仮面ライダーハカイブ外伝 仮面ライダーバンドッグ   作:春風れっさー

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アイドル?ライダー?バンドッグ参上

 電気という輝きを手に入れた人類は、恐ろしき闇を克服し不夜城を造り上げた。

 煌びやかな夜景。現代の街はまだ眠らず、煌々とした灯りで世界を照らし続けている。

 地上の全てを曝くような光も、しかし夜空には届かない。

 その夜の帳が中を縫うように飛ぶ、一つの影があった。

 

「ヒィ、ヒィ……!」

 

 影は人間ではなかった。

 青ざめた馬の頭を持ち、四肢は人の形をしているがあり得ない程に隆起している。背中に生えた猛禽の翼で空を舞い、夜を駆ける異形は明らかに尋常ならざる存在だった。

 怪人。

 そう言い表すのが適切な怪異。

 

「ヒィ……こ、ここまで逃げればもう追ってこないだろ」

 

 ビルの間を縫うように飛んでいた怪人はその中でも一際高い屋上に着地し、脱力した。

 見下ろす夜景は遠く、誰も怪人がいるなどとは気付かない。

 いつも通りな風景を確認し、怪人は安堵の息をつく。

 

「逃げ切った……」

「と、思っているのか?」

 

 声。怪人が振り向くより早く、飛来した火球が白い翼を焼く。

 

「ぎゃああっ!」

「手こずらせやがって……」

 

 ビルの屋上。室外機の影から姿を現わしたのは、怪人に負けず劣らずの異形だった。

 

 所々突起の生えた銀色の身体。中世の鎧のように硬そうでありながら、どこか生物的な印象も抱かせる四肢。

 その上から白いコートを羽織り、茶色の毛皮に包まれた胴部から覗いた狼頭がパイプめいた太い血管を噛んでいる。両腕には毛皮と同色の鉤爪があり、背鰭めいた突起も生えていた。腰には、重厚なベルト。

 そして、首から上。

 頭は仮面に見えた。紫色の複眼に、カブトムシのような角。鋭い牙が重なったかのような口元は今にも食い付いてきそうな迫力に満ちている。その首元には、リベットの打たれた黒い首輪が嵌まっていた。

 

 一見は怪人とほとんど同類。

 だというのに、馬面の怪人はその出現に怯えていた。

 

「な、なんでここまで追いかけて……!」

「決まってるだろ」

 

 仮面の怪人は答える。

 

「地獄の野辺まで追いかける。それが墓場の番犬――バンドッグだからだァ!」

 

 怪人――バンドッグは、爆ぜるように飛びかかった。

 

「くっ!?」

 

 馬面の怪人は怯えながらも対応した。両手を構え、迎撃のポーズを取る。だがバンドッグの獣めいた一撃の方が速い。

 鉤爪一閃。焦げ付いた羽根が舞い、怪人の翼は毟り取られる。

 

「ぎゃあっ!」

「さて……ホースファンガイアとオオワシ怪人か」

 

 悶えるて蹲る怪人を前にバンドッグはベルトのバックルに収まった折本状の何かを取り出し、その内容を確認する。

 

「じゃあ名付けはペガサス男だな」

「ふ……巫山戯るなぁ!」

 

 ペガサス男と名付けられた怪人は痛みを堪えて立ち上がる。

 

「俺はこの力で自由に生きるんだ! 受験に失敗して引き籠もってた俺を変えるんだ……! だから銀行強盗とか、すげぇことに使うんだよぉ!」

「正直、別にアンタがどんな悪いことをしようが知ったこっちゃねぇ」

 

 バンドッグは気怠げに応じる。

 

「だた、その魂が悪用されるのは見過ごせねぇ。それだけだ」

 

 手にした折本を一度閉じ、再度開く。

 どこかから声が響き、夜の中で狼が舞う――次の瞬間には、ペガサス男は燃え上がっていた。

 

「ぎゃああーーっ!」

 

 炎上したペガサス男は倒れ、消火すると同時に元の姿に戻る。清潔感のない頭髪にジャージと、絵に描いたような引き籠もりだった。

 バンドッグは引き籠もりには興味を示さず、男の身体から飛び出した魂を折本へと回収する。

 

「ほい、任務完了……はぁ、今日も夜までかかっちまったなぁ」

 

 バンドッグは溜息をつきながらベルトを外す。怪人の外装は剥離するようにして消え去り、そこに立っていたのは軍服姿の少女だった。

 少女は夜景を見下ろしながら呟く。

 

「えぇっと、この世界は令和か……。相変わらず、墓場とは大違いの景色だな」

 

 ボブカットの茶髪は風にばらけ、琥珀の瞳は眩しそうに細められていた。

 

「この世界にも墓荒らしがいるなら、あたしが何処までも追い詰めてやるさ」

 

 八重歯を剥き、少女は笑う。

 

「あたしこそが、仮面ライダーバンドッグだからな」

 

 少女はそう宣言し、その場を去ろうとして、

 

「……あ、流石に下までは連れてってやらねぇと」

 

 男の存在を思い出し、一旦戻ってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 世界を渡る度に思う。

 人が多い、と。

 

「はぁ、酔いそう……」

 

 翌日。あたしは人がごった返す街中のアーケードを歩いていた。

 都会って奴は、とにかく人が多い。溺れてしまいそうなくらいだ。

 

「徹夜明けにこれはキツいな……」

 

 結局、昨日の後処理も朝まで掛かってしまった。

 まだこの世界に先陣切って来たばかりで、他の一般墓守たちの準備も整っていない。その状態で昨日の怪人だ。ワンオペ状態で諸々のことをする羽目になってしまった。

 それで、眠らずにこの時間だ。太陽はもうとっくに空高く上がり、朝と言うよりも昼だった。一睡もできなかった。まぁ、徹夜は慣れてるんだけどさ。

 

「朝飯……いやもうブランチかな。とっとと食って、仕事に戻らなきゃ……」

 

 どこで食べるか悩ましい。手早く立ち食い蕎麦を啜るか、あるいはコンビニで買って歩きながら食べるか……。よりスピーディに済ませられるのはどちらだろうか。

 

「ん……あの子……?」

 

 それとも節約しようか。今月も金欠なんだよなぁ。危うくブツダンブッカの強制取り立てにお世話になるところだったし。切り詰められるところは切り詰めていかないと。

 

「――ちょっと、そこの君!」

「あぁ?」

 

 呼び止められて、振り返る。

 名前は呼ばれなかったがあたしだという自覚はあった。何せ目立つ格好をしているから。

 ローブに軍服という装束は、こういう世界では一般的ではない。なので無駄に目立って、警察機関やらに呼び止められることにも慣れがあった。

 ただ、今日は少し違うようだ。

 

「なんだ、アンタ?」

 

 あたしを呼び止めたのはスーツを着た長身の男だった。眼鏡をしていて、優しそうな印象を受ける顔立ちをしている。逆に言えばそれくらいで、これといった特徴のない男だった。

 

「俺は、こういう者だ」

 

 男は懐から名刺を取り出す。えーっと……『いんふぇるのプロダクション』?

 名前は置いておき、その下に記されていた肩書きを読み上げる。

 

「"プロデューサー"?」

「そう。書いてある通り、いんふぇるのプロダクションでアイドルのプロデュースをしている」

 

 はぁ、アイドル。

 その概念は知っている。あたしのいた世界にもテレビはあったから。

 可愛い衣装を着て、歌って踊って、ステージ上でキラキラ輝く女の子のこと。

 男の子なら見惚れて、女の子なら憧れる。

 みんなの期待を一身に背負ってなお煌めく――そんな存在。

 

「そりゃご苦労さん。で? あたしに何の用だよ」

 

 男の肩書きは分かったが、話しかけられた理由は分からなかった。不審者を呼び止める目的じゃなかったら、一体なんなんだ?

 

「あぁ、単刀直入に言う――君、アイドルにならないか?」

「……はぁ!?」

 

 コイツ、何を言ってるんだ?

 あたしが、アイドルだって?

 

「君には素質がある! 世界一のアイドルになれる素質が!」

 

 そう言って男、プロデューサーはあたしをビシリと指差した。

 

「は、あぁ……?」

 

 つまりこれって、俗に言うスカウトって奴か……?

 何を言われているのか分からずに困惑するあたしを余所に、プロデューサーはあたしの全身をジロジロと観察し始めた。

 

「パッチリした琥珀の目に、唇から覗くエキゾチックな八重歯。茶髪のボブカットの裏は、赤色のインナーカラーか? 地毛だとしたら中々珍しい髪色だな。身長は約162㎝。バストは……ほう、Eカップか。中々の物を持っているな」

「おいセクハラぁ!」

 

 バッと胸を押さえるが、プロデューサーの無遠慮な視線は変わらない。むしろ加速する。

 

「声質も申し分ない。今の反射動作からして運動神経はかなりの物。ビジュアル、歌、ダンスの三拍子も揃ってる……いいぞ、いいぞぉ!」

「怖い怖い怖い!」

 

 左右に瞳孔がギョロギョロと動いててすごい怖いんですけど! それ本当に人間の動きですか!?

 戦慄するあたしを余所に一定の観察を終えたのか、満足そうに瞳孔を戻してプロデューサーはひとりでに頷いた。

 

「俺の目に狂いはない。さぁ、君も俺たちと一緒にアイドルを目指そう!」

 

 そう言ってプロデューサーは手を差し伸べてきた。手を掴んでくれと言わんばかりに。

 あたしの答えは決まっている。

 

「こ……断る!」

「うん、そうこなくては……何ぃ!?」

 

 ガーンと、ショックを受けたように男の口が開かれる。いや、今の光景を見せられたらアイドルを夢見る女の子でも一定数は断ると思うが……。

 けれどそれ以上に、あたしにはやることがある。

 アイドルなんかにかまけてはいられない。そもそも、向いているとも思わないし。

 

「興味ない。それに第一、こんながさつなあたしにアイドルなんて似合わねぇだろ」

「そんなことはない! 君は百人に一人の逸材だ!」

「いや結構いるな」

 

 そのくらいだったらもうしばらく粘ってれば出そうなものだが。

 とにかく、アイドルなんてやっている暇はない。あたしは踵を返しその場を立ち去ろうとする。

 

「悪いが、他を当たってくれ。やってられるかっての(ガチャン)」

 

 ……ん? ガチャン?

 なんか音がした。牢屋で鍵をかけられた時に聞いたような音だ。

 音の響いた場所、自分の首元に触れてみる。指先の感触で確かめると、そこには何か、ちょっとゴツめのチョーカーのような物が嵌まっていた。

 

「は?」

「ちょっくら爆弾付きの首輪を付けさせてもらった」

「はぁ!? 意味分からんのだが!?」

 

 おい今なんて言った!? 爆弾!?

 更に触れて調べると、確かに喉元あたりに円形の塊がある。ロックにしては大きいし、装飾にしては無骨だ。

 ここに小型の爆弾を仕込んだと言われたら、そうかもと思ってしまうような形状だった。

 

「は……いや、え……? な、なんでぇ……?」

「君が断ると言うからだ」

「いやいやいや!! これ脅迫! 脅迫だから!」

 

 断った瞬間に爆弾を括り付けるってなんだよ! きょうびテロリストだってもうちょっと穏やかだぞ!

 

「俺はどうしても君をプロデュースしたい! 君ならばきっと、多くの人に夢を与えられるハズなんだ! それを見過ごすと言うことは日本の、いや世界の損失。そんなこと、俺にはできない!」

 

 くぅっと涙でも流しそうな勢いで熱弁するプロデューサー。いやそんな本当はやりなくなかったという風にしようとしてもやってることは外道中の外道だが。

 だがこれで、あたしはコイツの要求を断れない。

 

「俺の所持するスイッチを押した瞬間、その爆弾は起爆する」

「くっ……じゃあそれを奪って……」

「ちなみに設置場所は俺の奥歯だ」

「それ自分が自決する用の場所!!」

 

 多分身体能力ではあたしが勝っているとは思うが、流石に奥歯を噛まれるより先に制圧はできない。そしてハッタリだと断じるには、コイツの行動は狂気的過ぎる。

 これは……詰んだか?

 

「分かったら大人しくついてきてくれ。何、悪いようにはしないさ」

「首に爆弾付けられる以上に悪いことがあったらビックリするよ……」

 

 この下ってあるのか? 想像もしたくない。

 

「では、行こうか! プロダクションで正式な契約を結ぶぞぉ!」

「……うす」

 

 従うしかない。

 渋々頷き、あたしはプロデューサーについていくことにする。

 

「あ、そうだ」

 

 どこかへ歩き出そうとして、思い出したかのようにプロデューサーは振り返った。

 

「何? 爆弾の追加?」

「それは君の反抗具合によるが……」

「用意はあるのか……」

「そうじゃなくて」

 

 プロデューサーはあたしを真っ直ぐ見据えて問うた。

 

「君の名前は」

「あぁ……」

 

 そう言えばまだ名乗っていなかった。あまりに濃いやり取りに押し流されて忘れていた。

 それくらいは誰が相手でもするべきだろう。素直に名乗ることにする。

 

「コマ。コマ・イ・ハイ。それがあたしの名前だ」

 

 ――こうして、あたしの奇妙なアイドル生活が幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 連れてこられたのは、ちょっとだけボロい四階建てのビルだった。

 

「まずは社長に面通しな」

「はぁ……」

 

 プロデューサーに連れられて一番上の階に。そこには社長室とかかった重厚な扉が。

 扉の前に立ったプロデューサーがノックする。

 

「社長、アイドル候補をスカウトしてきました~」

「おー、入って~」

 

 ガチャリと戸を開け、中に。そこにはシックな色合いのスーツを着た、白髪のおじさんがいた。

 ……執務机の後ろでパターゴルフをしている。

 

「どうも、社長。こちらが我がプロダクション期待の星、コマ・イ・ハイです」

「もう命運を背負わされている……」

「ほうほう、珍しい名前だね。外国の子かな?」

 

 パタークラブから顔を上げた社長の顔は穏やかそうな風貌をしていた。……だけど騙されない。顔だけなら隣にいる狂気の男だって優しげなのだから。

 

「ふむふむ~。あれ、でもなんか納得いってないって顔してるけど」

「大丈夫です。爆弾を付けたので逃げたりしませんから」

「何が大丈夫なんだ。倫理的には何も大丈夫じゃないだろ」

「そっか~、じゃあいっか~」

「ほらやっぱりまともな大人じゃない!」

 

 あまりに非合法的な手段にも眉一つ動かさずにオッケーサイン。まさかこの世界の人間、みんながこうなんじゃないだろうな。

 そのまま社長は執務室の引き出しを開き、中から書類を取り出す。

 

「じゃあこれ、契約書。印鑑持ってる?」

「くっ……用意がいい自分が恨めしい……!」

 

 出先で契約することもあるので、印鑑は作ってあった。契約書を読み、サインをしてからローブの中より取りだした印鑑を押す。意外と契約自体はまともだった……。

 

「はいオッケー。これで正式にウチ所属のタレントだね~」

「あぁ……」

 

 やってしまった。これでもう法的にも逃げられない。こういうのに反故したら後が怖いんだって、しこたま借金をこさえたクソ親父が言っていた。

 プロデューサーが深く頷く。

 

「これでヨシ!」

「なに見てヨシって言ったんですか?」

 

 抗議の声も虚しく、あたしはプロデューサーに首根っこを掴まれ連れられていく。

 

「あぁ~」

「頑張ってね~」

 

 社長は別れる最後まで他人事だった。

 ズルズルと引き摺られ、事務所の廊下を行く。

 

「で、どこに行くんだよ」

「早速レッスンだな。後、顔合わせ」

「顔合わせ?」

 

 てか、即日どころか判子押した瞬間からレッスンかよ……。

 辿り着いたのは三階のレッスンスタジオだった。

 

「丁度トレーナーさんに来てもらってるから、彼女に指導してもらう。くれぐれも失礼のないように」

「……はぁい」

 

 もう逆らっても無駄だ。学習してしまった。

 解放されたら素直に返事を返し、中に入る。

 

 綺麗な床と一面の鏡。

 そこでステップを踏む一人の少女がいた。

 

 リズムを刻む度、夜に沈んだ雪原を思わせるような銀髪が舞う。アイスブルーの瞳は真剣で、鏡の中の自分を確認することを怠らない。白磁の陶器めいて白い肌には、汗が輝いていた。

 その儚げだが怜悧な容姿は、見惚れるほどに美しかった。

 まるで月下の妖精だ。

 

「はっ、はっ……」

「あの子は?」

「あぁ、お前が組むアイドルユニット、その片割れだ」

「ユニット……」

 

 顔合わせって、そういうこと。

 てか、ソロじゃなかったのか……。

 

「はぁっ……ん」

 

 踊っていた少女があたしたちに気付いてステップを中断し、振り返る。

 

「プロデューサー、と」

 

 まず隣に目を向けて、次にあたし。

 

「……誰?」

「あぁ、えっと」

「コイツは、今日から我がプロダクションに所属することになったアイドル候補、コマ・イ・ハイだ」

「所属させられる(・・・・・)、な。強制な」

 

 訂正しつつ、紹介に与る。

 プロデューサーは次に、少女に手を向けた。

 

「それでこっちが、既にウチに所属しているアイドルの卵――尾ノ道(おのみち)音猫(ねねこ)だ」

「オノミチ、ネネコ」

 

 名前を反芻する。

 なるほど、名は体を現わすというか、確かに血統書付きの猫めいた印象を受ける少女だった。

 

「……コマ。変な名前」

「そりゃこっちの方じゃ聞かない名前だろうけどさ」

 

 あたしのところじゃまだまともだったんだぞ。いや勿論、上のお貴族様の名前に文句があるワケではないですが。はははそんなまさか。

 

「この二人で組んでデビューしてもらうことになる」

「はぁ」

 

 言われてもあたしはぼんやりと頷くことしかできない。どうせ拒否権はないし。

 けれどネネコは違うようだった。

 

「……組む?」

「あぁ、デュオユニットだ」

「……この子と?」

 

 視線に敵意めいた物が混ざる。いやこれは、不信感か? 警戒する眼差しがあたしを射貫くように注がれる。

 

「……私は一人でもできる」

「いや、無理だ。俺が総合的に判断した」

 

 ピシャリとプロデューサーが言う。その表情はあたしを勧誘した時と同様、いやそれ以上に大真面目だった。

 

「音猫。お前が早くデビューしたいのは分かる。だが断言する。一人じゃ絶対に売れない」

「………」

「少なくともアイドルとして活動するには、今のお前は何もかも足りなすぎる。それを補うには、仲間が必要だ」

「それが、その子だと?」

 

 プロデューサーは頷いた。

 

「そうだ」

「……こんな奴、アイドルになれるなんて思わない」

 

 キッパリと、真正面から否定してきた。

 しかしプロデューサーは首を横に振った。

 

「俺はなれると思う。お前と負けず劣らずの、最高のアイドルに」

「………」

 

 ネネコはあたしを真っ直ぐに見据え、言い放つ。

 

「……アンタなんかに、負けない」

 

 それきり、ネネコは押し黙ってしまった。視線は厳しいままだ。あたしから話しかけることも拒絶されているように見えて、戸惑う。

 流れる微妙な空気。それを破るように、プロデューサーが手を叩いた。

 

「それじゃあ、まずは軽くレッスンしてみてくれ。ではトレーナーさん、お願いします」

「はい、分かりました」

 

 とそこで出てきたのは黒い髪を纏め、スポーツウェアに身を包んだ女性トレーナーだった。ずっと壁にもたれ掛かるようにしてネネコのレッスンを見ていたのか。

 

「ではえぇと、コマさん? ウェアに着替えて準備運動しましょうか」

「あ、はい」

 

 言われて、あたしは更衣室に向かう。こういうところで従順に従ってしまうのがあたしの悲しいクセ……。

 

「って、持ってないんですけど!」

 

 更衣室に入ろうとして気付く。急にスカウトされて直行したのに、持ってるハズがない。

 

「あぁ、そうか。音猫、ロッカーの奴を出してやれ」

「……なんで私が」

「コマじゃ分からないだろ」

「……はぁ」

 

 渋々、ネネコはあたしと一緒に更衣室に入ってロッカーを開く。そして中にあった、ネネコと青と黒のウェアと対になるような赤と黒のウェアを受け取る。

 

「はい」

「ん、ありがと」

 

 礼を言う。すると、何故かネネコは驚いたように目を見開いた。

 

「……怒ってないの?」

「へ、何が」

 

 着替えながら聞き返す。ローブと軍服、意外とかさばるからロッカーの中でギリギリだな……。

 

「だって、失礼な態度を取った」

「いやいきなり現われた奴を警戒するのなんて普通じゃん」

 

 あたしは急に連れてこられただけの被害者だが、ネネコにとっても寝耳に水だったハズだ。それでいて納得のできない提案をされたら、部外者に冷たい態度を取るのも仕方ないことだ。

 それに実際、アイドルに向いているとは思えないし。

 

「だからアンタの怒りは正当なもんだ。怒る理由がない」

「………」

「間違っちゃいないなら、別にいいだろ?」

「……変なの」

 

 ネネコは心底理解できない物を見つめる目で首を傾げる。だが、その視線からは敵意が和らいでいた。

 

「……!」

 

 かと思ったら、復活した。

 着替え途中、ブラだけを付けたあたしの胸を凝視して。

 

「……コマ、だっけ」

「お、おう」

「……人間はおっぱいが全てじゃないから」

 

 それを言い捨て、ネネコは更衣室を出て行った。

 ……客観的な事実として、ネネコの胸は慎ましやかだった。

 

 

 

 

 

 

 

「はい。ワン、ツー、ワン、ツー」

「ほっ、ほっ」

 

 ウェアに着替えたあたしはトレーナーさんの手拍子に合わせて舞う。踊るのは先程見せられた振り付けだ。

 ステップ、ステップ、ターン。ここで脚を大きく交差させて、更に逆にターン。指先意識して……。

 そして最後にポーズを決めた。

 

「ふぅ……」

「す……素晴らしい!」

 

 トレーナーさんが拍手する。

 

「一度見ただけでここまで完璧に踊れるなんて……しかも息がほとんど上がっていない。キレも体幹もバッチリ、初心者だなんて全然思えない! プロデューサーさん、これ程の逸材をどこで!?」

「ふっ……街中で見つけました。そして俺の敏腕スカウトによって当事務所へ……」

「剛腕スカウトな。暴力で物言わせられたんだぞ」

 

 トレーナーさんは興奮した様子で鼻息を荒くしている。美人なのに。

 一方でネネコは苦々しい顔つきをしていた。

 

「一発で……私は一週間もできなかったのに……おっぱいもすごく跳ねてるし……」

「いや胸は関係ないだろ」

 

 踊りは褒められて嬉しいけど、胸は別に。

 

「大きくたってそんないいことないぞ? 邪魔だし、痛いし」

「……!? それは貧乳に対する宣戦布告と受け取ってよろしいか……!?」

 

 シャーッと威嚇された。ホントのことなのに……。

 一方でトレーナーさんはまだ興奮していた。

 

「すごい、これだけの逸材を一度に二人も扱えるなんて……! なんて腕が鳴る職場なのかしら……! 我がトレーナー一族に代々伝わる超詰め込み式トレーニングを施せば半年、いや一ヶ月で一流プロになるかも……いやトッププロも夢じゃ……!!」

「目、目が怖い……」

 

 やっぱこの世界、大人がまともじゃない説があるな?

 ハァハァと血走ったトレーナーさんは流石に看過できなかったのか、プロデューサーは首を横に振って告げる。

 

「トレーナーさん、それはちょっと……それに鼻血も出そうな勢いですので、一旦外で頭を冷やしてきてください」

「ハァ、ハァ……そ、そうですね、ちょっと失礼させていただきます」

 

 そう言ってトレーナーさんは出て行った。戻ってくるときは元通りになってるといいけど……。

 

「それにしてもかなりの運動神経だな。やはり俺の目に狂いはなかった」

「まぁ、これでも身体が資本の仕事をしてるからね」

「? 他に仕事をしてるのか?」

 

 え、そこを今更? ってそっか、こっちの世界だとあたしの年頃はまだ学生なのか……。

 

「そうだよ。というか、学生だと思ってたからあんな無理矢理勧誘したのか」

「それは関係ないが」

「いや、そこは関係あれよ」

 

 やっぱコイツ、倫理観がおシャカだ。

 だがそんなプロデューサーでも、聞いておこうという意思はあったらしい。

 

「なぁ、その本業って――」

「きゃああああああ!!」

「!? トレーナーさんの声!?」

 

 突如響いた悲鳴に、あたしたちはレッスンスタジオを飛び出した。

 悲鳴は外から聞こえた。窓から見下ろすと、そこには今にも変貌を遂げようとするトレーナーさんの姿が。

 

「う、あぁ……」

「まずい……!」

 

 その現象にあたしは心当たりがあった。すぐに更衣室にとって返し、ロッカーからローブを取る。そして階段を駆け下り――いや、面倒だ。

 

「二人とも下がって!」

「え、いやお前、ここ三階――!」

 

 静止するプロデューサーの声を置き去りに、あたしは跳ぶ。

 すぐに地面に着地。膝で衝撃を吸収しつつ、あたしはトレーナー……いや、トレーナーだった存在と向き合った。

 

「あ、あぁ……力が、漲る……!」

 

 そこにいたのは異形だった。

 両手に巻き貝のようなドリルを身につけ、それ以外は緑色のブツブツした体表に覆われている。頭にもドリル、その下に似たようなグルグルした目が覗く、歪な怪人だった。

 

「ビカリアマギアと、ガメレオジン、かな」

 

 分かりやすい見た目だ。特定の手間が省ける。

 そうして対峙している間に階段を降りてきたのか、プロデューサーとネネコの二人も外に出てきた。

 

「何、アレ……!」

「な、なんだこれは! トレーナーさんが仮面ライダーの怪人みたいに!」

「お、この世界には仮面ライダーがあるんだ。だったら話が早い」

 

 あたしは二人を庇う位置に立ちつつ、ローブの中に手を入れる。取り出したのは折本と、ベルト。

 墓守ノベルトと呼ばれるそれを腰に巻きつつ、あたしは折本を開いた。

 

「コマ、それは……!?」

「プロデューサー、アンタが今言った通りだよ」

 

 ベルトに備え付けられていた筆を取り、書き込む。

 

《ボディ 仮面ライダーアマゾンシグマ》

 

 ウェアの代わりにあたしの身体を覆うのは、爬虫類めいた銀色の甲殻。爪は鋭く、所々には突起が生えている。

 

「なっ……!」

「離れてな。じゃないと……ちょっと熱いよ」

 

《アーマー ウルフデッドマン》

 

 折本――キセキレジスターを閉じる。

 それはそのまま、合掌の仕草をしていた。

 

「変身」

 

《アマゾンシグマ×ウルフデッドマン》

 

《蘇った生体兵器 吠え叫ぶ忠狼》

 

《死徒咆哮!》

 

《仮面ライダーバンドッグ ハウリングレヴナント》

 

 その瞬間、熱波が爆発した。

 

「うおっ!?」

「ひゃっ!」

 

 背後から二人の驚く声。だが巻き込まれてはいないようだ。

 あたしは目を開き、前を見据える。

 

「そ、その姿は……!」

 

 銀の身体。白いコート。胸から覗く狼頭に、腕を覆う毛皮と鉤爪。

 そして角と、紫の複眼。

 ベルトと仮面、それからついでに首輪を身につけしその姿は――!

 

「仮面、ライダー!」

「そう、あたしこそが墓場の番犬!」

 

 手を前に、拳を握り込む。

 これからお前を倒してやるぞという、意思表示。

 

「仮面ライダー……バンドッグだ!」

 

 戦闘開始。

 戦士としての名乗りを上げたあたしは、怪人目掛けて真っ直ぐ突っこむ。

 

「トレーニング、トレーニング! 逸材は私が調教してやるー!!」

 

 怪人となって我を忘れたトレーナーさんは、両腕のドリルを回転させて迎撃する。

 見え見えの武器と行動。だけどあたしは敢えてそれに乗った。鉤爪を真正面から合わせて、克ち合わせる。

 猛回転するドリルとそのままの鉤爪。破壊力はどちらが上か比べるまでもない。

 だが破壊されたのはドリルの方だった。

 

「なにぃっ!?」

「ハッ……ソイツは熱に弱いんだよ」

 

 あたしの鉤爪は炎を纏っていた。これがあたしのお気に入り、ハウリングレヴナントの第一の能力。炎を操る力だ。

 ビカリアマギアのドリルは炎に弱い。だからそのままぶつかり合って、勝った。ま、相性だな。

 

「くぅっ、まだよ、最初が駄目でも繰り返せばいつかスターダムにっ!」

「ほらよ」

「あぁっ!」

 

 未練がましくもう片方のドリルも回転させ始めたので、そちらには火球を見舞う。

 両方のドリルを失い、もうトレーナーさんは丸腰だ。

 

「さぁ、どうする? もう詰みじゃないか?」

「そんなことはない……! 努力、未来、さすればビューティフルスターよ!」

「この人根っからの根性論者だな……」

 

 暑苦しいことを叫びながら、トレーナーさんはまだ諦めた様子を見せない。

 するとそのまま、どんどんと姿が薄れていった。

 

「か、怪人の姿が消えた!?」

「ちっ、ガメレオジンの保護色か……!」

「フフフ……!」

 

 完璧に風景に紛れ、見つけられなくなる。

 

「見つけられないでしょう? このまま存分に鍛えてあげる。名付けて地獄の滅多打ちレッスンよ!」

「怖ぁ……」

 

 怖いことを言った後は、流石に位置を誤魔化す為に喋らなくなる。そのまま静寂……ただ、あたしが構えてぼっ立ちするだけの時間が続く。

 

「こ、コマ! 早く見つけないとヤバいんじゃ……!?」

「無理だよ。擬態中はどう足掻いたって普通の目じゃ見つけようがない」

「だ、だったらどうすれば……!」

 

 プロデューサーが慌ててる。だけど裏腹に、あたしの心は凪いでいた。

 だって――。

 

「――見つける必要がないからな」

「……がはっ!!」

 

 裏拳。

 振り向きざまに放たれた拳は、怪人の顎を殴り飛ばしていた。

 

「な、何故……」

「ウルフだって言ってんだろ。鼻が利くんだよ」

 

 トントンと、両手で仮面と胴を指差す。狼の遺伝子は伊達じゃない。

 顎を打ち抜かれ、トレーナーさんは満身創痍だ。

 ここで決める。

 

「あ、名付け……ええっとじゃあ、怪人グルグル!」

「え、ダサ……」

「聞かなかったことにする!」

 

 ボソリと呟かれたネネコの言葉を忘れながらキセキレジスターをバックルから外し、開いて、閉じる。

 

《死徒咆哮! 死徒咆哮! ハウリングレヴナントブレイク!》

 

 変身するときにもベルトから鳴り響いた声。それは必殺の合図。

 

「はぁ……!」

 

 炎を全身から噴き出し、跳ぶ。空中で捻りを加えての、ドロップキック。

 鋭い蹴撃は過たず怪人グルグルの胴に命中した。

 

「ぐ、い、イッツレッスゥーーーン!!!」

 

 そのまま蹴り抜けて、滑るように着地。

 背中を、爆炎が吹き抜けた。

 

「完了、っと」

 

 振り返り、爆炎の中から飛び出した二つの魂をキセキレジスターの中に回収。一応倒れているトレーナーさんの安否を確認……よし、気絶しているだけ。

 あたしはベルトを外し、変身を解除した。

 

「ふぅ」

「……コマ」

「あっ……」

 

 戸惑った声に振り向くと、そこにはネネコとプロデューサーの姿。二人とも、今見た物が信じられないという顔をしている。

 

「……説明してくれ。何だったんだ、今のは」

「見た通りだよ。今のは怪人。そしてあたしは……仮面ライダー。怪人の魂を回収する墓守だ」

 

 この告白の時は、いつも少し寂しくなる。それは平穏との別れだからだ。

 それがどんなに束の間のことであっても、胸が痛む。

 

「分かっただろ。一緒にいたらこうして戦いに巻き込まれちまう。あたしにアイドルなんて無理だ」

 

 やっぱり、信じてもらえなくても最初に言うべきだった。二人を巻き込むことになってしまった。

 もうここにはいられない。

 二人から逃げるように背を向ける。

 

「じゃあな、首輪を爆破するなら好きにしろ」

 

 こんな危険な奴を引き留めることはすまい。

 そのままあたしは、立ち去ろうと……。

 

「……いや、このままどっか行くならそれは容赦無く起爆するが……」

 

 などとプロデューサーがのたまったことで、急いで引き返した。

 

「はぁ!? いやここは空気読むところだろ!」

「何故だ?」

「あたしはライダーで、アンタらは一般人! 戦いに巻き込まれるかもしれないんだぞ!?」

 

 普通は恐れて敬遠するところじゃないか!?

 しかしプロデューサーは揺らがない。あまつさえサムズアップすらして見せた。

 

「大丈夫、それを見越してもお前はいいアイドルになる! それを思えばこの程度は十分飲み込めるリスクだ!」

「この程度って……」

「差し当たって、アイカツに十時間だな!」

「じゅ!? いやでもこの通り、あたしは仮面ライダーとして戦わなきゃいけない宿命なんだよ。だからアイドルやってる暇は……」

「ならライカツにも十時間だな!」

「休憩四時間!?」

 

 ライカツって、ライダー活動!? 初耳の単語なんだが!?

 次の瞬間、あたしは首根っこをプロデューサーに掴まれた。

 

「さぁ、トレーナーさんをソファに寝かせて、起きたらレッスン再開だ! これから忙しくなるぞぉ!」

「いや忙しくなるのはあたし、あたし!」

 

 駄目だこのプロデューサー、聞く耳を持たない!

 

「ね、ネネコぉ!」

 

 あたしは引き摺られながらネネコに助けを求める。頼む、ソロデビューを目指していたお前なら反対してくれるハズ……!

 

「……あの運動神経、ライダーだからだったんだ。もしそのダンスを物にできたなら、最高のアイドルに近づける……」

「あ、あのー! ネネコさーん! ネネコさーん!?」

 

 ブツブツ言ってて聞こえてない! あたしを助ける人は誰もいない!

 あたしは天高く吠えた。

 

「また眠れなぁーーーい!!」

 

 なぁーーーい……

 

 ぁーーい……

 

 ぁーぃ……

 

 

 こうして、あたしのアイドル生活……と、ライダーの二重生活が幕を上げた。

 嗚呼、仮面ライダーバンドッグ。墓守コマ・イ・ハイよ。

 次に眠れるのはいつの日か。

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