそく相手してもらっていいかな。」
グリーンは既にボールを手にしている。その手には強く力がこもっているようで、小さく震えている。タケシはほんの短い間黙ると返答する。その視線は分からないが、何かを見つめていたように感じた。
「もちろんだ。カケル、準備しろ。」
「はい!タケシさん!いくぞお前ら、フィールドに案内してやる!」
最初の少年、カケルにジムの奥へと案内されるとそこにはライトアップされた50×20メートルの長方形、チャンピオンリーグでも使用されるバトルフィールドの公式フォーマット。この中でバトルが行われる。フィールド横にあるトレーナー用のボックスにグリーンが入ると、既に反対側にはタケシが待っていた。カケルが審判用のボックスに入り、バトルの準備が整う。僕は観客用のステージに上がって観戦だ。
「グリーン君、バトルの前に少しいいかな。」
「はい。何ですか。」
タケシの声は相変わらず大きくはならない、しかしそれでも確かな力を以てこの場にいる全員に届く。
「君は今の自分に不満を持っている、そうだね。」
「い、いきなり何言ってんすか、」
グリーンの言葉に被せるようにしてタケシは続ける。
「君は良い眼をしている。自信にあふれた強い眼だ。その自信に見合う力も持っている。幼いころから積み上げて来たもの、それから、とてつもない強敵に勝利して得たものだ。そしてはじめての、」
目に見える変化は何もなかった。それなのにどうしてか、その時確かに、タケシの目が開いたと分かった。
「負けも知ったようだ。」
グリーンの気色が変わる。その目は険しく、声は絞られる。
「何者だ、アンタ。」
「何者ってほどの者ではないさ。何も喋らない石と過ごすと、少しばかり心を感じられるようになるものなのさ。グリーン、君の素直な気持ちを教えてほしい。何をそんなに思い詰めている。」
タケシの目が閉じられる。それと同時に僕は大きく息をはきだした。その時初めて自分が息をしていなかったことに気付いた。そして自分がどれだけの緊張を強いられていたのかを知る。これがタケシの本当の実力なのだろうか。あのワタルと会ったときでさえ、ここまで強烈な覇気は感じなかった。
「知らねーよ、んなこと!」
グリーンの瞳が怒りに染まる。語気が激しくなり口調はさらに刺々しくなる。
「そうかい、始めよう。カケル!」
「はい!この試合はポケモンリーグの公式ルールにのっとって行います。使用ポケモンは三匹。入れ替え制。チャレンジャーはその三匹が、ジムリーダーはそのうち一匹が戦闘不能となった時点で敗北となります。よろしいですね。」
「いや、今回はジムリーダー権限で少し修正を加える。ジムリーダーの使用ポケモンは一匹。その一匹がダメージを負った時点で敗北とする。」
あまりに挑戦者側に有利なその訂正にグリーンは当然抗議の声を上げる。しかしそれは黙殺される。
「ふっざけんな!何のつもりだテメー、勝つ気あんのか!?」
「始めよう。」
「それでは試合を開始します。チャレンジャー、ポケモンをフィールドに出してください。」
グリーンが繰り出したのはコラッタ。一発でも攻撃を当てれば勝利が確定するこのルールでは、認識できないレベルの早さででんこうせっかを放つことのできるコラッタこそが最適だ。グリーンは冷静さを失っていない。
「チッ、行け!コラッタ!」
「ジムリーダー、ポケモンをフィールドに出してください。」
「ああ、いくぞ。出て来い!イワーク!」
ドズンッ!
連続して振動が走る。直径が2メートル以上はあるだろう丸い大岩がいくつも地面にたたきつけられる。それらの岩は一つに繋がって巨大なポケモンを形作る。それはまるで岩でできた竜のようだ。しかし空を飛ぶことができないそれを人は蛇と呼ぶ。岩蛇。
「っざけんなよ!イワークだと、よりにもよって!」
イワークの特徴は何といってもその大きさ、重さ、そして硬さだ。その重さゆえその攻撃は強く、その代わりに動きは鋭くないが、体の大きさからくる攻撃範囲の広さがそれをカバーしている。鍛え上げられたその硬さは、カイリューのしんそくに耐えることさえできるという。だが、この試合においてそれらは意味を成さない。グリーンが一撃を入れたらそこで試合は終了なのだ。どれだけ攻撃が強くても防御が堅くても、仕方が無い。これは素早さの勝負だ。体の大きさに関してはむしろ逆効果だろう。的が大きければ大きいほど攻撃は当てやすく、勝負はグリーンに有利になるのだから。
「ふざけてなどいない。むしろ大真面目さ。ほらどうした、かかってこいよ。」
イワークがのっそりと鎌首を持ちあげる。やはりその動きからは敵の攻撃を避けられるような俊敏性は感じられない。
「そうかよ。そんじゃお望み通りに一発で終わらせてやるぜ。」
基本的に素早さに劣るほうから攻めてくることはない。グリーンは一拍置いて気を整える。コラッタが頭を低くし戦闘態勢をとる。
「でんこうせっか!!」
「はじけ。イワーク。」
コラッタの姿は消え、同時にイワークの尾の先端がぶれる。そして次の瞬間には一筋の紫が高く打ち上げられる、コラッタだ。地面に届く時には既に気を失っている。受け身をとることはできない。叩きつけられる。
「ッ!コラッタ戦闘不能!チャレンジャーは新たなポケモンをフィールドに出してください。」
「何が、おきやがった。」
グリーンはコラッタをボールに戻すこともなく立ちつくす。それだけ自信があったのだ。自信をあれほど苦しめたでんこうせっかに。しかしタケシはそれをいとも容易く打ち破って見せた。動きを見せないグリーンにタケシが仕方ないとばかりに口を開く。
「簡単な話さ。でんこうせっかは確かに速いが動き自体は単調だ。だから見極めはしごく簡単。イワークでも十分に合わせることができる。パワーポイントの集まっていない側面を叩けば、技を使わずとも無傷で迎撃は可能だ。」
そんなものは理屈だ。コラッタの姿を線でしかとらえることができない以上攻撃をあてることは至難。しかし確かにタケシはコラッタを捉えてみせた。彼とイワークの眼にはコラッタが映っていたというのだろうか。
「だったらこいつでどうだよ。ポッポ!」
グリーンはコラッタを回収し新たにポッポを繰り出す。室内という限られた空間とは言え、ポッポの三次元的な機動力は強力だ。かぜおこしで遠距離戦に持ち込めば、その体を武器にした攻撃が主なイワーク相手に早々被弾はないだろう。
「ほう、ポッポも手に入れているのか。すごいじゃないか。」
感心したようにタケシがつぶやく。その敵を敵とも思わぬ態度にグリーンの怒りはますます高まっていく。
「これで終わりにしてやる!ポッポ、かぜおこしだ!」
放たれる光を纏う風の塊。今度は技をつかまわずに弾くことはできないだろう。すればかぜおこしはその内部エネルギーを開放しイワークにダメージが入ってしまう。かといってイワークの移動速度では避けきることなど不可能だ。これでグリーンの勝ちが決まる。
「それは、甘いな!イワーク、ほえるだ!」
「イィィィィゥ、ウアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!」
突如フィールドに嵐が吹き荒れる。イワークから放たれる音の波がかぜおこしごとポッポをフィールド外まで押し流す。ポッポとグリーンは勢いをつけて壁にたたきつけられる。
「ポッポ戦闘不能!挑戦者は新しいポケモンはフィールドに出してください。」
当然イワークは無傷のままだ。次の戦闘の準備を催促する審判の少年の声に、ダメージを受けたグリーンはうめくばかりで答えることができない。続けて催促をしようとする少年を、タケシはあの開いているのかも分からない細い目で制すとグリーンに話しかけた。
「これで分かっただろう、グリーン。確かに君は強い。しかしそれは、」
「んなこたあ!とっくに分かってんだよ!」
さえぎり、グリーンが叫ぶ。
「オレが弱いなんてのはとっくに分かってたんだ!年の割には強いっつったって、全体で見りゃ下のほうから数えたほうがはえーに決まってる。」
「それが分かっているのならいったい何をそんなに憤っている。何をそんなに焦る。」
グリーンが歯を食いしばる。何か辛いことを思い出した時のしぐさだ。トキワの森でのことだろうか。あの時僕たちは本当に殺される寸前だった。法も道徳もない悪逆非道の男たちに力でねじ伏せられるところだった。グリーンはそのことを悔いているのだろうが。
「オレは最速で世界最強にならなきゃなんねーんだ。こんなとこで躓くわけにはいかねーんだよ!」
違う。グリーンの思いには別の根拠がある。グリーンの目はもっと素っと遠くを見ている。しかしその視線の先に何があるのか僕には分からなかった。今まで一緒に過ごす中でこんな風に焦った様子は見たことがなかった。
「ならば良い言葉を教えてやろう。急がば回れってな。ここで俺に負けて行け。」
その言葉を聞いたグリーンがどんな顔をしていたのか僕には分からなかった。一瞬のことだ。一瞬でグリーンは怒りに支配されない強い瞳を取り戻した。
「ハッ!そいつはできねえ相談だな!オマエはここで越えていく!」
グリーンには不敵な笑顔が戻っている。手には新たなモンスターボールが納まっている。やっぱりグリーンは強い。強いトレーナーだ。
「オレはコイツと最強になる。誰にも負けないポケモンマスターになる。それが最初の誓いだ。」
グリーンがボールを手放す。ボールは重力に従って加速する。
「誓いはトレーナーとポケモンを結ぶ絆。」
ボールが地面にふれ大きな光が溢れだす。
「結ばれた絆は」
溢れだした光が圧縮され一つの形に固められる。それはフシギダネよりも一回り大きな姿。
「力になる!」
光がはじける。それはフシギダネに良く似た、しかしまったく異なるポケモン。
「俺たちは、強くなれる!!」
グリーンはフシギソウをくりだした