仕事により一時的に離れている自分の右腕の青年が、アジト内に落としていったらしいスーツの上着を見た貝の女王は、好奇心のままに、そのスーツに手を伸ばした。
獄主♀
時間軸
10年後、ボンゴレアジトにて
ボンゴレファミリーのアジトの中。ボンゴレファミリーの10代目である沢田奈月は、その日の仕事を終えたため、手が空いたから何かしようとウロウロしていた。
お菓子を作るか、アクセサリーを作るか……自身が持ち合わせている匣アニマルの子達と遊ぼうか……などと考えながら、歩いていると、彼女はエントランス内に落っこちているものを見つける。
「……あれ?これって確か隼人の…………。」
それは1着のスーツの上着。上着の襟の部分に、なんとなく作っていた嵐の属性の炎と同じ色の天然石と、スーツの持ち主である右腕の青年の髪や瞳の色を想起させる色の天然石で作ったブローチがついていたため、奈月はすぐに誰のものかを特定した。
何度か瞬きを繰り返したのち、拾い上げた黒のジャケット。一応掃除はしているが、やはり多くの人が行き来するエントランスは、必然的に埃が出てきてしまうため、少しだけ汚れてしまっていた。
すぐに奈月ら埃ををパタパタと払い落す。そして、拾い上げたそれを広げて、ジッと見つめた。
「……うん。やっぱり男性で長身の隼人が着るジャケットなだけあって、かなり大きいね。」
測らなくてもわかる程に大きなスーツのジャケットを見て、感心したように言葉を紡ぐ奈月。
いったい、なぜこんなエントランスに彼のジャケットが落ちていたのか……疑問を抱きながらも、とりあえず畳んで目立つところに置いておこうとする。
しかし、ふと、そのジャケットを再び見つめた彼女は、何度か瞬きをしたのち、辺りをキョロキョロと見渡した。
そして、誰もいないことを確認しては、いそいそとジャケットに袖を通す。
「おお!予想通りだけどすごくぶかぶか!」
それにより改めて認識することができた、自身の体格とジャケットの持ち主……獄寺隼人の体格の差に、奈月は子供っぽく笑ってはしゃぐ。
これ、他のみんなのジャケットとかだったらどうなるんだろう?なんて、好奇心を膨らませながら、ジャケットを着たままくるりと回った。
ボタンは止めていないため、布がふわりと広がる。同時に彼女の鼻腔には、嗅ぎ慣れた香りが優しく届いた。
「……ふふ……隼人の匂いだ。隼人自身のニオイと、ちょっとだけ香水とタバコのニオイ。
学生の間はやめときな?って、なんとか禁煙させたけど、やっぱり大人になったからタバコ再開しちゃったんだ。」
人の趣味趣向にどうこう言うつもりはないが、軽くタバコのニオイがする獄寺のジャケットに、少しだけ奈月はシュンとする。
別に誰がどんな気晴らしをしようと構わないとは思っているが、やはりタバコは体に悪いので、出来ることならやめてほしいと少なからず考えていたために。
「……うー……タバコに代わる何か……開発するべきかな……?」
ファミリーが大切な奈月からすると、少しでも健康被害を無くして、大切な仲間や友人達にはしっかり長生きして欲しいため、むー……と拗ねたような表情をする。
大切なファミリーだからこそ、その人にとっての息抜きを奪いたくもないため、なんとかしてそれに似た何かを作れないかと考えながら。
「……この時代、まだ電子タバコはないみたいだから、電子タバコを開発する……?
いや……でも、有害性は少ないとは言うけど、完全にないと言うわけでもなかったし、開発しても健康につながるかと言われたら微妙なところだよね。
となると、やっぱり有害性が全くなくて、それでもタバコの代わりになるような何かを開発するべきかな……。
資金を作るため、急遽創設した様々な企業展開をする会社は成功しているわけだし、正一君達に相談してみようか……。」
ぐるぐると思考を回しながら、エントランスで過ごす奈月。しかし、不意にこっちの方に人が近づいてくることに気づいては、袖を通していた獄寺のジャケットをいそいそと脱ぎ、丁寧にそれを畳んでいく。
「ん?あれ、10代目?」
「あ、隼人。」
ジャケットを畳み、何もしてませんよ……?と言わんばかりにエントランスにある休憩場所に腰を下ろしていると、エントランスに足を踏み入れていた存在と出くわす。
近づいてきた人は、先程彼女が羽織っていたジャケットの持ち主である獄寺隼人だった。
危うく彼のジャケットを着ているところを見られてしまうところだった……と少しだけ冷や汗をかきながらも、表情には焦りを出すことなく、いつも通りの対応をこなす。
「はい、これ。エントランスの床に落っこちてたよ。」
「あ!?やっぱりここに落としてたんスね、オレ……。いやぁ、最近暑くなってきたから、ついジャケット脱いじゃって……気がついたら手元から無くなってたんスよ……。」
「わかるよ。最近暑くなってきたよね。わたし達が学生の頃は、こんなに暑くなかったのに。」
「そうっスね。10年前の方が何倍も過ごしやすい夏だった記憶がありますよ。
温暖化が進行しなけりゃ、今もあの時の過ごしやすい夏だったかもしれないのに。」
「本当にね。ん〜……多くの人が健康に過ごせる長い年月や、悪化し続ける温暖化の抑制……もしくは温暖化解決のための一手とかどっかで打てないかな……。
マフィアではあるけど、割とそれらを解決できそうな科学者、こっち側にいるから、そう言うことできないか聞いてみようかな……。
10年バズーカとか死ぬ気弾とか、匣兵器とかかなり特殊なもの作れるんだから、長期計画になりそうだけどできそうなこともありそうじゃない?」
「言われてみればそう言うの得意そうな奴かなりいますね。」
「でしょ?やろうと思えば別の意味で天下取れそうな人材ばっかりだよ。」
「流石は10代目です!マフィアのことだけじゃなく、世界のこともお考えになられるとは!!流石はオレ達の女王です!」
「うん。ちょっと誇張しすぎかな?」
テンションを上げて褒めてくる獄寺に、少しだけ苦笑いをこぼしながらも、うちの科学チーム、やろうと思えばいくらでもできそうだよね……などと、試しに算段は取れないだろうかと考える。
しかし、すぐにそれは後回しにすることにして、奈月は獄寺に話しかけた。
「そう言えば、ジャケットを拾った時思ったんだけど、改めて見るとわたしと隼人ってかなり体格差あるよね。
拾ったジャケットを広げた時、自分が着てる物に比べたら明らかにサイズが違ったから、ちょっとびっくりしちゃった。」
あくまで着てませんよ、と言う体で、先程、獄寺のジャケットに袖を通した時の感想を口にする。
それを聞いた獄寺は、一瞬キョトンとした表情を見せたのち、奈月から手渡されたジャケットを広げ、彼女とそれを見比べる。
言われてみれば、確かに自分のジャケットと目の前にいる親愛なる10代目の体の大きさの違いはかなりのものであり、思わず彼は思考を停止させてしまった。
「……あの〜……10代目。」
「ん?どうかしたの?」
「……不躾なお願いであることは承知の上なんスけど…………。」
そこまで口にした獄寺は、手にしていたジャケットを奈月の方に差し出す。
それが何を意味するものであるのか、奈月はすぐに把握してしまい、ピシッと固まってしまった。
「その、1回着てみてもらっても……?」
「……まぁ、構わないけど。」
さっきまで着てたし……とまでは口にすることなく、奈月は獄寺が差し出してきた、彼のスーツのジャケットを手に取りさっと着てみせる。
明らかに指先くらいしか出せていなかったり、どう見ても丈が膝上辺りまであったりと、彼女の体の小ささを表面化する結果となっており、獄寺は思わず膝をついて天を仰ぎたくなった。
「ぶかぶか。」
「そ、そうみたいっスね……!!ここまで体格差あったんスかオレら……!!」
「学生の頃はそこまで差はなかった気がするんだけどね。わたしも身長は高い方だったし。」
指先しか出てない袖をぷらぷらと揺らしながら、自分の体より大きなジャケットを見つめる奈月に、獄寺は悶えそうになる。
同時に、こんなにも小さな体で、多くの人を守り抜き、素晴らしい人格者のボスとして頂点に君臨している華奢な体つきの自身が慕う大空の女王を守り抜かなくてはと改めて彼は決意した。
「10代目!!オレ、絶対に10代目をずっとお守りします!!」
「ん?……まぁ、それについては今もしっかりしてもらってるし、期待してるよ、隼人。」
「はい!!」
「……ところで、もう脱いじゃっていいかな、これ?」
「え゛!?も、もう少し、もう少しだけ着ていてください!せめてお写真を!!」
「ええ………?」
困惑させてしまったことに、若干の罪悪感はあれど、獄寺はこれだけは後生ですから!!と頼み込み、目の前にいる自分達の女王……学生の頃からずっと慕っており、深く愛している大切な女性のレアな姿を、撮影させてもらい、大切なデータとして自身の端末に残した。
……後日、ここでのやり取りが残されていた監視カメラのデータが流出してしまい、ファミリーや傘下に存在している奈月を愛する者達から全力で逃げ回る様子の大空の女王の姿がアジト内にて目撃されたのは別の話…………。