仮面ライダーハカイブ外伝 仮面ライダーバンドッグ   作:春風れっさー

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nの焦燥/二人のSTART

「クソッ……なんで俺ばっかこんな……!」

 

 収録スタジオの裏手。薄暗い路地裏で毒づくのは、音猫に面罵された若い音声エンジニアだった。

 心を落ち着ける為に外に出たはいいものの、それが功を奏しているとは言い難い。今も彼の胸中にはムカムカとしたものが渦巻いていた。

 

「俺だって一生懸命やってるのに……そもそも先輩が風邪なんて引かなければ……!」

 

 トラブルで今回の収録を担当することになった彼にやる気なんてものは無かった。気持ちとしては会社の顔を立ててのボランティアに近い。勿論実際には給料を貰う以上、真面目に勤めるべきであり、ミスは咎められて然るべきだ。

 それでも一回り下の少女に叱られれば、気分は良くない。

 こちらはわざわざ休日出勤をしてやってるのに。それを何だ、あのアイドル崩れは偉そうに。

 エンジニアは苛立ちを抑えきれず、悪態として吐き出していた。

 怒れるままに、路地裏のゴミ箱を蹴り倒す。

 

「クソ! あの小娘めぇ……!」

「ほう、中々の怒りだな」

「!? 誰だ!?」

 

 不意に、背後から声。振り返るとそこにはワニ革のスーツを着た男が立っていた。

 

「失敬。ちょっとした通りすがりでね」

 

 男はエンジニアへずいと顔を近づけると、物の価値を鑑定するように覗き込んだ。

 

「うむ。無謀な若さと憤懣やるかたない感情が渦巻いた、いい個体だ」

 

 勝手に頷く見るからに威圧的な風貌の男に、エンジニアは怯えて後退る。

 

「な、なんだよ……つ、通報するぞ!」

「……まったく。誰も彼もが携帯電話を持つようになってから口を開けば通報通報とばかり。やりにくい時代になったもんだぜ。……だが安心しな。用事はそんな間もなく終わる」

「な、なにを……うぐっ!?」

 

 男の手から二つの人魂が浮かび上がったかと思えば、エンジニアへと吸い込まれるように憑依した。一瞬心臓を押さえて苦しんだエンジニアの姿は、見る見る内に変化していく。

 黒いハゲタカの翼と、蓄音機じみた顔を持つ異形の怪人へと。

 

「け、けけけ……」

「ほう、悪くねぇじゃねぇか。これだったら存分に暴れてくれそうだな」

「ケケケェェェェン!!」

 

 怪人はそのスピーカーに似た頭部で怪鳥音を鳴らすと、収録スタジオへと身を翻した。理性を失った怪人となった彼は、本能のままに直近の恨みを晴らしに行く。

 

「精々暴れ回って宣伝してくれ。俺ら悪党の怖さをよ……」

 

 男……墓荒らしイモータルの若頭はそう言い捨てると、踵を返してその場を後にする。

 

「これからタイムセールがあるんでな……」

 

 ……侘しい懐事情ゆえに。

 

 

 

 

 尾ノ道音猫は、元アイドルの子どもとして生まれた少女だ。その事情ゆえに、普通の子どもとは違う子ども時代を過ごした。

 他の保護者から噂され注目を集めた。当時はまだ芸能活動を続けていた母に連れられ幼い内にテレビ出演を果たした。ネタに飢えたマスコミに登下校を付け狙われたこともある。興味、値踏み、妬み、卑屈な憎悪。ありとあらゆる視線を受け止め続けてきた。

 良くも悪くも自分が他の子どもとは違う、特別な存在であるという自負を持つのは無理からぬことであった。

 

 だから、アイドルを目指した。理由はいくつもある。

 若かりし頃の母の映像を見て、そのキラキラした姿に憧れたこと。偉大な母の軌跡を辿る二世タレントという絶好のネタを実現できるよう、周囲が進めてきた露骨な誘導。どうせ一生注目され続けるのなら、いっそ全世界の視線を集めてやろうという自棄のような気持ち。

 周囲は普通に生きることを許さない。

 だったらなってやる。

 母を超えるアイドルに。

 音猫の人生の目標は、幼い内に決まった。

 

 目標を見据えたなら、そこまで真っ直ぐ突っ走るだけだ。

 必死で努力した。

 声変わりを見据えたボイストレーニングに、アスリート顔負けの体力作り。スキンケアと髪質の維持も忘れない。睡眠もしっかり取って、牛乳を飲んで、ほどほどに背が伸びるように。

 友達と無邪気に遊ぶ僅かな暇すら惜しんで励んだ。

 自分の肉体が母と同じ高校生で全盛期を迎えられるよう、地道な努力を続けてきた。

 その甲斐あって、アイドルに向いている資質は充分に手に入れた。

 澄んだ歌声。それなりに動ける身体。夜の水月の如き美貌。背は思ったより大分伸びなかったけれど、それならそれで売りようはある。

 少なくとも同年代に並ぶものはいない美少女になれた。他のアイドルも含めて。

 

 だが母を知る周囲はそれで満足しなかった。

 

 アレが足りない。コレが足りない。母と比べて及ばないものを揚げ足を取ったかのようにあげつらった。その中にはデビューして数年、脂の乗った時期の母と比べる声もあった。

 期待外れ。

 その言葉が、幾度も背中に投げかけられる。

 

 分かってる。自分で言ってるのだから。母を超えるアイドルになるのが目標です、と。

 だからこの程度で満足してはいられない。必死に頑張った。血反吐を吐くくらいにレッスンを積んだ。

 だけどその評価を覆すことはできなかった。何故ならレッテルを貼る人間たちはみな、ありもしない幻を見ているだけなのだから。

 それでもと、努力を重ねた。黙らせるくらいの実力を見せてやればいいのだと。

 重ねて、重ねて、重ねて――。

 

 そして迎えた高校一年生。母がデビューした歳。

 音猫の実力は、周囲の、そして自分の基準には、遠く及んでいなかった。

 もう時間は、ないのに。

 

 

 

 

「な、あ……」

 

 ネネコと言い争うあたしの前に現われたのは、スピーカーに翼が生えたような奇っ怪な姿をした怪人だった。

 怪人はあたしたちを目視? すると、けたたましく怪鳥音を再生する。

 

「ケェェェェン!!」

「怪人!? こんな時に……しかも」

 

 その怪人の姿を一目見た瞬間から、頭の中で警鐘がガンガン鳴り響いていた。この魂合成怪人、コイツは……!

 

「ハゲタカヤミーと……ボイスロイミュード!? まずい!」

 

 バッと振り返る。ここは収録スタジオ。音声機器でいっぱいだ!

 

「ネネコ、逃げるよ!」

「え、うわっ!?」

 

 ネネコを俵のように担ぎ上げ、スタジオから脱出する。外に向かう出入り口は……ダメだ怪人が塞いでいる。仕方なく、あたしたちは階段に向かった。

 階段を駆け上がり必死に逃げる。怪人はやはり、追いかけて来た。

 担がれながらネネコが問うてくる。

 

「なんっでっ! 逃げるの!?」

「ボイスロイミュードは音声機器を使って人を洗脳する能力を持ってるんだ! ソイツを使われたら、ネネコが危ない!」

 

 人の欲望を学習して特異な能力を発現させるロイミュードの中でも一際悪辣な能力だ。一般人では抗う術はない。あの収録スタジオは奴の武器庫だった。逃げなかったらどうなっていたことか。

 だがボイスロイミュードの能力はもう一つあった。

 

「ケェェェェン!!」

「ぐあっ!?」

 

 背後から追いかけて来た怪人が、スピーカーから怪鳥音を大音量で響かせる。その声は衝撃波となり、ネネコを庇ったあたしの背を襲った。余波で周囲の壁が罅割れる。

 

「かはっ……!」

 

 鳴き声を増幅しての衝撃波! 骨の髄まで染み入るような、まさに響く攻撃だ。しかも見えない上に広範囲……! これはかなり厄介な技だ。

 

「くそっ!」

 

 このままただ階段を登っているだけじゃ衝撃波のいい的だ。進路を変え、収録スタジオの入ったビルの中を駆け回る。幸い、ビルは入り組んでおり追いかけっこには最適だった。

 次第に怪人は、衝撃波ではなくただの声を拡声し始めた。

 

「ケェェェン! 逃げるな、アイドルくずれめェェェ!!」

「っ、なんだアイツ、あたしたちのことを知っている……!?」

 

 デビュー前のあたしたちのことを知っている人なんて、事務所の人間を除けば限られている。

 ……いや、さっき一人だけ増えたか。

 

「「エンジニアさん!!」」

 

 あたしとネネコは顔を合わせ、同時に答えを出した。

 さっきの若いエンジニアさん! そういえばアイツが現われたのも、エンジニアさんが出て行った裏口の方からだった……!

 

「なんて、間の悪い」

 

 臍を噛む。墓場から持ち出された戦士の魂に取り憑かれると、人は怪人になってしまう。強い感情に惹き付けられやすいという傾向はあるが、多くの場合はまったくの偶然だ。間が悪いという他ない。

 だが彼があたしたちを付け狙うのは、偶然ではなく必然だろう。

 

「よくも俺をコケにしやがってェェェ! 許さねェェェ!!」

「……!」

 

 やっぱりあの時のことを怒っているみたいだ。ネネコもそれに気付いたのだろう。あたしの服の袖を握る手がギュッと強ばる。

 

「とにかくどこかへ逃げないと……!」

 

 エンジニアさんが扮した怪人の追跡は執拗だった。ビル内のどこへ逃げても駆けつけてくる。そもそもが音響機器を操る怪人。ハッキング紛いのことをして聞き耳を立てているのかもしれない。

 それなら、と。あたしはビルの窓を開け、助走を付けて外へと飛び出した。

 

「ひゃっ……!」

「ちょっと我慢してね!」

 

 ネネコの身体をしっかり抱えつつ、隣のビルへ飛び移る。そのまま壁を駆け上がり、屋上へ。

 怪人は……付いてきている。彼の狙いはあたしたちだ。他の人たちに被害が及ばないのは不幸中の幸いだろう。

 

「はっ! よっ! っとぉ!」

 

 屋上から屋上を渡って逃避行を続ける。こういうの、パルクールって言うんだっけ? ビルが戦士の墓場にもあれば良い修行になったかもね……!

 

「ネネコ、酔ってない!?」

「……うん……」

 

 その割に返事に元気がない。早めに降ろした方がいいか?

 ……いやダメだ。狙われているのはどう考えたってネネコの方だ。あたしが安定して戦える場所へ誘導するまで、こうして抱えていった方がいい。

 しかし、ならどこへ?

 

「……この辺、調査で来た覚えがあるな。確か、こっちの方に」

 

 この間部下に引き摺られて調査に駆り出された甲斐があった。基本的にこっちの地理には疎いあたしだけど、この辺りはなんとか把握していた。

 あたしは飛んでくる怪人の姿を後ろ目で確認しつつ、目当ての場所へと急いだ。

 

「……よし。ここなら人目もない、存分に戦える」

 

 辿り着いたのは、建設途中で放棄されたビルだ。コンクリートの柱と放置された鉄骨とブルーシート。それだけの光景が何層にも渡って続く場所。

 作業員も一般人もいない、音響機器もないこの場所なら存分に戦える。

 

「ネネコはどこかに隠れておいて……ネネコ?」

 

 あたしたちがビルの中に潜り込んで、怪人が追いついてくる間だけの僅かなタイムラグ。その小時間で声をかけたあたしは、ネネコの返事がないことを訝しんだ。

 振り向くと、ネネコは俯いてスカートの袖を握っていた。

 

「ネネコ?」

「……私の、所為だ」

 

 顔を下に向けている所為で表情は分からない。ただ、震える声を零していた。

 

「私が、あんなこと言ったからだ」

「……仕方ないよ。まさか怪人になるなんて誰にも予想できない。あたしたちに未来予知の力なんてないんだから」

 

 決して慰めるつもりで言った言葉じゃない。怪人がいつ何処に出るかなんて予測不可能だ。だからこそ、あたしたち墓守のライダーたちは数多の世界に散らばって警戒しているのだから。

 しかしネネコは首を横に振った。

 

「私、やっぱりダメだ。……何も、上手くいかない」

 

 そのままズルリと柱を背にして座り込んでしまう。膝を抱え、殻にこもるように。

 それはいつもの、不遜とすら言えるようなネネコの態度とはあまりにかけ離れた姿だった。

 ……このまま置いて戦いにいったらどうなるか分からない。あたしも、隣に座って話を聞くことにした。

 

「……何がさ。正直言って、レコーディング上手くいってなかったのはあたしの方だろ。ネネコはむしろすごかった」

「でも、コマならエンジニアさんと喧嘩しなかった」

「ん、まぁ……」

 

 墓守として現場仕事することが多いからか、確かに折衝とかには気を使うけれど。できるだけ波風を立たないように振る舞う術は身につけている。だから強く否定することはできなかった。

 

「歌も、ダンスも、コミュニケーションも、私は何一つとして上手くできない」

「おいおいおい……最後はともかくそれ以外は違うだろ。ダンスだってキレてるし、歌なんて……」

「全然足りないんだよ!」

 

 叫び。喉を震わせてネネコは己の感情を吐露した。

 

「何もかも、足りない。お母さんに、周りの奴らを納得させるのに、全然……」

 

 横から見るネネコの表情は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。己の内から迸る感情に焼かれ、苦しそうだ。

 どれだけの間、抱え続けていた想いなのだろうか。

 

「……なんで、そう思うんだ?」

 

 あたしは……問うた。

 コンクリートのひんやりした感触を背で感じながら、肩が触れ合う、寄りかかりそうになるような距離で。

 あたしにできることは少ない。だけど、できることがあるのなら。

 ネネコは促されるように話し始めた。

 

「だって、全然追いつけない」

「別にいいじゃんか。事情はプロデューサーからちょっと聞いたけど、何も絶対にそうならなきゃいけないって決まってないだろ」

「でも、周りの人たちはそうは思わない」

 

 そう語るネネコの横顔は、年相応のものに見えた。戸惑い、迷い、毎日を苦悶して過ごす少女のような。

 

「ずっと頑張ってきた。そのつもりだった。それでも周りの人たちは足りないと言う」

 

 正直、あたし自身はネネコのそういう風評を聞いたことはない。それはきっとプロデューサーを始めとする会社がそういう声を聞かせないようにしているからだろう。

 だけどネネコの世界はプロダクションの中だけじゃない。

 

「そう言われたのか?」

「正面切って言われることなんてほとんどないよ。でも、失望したような溜息を吐かれるんだ。お母さん程じゃないって」

「そうか……」

 

 それはキツいな。……レッテル、か。

 

「……お母さんの娘に産まれて、だからアイドルを目指したのに……お母さんを超えるアイドルにならなきゃ、私の人生に意味なんてないのに……」

 

 そう呟くネネコは、今にも消えてしまいそうに儚く見えた。

 ……そろそろ、怪人への対応に行った方がいいと思う。墓守として市民に被害が及ぶ前に怪人を倒さなきゃいけない。それがライダーとしての、バンドッグとしての使命。

 ……だけど。

 

「そうか、な」

 

 あたしはもう少しの間だけ、使命よりもそのまま座り続けることを選んだ。

 アイドルとしての、ネネコの友達としての自分を。

 

「……そうだよ。私の、アイドルじゃない私に存在理由なんて」

「まぁ、あたしはこっちの世界に来たばかりだからさ。もしかしたらネネコの言うことの方が正しいのかもしれない。そうじゃなかったとしても、周りからの反応ってヤツはどうしようもないモンだしな。あたしも覚えがある」

 

 戦士の墓場だって、人間の社会だ。楽しいだけじゃない。……嫌な思いをしたことは、何度もある。

 

「でもさ」

 

 それでも、ネネコの言葉の中には明確に違うと言えることがあった。

 

「それはアイドルとしてのネネコだけで、ネネコの全部じゃないだろ」

「……え?」

 

 ネネコの瞳があたしを捉えた。……やっとこっちを見てくれた。

 あたしは微笑んで続ける。

 

「アイドル活動がネネコの人生の全てなのか? 違うだろ?」

「……でも、私にアイドル以外の価値なんて」

「そうか? もうあたしは何個か見つけてるけどな」

 

 手を挙げ、指折り数えてみる。

 

「意外と常識的なところ。負けず嫌いなところ。自分の意見をハッキリ言えるところ。……ほら、出会って間もないあたしでもこれだけ知ってる。プロデューサーとか、アンタのお母さんとかはもっと知ってるんだろうな」

「……それに、何の意味が」

「あたしはさ」

 

 話を切り替える。けれど、脱線じゃない。

 あたしが伝えたいことだ。

 

「こう見えても貴族なんだ。墓守の名前持ちのライダーって全員貴族なんだよ。……ま、あたしの場合、生まれは違うんだけど」

「え?」

「連れ子ってヤツ。親父とお母様が結婚して、貴族の仲間入りしたんだよ。貴族って言ってもさ、バンドッグ家って零細でさぁ」

 

 やれやれと肩を竦めて語る。いやホント、しょうもない話なんだけどさ。

 

「親父の代で兵士から成り上がったは良いけど、最下級の貴族ってお金もあんまりもらえないんだよね。でも仕える部下たちの給料は払わないといけないから、家計が常に火の車なんだよ」

「そ、そうなんだ」

 

 親父は下級貴族だ。ちょっと前の戦で成り上がったはいいものの、嫁さんと跡取り息子に先立たれてしまった。おかげでバンドッグ家は一代にしてお取り潰し寸前だった。そこへ後妻として入ったのがあたしのお母様ってワケ。

 しかしバンドッグ家は凄まじく貧乏だった。

 

「そうなんだよー! クソ親父なんて『これなら兵士だった頃の方が良かったな……』が口癖なんだよ。そのクセ自分はさっさと隠居して娘に当主を押しつけるし。おかげでこうして異世界くんだりまで出張することになるし。マジクソ親父クソじゃない!?」

「ど、どうなんだろう。会ったことないし……」

 

 今度はあたしの口から放たれる怒濤の愚痴にネネコがドン引きしている。ふ、まだまだだね。クソ親父への罵倒はまだこの百倍でてくるよ。

 しかしこれこそ本題じゃない。あたしは余剰分の怒りを溜息として吐き出して、続けた。

 

「そう、あたしはバンドッグ家の押しつけられ当主。つまり――"繋ぎ"なんだ」

「……"繋ぎ"?」

 

 ネネコが首を傾げる。流石にピンと来ないか。

 

「そ。親父としても血の繋がっていない連れ子より実子に家を継がせたいってのが親心でしょ? けどその前に家が潰れたら困る。だからあたしを当主に据えてどうにか家を保たせる必要があるんだよ。……あたしはクソ親父とお母さまの間に新しい子どもが生まれるまでの繋ぎ、『代理』ってワケ」

「……そんな」

「あたしがバンドッグって家名じゃなくて旧姓のイ・ハイを名乗ってるのもそれが理由」

 

 そう。あたしはバンドッグ家の当主だが、それは(仮)だ。

 親父とお母さまが新しい子どもをこさえたら、あたしはその子に家督を譲る。それがあたしの、ネネコの言うところの存在理由だ。

 

「そんな、機械のパーツみたいな……」

「貴族社会じゃ珍しい話でもないんだけどね。……お母様は身体があんまり強くないからさー、普段は大丈夫なんだけど、いざという時医者にかかれないと不安でさ。その点、零細とはいえ貴族ではあるから。クソ親父と一緒になった方が安心なんだな、これが」

 

 だからあたしはこの役割を受け入れた。

 繋ぎ。ただ次代へ保たせるためだけの部品。いらなくなったら捨てられる歯車。

 バンドッグ家当主としてのあたしは、ただそれだけの役割だ。

 

「アンタは……コマは、悲しくないの?」

「んー、ま、昔はちょっと荒んだ……というか、無感情ではあったな。それこそパーツ気分というか。周りからの扱いもそんな感じだったし」

 

 思い返すと黒歴史だが、そんな時代もあった。まだ幼いと言えた時分の話。

 繋ぐだけの、代理仮面ライダー。ヒソヒソ話も、面向かって蔑まされることもあった。

 全部承知の上だ。対して気にしたこともない。しかし希望が持てるだけの楽観もしてなかった。

 ……ただただ、空虚だった。

 灰色の世界の中でただ突っ立てるだけの人形。

 与えられた役割をこなすだけの、まさに、駒。

 それこそがあたしだと……。

 

決めつけてた(・・・・・・)。……それしかないって」

「!」

 

 ネネコが目を瞠る。気付いたか。

 あたしが気付いたきっかけは、この後だった。

 

「でも、そんなこと関係無しに懐へ入ってきた人たちがいた」

 

 お目通しにあったのは、いつだったか。

 時間は忘れても、その光景は鮮明に思い出せる。

 

『儚・インフェルニティ・ブツダンブッカ・ソナエモン・ハカイブです……あなたが、コマちゃん?』

 

 父親の背中に隠れた、灰色の髪の少女だった。

 自分が仕えるべき上級貴族の娘として紹介された彼女は、とてもそうは見えなかった。

 

『ひぃん……もう無理ぃ……儚の可愛いお顔が傷ついちゃう……』

『そ、そうですか。休憩なさいますか?』

『うぅ……もうちょっと頑張る……』

 

 オドオドとしてるのに変なところは自信満々で、怠け者かと思えば真面目で。

 

『は、儚様!? まだあたしたちの歳じゃ竜の討伐は早いんじゃ……!?』

『大丈夫……! コマちゃんならきっと行ける……! コマちゃんが真正面に立って、儚たちが両側から攻める……! 完璧な作戦……!』

『それあたしに攻撃が集中しますぅ!』

 

 奇行は当たり前。突拍子もないことを提案して、良く巻き込まれてた。

 

『コマちゃん、こっちおいで……!』

『い、いえ。あたしは下賤な身ですから……それに、"繋ぎ"ですし……』

『? ……関係ないよ。だってコマちゃんは、コマちゃんでしょ?』

 

 でも……あたしを見てくれた。

 バンドッグ家や墓守なんて関係ないあたしを。繋ぎでも歯車でもない、コマ・イ・ハイを。

 それで、初めて気づけたんだ。

 

 周りからどう扱われるかより前に、ここにあたしという人間がいることに。

 

「だからあたしはコマ・イ・ハイになったんだ」

「………」

「貴女も、尾ノ道音猫でしょ?」

 

 ネネコは……音猫は、あたしの言葉を受けて目を瞑った。

 考えるように。あるいは、噛み締めるように。

 

「あたしの前にいるのは誰かの子どもでも期待の新星でもない。ただの尾ノ道音猫だよ」

「それで……いいのかな」

「いけないワケないでしょ。音猫は音猫だもん」

「……そっか」

 

 音猫は長い息をついた。まるで万年の氷が溶けるかのような、重く長い溜息を。そして新鮮な空気を肺に取り入れると目を開き、あたしの方を見た。

 

「うん。……私は、尾ノ道音猫なんだ」

「そうだよ」

「そして、貴女はコマ・イ・ハイ」

「そうそう」

「……そんなことも、人って忘れちゃうんだね」

「意外とね」

「……ふふっ」

「ははっ」

 

 顔を合わせたあたしたちは、おかしくなって噴き出した。ホントに、後になってみると馬鹿らしいことこの上ないお話だ。

 人は、与えられた役割だけが全てじゃない。

 かまけていると、意外と忘れがちな話だ。

 でもそれだけなんだ。見つけてもらえば、思い出せば、また戻れる。

 本当に、それだけ。

 

「さて……それじゃ、面倒事はさっさと片さなきゃな」

 

 パンパンとお尻をはたきながら立ち上がる。いつだって、些事の方が大変だ。

 

 

 

 

「ケェェン……どこだ、どこに行ったあのジャリ共……」

 

 怪人――魂を押しつけられたエンジニアは、アイドルの卵を探してビルを彷徨っていた。

 ボイスロイミュードの力で音響機器を支配することができる怪人だが、逆に言えばそれが無ければ索敵能力は並み。

 こんな音響の欠片もない場所では能力の発揮しようもなかった。

 

「!! ――いた!」

 

 だがそれでも耳はいい方だ。

 大きな音が鳴り響けば場所は分かった。

 ハゲタカの翼をはばたかせ、怪人はそちらへと急行する。

 敵の場所は明快。

 ビルの屋上だ。

 

「ケケケ……」

 

 天空から見下ろせば、いる。

 アイドルの片割れ。首輪付きの方。目当ての方ではないが、だったら痛めつけて引き摺り出せばいいだけの話。怪人となって理性がトンでいる所為か、残酷な考えが簡単に浮かぶ。

 

「さて……それじゃさっさと終わらせるか。戒名は……喧しコンドルって辺りで」

 

 アイドルは――コマは、肩を竦めながらベルトを腰へ巻き付ける。そして折本を手に書き込んでいく。

 

《ボディ トリガー・ドーパント》

 

 青を基調としたシンプルな、しかしどこか機械的な意匠が強いスーツに身を包む。

 

《アーマー 仮面ライダータイラント》

 

 折本、キセキレジスターを閉じて合掌。

 唱えるは己の役割に殉じるための言葉。

 しかし、彼女にとっては当たり前で、そして一面でしかない。

 

「変身」

 

《トリガー・ドーパント×タイラント》

 

《冷徹なる銃兵 下克上の野望》

 

《乱射暴君!》

 

《仮面ライダーバンドッグ ディクタトルシューター》

 

 天から降りて装着されるのは赤い鎧。

 細切れになったマントを風にたなびかせ、仮面を被る。

 鬼のような黒い角が生え、中央にスコープめいた単眼が浮かぶその形相はまさに獄卒の如く。

 中央にクリスタルの嵌まった首輪と、胸元の位牌型のモノリスはハウリングレヴナントと同じまま。

 そこにいたのは赤と青に彩られし、兵士にして狂王。

 

「バンドッグ・ディクタトルシューター……さぁ、GAME STARTだ」

 

 新たな形態に変身したバンドッグは右手を持ち上げる。そこには独特な形状の武器が握られていた。

 中央は青い機関銃。両側から刃を備えた弓が突き出した、ボウガン型の武器。

 その銘を、TTボウガン。T(トリガー)T(タイラント)ボウガン。

 その標準は、空中の怪人――喧しコンドルへと向けられる。

 

「ケッ!?」

「……不殺生(ふせっしょう)

 

 引き金を引く。銃口の先から放たれた赤い光の弾丸は、過たずハゲタカの翼を貫いた。

 

「ケゲェッ!?」

「……不瞋恚(ふしんに)

 

 屋上へと叩き落とされた喧しコンドルへと銃口を合わせ、追撃を加えるバンドッグ。再び放たれた光弾は怪人の残された片翼を撃ち抜いた。

 これでもう、ハゲタカは飛べない。

 

「ケ……しかしまだこれがある! ケケェエェェン!!!」

 

 空へ逃れる手段を捥がれた怪人は、最後に残された能力、スピーカーからの衝撃波を放つ。

 姿無き波動が、バンドッグの全身を襲う。周囲のコンクリートへと刻まれる罅が、その威力を無言の内に物語る。

 

「ケケ……ケッ!?」

「そして……不悪口(ふあっく)、だ」

 

 だがそれを意に介さないバンドッグによる第三射が放たれる。頭部のスピーカーが撃ち抜かれたことで、二の矢は永久に封じられた。

 

「ジ、ジジッ……な、何故ぇ……?」

 

 バチバチとスピーカーから火花を散らしながら、怪人は慄く。

 衝撃波は確かにバンドッグを襲った。それは確かだ。

 しかしバンドッグは一切手元をブラすことなく引き金を弾いた。

 そんなことができた答えは単純明快だ。

 ただ、耐えた。

 それだけ。

 

「このディクタトルシューターはドラゴンエナジーアームズによって鉄壁の防御力を誇る。生半な攻撃は通じない」

「ケ、ケ……」

「そしてトリガー・ドーパントの照準能力によって外すこともない」

 

 スコープの単眼が収縮し、狙いを定める。後はその通りに引き金を引くだけだ。

 

《乱射暴君! 乱射暴君! ディクタトルシューターブレイク!》

 

 TTボウガンに炭酸めいた光がチャージされ、一際膨大な奔流として発射される。

 

「ケッ! ケゲッ! グゲゲッ!!」

 

 何度も、何度も撃つ。乱射される光の弾丸だが、一度も外れることはない。その全てが急所を的確に撃ち抜く。

 手、足、胴……そして既に撃たれた頭をダメ押しに撃ち抜かれて、喧しコンドルは爆発四散した。

 

「クケケェェェーー!!!」

「……ずっと思ってたんだが、ケーンという鳴き声はハゲタカじゃなくてキジだな」

 

 最後にボソリとそう呟いたバンドッグは、銃口から立ち上る硝煙を吹き消した。

 

「GAME OVER……なんてな」

 

 こうして、獄卒の仕事は終わった。

 

 

 

 

「ふー、これでヨシ」

「うぅ……」

 

 気絶したエンジニアさんを収録スタジオの待機室に置かれたソファに寝かせ、あたしは一息をついた。これで一件落着だ。

 うなされているエンジニアさんを見つめ、音猫は申し訳なさそうに眉根を寄せる。

 

「起きたら謝らないと……」

「ま、碌に憶えてないと思うから大丈夫だよ。アフターケアならあたしがやるしね」

 

 その点、あたしは講習をパスできるくらいに信頼されているのだ。忙しすぎて故郷へ帰る暇がないとも言う。

 

「さて、これからどうしようか」

「待って、プロデューサーに顛末を連絡しておいたからそろそろ返信が来るハズ……あ、来た」

 

 丁度着信音が鳴る。あたしにも聞こえるようにスピーカーホンにされたスマホからプロデューサーの声が聞こえた。

 

『お疲れ。大変だったな』

「そうなんだよ、もー災難って感じで……」

『不運の星に生まれているらしいな』

「冗談言わないでよ……笑えないから。でも収録がおじゃんになっちゃったのはゴメン。これからどうすればいい?」

『それなんだが……次を手配した』

「へ?」

 

 次?

 

『飛び込みで対応してくれるそうだ。メッセージで地図を送るから急行してくれ』

「ちょ、ちょっと待って? 続行!? 今日!!? 怪人と戦ったのに!!?」

『明日以降からの予定も詰まってるからな。時間は今から一時間後だ。よろしく』

「な……」

 

 プツン。ツーツー。

 無慈悲に切られたスマホを前にして、あたしと音猫は顔を見合わせる。

 

「……どうする?」

「行くしかないと思う……あのプロデューサーはマジでやるから」

「だよなぁ」

 

 頷き合って訪れる、静寂。その一瞬後、あたしたちは弾かれたように出発の準備を始めた。

 

「スタジオどこ!?」

「こっから3㎞先!」

「馬鹿じゃないの!?」

「あ、エンジニアさんどうしよう!?」

「取り敢えず書き置きしておこうか!!」

 

 バタバタと身支度を調え、メモを拝借して書き置きしてから二人でスタジオを飛び出す。

 急げ急げ! 探す時間を含めたら余裕はないぞ!

 

「あーもう、全然忖度してくれないよ! 仮面ライダーなのにー!」

「ふふっ、それなら私も。伝説のアイドルの娘なのにー!」

 

 二人で笑いながら駆けていく。あれ程あったように見えた距離は、今はほとんどゼロだ。

 怪我の功名? 棚からぼた餅? ま、とにかく……。

 

 あたしと音猫は、ようやく友達になれたようだ。

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