仮面ライダーハカイブ外伝 仮面ライダーバンドッグ   作:春風れっさー

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nの焦燥/仲良し大作戦

「チクショウ!」

 

 ガシャンと、瓶が割れる音が鳴り響く。

 そこはどこかのオフィスだった。並んだ事務デスクと衝立、観葉植物が立ち並ぶ如何にもな風景。

 ただし壁には刀が立てかけてあり、その近くには弾痕も刻まれているが。

 瓶を床に投げつけたのは、革張りのソファに座る激昂した男だった。

 

「また再生怪人契約の打ち切りだ!」

 

 金髪をオールバックで固めた男は室内にも関わらずサングラスをかけていた。微かに透けて覗く鋭い目元は苛立たしげに細められ、犬歯の剥かれた口元は煙草を噛み締めている。泣く子が見たら黙るどころか気絶しそうな、迫力のある顔面だ。

 ワニ革のスーツに身を包んだ男は長身痩躯だったが、その辺のマッチョよりも濃い暴力の香りを纏っていた。

 有り体に言えば、ヤ○ザであった。

 

「クソが……何が『ウチは上半身を新造しての使い回しタイプですので……』だぁ? 結局最後の方はリペイントして同種の強化型にする奴じゃねぇかよ! そのまま再生して出すのと何が違うんだ、何が!」

若頭(カシラ)、いつにも増して苛立ってるッスねぇ……」

 

 宥めるように言ったのはすぐ傍で後ろで手を組みながら気をつけをしている、坊主頭の男だった。グレーのスーツを着た男は、座っているムカデスーツの男よりは若く見える。

 

「また再生怪人ビジネス打ち切られたんスか」

「あぁ……これで今年に入ってから三件目だ。年々減るペースが増えていきやがる。それで新規契約はゼロだ」

 

 男、若頭は、まだ晴れぬ腹立たしさを発散するように噛んでいた煙草を灰皿へと押しつけた。そしてどこか切なげに溜息をつく。

 

「これじゃ天下の『イモータル』も形無しだぜ」

 

 男たちは、イモータルという『墓荒らし』だった。

 歴とした犯罪集団だが、字面そのままにその辺の墓を掘り起こすようなチンケな悪党ではない。彼らが荒らす墓は異世界の墓場、『戦士の墓場』だ。

 戦士の墓場は、様々な異世界で戦った戦士たちの魂が最後に流れ着く場所。善人も悪人も、死ねばただの魂に過ぎない。そんな彼らに安らぎを与え静かな死後を過ごしてもらう世界、それこそが戦士の墓場だった。

 彼らイモータルはそんな戦士の墓場を強襲し、魂を強奪して悪用する世界を股にかけた犯罪集団なのだ。

 ……かつては。

 

「最近はめっきり仕事も減っちまいましたからねぇ」

「まったくだ」

 

 坊主の舎弟に同意するように、若頭は新しい煙草にライターで着火しながら頷いた。

 イモータルの主流ビジネスは再生怪人。怪人を蘇らせて再利用しようとする悪の組織へ魂を売りつける仕事だ。

 一昔前までは、それなりの注文が入っていたものだが……。

 

「今じゃどこもかしこもリペイント。色塗り替えただけで新顔なんて言い張っちまう。俺たちにお鉢が回ってくるのは映画の時くらいだ」

 

 時代の波と言うべきか、最近は仕事が大きく減っていた。

 

「俺は好きッスけどね、リペイント。特にスマッシュとかは規格化された兵器って感じがして男心がくすぐられるッス」

「聞いてねぇよ」

 

 作者も好きです。

 

「うるせぇよ!」

 

 聞いてもいない感想を聞かされて更に苛立ちを募らせた若頭は頭をガシガシと掻き毟り、そして何かに気付いたように舎弟の隣を見た。

 

「そういやケンイチはどこいった。今日はアイツも当番じゃなかったか」

「一昨日辞めたッス。なんでも故郷に帰って家業を継ぐそうで……」

「またかよ、クソッ」

 

 そんな調子で。

 イモータルには斜陽が差していた。

 

「はぁ……オヤジもショックで寝込んじまうし、貯金も少ねぇし……どうしたもんか」

 

 手を台形に組み、若頭は考え込む。

 

「うーん、営業かけてみるとかッスか?」

「そんなの十分やってら……門前払いが関の山だよ」

「じゃあ新しいビジネスとか」

「なんか開発できるような技術力があったらこんなことにゃなってねぇよ。おい、他にもっと良いアイデア出せよ」

「えー……」

 

 二人で悩み込むが、碌な案が出ることはなく無為な時間が過ぎる。

 先に我慢の限界を迎えたのは舎弟の方だった。

 

「あー、イライラするッス! 俺は頭脳労働担当じゃないんスよ! やるんなら街中で思い切り暴れるとか、そういうのを任して欲しいッス!」

 

 がーっと、叫ぶように喚く舎弟。

 しかしその喚きを聞いて、若頭はガバッと立ち上がった。

 

「そうか、街中で暴れる、だ!」

「え、やっていいんスか!?」

「馬鹿、違ぇよ。怪人を暴れさせるんだよ!」

 

 ナイスアイデアとばかりに拳を打ち付ける。

 

「騒動を起こして宣伝するんだよ! 俺らと契約すればこんだけ強い怪人が作れるんだって喧伝するんだ! そうすりゃ新しい顧客が目を付けてくれるかもしんねぇし、今まで打ち切った奴らだってきっと見直す! これだ!」

 

 天啓を得たかの如く、若頭は何度も頷く。それに舎弟は懐疑的な目を向けた。

 

「えー、そんな上手くいくんスかねぇ」

「為せば成るだ! よし、早速行くぞ!」

「ど、どこにッスか」

「怪人の魂をばらまくんだよ!」

 

 こうして、実に切羽詰まった事情で悪は世に解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

「つまり、だ」

 

 あたしが仮面ライダーバンドッグとして戦う姿を目撃された、その後日。いんふぇるのプロダクションの応接間で、あたしことコマ・イ・ハイは取り調べを受けていた。

 いや、単なる事情聴取なのだけれど、プロデューサーとネネコに挟み込まれている現状が如何にも警察のそれっぽかった。え、ちなみになんで警察の取り調べを知っているのかって? 不審者で連行された経験があるからです……。

 

「コマは戦士の墓場という異世界の出身。そこで魂を守る墓守、仮面ライダーをしている」

「うん」

「で、墓荒らしって奴らに盗まれた魂を追って、この世界に来た」

「そう。この間の怪人で確信した。この世界に墓荒らしは潜伏している」

 

 ペガサス男と、怪人グルグル。アイツらが生まれた原因は戦士の魂の所為だ。

 戦士の魂は不安定で、霊媒体質の人間や強い欲望の持ち主に取り憑く性質がある。アイツらも、そうして生まれた怪人に違いない。

 

「ソイツらをふん縛って戦士の魂を回収する。それがあたしの仕事なんだ」

「ふぅーん……まぁ、話は分かった」

「そ、それじゃあ」

 

 分かってくれたのか。あたしは期待を込めた表情でソファから立ち上がった。

 

「任務に集中させてくれるんだな! この首輪を外して自由の身に……!」

「いや、外さないが」

「何だよ!」

 

 そして沈んだ。

 期待させやがって。

 

「じゃあ何が分かったんだよ」

「今後の事務所の方針だよ。少なくとも……」

「少なくとも?」

「仮面ライダーってのを公表するのはナシだな。警察を呼んじまう」

 

 まぁ、それはそうだ。あたしも警察の厄介にはなりたくない。上官の助けが来るまで臭い飯にお世話になるような経験はもうたくさんだ。

 

「それから出身は……ま、こっちは別に異世界で売ってもいいか」

「いいのか?」

「あぁ、誰も真に受けないだろ。そういう設定だと思われる」

 

 確かに、こちらの世界の人間は異世界間移動とかはしないらしいし。

 

「何かあってもこの世界出身じゃないので、で押し通せるしな。……しかしそれにしてはこっちの世俗に詳しいよな」

「ああ、あたしは即戦力として色んな世界を回ってきたからね」

「へぇ……やっぱ仮面ライダーってのは優秀じゃないとなれないってことか?」

「いや、あたしは新米な上に墓守の中でも下から数えた方が早い地位だから、色んな世界をドサ回りさせられてるだけだよ」

「……世知辛いな」

 

 ホントにね。おかげで寝る暇がないよ。……これから更に無くなる予定だし!

 

「名前……芸名も、まんまでいいか。エキゾチックだし、音猫もそのままのつもりだし」

「ん」

 

 ネネコもコクリと頷く。それでいいなら、いいけど。

 ただ……あたしはハァと溜息をつく。

 

「ホントにアイドルデビューさせられるんだな」

「ま、そのつもりでお前を拾ってきたんだし」

「拾うっていうか、拐かすって感じだけど」

 

 ここに至っては、あたしもいよいよ諦めるしかないらしい。

 アイドルとライダーの二足の草鞋。

 今まで色々と苦難にぶち当たってきた自負があるけど……ここまでの難局も珍しい。けど、乗りこなさなきゃ。

 明日の食い扶持が掛かっているので。

 

「差し当たっては……」

「差し当たっては?」

「レッスンだな」

 

 こうして、あたしたちのレッスン漬けの日々が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 それはいいのだが……一つ問題がある。

 

「あ~♪ あ~♪」

「んー……さっきよりは良くなりましたけど、もう一つといったところですね……コマさんは一旦休憩にしましょう」

「う……は~い」

 

 あたしの歌ではない。いやそれも問題と言えば問題なのだけれど、そっちはド下手なワケじゃないし……これからだし……歌なんて風呂に入るとき以外は碌に歌ったことないのにいきなりプロレベルを求められる方がおかしいんだし……とにかくそれではない。

 

 事務所内のレッスンスタジオ。結局その日の内に起き上がって本当にレッスンを再開した例のトレーナーさんからレッスンを受けるのは、あたし一人じゃなかった。

 

「はい、じゃあ音猫さん、いきましょう」

「ん」

「さん、はい」

「あぁー♪」

 

 トレーナーさんの弾いたキーボードの音に合わせて、ネネコが同じ音を発声した。

 部屋の端っこに座って耳を傾ける。どこか不安定だったあたしのそれとは違って、ネネコの声は伸びやかで美しい。

 

「うん、素晴らしい! 音猫さんの声はいつ聴いても綺麗ね」

 

 満足そうに頷くトレーナーさんにあたしも完全に同意だ。

 ネネコの声は、歌はとても綺麗だ。涼やかで染み入るようで……どんな曲調でも合う声をしている。素人のあたしからすると、もうプロで通じるんじゃないかと思うほどだ。

 

「では音猫さんも休憩に入ってください。しばらくしたら今度はダンスレッスンにしましょう」

「……はい」

 

 一段落して、ネネコもインターバルだ。

 壁際に近づいて来たネネコに、あたしは手にしたスポーツドリンクを差し出した。

 

「はい、これ」

「……いい、自分のを飲む」

 

 そう言ってネネコは自分のバッグへ近づき自分のペットボトルを取り出す。中身は一緒なのに……。

 それからネネコはあたしに一瞥もくれなかった。視界に少しでも入れたくないというように。

 問題は、これだ。

 ネネコと一向に仲良くなれない。

 

 尾ノ道音猫。いんふぇるのプロダクション新鋭のアイドル候補。

 彼女について、あたしはよくは知らない。話してくれないからだ。

 精々が美少女で、クールで、ストイックなことくらい。

 少なくとも、アイドルになることに関してあたしより遥かに真剣だ。

 

「………」

 

 あたしから離れたところに座ってしまうネネコの視線は、相変わらず厳しい。ネネコはまだあたしと一緒にユニットを組むという話に納得がいっていないのか、こうしてあたしを近寄せてくれず、懐いてくれない。それどころか日増しに対応は厳しくなる一方だ。ダンスを吸収するために仕方なく、という感じだった。

 現在ではこうして、話してもくれなくなってしまった。余程あたしが嫌いなのだろう。

 それでも追い出すために陰湿ないじめなどに手を出さない辺り、性根の素直さは見え隠れするが……。

 

「はぁ……」

 

 あたしとしては、一緒にアイドルをする以上、どうせなら仲良くなりたい。

 メンバー内でギスギス……というのはこの世界に来てから目を通したゴシップでの定番ネタ(芸能事務所だけあったそういう本はたくさんあった)らしいが、それでもあたしは気兼ねなく話せる方がいいと思う。

 なのでこうしてどうにか距離を近づようと話しかけているのだけど……対応はこのように冷たいのが現状だった。

 

「……どうしたもんか」

 

 ……正直、こうして同年代と仲良くなるという経験はあんまりない。正確に言えば、自分からアプローチするようなことは。

 あたしにも友達、というか幼馴染とも言えるような関係の人たちはいる。だけどあたしはむしろ、当初は一定の距離を置こうとしていた。その人たちと仲良くなれたのは向こうから距離を詰めてきてくれたからだ。

 それがどれだけ救いになったかは、向こうはきっと知らない。

 だから……あたしも、そうすべきだと思う。

 

「よし!」

 

 決めた。ネネコと是が非にでも仲良くなる。

 

「仲良し作戦決行だ!」

 

 

 

 作戦その1。

 

「ネネコ、一緒にご飯でも食べない!?」

 

 食事に誘う。

 同じ釜の飯を食えば距離は一気に縮まる!

 それにアイドルは肉体労働。肉体労働は身体が資本。ネネコも食事を疎かにはしないだろう。

 

 タイミングはレッスンが終わった直後を狙った。時刻はお昼時のいい時間。ネネコも流石にお腹が空いているハズだ。

 

「………」

 

 事務所の廊下であたしに呼び止められたネネコは、億劫そうな冷たい瞳で振り返る。う、だがまだめげない。

 心の強さでもう一回!

 

「ネネコ、一緒にご飯でも食べない!?」

「……聞こえてたって。でも私とアンタが一緒に食べに行く理由が無い」

「そう言わずにさぁ~、ほら、この間良さそうなお店を見つけて来たんだよ」

 

 ごねながら懐をまさぐる。

 

「むっちゃ美味しそうでさぁ、入ってみたいんだけど、こっちの流儀に不慣れだし失礼しちゃったら悪いじゃん? だからネネコも一緒に来て欲しいんだよね」

「ん……それなら、まぁ……」

 

 お、このアプローチは悪くない感触なのか。やっぱり常識的な性格ではあるんだな。

 ふっ、後一押し。そう確信したあたしは懐からチラシを取り出した。

 

「じゃ~ん! これがあたしの発見したスーパーグルメ! 『大盛り紅ショウガ丼』だ!」

「……え」

 

 チラシにはこれでもかとどんぶりに盛られた大量の紅ショウガが載っていた。

 

「何コレ……」

「紅ショウガ丼」

「……牛丼屋でサービスだからと紅ショウガを山盛りする人は見かけたことあるけど、そういう類い?」

「いや、紅ショウガオンリー」

「オンリーなの!?」

 

 ネネコはバッとチラシを奪ってその内容に目を凝らす。紅ショウガの下に肉はなく、白飯だけだ。

 

「ほ、ホントだ。紅ショウガだけ……て、ていうか他のメニューは?」

「それだけのお店だって」

「そっちもオンリー!?」

 

 こんなに良さそうなお店なのに何故か空いてたから、ラッキーと思ってチェックしてたんだよね。

 ……え、ネネコの表情が一気にドン引いた。ど、どうして。

 

「悪いけど、アンタとは一生ご飯にはいかない」

「な、なんで!? こんなに美味しそうなのに!」

「……異世界の味覚、怖っ」

 

 そのままネネコはドン引きした表情のまま走り去ってしまった。

 ランチ作戦……失敗!

 

 

 

 作戦その2。

 

 ご飯が駄目なら娯楽だ! パンが駄目ならサーカスだ!

 というワケで、遊びに誘う。

 ただ外に出て食べに行くのはどうしてか断られてしまったので、今度は室内の遊びに誘おう。

 

「ってことで一緒に遊ぼうぜ!」

「……何がってことでなのか分からないけど、断る」

 

 案の定ネネコは冷たい態度。

 だけどめげない。大丈夫、今度はネネコをどうやって誘うか考えてきた。

 ネネコはレッスンにストイックだ。アイカツに真剣と言っても良い。

 すなわち、そこに結びつけられればネネコの気は引ける!

 

「ほら、アイドルとして音感は大事だろ?」

「そうね。アンタも変なことしてないで歌のレッスンを一つでも多く重ねたら? 最近ようやく聴けるようにはなったけど、まだカラオケレベルだから」

「そ、それは頑張るけど。そうじゃなくて……だから遊びながら取り入れられたら最高って話だよ」

「……理屈は分かる」

 

 お、やはり好感触。

 こっち方面で攻めて正解だった。ふっふ、それならやっぱりこれが役立つ。

 加えて、ここで挑発しよう。煽りで相手をハメるのは大切って、昔やんごとない友達が言っていた。

 

「それに……まさかその分野であたしに負けるネネコじゃないよね~?」

「む……」

 

 ネネコは眉根を寄せた。プライドを刺激されたようだ。よし、乗せられそう。

 

「そんな貴女に……じゃ~ん!」

 

 あたしは懐から黄色い持ち手と透明な端子がついたカセットを取り出した。

 

「『ドレミファビート』! 世界で一番有名な音ゲーで勝負だ!」

「……何、それ」

「え!?」

 

 世界でナンバーワンのシェアを誇る大人気音ゲーをご存じない!?

 

「っていうか、そもそもそれ何? 機械なの?」

「ガシャット。え、ゲームってこういう奴でやらない?」

「……もっと小さいのが普通じゃない?」

「マジか、やっぱ進んでるな、令和の文明」

 

 戦士の墓場とは大違いだ……。

 

「ま、まぁゲームハードの違いなんて些細なことだよ。手取り足取り教えてあげるから――」

「……お、何してるんだ二人とも」

 

 廊下の向こう側からひょいと現われたのはプロデューサーだった。そしてあたしの手元を覗き込む。

 

「あー、ガシャットか。なんだコマ、怪人でも作るつもりか?」

「怪人……?」

「おう。コイツが出てくる作品だとな、こっから怪人が生まれるんだよ」

「ちょ……!」

 

 それは誤解だ! いや原典だとそうだけど……少なくともウィルスのいない市販品の方は普通に販売されていたし、そもそもがこのガシャットは戦士の墓場で量産されたまったく別の製品だ! 安全なのに!

 だがプロデューサーの余計な一言によって、ネネコのガシャットを見る目は得体の知れないそれを見るものになってしまった。

 

「そんなのやらせようとしてたの……?」

「ち、違っ……!」

「やめて、近づかないで。えんがちょ」

「いじめだぞそれは!」

 

 そのままネネコはそそくさーっと去って行ってしまった。

 残されたのは肩を落とすあたしとプロデューサーだ。

 

「うぅ……プロデューサーが変なこと言わなければ!」

「いや怪人が実在するんだから、仮にもお前らの安全を預かる者として本物の危険物である可能性は考慮するべきだろ……」

「ごもっとも……!」

 

 ゲーム作戦……失敗!

 

 

 

 作戦その3。

 

「こうなれば力尽くだ……」

 

 ネネコが了承しないのなら、無理矢理にでも連れ出して距離を縮めてやる。

 力業だ。パワー・オブ・ザ・パワー・オブ・ザ・パワー。力こそ全て。

 

「ネ~ネ~コ~。ど~こだ~い」

 

 ジャラジャラと錨付きの鎖を引き摺りながら事務所内でネネコを探し回る。

 首に縄、もとい鎖を付けてでも連れ出してくれる……!

 

「ここか~? それともここか~?」

 

 ネネコが潜んでいそうな場所を片っ端から開け放つ。レッスンスタジオ。更衣室。こたつの下や本棚の上。

 男子トイレの中。

 

「きゃあっ!」

「おっと失礼」

 

 うっかり踏ん張ってる社長を邪魔してしまった。バタンと閉じて見なかったことにする。最近痔ろうが酷くて大変らしい。可哀想に。

 そうこうしていると、いた。窓の外、丁度帰宅しようと外に出た見覚えのある姿が……!

 

「見つけたぁ……」

 

 ニタリと笑ったあたしは階段を駆け下り(窓から飛び出すのはプロデューサーに禁止された)、ネネコを追う。そして表口から飛び出せば、目の前には無防備な背中が……!

 

「ケケケー!」

 

 鎖をぶん回しながら飛びかかる。この世界の住民との身体能力差は割れてんだよぉ! 大人しく捕まりなぁ!

 ……そう、この世界の住民と比べればあたしの方がパワーが上だ。

 しかし、あくまでこの世界と比べた場合に限る。

 

「いた、バンドッグ隊長だ!」

「確保!」

「げぶぅ!?」

 

 突然横合いからタックル。悪質なそれにあたしは引き摺り倒される。

 アイシールドもビックリなそれを為したのは……ハッ、一般墓守の部下!?

 

「見つけましたよ隊長! こんなところで遊んで……」

「墓荒らしたちの痕跡らしきものを見つけたんです。さぁ行きましょう」

「ま、待って……今それどころじゃ……!」

「それどころってなんですか、あんたバンドッグでしょうが」

「調査も立派な仕事ですよ! わがまま言ってないで行きますよ!」

「あ~れ~……!」

 

 あと一歩というところであたしは拉致られてしまった……。

 結局墓荒らしを徹夜で探し回ることとなり、その割りに成果はあがらずあたしはフラフラで翌朝のレッスンに参加することになってしまった。過密すぎるスケジュール……!

 パワー作戦……失敗!

 

 

 

「あぁ゛~! なんもがんも上手くいがねぇべさ~!」

「どこ弁?」

「墓場の田舎弁~」

 

 いや世界の全部が田舎みたいなところだけどさ。

 応接間の机に突っ伏し、項垂れる。

 仲良し作戦は全滅に終わった。全然上手くいかない。

 流石に対面のプロデューサーも思案顔だ。

 

「うぅむ。デビュー前からメンバー間の仲が悪いのは考え物だな」

 

 音楽性の違い――というのはバンドの話だけど、それに違い危惧を感じているのだろう。だったら邪魔しないで欲しかったけど。

 にしても、一向に距離は縮まらなかった。ここまで嫌われたのは初めてかもしれない。

 

「うーん。なんで仲良くなれないんだろう。あたし何か悪いことしたのかな」

「というより、焦ってるんだろう」

「焦ってる?」

「ああ……」

 

 別に隠していることじゃないし、お前には言っていいか、とプロデューサーは口を開いた。

 

「音猫の母親は、昔一世を風靡した国民的アイドルだったんだ」

「へー、そうだったんだ! どうりで美人なワケだ。……あ、もしかしてネネコがアイドルを目指してるのも?」

「ああ。ウチの事務所に入るときに直接本人の口から聞いたよ。『私の目標は、母のようなアイドルになることです』と」

「ふーん……」

 

 だからあんなに努力しているのか。目標があるから。

 目指す先があれば、打ち込めようものである。

 

「音猫の母はそれこそ伝説的でな。今でも時折話題に出るくらいだ。一般男性と結婚すると発表した時には、それこそ天が裂け地が割れる騒ぎだったんだぞ」

「へぇ……例えとは言え凄まじいことだね」

「いや例えじゃないが」

「例えじゃないの!? じゃあもうそれ天変地異じゃん!!」

 

 何者なんだネネコのお母さん!

 あたしが戦慄しているのを余所に、プロデューサーは重い溜息を吐く。

 

「だからだろうな」

「え?」

「音猫はその母親に遠く及ばない。少なくとも現状では」

「それは……デビュー前なんだから仕方ないんじゃ?」

 

 あたしみたいな墓守だってそうだ。

 墓守ノベルトは貴重で、一家に一台しかない。なので貴族の当主を襲名すると同時に受け継ぐのが戦士の墓場の伝統だ。そして受け継いだ人間が最初から前当主と同じだけの実力を発揮できるかというと、否だ。

 経験を、修練を積んで初めて一人前となる。それはあたしも、あたしより高貴な貴族も変わらない。

 そしてそれは、違いはあれどアイドルという職業も変わりない。これまでレッスンを積んできて、あたしはそう思っていた。

 

「ああ……そういう考えもあるな。だが、全員が全員そう思ってるワケじゃない」

「え?」

「期待しちまうモンなんだよ。憧れがあるほど、その母親を知っているほどにな。……あの伝説的アイドルの娘ならば、最初から飛び抜けた天才であるハズだと」

 

 そんな……。

 

「そんなワケがない。血筋は確かに大事だけど、必ずじゃないでしょ」

「それでも幻想を抱いちまうのさ。あの人の娘ならばこれくらいできるハズだ。あの人の娘なのにこの程度もできないのか。……その手のプレッシャーは常にのしかかる。二世タレントの辛いところだな」

 

 ネネコにそんな事情があったなんて……。

 

「だから音猫は焦ってるのさ。完璧にこなさなければいけないと。だからレッスンを頑張って……でも突然、降って湧くようにお前が現われた」

「あたし?」

「そうだ。自分より身体能力、つまりダンスに優れている相手が突然ユニットを組んできた。そりゃ音猫も心穏やかじゃいられないさ」

「全部プロデューサーの所為だけど」

 

 あたしをスカウトしたのもネネコとユニットを組むように言ってきたのも全部プロデューサーだよ。

 だけどまぁ……理解した。

 ネネコは全部完璧にできなければいけないと思い込んでいて、だからあたしにダンスが劣っているのが不安なんだ。

 

「……って、分かってもどうしようもないや。これあたしに非はないじゃ~ん!」

「だなぁ」

「だからプロデューサーの所為だって!」

 

 やれやれって顔してるのが納得いかない!

 

「ま、次の仕事をしながらでも友好を深めてくれ」

「いやその方法が分からないんだって……え、仕事?」

 

 その口ぶりだと、レッスンじゃないの?

 

「ああ。初仕事ということになるのかな。……アイドルたる者、まずは自分の曲がなければ始まらないだろう」

 

 そう言ってプロデューサーが差し出したスマホにはプレイリストの一曲が映し出されていた。

 タイトルには『デモ曲1』。

 

「レコーディングだ。くれぐれも先方に粗相のないようにな」

 

 

 

「あー、緊張する~」

「……情けない」

「いやだって初めてだし」

 

 もらった曲の練習をしながら数日後。あたしたちはレコーディングスタジオを訪れていた。

 目的はもちろん、あたしたちの歌の収録だ。

 ここで録音した歌がCDに焼き付けられネットに流れ、世に飛び出していく。

 そりゃ緊張しようものである。

 

「おはようございます。いんふぇるのプロダクションのお二人ですね」

「はい、おはようございます! コマ・イ・ハイです!」

「……尾ノ道音猫です」

「僕が収録を担当するエンジニアです。よろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げるエンジニアさん。あたしも頭を下げる。

 

「よろしくお願いします!」

「……お願いします」

 

 あたしは勢いよく、ネネコは控えめに。

 ネネコは不機嫌そうな態度を隠しもせず、どこかぶっきらぼうだ。

 ……仕事相手にそれでいいのだろうか。

 あたしは礼儀正しくするところは礼儀正しくするように下っ端根性が叩き込まれてるからこういうところではしっかりするけど、ネネコはまだ慣れていないのか、目線を合わせようともしない。

 後で支障が出なきゃいいけど……。

 

 その予感が当たってしまったのか、レコーディングは難航した。

 しかしネネコだけの所為ではない。むしろ、それ以外の所為だった。

 

「闇を纏ってヒント取って♪ 進んでいくんだ爛々としたこの道を――あ」

『裏返ってしまいましたね。リテイクしましょう』

「すみません、お願いします!」

 

 ガラスの向こうにいるエンジニアさんに平謝りする。

 慣れていない環境の所為で、あたしはミスを連発した。歌唱力にまだ甘いところがあるのも影響しているだろう。

 リテイクの連発で収録はちっとも進まない。時間だけが嵩んでいく。

 

『ええっと、これをこうして……あっ、こっちもやらないと』

 

 もう一つの不幸は、担当してくれたエンジニアさんもあまり慣れていなかったことだ。

 まだ年若く見えるエンジニアさんは見た目通りに新米なのか、手際が少し悪かった。

 しかし彼を責めるのは酷だろう。休憩中の雑談で聞いたのだが、本当は彼の代わりに年配のエンジニアが担当する予定だったのだ。それが急病とのことで、唯一予定の空いていた彼に白羽の矢が立ってしまったらしい。

 何とも不幸な巡り合わせだ。突然のアクシデントなのだから、仕方ないと言えば仕方ない。だけどその所為で更に収録は押してしまう。

 

「………」

 

 ネネコも苛立ちを募らせていった。

 そしてネネコの収録の番に――それが爆発した。

 

「思い出すのはいつも♪ 大切だったあの日々――」

『あ――す、すみません、スイッチが入っていませんでした』

「ッ!!」

 

 奥歯を噛み締めたネネコは、凄まじい形相で録音ブースの扉を開けエンジニアさんへと詰め寄った。

 

「なんでこんなこともできないんですか!」

「え、あ、その、すみませっ」

「ちょっと、ネネコ!」

 

 慌ててネネコを制止しようとする。けどあたしの言葉になんか耳も貸さない。

 

「こっちはお金払ってるんですよ! その分はやってくれないと困ります!」

「す、すみませ……」

「――ちゃんとできないなら、辞めた方がいいんじゃないですか!?」

「っ!」

 

 ピシリと、空気が凍る音がした。

 あたしは流石にネネコの肩を掴んで止めた。

 

「ネネコ! 言い過ぎだ!」

「……っ! ……すみません、取り消します」

 

 ネネコも怒りのまま発した自分の失言に気付いたのか、即座に謝罪する。しかしその様子は不承不承という風に見えた。

 気まずい沈黙が落ちる。

 

「……少し、休憩にしましょう」

 

 あたしから提案する。エンジニアさんが仕切るべきこの場ではイレギュラーなことだが、この空気の中で収録を続けるのは無理だ。

 

「……分かりました。……少し、外の空気を吸ってきます」

 

 そう言って若いエンジニアさんは出て行ってしまった。……あたしはネネコに向き直った。

 

「ネネコ! 流石に余所の人に当たるのはやり過ぎだ!」

「……間違ったことは言ってない!」

「例えそうでも、言葉が過ぎれば罵倒も同じだ!」

「でも……!」

 

 諭す。だけどネネコの顔に浮かんだ険しさは拭えない。

 

「歌なんかで躓いてる場合じゃないんだ。早く、早く一人前にならないと。……じゃないと……お母さんの顔に泥を塗ることになっちゃうのに……!」

「……ネネコ」

 

 焦燥に焦がされたネネコに、余裕なんて一欠片もなかった。

 あれだけ可愛くて、歌も上手い。のに、周囲からの期待というなのプレッシャーに押し潰されている。

 そのレッテル貼りとも言えるそれに、あたしは……覚えがあった。

 

「あのさ、ネネコ……」

 

 声をかけようとした、その時。

 歩み寄るあたしを遮るように、怪鳥音が響き渡った。

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