穏やかに笑う大空に、優しく温かい雨が降る。
山本→奈月 時間軸:並中時代、冬の放課後
明日も君と寄り道がしたい【山→主♀】
並盛中学校に通っている生徒である沢田奈月と山本武は、放課後の校舎から共に外へと出る。
風紀委員会の仕事と、野球部の部活が同時に終わったがために。
普段ならば、この2人の中に他にもメンバーが混ざっている。彼らと同じクラスに通っている男子生徒の1人である獄寺隼人と、同じく同クラスに通っている女子生徒、笹川京子と黒川花の3人だ。
しかし、今回は2人ともそれぞれやるべきことがあったため、他のメンバーは先に帰宅した後だった。
「まさか、ナツと2人きりで帰ることになるとわな。」
「そりゃあね。私は委員会があったし、武は部活があったんだから当然だよ。
なんせ互いにかなりの時間をそっちの作業に費やすことになるからね。隼人達に待ちぼうけさせるわけにもいかないし、これは必然って奴だと思うよ。」
「あははは!言われてみればそうだな!確かに部活も委員会も、結構時間食うもんな。そりゃあ、2人だけにもなっちまうか。」
必然的に2人だけになってしまう……その言葉に山本は口元に笑みを浮かべる。その笑みは喜びから来るものだった。
なぜなら彼は奈月が好きだ。友愛でも親愛でもなく、確かな恋慕を向けている。
そのため普段ならばあり得ないこの状況は、かなり嬉しいものであり、普段ならばできないはずのことを、彼は彼女とすることができるのだ。
「なぁ、ナツ。せっかくだしさ。ちょっと寄り道して帰らねーか?」
「寄り道?」
「おう!時間に問題がなければだけどさ、ちょっと腹も減ってるし、どうかなって。」
「んー……そうだね。風紀委員会がある時は、ビアンキ姉さんがみんなのことを見てくれる話になってるし、私もちょっとお腹空いてるからいいかも。」
「なら決まりだな。」
行こうぜ、と笑顔を見せる山本に、奈月は小さく頷き返す。
その姿に内心でガッツポーズをしながらも、山本は奈月と帰路に着いた。
彼には寄り道をすると同時に、少しだけ彼女とやりたいことがあったのだ。
……しばらくの間、通学路を歩き、一つのコンビニの駐車場で山本は足を止める。
そのコンビニは、彼がスランプに陥っていた時、奈月に無理矢理連れてこられたコンビニだった。
あれから山本は、度々このコンビニに寄って、何度も買い物をしていた。
奈月に言われた休むことも大事だと言う言葉……それを忘れないようにするために。
何かきっかけがなくては、集中し過ぎてまた同じ轍を踏むことになるかもしれないと思い、彼なりの一つの休息のきっかけとして、その思い出を使っていた。
「ちょっと待っててくれな。」
「え?私も行くよ……」
「そうか?じゃあ行くか!」
これから先もこの思い出は、自分にとっての休むきっかけになりそうだなと思いながらも、山本はコンビニの方へと向かう。
一緒に奈月もついてきたが、もちろん彼女にお金を払わせるつもりはないため、自身の飲み物をサッと選び、レジでコーヒーを購入しようとしている奈月の隣に並ぶ。
「すんませーん!ホットコーヒーのレギュラーサイズ一つと肉まん一つくださーい!支払いは一緒で!」
「ありがとうございます!お会計、422円となります!」
「はいよー。」
そして、レジの横に置かれている中華饅の売り場にある肉まんも買い上げて、彼女が買おうとしていたものすらも全額支払った。
え?え?あれ?と混乱したように言葉を繰り返す奈月。しかし、そのあとすぐに手渡された空のコーヒーカップにより意識を引き戻されては、慌てたように山本へと目を向ける。
「ちょ、武!?私のコーヒー代まで払ったよね!?すぐに代金を……」
「ん?いーっていーって。寄り道しよーぜって誘ったのはオレなんだからさ。支払いくらいはさせてくれよ。」
「いや、でも、それ武のお小遣いから出てるでしょ?」
「大丈夫だぜ?実は最近、オヤジの店が結構忙しくってさ。臨時でバイトみてーなことしてんだ。
だから小遣いとは別枠でもらってるもんあるし、今月は結構余裕なんだよな。」
「ええ……?」
困惑したように言葉を漏らす奈月の姿に、山本は笑い声を上げる。その姿にちょっとムカっとしたのか、奈月は一瞬だけ拗ねたような表情を見せたあと、山本の脇腹を肘で軽く小突いた。
「あだ!?」
「……余裕があるなら自分のために使いなよ全く……でも、コーヒー、ありがと。」
急な衝撃に一瞬だけ驚く。しかし、すぐに目の前にいる奈月が小さく感謝の言葉を紡いだため、山本は笑顔でどういたしましてと返した。
「ナツ。肉まん、半分こしようぜ。」
「え?流石に悪いよ。武は運動してるんだから、かなりお腹空いてるはずだよね?」
「確かに腹は減ってるけどさ。オレはナツと半分こしたくて一つだけ買ったんだ。
1人で食うよりは2人で食うほうが絶対に美味いしな。」
「だったら私も何か……」
「買ってきてたところで、夕飯入るのか?」
「…………多分、入らない。」
「あははは!だろうな!だってナツってオレや獄寺から見てもあんまり飯食ってねーからさ。もしかして、あんまり飯が入んねーのかなーって思ってたんだよな。」
予想通りだったのな、と笑顔で行ってくる山本に、奈月は何度か瞬きを返す。
しかし、すぐに彼からそっと視線を逸らして、淹れたてのコーヒーに口をつけた。
「……よく見てるね。」
「まーな。」
だってオレはナツが好きだし……と言う言葉は飲み込みながら、山本は手にしていた肉まんを半分にちぎる。
そして、奈月の方にその半分を手渡した。
「とりあえず、一緒に食おうぜ?」
「ん。」
山本から肉まんの半分を受け取った奈月は、小さくそれに齧り付く。出されたばかりで湯気がたちのぼるそれは、少しだけ彼女には熱かったが、それよりも美味しさが優ったのか、ふわりと小さな笑みを浮かべた。
普段はどこか大人びていて、しっかり者の印象が強いのに、今の彼女からはしっかり者の沢田奈月ではなく、年相応の少女にしか見えなかった。
「美味いか?」
「ん。ちょっと熱いけど美味しいよ。ありがとう、わけてくれて。」
「気にしなくていいぜ。ただ、オレだけ何か食うってのが寂しかっただけだしな。」
「ふぅん……。武もそんな風に思うことあるんだ。」
「おい、それどーゆー意味だよ!?」
「いつも明るいからちょっとびっくりしただけだよー。」
コロコロと鈴を鳴らすように明るく笑う奈月に、そりゃねーよ……と苦笑いをこぼしながら、山本も肉まんに齧り付く。
部活で運動していたことや、隣で笑う好きな人といることも相まってか、なんとなく買って食べる時に比べて、いつも以上に美味しいと感じる気がした。
「あったかいね。」
「……そうだな。ナツと一緒に食ってるからか、いつも以上にあったかい気がするよ。」
「?私と一緒にいるかいないかでそんなに変わるもん?」
「そうだなー……。オレは結構変わるな。ナツと2人の時と、獄寺達も交えた大人数の時と、オレだけの時で全く違うよ。」
「?」
「はは。まぁ、これに関しては、オレの気持ちのあり方が違うって話だから、ナツはちょっとわかんねーかもな。」
「武の気持ちのあり方ねぇ……。まぁ、私は君じゃないからね。それじゃあ、確かにわからないか。」
はぐらかすように、曖昧な返答を口にすれば、奈月はそれ以上の詮索をしなくなった。
そのことに少しホッとするような……しかし、どこか落胆するような気持ちになってしまった山本は、再び苦笑いをこぼす。
今の関係は、しばらくの間壊したくないから、好きと言う言葉はまだ告げたくない。ゆえに深く探られなかったことに安堵の気持ちはある。
だが、こうまであっさりと詮索するのをやめ、意識を自身から外されてしまうのは、どこか寂しさを覚えてしまう。
─────……もう少し興味を抱いてくれたら嬉しかったんだけどな。
この関係に甘えていたいから、こうして2人きりで過ごせるだけでも十分すぎるくらいに幸せだから……そんな思いはもちろんある。
だが、それはそれとして、あっさりと興味を失われてしまうのは、目の前にいる彼女にとって、自分はその程度の存在なのだと思い知らされるかのようだった。
─────……なんつーか……悔しいなぁ。でも、なんか踏み出しちまったら、逆にアウトな気もするし……。
どうやったら奈月に振り向いてもらえるのか……そんなことを考えながら、山本は肉まんに齧り付く。
「…………」
「ん?どーしたんだ、ナツ?」
すると、不意に視界の片隅で、奈月がじっと見つめてきていることに気がついた。
彼女の視線に映るのは、山本が手にしている肉まんだった。
「ん?」
「………全然一口の大きさが違うなって。」
ポツリと紡がれた呟くような言葉に、山本は何度か瞬きをした。しかし、彼女が口にしたように、自身の手元と彼女の手元を見比べてみると、明らかに大きさが違っていた。
「あはは!本当だな!ナツは一口がちっちぇーな。」
「やっぱり体格差……?それとも私が少食なだけ?」
「多分体格差の方だろうな。オレとナツって結構違うだろ?」
「だよね……。でも、ここまで差が出るもんなんだ。」
「だな。」
2人でいるからこそ、普段なら気にならないことまで気になってしまうのか、奈月はキョロキョロと互いを見比べる。
まるで、好奇心に意識を取られている猫のようなその姿に、可愛いなと素直な気持ちを抱きながらも、残りを食べる。
「ナツはゆっくりでいいからな。オレに合わせて食べたら結構しんどいだろ?」
「ん。ありがと。実際確かにしんどいところありそう。あまり早く食べれるタイプじゃないし。」
「やっぱりな。昼飯とかいつも一緒に食ってるけど、なんか無理してるように見えてたんだよな。
獄寺も心配してたぜ?オレや自分に合わせてなんとか食べ切ろうとしてるようだけど、かなり無理してるんじゃないかってさ。
明日からはゆっくりでいいからな?オレも獄寺も、ナツが飯食い終わるのを待つくらいどーってことねーからよ。」
「……ん。そーする。明日からはちょっとゆっくり食べるよ。」
「ちょっとじゃなくてもいいって!ナツに合ったペースでいいぜ。仮に早く食べ終わっても、オレと獄寺はナツを待つからさ。
こっちのペースに合わせようとして気分悪くしちまうナツは見たくないしな。」
「………ありがと。」
小さな一口を重ねながら、たまにホットコーヒーで喉を潤して、幼さのある表情をしながら肉まんを食べる奈月の姿に、山本は小さく笑みを浮かべる。
口では早く食べようとして、無理をする奈月を見たくないと彼は言ったが、それは半分建前で、本当は奈月と一緒に過ごせる時間が長くなるからゆっくりでいい……そんな意味を彼は込めたが、奈月はそれに気づかない。
しかし、山本は別にそれでも構わなかった。こうしてのんびりと寄り道をして、ゆっくりと話しながら間食をして、寄り添うように過ごすひと時……なんてことないこのひと時は、彼にとっては特別な出来事なのだから。
「……なぁ、ナツ。」
「んー?」
「オレさ。こうやってナツと2人で過ごせる時間がすごく好きだぜ。いつもみたいにみんなで騒いでバカやって、笑い飛ばすのも好きだけど、こうして2人だけで寄り道することもすっげー好きなんだ。」
「そうなの?」
「ああ。なんつーか、オレにとっては特別な時間……みたいな感じでさ。こう言うのはちょっと恥ずかしいけど、オレはナツと2人で過ごせる時間も沢山過ごしたいって思っててさ。」
「私と2人で過ごせる時間……。」
「ああ。だからさ。これからもたまにでいいんだ。オレとまたこうやって2人だけで寄り道とかしてくれないか?
こうやって2人で並んでさ。一つのもんを半分こにして食べてさ。ゆっくり過ごせる時間がほしいんだ。」
ダメか?と首を傾げながら、隣にいる奈月を見る。山本の問いかけを聞いた奈月は、何度か瞬きをしたあとで、コーヒーを一口飲んでから口を開く。
「……なんだか、まるで恋人に言うようなこと口にしてるね。」
「へ!?あ、いや、これは、その……!!」
指摘された言葉に山本はわたわたと慌てる。言われてみれば、2人だけで過ごせる時間がほしいと言う言葉は、恋人に告げるようなものだと思い、一気に駆け巡った羞恥に顔を赤くする。
それを少しだけ見つめた奈月は、再び鈴のような明るい笑い声を漏らす。
しかし、すぐに笑顔を微笑みに変え、隣にいる彼に視線を向けた。
「……確かに、たまには2人だけって言うのも悪くないね。いいよ。大人数も楽しいけど、こうやって少人数だけで過ごすひと時も嫌いじゃないから。」
「!本当か?」
「うん。」
「っしゃ!!」
「…………。」
「………あ。」
たまには2人で過ごしたいと言う言葉に、奈月が頷いたのを見て、山本は彼女がいるにも関わらず、その場で喜びを表す。その姿に奈月は目を丸くして、少しの間固まった。
彼女の表情の変化を見て、目の前に彼女がいるにも関わらず、喜びのままガッツポーズをしてしまったことに気づき、顔を赤くして固まってしまう。
「ぷ……あははははは!武、喜び過ぎだよ。大袈裟だなぁ。」
目の前で繰り広げられた喜び方に奈月は思わず笑い声を上げてしまう。
普段の大人びたような笑みではなく、年相応に無邪気な笑顔に、山本は思わず見惚れてしまう。
しかし、すぐに普段は見ることがない彼女の笑顔に自身の鼓動が早くなり、頬が熱いと思いながらも、照れくさそうな笑顔を見せた。
「次はいつ2人だけで寄り道をする?」
「そうだなぁ……できることなら明日も……って言いたいんだけどなぁ……」
「武の部活と、私の委員会が同時に終わるタイミングじゃないと難しいよね。」
「んー……あ、いいこと思いついた!」
「いいこと?」
「おう!2人で曜日を決めてさ。その日に一緒に寄り道しようぜ?」
「それはいいかもしれないね。じゃあ、2人で曜日を決めながら、今日のところは帰ろうか。」
「そうすっか。」
星が煌めき、真っ白な息が空へと昇る冬のコンビニの駐車場で、奈月と山本は笑い合う。
今この時だけは、穏やかな時間が2人のことを包んでいた。
さぁ、次の曜日はどこに行こうか?