Fate/Blue archive -キヴォトス聖杯戦争- 作:ゴッホカッター
-ミレニアムサイエンススクール 部室棟前-
校舎と部室棟を繋ぐその通路は、陽が沈む直前にはとても人通りが少なくなる。大抵の学生は帰宅するか、街へ繰り出すか、与えられた部室に篭って部活動に励むかしているためだ。
「〜〜〜〜〜〜♪」
そんな通路を、鼻歌を歌いながら上機嫌に歩む人影がひとつ。
真新しい制服を身に纏い、丸眼鏡をかけた女学生。長い金髪を結える大きなリボンが目を引く彼女は、部室棟に向かって軽やかに歩を進めていた。
手に下がった売店のビニール袋には、お菓子や飲み物、アイスクリームが詰め込まれている。
アイスクリームが溶けてしまう前に部室に帰ろうと、彼女は少し足を早めた。
それを遮るように、人影が立ちはだかった。
「——こんにちは、刀根リコさん」
名を早瀬ユウカという。ミレニアムの生徒会である『セミナー』の会計職であり、ミレニアムサイエンススクールの経済を回すに相応しい能力を持つ女傑だ。
「ええと……セミナーの早瀬さん?何かご用ですか?今ちょっと急いでるんですけど」
「今でないとダメよ。あの4人がいないところで、ゲーム開発部の新入部員のあなたと話したかったの」
戸惑った顔になる生徒——刀根リコという名で呼んだ相手を、ユウカは眉間に皺を寄せながら見つめている。
ゲーム開発部。『TSC』による今年のクソゲーランキング1位の獲得、古代史研究会やセミナーに対する襲撃、『TSC2』によるミレニアムプライス特別賞の受賞などの輝かしい活動歴を持つ、学園都市キヴォトスらしい部活動。
生来の面倒見の良さと縁から、ユウカはこの問題児集団のことをなんだかんだと気にかけており——
「単刀直入に聞かせてもらうけど、あなた、聖杯戦争に参加するサーヴァントでしょう?」
最悪のタイミングでそこに突然入り込んだ異物に対して、最大限の警戒をもって対峙していた。
「ええと、何のことでしょう?私はトリニティから転校してきたばかりで……」
「アリスちゃんの時と同じ手口ね。あの一件以来、改めてミレニアムの生徒のことを把握し直すようにしてるの。転校予定も含めてね……その上であなたのことは記憶にないし、あなたの学籍が3日前に突然名簿にねじ込まれてたのは確認済みなの」
ゲーム開発部のテストプレイ担当である天童アリスは、廃墟から拾われたアンドロイドである。ハッキングで学籍を捏造した上で、人数不足による廃部を回避するためにゲーム開発部に入部した経緯を持っており、今回の不自然な転校はその時とそっくりだった。
「誤魔化す気ならそれでもいいわ。こちらで勝手に判断するから……ランサー、お願いします」
「————マスターの推理が大当たりね。サーヴァントよ、その子」
ユウカでもリコでもない第三の人物の声。何もないところから滲み出るように現れる、影。
少女の姿を取ったその影は、肌を焼くような神威と死の匂いを振り撒いて地上を睥睨する。
ユウカの契約サーヴァント——ランサーが霊体化を解いていた。
「直に見てもらって正解でしたね。ありがとうございます、ランサー」
「魔術で丁寧に偽装してるから、私以外では見破れなかったかもね。けど、彼女は生きてもいないし人間でもないのだわ」
ぴたり、と。リコの動きが止まる。言いがかりに慌てる無害な生徒の表情がすっと抜け落ち、次の瞬間には薄い微笑みに変わっていた。
「…………死の気配とその神威、汎人類史の冥界の神でしたか。いくら小細工をしたところで、生者と死者の違いくらいは見れば分かるというわけですね」
ぱしゃりと水が弾ける音。ヒトに化ける妖精の伝承を応用した
華やかな外套を纏い、槍と杖を携えた旅の勇者のような装い。凪いだ湖面のような瞳には、先ほどまでの怯えや焦りは欠片も見られない。
「その口ぶり……あなた剪定事象出身のサーヴァント?どんな経緯があったのか知らないけど、人理も案外節操がないのだわ」
「色々と縁がありまして……それで、名探偵の真似事はもうおしまいですか?真昼間でD.U.でもない学校の敷地ですけど、します?戦闘」
ピリ、と空気が張り詰める。
槍の穂先と不自然な輝きを湛えた杖が、いつの間にかセミナーの主従のほうへと向けられていた。
「お望みなら始めてもいいわよ。自分のサーヴァントが知らないところで戦って消えるなんて、あなたのマスターが気の毒ね」
ランサーが一歩前へ踏み出す。その手の中に呼び出された槍は赤雷を纏い、空気が帯電を始めていた。
歴戦の
周囲に不思議と人の姿は見えないものの、すぐそこに部室棟がある立地である。巻き添えで怪我人が大勢出るのは避けられない。
本来好戦的ではなく、無辜の民を戦闘に巻き込むのは好まないはずの二騎。些細なことの積み重ねで、誰の得にもならない戦闘が始まろうとして——
「ランサー、落ち着いてください……刀根リコ。勘違いさせてしまったようだけど、こちらに交戦の意思はないわ。聖杯戦争が本格的に始まる前に話をしたかっただけよ」
当然の如く、この場で唯一のマスターから待ったをかけられた。
ユウカはマスターである前にセミナーの会計職である。ミレニアムの一角を灰にする激突を許容するわけにはいかなかった。
「聖杯戦争の話を出した後も学生のフリを通したのも、この場での戦闘を望んでいないからでしょう?応じてくれるとありがたいのだけど」
「……ゲーム開発部の一員としては、セミナーの『冷酷な算術使い』様のお話を無視するわけにはいきませんね。話とは?」
「その呼び方はやめて。私たちの望みは、セミナーの手で聖杯を回収し、管理すること。正直、他の学校に『どんな願いも叶う願望器』なんて渡したくないのよ。何が起こるか予測できないから」
思い浮かぶのは、頭のネジをどこかに置いてきた為政者や犯罪者集団の顔。キヴォトス全体に波及するような願いが叶えられた場合、混乱は避けられない。
「つまり、中身には興味がないと?ランサーも?」
「要は魔力リソースでしょう?あれ。貯金はいくらあっても困らないけれど……切実に欲しい者がいて、私に伏して願うというのなら、権利を譲ってあげても構わないわ」
今回は助けを求める声に応えただけだし、とこともなげに口にするランサー。見方によってはとても高潔な行いだが、聖杯を求めるわけでもない神霊が気まぐれに聖杯戦争に参加するなんて勘弁してほしいなあ、とリコは嘆息する。
「ランサーの発言は置いておいて……願いを叶える権利を譲る代わりに、共闘するつもりはないかしら。願いの内容はこちらで精査させてもらうけれど、悪い話ではないでしょう?」
テーブルに乗せられた交渉材料は破格。裏切りがないと仮定すれば、優勝候補であろう戦力を抱き込んだ上で願いを叶える権利を総取りできる。
それを踏まえた上で、刀根リコは——
「せっかくのお話ですが、お断りすることになると思います」
穏やかな微笑みのまま、即答で提案を一蹴した。
「……やっぱり、都合が良すぎて信用できない?」
「いえ?良い条件ですし、あなたの言葉に裏表がないのは分かります。ですが、私の目的とは噛み合わない。マスターにあなたが友好的な接触をしようとしていたことは伝えておきますので、彼女の判断次第でしょうか」
決裂した交渉とは裏腹に、刺すような殺気は霧散していた。ユウカたちは知り得ぬことであるが、悪意を持って騙そうとしているのでないことはリコには
「戦う必要がないのならもう帰りますね。アイスが溶けてしまいますから」
これ見よがしに買い物を袋を振ってみせて歩き出す。いつの間にかその装いは、ミレニアムの学生のものに戻っていた。
その背中が次第に小さくなり、部室棟の玄関をくぐって見えなくなってしまうと——ユウカは大きく息を吐いて、その場に座り込んだ。
「思った以上に厄介な相手みたいですね……手伝ってもらったのにうまくやれなくてごめんなさい。ランサー」
「……まあそもそも、冥界の女主人たるこの私がいれば他の陣営と交渉する必要なんてないのだわ。見ていなさい。他の陣営全部薙ぎ倒して、この私がどれだけ頼れるサーヴァントなのか思い知らせてあげるから!」
胸を張るランサーを見て、ユウカはふっと微笑む。少々不器用で空回りするところはあれど、彼女が真面目で優しい人柄であることは短い付き合いの中でも掴めていた。
「……ふふっ。ええ、頼りにしていますね。ランサー」
「な、何かしらその微笑ましいものを見るような視線は……!」
★
そして、刀根リコと名乗ったサーヴァントが何をしたかというと——
「ほら、トネリコ!次はこっちも食べてください!シベリアです!」
「もぐ……んんんん???ケーキの間に……甘い……豆……???」
「あ、餡子は初めてだったりする……?」
「甘いケーキの後はコーヒーをグッといこう!グッと!」
「ぶっ!?ゲホッゲホッ、ゴホッ……!?」
「ちょ、お姉ちゃん何飲ませたの!?」
ゲーム開発部の部室にて、部員たちとお菓子パーティーに興じていた。
利根リコ——真名、救世主トネリコ。妖精國という国で世直しの旅じみたことをしていたらしい、天童アリスが召喚したサーヴァント。
剣と魔法のRPGジャンルが好きなゲーム開発部員たちのテンションは、伝奇ゲームめいたイベントでやってきた異邦からの客人を見た瞬間に振り切れた。彼女が召喚されてから3日の間に
聖杯戦争の準備をしなくてよいのだろうか?とトネリコは思ったが、素直な尊敬とちょっぴりの下心混じりの歓待を素直に甘受していた……今までは。
「さて、皆が勧めてくれたお菓子は概ね興味深く美味しいものでしたけど——モモイ?これは一体なんだったんですか?」
トネリコが手に取ったのは、黒い液体の入ったボトル。軽く揺すると気泡が立ち上り、ふわりとコーヒーの香りが漂う。
炭酸コーヒー。飲料メーカーが幾度も商品化に挑み、その度に顧客の顰蹙を買って市場からひっそりと消えていく呪物。正体を知らされずに飲まされたトネリコは笑顔で青筋を立てていた。
「変な味の飲み物をそうと知らずに飲んだ人のリアクションが見たくて!」
ぱちん、とトネリコが指を弾く。炭酸コーヒーのボトルから重力に逆らって中身が溢れ、集まり——黒い水球がふわふわと宙に浮かんでいた。
「贖いの雨ならぬ、贖いのコーヒーです——そーれ♪一気♪一気♪」
「
「わ、わぁ……」
コーヒーがモモイの口の中に殺到する様子にユズが慄く。小さな渦潮のようになったそれはぱちぱちと気泡を弾けさせながら舌の上で暴れ回り、やがて胃の中へと落ちていった。
炭酸でパンパンになったお腹を抱えて痙攣するモモイを尻目に、トネリコはアイスクリームを開封する。チョコレート味のパッケージをしげしげと眺めて、簡単の溜息を吐いた。
「汎人類史の食べ物は本当に種類が多いですねぇ。チョコレートは食べたことあるけど、こんな風に加工できるんだ……冷たくて甘くて美味しい。マヴが好きそうだなあ」
「!知らない名前が出ました!妖精國の冒険に出てくるキャラクターですか?」
「んー、喧嘩友達というか、ライバルというか……ともかく、昔の知り合いにチョコレートに目がない妖精がいたもので。ちょっと懐かしくなっちゃいました」
「ライバル!やっぱりそういう相手がいたんだ!詳しく!」
目を輝かせてずいと身を乗り出すアリスとモモイ。トネリコの話に食いつくのは、この2人が一等速い。
アリスは先輩勇者の旅路を己の冒険の糧とするために、モモイはシナリオのインスピレーションを得るために。
「お姉ちゃんネタ帳出すのやめなよ……失礼でしょ」
「だってリアルな冒険の体験談だよ!メモしない方が失礼だよ!」
ともすれば不躾とも取られかねない勢いで話をせがむ2人に、ユズとミドリはトネリコが気を悪くしないかとハラハラしているのだが——
「ふふ、では語りましょう。まずは、『夏の戦争』の話から——」
旅の思い出を語り聞かせること。語り聞かせた話を物語として綴ってもらうこと。妖精國で得られなかったそれは、トネリコの傷だらけの心を静かに癒していた。
セミナーのランサー陣営……遠坂的な意味で魂のブラザー。
ゲーム開発部のキャスター陣営……全てを失った救世主の異世界転生。
ミレニアムの陣営はどちらも本聖杯戦争最強クラス。攻略法は一ヶ月先の作者がきっとなんとかする…はず…