仮面ライダーハカイブ外伝 仮面ライダーバンドッグ   作:春風れっさー

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結成!けるべろ☆すいーつ

「コマ。ここのターンを教えてほしい」

「ああ、ここはえーと……その前のステップから腰に力を溜めておいて……」

「ふむ。でもそれじゃステップの形が崩れちゃわない?」

「そこは、うーん。腰だけ分離して動かすというか……分かるかな?」

「あ、理屈は分かる。アイソレーションって奴だ」

「あい……? まぁ、そういう感じかな。外に見せないように中だけで力を溜める感じ」

「うん、うん。アドバイスありがと。やってみる」

「おう! できるようになるまで付き合うよ!」

 

「お前ら、仲良くなったな」

 

 とある日。今日も今日とてレッスンにいそしむあたしたちの様子を見に来たプロデューサーがそう零した。

 あたしと手を取り合っている音猫はキョトンと首を傾げる。

 

「そう? 今のやり取りに仲良し要素あったかな」

「いやいや。この間まで話しかけることも許してなかったからね」

 

 音猫に自覚は無くともあたしはしっかり憶えているよ、音猫の氷河期ツン時代。あの時はあたしの鉄壁のメンタルも砕ける寸前だったんだぞ。

 

「アイスエイジもウェザーも真っ青の氷結っぷりだったからね」

「その例えは死ぬんじゃないか? ……何があったんだ」

「んー……それは秘密、かな。ね、音猫」

「うん。秘密。二人だけの」

 

 二人で笑い合い、指を立てる。わざわざプロデューサーに言ってやる必要はないのだ。乙女同士の秘密ってことで。

 

「ふーん……ま、仲が良いなら何よりだ。良すぎたらまずいが、悪いよりはマシだ」

 

 納得はいってなさそうだが、プロデューサーは一先ずそう飲み込んだようだった。

 その代わりに問う。

 

「レッスンは順調のようだな」

「うん。コマがダンスを教えてくれて、かなりクオリティ上がったよ」

「あたしも、音猫に音程とかを直してもらった。……まあ、それがスパルタだった所為で余計に消耗したけど……」

 

 レッスンに墓守活動に更にドンだ。おかげで全然寝られてない。

 だが、そのおかげであたしたちのパフォーマンスは相当磨き上げられていた。

 

「ふむ。それなら大丈夫そうだな」

「何が?」

 

 首を傾げるあたしに、プロデューサーは一枚のプリント用紙を手渡した。

 

「決まってる――お前たちの、初ライブだ」

 

 そこにはポップなフォントで『けるべろ☆すいーつ FASTLIVE』の文字が踊っていた。

 ちょっと待って。

 

「……あたしたちのユニット名、こんな名前だったの」

「そこからかよ」

 

 そんな形で、あたしたちの初ライブが決まった。

 

 

 ※

 

 

「ここでライブをすることになる」

「おぉー」

 

 数日後、あたしたちはライブハウスへ下見にやってきた。

 もちろん、あたしたちけるべろ☆すいーつの初ライブをする会場だ。

 

 眩いスポットライトに照らされたステージから見下ろすライブハウスはそこそこの規模をしたハコで、今は無人の客席には椅子が並んでいる。ギッチギチに狭いということはなく、結構人が入りそうだ。

 デビュー前アイドルのファーストライブ会場にしては、ちょっと大きすぎないか?

 

「初ライブなのにこんな大きなトコ借りて大丈夫なの? 普通は商店街とか、ショッピングモールとかの一角を借りてやったりしない?」

「意外と詳しいな」

「そりゃね! プロデューサーに他タレントの手伝いに駆り出されたから!」

 

 あたしが事務所で待機していると、プロデューサーが首根っこをひっ捕まえて引き摺っていくのだ。『暇そうなら手伝え』、と。……いやそれ暇じゃねーから! 貴重な休憩時間に身体を休めているだけだから!

 荷物持ち。ライト係。果ては音響まで。色々とやらされたものだ。

 そんなこんなでスタッフとして裏方を走り回った経験もあり、あたしはすっかりこの世界のアイドル事情にも詳しくなってしまっていた。その知識から考えると、このライブハウスは少し大きめだ。

 

「客席埋まる? スカスカだったらショックでアイドル諦めちゃうかも」

「そしたらお前も首がついている生活を諦めてもらうことになるが」

「ねぇお気軽にあたしの命を諦めようとしないで」

「……計算上では埋まると考えている」

「ホントにぃ?」

 

 そりゃ、ドームという程じゃないけど……。

 結構宣伝とか頑張らないと駄目じゃないか?

 

「……多分、プロデューサーの言ってることはホントだよ、コマ」

「音猫? なんで?」

「……私がいるから」

 

 睫毛を伏せて呟いたその言葉にあたしはハッとする。

 そうだ、音猫は伝説のアイドルの娘。

 注目するアイドルファンがいてもおかしくはない。

 デビュー前からかの伝説の遺伝子はどんなものかと、品定めに来る人たちもきっといる――!

 

「いやっ、でも、音猫には関係ないじゃん!」

「それこそ、ファンの人たちにそんな私の事情は関係ない(・・・・)、よ。……大丈夫だよ、コマ」

 

 音猫はフッと力を抜き、頬を緩めた。

 

「私も、受け入れてるから」

「……音猫」

「お母さんの娘ってことも、切っても切り離せない私の個性なんだ。だったら、それを受け入れて、その上で自分らしさを出せばいいんだから」

 

 音猫は、アイドルの娘という色眼鏡で見られることを乗り越えたようだ。

 今までも、受け入れてはいた。けれどそれは諦めに近い心境だったのだろう。でも今は違う。それすらも利用してやらんという気概を感じる。

 ……うん。音猫がそう言うのなら、信じよう。あたしはパシリと頬を叩いて気合いを入れた。

 

「……おっけー。じゃあ、音猫を見に来たみんなが満足できるようなパフォーマンスをしなくちゃね!」

「うんっ!」

 

 二人で手を取り合って誓う。

 ここからあたしたち、けるべろ☆すいーつの第一歩が始まるんだ!

 ……そういえば。

 

「なんであたしたち、『けるべろ☆すいーつ』なの? 由来は?」

「ん? ああ……それはだな」

 

 プロデューサーは解説する。けるべろ☆すいーつに秘められし逸話を。

 

「けるべろ☆すいーつはハロウィンの夜、地獄から這い出た夜の使者なんだ。夜な夜なお菓子を求め、街を彷徨う亡者の二人組。大口を開け、ちまちまとお菓子を集める彼女たちは気がついた……もっと多くの人の目に付けば、もっとたくさんのお菓子を貰えると! そして生まれたのがアイドル☆ユニット、けるべろ☆すいーつというワケだ」

 

 それを聞いてあたしと音猫は顔を見合わせた。

 そして、口々に言う。

 

「設定が浅い」

「うぐっ」

「そんで可愛くない」

「うぐぐっ」

「ていうか季節ものってどうなの? ハロウィンが終わった後も活動続くんでしょ?」

「あと二人組でケルベロスってのが分かんない。頭が一個足りないじゃん」

「うぐぐぐっ! ぐはっ」

 

 あたしたちの連続の指摘に、プロデューサーは胸を押さえて倒れ伏した。

 

 

 ※

 

 

 墓荒らし・イモータルの事務所。

 くすんだ革張りのソファに座って、今日も今日とて若頭は景気の悪そうな溜息をついていた。

 

「……成果があがらねぇー」

「ッスねぇ」

 

 背後に立つ舎弟、カズも頷く。

 落ち目のイモータルが取った作戦、怪人を暴れさせてその威を知らしめ、取引先を増やすという作戦は上手くいっていなかった。

 その理由は。

 

「アイツの所為だ、あの墓守」

 

 魂合成怪人を倒して回る、にっくき存在。

 墓守……つまり、仮面ライダー。

 

「クソ、俺らを追っかけてきたんだな。暇なことだよ、ったく」

「どうするッスか。このままじゃ取引先が増えるどころか大損ッスよ」

 

 墓守に魂合成怪人を倒されるデメリットは、マーケティングが成功しないだけではない。

 戦士の魂が回収され、戻ってこなくなってしまうのだ。

 普通なら万が一地元の警察組織に倒されても、魂はイモータルの元へ戻ってくる。

 しかし墓守にやられてしまうと、戦士の墓場へと回収され戻ってこない。

 当たり前だ。本来はそちらで静かに眠っているハズの存在なのだから。

 

 悪いのは当然、そこから魂を盗んだイモータルたちなのだが、そんなことは関係ないと若頭たちは墓守を批難し、舌打ちをした。

 

「チッ、どうしたもんかな」

 

 このままでは無用に手持ちの魂がすり減っていくだけだ。

 充分に暴れたのならまだしも、それすら未然に防がれてしまえば。

 若頭は頭を悩ませ、どう墓守を排除するべきか思案する。

 

「……発想を逆転させてみたらどうッスか?」

「あン?」

 

 舎弟のカズは何か閃いたようだった。したり顔で提案してくる。

 

「仮面ライダーは厄介者。これはどこの悪の組織も同じッス」

「そうだなァ。どこのドイツも面倒くせぇ奴ばっかだよ、アイツらは」

「だったら、倒したら箔が付くんじゃないッスか?」

「……なるほどなァ」

 

 つまり、逆だ。

 ピンチはチャンス。厄介な敵が現われたのなら、ソイツを倒してアピールしてしまえばいいのだ。

 仮面ライダーは悪の組織の永遠なる宿敵だ。もし倒したのなら一目置かれ、取引もしてもらえるかもしれない。

 

「お前にしてはいいアイデアだ。そのセンで行こう」

「やったッス! お礼は焼き肉でいいッスよ」

「あ? 調子乗んな!」

 

 カズがガッツポーズをした瞬間だった。

 

 ダン、と銃声が鳴り響く。

 

「おご……!」

 

 坊主頭の額に黒い穴が穿たれ、カズはその場に崩れ落ちた。ドサリと倒れ、事務所の冷たい床に物言わず転がる。

 若頭の手には、懐から抜き放ったZECTガンが握られていた。

 その銃口から立ち上る白い煙を吹き消して仕舞い直し、若頭は何事もなかったかのように手を打ち付ける。

 

「仮面ライダーを倒して、名を挙げる! いいじゃねぇかそっちの方が盛り上がる! そうとくりゃ俺らが簡単に出張るワケにはいかねェな……下っ端でケリを付けた方がいい」

 

 幹部級が頑張って仮面ライダーを仕留めるよりも、一般怪人が倒した方が評価が上がる。その過程で魂をいくつも使い潰すことになるだろうが、長期的に見たらそちらの方がメリットだ。

 場合によっては再び戦士の墓場へ魂を奪いに行かなければならないが……もし墓守を倒したのならばその情報もゲットできるかもしれない。

 

「一石二鳥、だな」

 

 自分の血が滾るのを若頭は感じた。

 かつてのあの日。悪の組織と墓守たちを相手にブイブイ言わせていた時代。素晴らしき栄光の日へ思いを馳せて、その再来を夢見る。

 組織を立て直せば、今は病床にいる組長だって起きるに違いない。

 

「待ってろよ、オヤジ!」

 

 若頭は決意を胸に、拳を突き上げた。

 

 ……そして、床に転がる舎弟を蹴って転がす。

 

「いつまで寝てんだよ、オラ起きろ」

「いや自分で撃ったのに酷くないッスか?」

 

 むくりと、カズは起き上がった。

 その額は黒々とした穴が開いたままだ。

 

「焼き肉とかつまんねぇコト言うからだよ。金がねぇっつってんだろ。ツッコミだツッコミ」

「過激ッスよ! コンプライアンス的によくないッスよ!」

「ケッ、息苦しい時代になったモンだぜ! あー腹が減ってきた。メシ行くぞメシ!」

「お、もしかして焼き肉……」

「馬鹿がまた撃たれてぇのか。うどんだようどん! オメェは素うどんな!」

「えぇ、そんなぁ! せめてかまぼこだけでもぉ~」

 

 そんなやり取りをして二人は、何事もなかったかのように事務所を出て行く。

 貫通し壁に穿たれた弾痕だけが、実銃であったことを物語っていた。

 

 

 ※

 

 

 月日は経ち、いよいよライブの当日だ。

 あたしたちは朝早くから会場入りし、準備を始めた。

 ライブの開始は午後。しかしやることはいくらでもあるのか、プロデューサーやスタッフは忙しなく駆け回っている。

 

「とはいえ、流石に演者はリハーサルまで暇だよねー」

 

 あたしと音猫は楽屋で待機中だ。

 プロデューサーは他タレントのライブの手伝いにあたしを駆り出していたが、流石に今日はしないらしい。それは当然だ。だってあたしたちのライブだし。

 

「自分の時の方が安らぐってどうかしてんだろ……」

「でもプロデューサーは『ま、最初だからな』って言ってたよ」

「え、じゃあ次回からはあたしも手伝いするの? 正気じゃねぇ……」

 

 プロデューサーはあたしの限界を見極めるのが上手い。数多のタレントを育てている内に身についた眼力なのだろう。

 そして残念ながら、墓守であるあたしの限界値は高い。ストレスの許容量も。

 昔っから下級貴族の苦労と友人の無茶ぶりに応えてきたからね!

 

「ま、それならそれで今日だけはのんびりを満喫するかー。衣装合わせも終わったし、リハまではもう……」

「コマ隊長!」

 

 気を抜こうとした瞬間、楽屋の扉が勢いよく開けられる。

 そこにいたのは軍服を着た若者。時代錯誤な格好は如何にライブハウスであっても似つかわしくない。

 つまり、戦士の墓場の出身者。

 あたしに仕える一般兵士だ。

 

「あ、どうしたの?」

「怪人が出現いたしました! 街中で暴れているようです!」

「マジか。よりにもよって今日」

 

 何とも巡り合わせが悪い。

 とはいえ、そこまでは慌てない。まだライブの開始までは時間がある。

 

「分かった。行こう。音猫、プロデューサーには言っておいて」

「うん。気をつけてね」

 

 音猫はコクコクと頷いて激励と共にあたしを見送ってくれた。

 そんな言葉をかけてくれるなんて。あたしたちの関係も進歩したものだ……!

 密かな感涙に咽びながら、あたしは一般兵の案内で現場へ直行する。

 

 辿り着いた先では、確かに怪人が暴れていた。

 ただ街中というには都心部から些か離れており、どうやら空き地で暴れているだけのようだ。被害が無さそうで何よりだが、間抜けな風景だ。力が抜ける。

 

「キケェー!」

「やっぱり魂合成怪人か。何と何だ?」

「スラッグオルフェノクとクラゲ・デッドマンのようです」

「また微妙なぁ……」

 

 どんな怪人だったか覚えてない。まぁ見た目から軟体動物っぽさはある。先端に目がついた触角を持ち、手は触手になっていった。

 

「ま、さっさと倒しますか」

 

 ベルトを巻き、キセキレジスターに書き込んでいく。

 

《ボディ 仮面ライダーアマゾンシグマ》

《アーマー ウルフデッドマン》

 

「変身」

 

《アマゾンシグマ×ウルフデッドマン》

《蘇った生体兵器 吠え叫ぶ忠狼》

《死徒咆哮!》

《仮面ライダーバンドッグ ハウリングレヴナント》

 

 炎が爆ぜ、あたしの身体を野獣の戦士へと変えた。

 動く死体。憤怒の悪魔。あたしがもっとも得意とする形態へと変身する。

 

「地獄の野辺まで追いかける! あたしこそが仮面ライダーバンドッグだァ!!」

 

 変身して上がったテンションのまま、あたしは吠えて怪人へと躍りかかった。手の鋭い爪が、触手怪人の柔い皮膚を突き破る。

 

「ぎゃあ!? なしてぇ!?」

「アンタに恨みはないが、さっさとくたばってもらう……」

「お、おめぇ、おめぇもあっしを馬鹿にするんかぁ!?」

 

 田舎から出てきたばかりだろうか。それとも興奮して故郷の言葉が強く出てしまっているのか。妙に訛った口調で怪人が抗議する。

 

「田舎モンだ田舎モンだ、会社の連中は馬鹿にしよって……許せねぇだ、絶対この力で復讐しちゃるんだ!」

「あ、悪い。急いでいるからそういうの巻きで」

「なしてぇ!?」

 

 悲鳴を上げる怪人へ、あたしは鉤爪の連打を叩き込んでいく。やはり骨のない軟体動物を元にしているからか、手応えは柔らかい。……が、痛痒を与えられているとも思えなかった。

 

「ぬおおおおっ!」

「面倒だな。だったらこうだ」

 

 あたしは筆をとり、キセキレジスターへと書き込む。

 

《ウェポン レイクロー》

 

 両腕の鉤爪、その更に上に、より太い黄金の爪が宿る。その手甲は、白熊のような毛で覆われていた。

 墓守はライダーに変身するだけではない。その力を一部だけ、武器として借り受けることができる。

 あたしは新たに得た爪で怪人を引き裂いた。

 

「ぎゃあっ! ……こ、これは!?」

 

 引き裂かれた怪人の身体には霜が降り、凍り付いていた。

 

「これがレイクローの力。冷気を操る爪だよ」

 

 柔らかく捉えどころがない身体でも、凍らせてしまえば砕ける。

 今度は深くまで突き刺し、軟体を芯から凍らせていく。

 

「おごご……このぉ!」

 

 反撃とばかりに触手を叩きつけてくるが、それすらも凍らせる。

 凄まじい冷気だ。普通ならば使用者も凍えてしまうだろう。

 だが、あたしは平気だ。

 

「元々痛覚がない上に、炎を操れるからな……」

 

 つまり、どうとでも対処できるのだ。

 凍らせ、凍らせ、凍らせていく。

 

「ぎ、きき……」

 

 やがて怪人は呼吸すらできなくなったのか、言葉を発することすらしなくなった。

 ここまで来たら、必殺技を使うまでもない。

 

「じゃあな、ナヨナヨ田舎モン(戒名)。大人しく故郷(くに)へ帰るんだな」

 

 鉤爪で、砕く。凍った肉体は、それで呆気なく散った。

 後には倒れたサラリーマンらしき男と、二つの魂だけが残る。

 

「回収、と。じゃあ、後始末は頼む」

「はい!」

 

 あたしは魂をキセキレジスターの中へ取り込み、男を兵士に任せてその場を退散した。

 本来なら男の安否もあたしがある程度世話するのが筋なのだが、今日はライブの日だ。急いで戻らなければならない。

 

 そそくさとライブハウスの楽屋へと戻る。そこには変わらず、音猫がお菓子を食べて待機していた。

 

「あ、おかえり。怪我ない?」

「おかげさまで。まだ大丈夫そうか」

「うん。あ、でもそろそろリハーサルの準備をしたいってスタッフさんが」

「ん、了解」

 

 おっと、意外とギリギリだったか。

 しかし怪人は退治した。これで心置きなくリハーサルに臨め……。

 

「隊長!」

「え゛」

 

 また扉が開かれる。そこにはやはり一般兵。しかも今度は先と別人だ。

 だが、告げられる言葉は同じ。

 

「怪人が出ました!」

「またぁ!?」

 

 本日二度目の怪人。

 しかし出たなら、対処せねばならない。

 

「い、いってきます……」

「頑張って。リハーサルまであと三十分だから」

「うおおおおっ!」

 

 あたしはダッシュで現場まで向かった。

 

 向かった先は港。多くの船が停まった入り江の中で、波を裂いて大暴れしている怪人が目に入った。

 

「ヒャッハー! 俺は海の男だぜー! でっかい魚をこの銛で突き刺してやるんだぜー!」

 

 鮫のような表皮をした三角形の頭部を持つ怪人が、手にした銛? で船を突き刺して回っていた。船を魚と誤認しているのか? はた迷惑な奴!

 あたしは部下に怪人の正体を確認した。

 

「何と何!?」

「サメアマゾンと、ガンマイザー・スピアかと」

「銛じゃないじゃん!」

 

 銛……改めて槍を掲げて暴れ回る怪人を仕留めるべくあたしは変身した。

 

《ボディ トリガー・ドーパント》

《アーマー 仮面ライダータイラント》

 

「変身!」

 

《トリガー・ドーパント×タイラント》

《冷徹なる銃兵 下克上の野望》

《乱射暴君!》

《仮面ライダーバンドッグ ディクタトルシューター》

 

 赤と青。対となる二色に身を染めたあたしは、泳ぎ回る怪人目掛けて得物――TTボウガンを構えた。

 片手で狙いを定めつつ、もう片方の手でキセキレジスターに書き込む。

 

《ウェポン ベルデタング》

 

不偸盗(ふちゅうとう)!」

 

 銃身の下に、カメレオンの形をした口が装着される。そしてそのまま引き金を弾いた。

 エネルギーの矢が発射される。しかしその後部には、カメレオンの口から伸びた舌が括り付けられていた。

 矢は、過たず怪人の背中に命中する。

 

「ぐえっ!?」

「捕まえた……!」

 

 グッと舌を引いてしっかり刺さっていることを確認すると、あたしはベルデタングのスイッチを押した。

 舌はギュンと縮まり、怪人ごと巻き上げる。

 バランスを崩した怪人は抵抗もできずこっちへすっ飛んでくる。

 狙い撃つのはワケない。

 

「じゃあなフィッシャーマン(戒名)!」

 

 引き金を引く。

 

不慳貪(ふけんどん)!」

「ぎゃあーっ!!」

 

 一発必中ヘッドショット。

 怪人は爆散し、埠頭には舌に縛られた男が流れ着いた。

 魂はキセキレジスターにしまって一件落着!

 

「じゃ、そういうことで!」

 

 シュタっとお願いして、あたしは再びライブハウスへ。

 ダッシュで戻り、楽屋の中へ滑り込む。

 

「だぁーっ! リハ始まった!?」

「今から。衣装には着替えなくていいみたい」

「おっけー! ちゃっちゃと息を整えて……」

「隊長!」

「またー!?」

 

 バンと扉が開き、また部下が(ry

 何で今日に限って!

 

「ね、音猫ぉ……」

「……プロデューサーとスタッフには私が説明しておく」

「ありがとう!」

 

 持つべき物はやはり友か。あたしは音猫に頭を下げて即座に現場へ急行する。

 

「なんだって次から次へと……!」

 

 運がいい方なつもりはないけど、今日に限ってなんでこんなに……!

 何かの陰謀か!? チクショー!

 

 

 ※

 

 

「……アレがバンドッグか」

 

 とあるビルの上。学校のグラウンドで怪人と戦うバンドッグを見下ろす影があった。

 双眼鏡を覗き込む若頭と舎弟のカズだ。

 

「中々の戦いぶりじゃねぇか」

 

 合成元は失っても痛くない雑魚怪人だが、それでもバンドッグの立ち回りは堂に入った物だった。

 基本形態のハウリングレヴナントは痛覚がないからか、被弾を気にしない苛烈な攻めを浴びせている。心なしか何かを急いでいるようにも見えなくもないが、この時のイモータルたちは特に気付かなかった。

 

「強いな。墓守って奴はいつの時代も厄介そうだ」

「カシラも昔は墓守とやり合ったんでしたっけ」

「ああ」

 

 双眼鏡から一度目を離し、若頭は懐かしげに目を細める。

 

「面倒なジジイだった。おかげで俺も随分やられてなぁ……一度はメインに使っていた怪人の魂を取られたくれぇだ」

 

 若頭にとっては忌々しい記憶だ。墓守の戦士は仮面ライダー。使う力は例え元は悪でも、その魂は高潔にして恐れを知らない。

 死闘を繰り広げ、一度は敗れた。

 

「だが奴さん、十年前の戦争でおっ死んじまったらしくてなぁ。おかげで魂もまた盗めたぜ」

「あー、あるあるッスねぇ」

「まったく、これだから常命の奴らは楽でいいぜ」

 

 彼らは彼らにしか通じない頷きを返し合う。

 悪の理屈、倫理は常人には理解しがたかった。

 その言葉の裏に秘められた謎は、今はまだ明かされない。

 

「ま、精々俺らの役に立ってから死ねよ。仮面ライダー」

 

 若頭にとって、バンドッグは単なる踏み台に過ぎない。

 ニヤリと笑って、意気揚々と怪人を片付けるのを眺めていた。

 

 

 ※

 

 

「……っだぁーっ!!」

 

 技を決め、怪人を片付ける。

 爆炎から飛び出した魂を二つ回収して、あたしは苛立たしげに息を吐いた。

 これで終わり。

 だが。

 

「リハーサルの時間は……!」

 

 学校の時計で現時刻を確認する。

 リハーサルの予定時間は過ぎてしまっていた。

 間に合わなかった……!

 

「……音猫、大丈夫だったかな」

 

 少しナイーヴなところのある音猫が、このトラブルでメンタルを崩していないかが心配だった。

 それだけではない。スタッフもプロデューサーも、不安になっているかもしれない。

 

「早く戻んなきゃ……!」

 

 踵を返し、会場へ戻ろうとする。

 だが、二度あることは三度ある。

 ならば、四度目もあり得るというものだ。

 

「隊長!」

「っ……!」

 

 呼び止める声。

 振り返らずとも分かる。部下の声だ。

 そして、その内容も。

 

「怪人が出現しました……」

「………」

 

 拳を握り締める。

 また、怪人が出た。

 ならばやることは決まっている。被害が出る前に倒して、魂を回収する。墓守として当然の使命。

 だが……。

 

「……時間が」

 

 リハーサルが終わったということは、本番が間近ということ。今戻らなければ、ライブに間に合うかは……危うい。

 衣装に着替える準備もある。それを考えると余計に余裕はなかった。

 

「……っ!」

 

 今。……初めて、怪人の下へ赴くのに迷った。

 それは、墓守としてはあるまじき精神。クソ親父に、そして師匠に知られたら烈火の如きお叱りが飛んでくるのだろう。

 眠りを、そして安寧を守る者として、相応しくない。

 

 だけど……!

 

「……着信?」

 

 そんな一瞬の迷いを切り裂くように、懐から着信音が鳴り響いた。

 懐から取り出すのはピンク色をした大柄の携帯電話。こっちの世界の基準からすると少し古いのだろうが、戦士の墓場的には最新モデルだ。

 開いて画面を見る。そこに書かれていた名前は……。

 

「……音猫」

 

 最近、電話帳に増えた名前。

 出る。

 

「もしもし」

『あ、コマ。戦いは終わった?』

「うん。……でも、また怪人が出た」

『そっか……もうライブが近いけど、間に合いそう?』

「分かんない……多分、厳しい」

『そう……』

 

 電話の向こう側に聞こえる声が暗くなる。それはそうだ。音猫にとってこのライブは今後の人生を決めるくらい大事なこと。それを台無しにしかねないあたしは、最悪だ。

 ほとんど無意識に、謝罪の言葉が口を突いて出る。

 

「ごめん、音猫……」

『……なんで?』

「え……」

 

 だが、その返しは予想外だった。

 キョトンとした声音で、音猫が言う。

 

『何が、ごめんなの?』

「いや……だって間に合わないかもしれないから」

『それは仕方ない。コマは怪人を倒さなきゃいけないんでしょ?』

「……うん」

『だったら、そうするべき。それともコマは、戦いたくない?』

「そんなことは……!」

 

 違う……いや、違わないかもしれない。

 今、あたしは戦いから逃げようとしたのだから。

 返答に詰まっていると、先に音猫が言った。

 

『コマは、私に言ったよね』

「……?」

『コマにとっての私は誰かの子どもでも期待の新星でもない。ただの尾ノ道音猫だって』

「!」

 

 それは、確かにあたしが音猫に対して言ったことだ。

 自分の存在価値について思い悩む彼女にぶつけた、あたしの本音。

 

『あの言葉のおかげで、私は前を向けた』

「音猫……」

『今は同じ言葉を返せる。コマは何をどうしたって、コマだって』

 

 同じ意味の言葉が、音猫の口から返される。

 だけどそれはオウム返しでも山彦でもない。彼女の糧となり、そしてその本心からあたしに告げられた言葉。

 

『コマが、やりたいようにやって』

 

 あの時あたしが音猫の背中を支えたように、今度はあたしの背中を押す。

 

『だって、コマはコマでしょう?』

「……ああ、そうだったね」

 

 あたしはコマ・イ・ハイ。

 墓守の戦士。そして……首輪付きアイドルだ!

 

「怪人、ぶっ倒しに行ってくる」

『うん』

「だけど、ライブにも間に合わせる。だから……」

 

 あたしはグッと脚に力を溜めた。幸運なことに、まだ変身を解除していない。

 走ればまだ可能性はある。速攻で倒せば可能性はある。

 どれだけ細くても――まだあるなら!

 

「待ってて」

『――うん』

 

 電話を切る。

 あたしは――全ての迷いを振り切って走り出した。

 

 

 ※

 

 

「――本番二十分前です! コマさんは……!」

「まだです。ですが、必ず間に合わせます」

 

 ……舞台袖で、プロデューサーがスタッフに説明している。

 私は衣装に着替え、座っていた。

 

「これ以上は、開始の遅延をアナウンスしないと……」

「どうか、ギリギリまで待ってもらえませんか」

 

 ファーストライブが遅延したらアヤがつく。それはけるべろ☆すいーつのスタートダッシュを挫いてしまうかもしれない。だからプロデューサーはギリギリまで待つつもりだ。

 それは、一歩間違えれば単に遅延を告げる以上のリスクが待つ危うい賭けだ。今か今かと開演を楽しみに待っているお客さんに、冷や水を浴びせることになる。

 だけど、プロデューサーはそれでも待つつもりだ。

 そう、私がお願いしたから。

 

「ですがもう……!」

「お願いします! どうか!」

 

 プロデューサーが頭を下げた。それを見て、私も立ち上がってその隣に並ぶ。

 そして、同じように頭を下げた。

 

「お願いします!」

 

 二つ並んで頭を下げる私たちの覚悟の強さが伝わったのか、スタッフは頭を掻きながら言った。

 

「~~~ッ! 知りませんからね!」

「ありがとうございます!」

 

 スタッフは苛立たしげに去って行った。私は顔を上げて、プロデューサーを見上げる。

 

「ありがとう、プロデューサー」

「ああ。別にタレントのために頭を下げるのは苦でもなんでもない。だが……」

 

 チラリと腕時計を見る。もう時間はあまり残されていない。

 

「本当に、間に合うんだろうな」

 

 プロデューサーは念を押すように問う。それに返す、私の答えは決まっていた。

 

「うん。だって、コマがそう言ったんだもん」

「……分かった。お前がそう言うのなら、俺も信じよう」

 

 色々なものを飲み込んでくれた表情で、プロデューサーは頷いた。

 

「いざとなればこのスイッチを入れて……!」

「それは本当に間に合わなくなっちゃうからやめて」

 

 何かのスイッチを握り締めるプロデューサーを諫めていると、舞台袖にスタッフの声が響いた。

 

「本番十分前!」

「駄目かっ……!」

 

 さしものプロデューサーも諦めそうになる。

 スタッフたちのどうするんだという視線が突き刺さる。

 

 だけど、私だけは毅然と前を向いた。

 コマは言った。

 『待ってて』と。

 

 だから私は待つ。

 それしかできなくても。

 彼女が言ったのなら、それを信じて待つ。

 だって、それが――。

 

「――待たせたね、相棒」

 

 振り返る。

 そこには衣装に着替え、肩を上下させるコマの姿があった。

 

「コマ!」

「間に合ったか!」

「ぜ、全速力で、ごほっ、間に合わせ、ぜひゅーっ、ぜひゅーっ」

「すごい。こんなに息も絶え絶えな人初めて見た」

 

 相当な距離を走り抜けてきたのか、滅茶苦茶辛そうに荒い息をついていた。流れる汗でメイクが落ちないのだろうか。

 

「さ、最後にピラニアヤミーとドロタボウの合成怪人が出てきた時はもう終わったかと思ったけど、何とか切り抜けてきたぜ……」

「それは、すごいな……数が」

「あれはフルCGだったら間違いなく予算を食い潰してたね……」

「コマ」

 

 何故かやりきったという達成感に満ちた表情をしたコマの前に、立つ。

 

「お疲れ様。待ってたよ」

「……ああ。言ったからね」

「うん。言ったから」

 

 それ以上、言葉は要らなかった。

 

「はひーっ、はひーっ」

「どうどう」

 

 というより、息を整えるために言葉を発していられなかった。

 そして、その時がやってくる。

 

「本番十秒前!」

 

 いよいよだ。スタッフによるカウントダウンが始まる。

 

「5!」

「さて、行ってこい」

 

 プロデューサーに背中を押され、私たちは舞台袖の縁に立つ。

 一寸先は、ライトアップされる前のステージ。

 

「4!」

「コマ」

「ん」

 

 並んだ私たちは手を握り合う。激しい運動をしてきたからか、夏の窓辺のように熱を持った掌だった。

 

「3!」

「熱っ、火傷しそう」

「そういう音猫だって、めっちゃ冷たいよ」

 

 ようやく息が整ったのか、コマはそう言ってニヤリと意地悪く笑う。

 だって仕方ない。私が待ちに待ったファーストライブだ。私の人生は、今日この時のためにあったと言っても過言ではない。

 緊張するのは、当然だ。

 

「2!」

「失敗したらどうしようって考えてるでしょ」

「考えてる。でも、コマが言うことは分かってる」

「へぇ?」

 

 この短い付き合いでも、コマの性格はよく分かった。

 流されやすくて、うるさくて、貧乏クジばっかりで。

 でも、いつだって前向きだ。

 だからきっと、何があっても――。

 

「1!」

「『失敗しても、音猫は音猫』」

「――分かってるじゃん」

「――0!」

 

 私たちは笑い合って。

 思い切り、光の中へ踏み切った。

 

 

 

 

 

 スポットライトが照らすステージの上。

 二人の少女が手を繋いで現われた。

 

 一人は青い瞳をした少女。

 衣装は所々にフリルがあしらわれたパフスリーブのツーピース。胸元のリボンは青で、フリルでフワリと広がったミニスカートを履いている。背中に短めなマントと頭のカチューシャに小さなシルクハットがついていることから見るに、吸血鬼がモチーフなのだろうか。

 白い肌をした儚げな容姿と相まって、どこか幻想的な風貌となっていた。

 

 もう一人は、赤いインナーカラーをした少女。

 衣装は大枠は青い少女と同じ。しかし胸元のリボンは赤色で、スカートではなくショートパンツになっている。カチューシャはオオカミの耳で、マントの代わりにはフワフワとした尻尾が垂れていた。

 人懐っこい笑顔を浮かべ、口元からは八重歯が覗いていた。

 

 ステージの中央に立つと、二人は観客へと向かって揃って頭を下げた。

 

『『みなさん、初めまして!』』

『尾ノ道音猫です』

『コマ・イ・ハイでーす!』

『私と』

『あたしで!』

『『けるべろ☆すいーつと言います!』』

『以後お見知りおきをー!』

『……なんか芸人みたい』

『いや冷静なツッコミー!』

 

 パチパチという小さな拍手と、疎らな笑い声。

 客の心を掴んだとは言い難いスタート。

 ただ、それは仕方のないことかもしれない。

 今日ここに集ったファンのほとんどは、彼女たちを見定めるためにきたのだから。

 

 かつて一世を風靡した伝説のアイドル。その娘。

 そして組むことになったのは無名の少女。

 伝説を継ぐだけの何かはあるのか。あるいはその伝説を共にするに足るのか。

 果たしてその実力は如何に? と品定めする気でいる。

 

 しかし少女たちは、そんなことなど気にしないという風にMCを続けていく。

 

『あたしたちけるべろ☆すいーつって名前なんですけどね、何故か二人です。しかも大して甘い物好きでもないっていう、なんでこの名前になったかホント分からない二人組なんですけど』

『え、コマ、甘い物好きじゃないの……?』

『あ、あたしの方が例外なの!? これは困った。早急に甘党にならないと……』

『いや私も好きじゃないけど』

『違うんかーい! じゃあ尚更なんでこの名前になったー!?』

 

 ……漫才を見に来たのだろうか。

 ライブはライブでも会場を間違ってしまったのだろうかと、フライヤーを確かめる者もチラホラで始めたところで。

 二人は表情を切り替え、口元のピンマイクへと口を開く。

 

『――今日、私たちを見定めにこの会場へ来た人たちもいるかと思います』

 

 音猫の言葉に、何人かの肩がビクリと跳ねる。

 構わず、渦中の少女は言葉を続けた。

 

『正直に言いますと、それを不安に思った日もありました。今も、相応しいかどうかは分かりません』

 

 視線を正面を受け止める。

 客席から自分たちを見つめる、()()()

 それは、想像よりも何倍も恐ろしく見えた。

 怯えそうにもなる。竦みそうにもなる。

 失望されたらどうしよう。見限られたらどうしよう。

 期待を裏切るかもしれないという恐怖が、今にも胸の裡から溢れて身を引き裂きそうなほどに暴れ狂っている。

 

 けど。

 それでも。

 

 隣を見る。そこにはやはり、いつだって変わらない少女の姿。

 

『私を引っ張ってくれる相棒と一緒に、まずは踏み出してみようと思います』

 

 落ち着いた。息を吸う。

 後は、出たとこ勝負だから。

 だったら、思い切りやる。

 

『――これが、私だと』

『それでは聴いてください!』

『『"スイート・マイ・メモリー"』』

 

 光が落ちる。

 その次の瞬間には、色調の変わったライトに照らし出される二人の姿。

 左右に別れ、手を掲げる。

 

『『 ――思い出すのはいつも 大切だったあの日々 』』

 

 イントロと同時の歌い出し。

 二人の声は重なって、曲は唐突に、そして伸びやかに始まった。

 

 しばしの間奏の後にまず歌うのは、音猫。

 

『 静かな 曇り空

  変わらない 始まり

  退屈しない 気の抜けない

  日常が またやってくる 』

 

 美しく、そして自由な歌声。

 観客が聴き惚れた手応えを感じながら、バトンタッチでコマのパートへ。

 

『 心はいつも落ち着かないよ

  慣れない世界一人きり

  帰りたい ほら会いたい

  大好きな胸の中に 』

 

 音猫とは違う、元気の良い歌。

 上手いワケではない。感動で胸が打ち震えることはない。

 だが、聴いていて元気になる声。

 

 転調。

 

『 でも諦めない 』

『(終わってない)』

 

 一気に変わったテンションを見事に奏でる音猫の歌声。それを彩るのはコマのコーラス。

 そのまま元気よく、合いの手に変わる。

 

『 遠くにあって届かないモノ(モノ!) 分からなくって触れないコト(コト!)

  闇を纏ってヒント取って 進んでいくんだ爛々としたこの道を! 』

 

 韻を踏んだラップパート。難しいリズムを乗りこなす。

 だが、本当に難しいのは次だ。

 

 次は曲から切り離された、一瞬のセリフパート。

 たった一言だけだが、ここはただ曲に合わせて歌うだけでは駄目だ。感情を乗せなくてはならない。

 音猫にとっての鬼門。

 

 音猫も、ここに立つまでずっと不安だった。

 何度も練習を重ねても、このセリフだけはどう転ぶか分からなかった。

 だが。

 

 歌って。

 夢中になって見てくれている人がいる。呆然と聴き惚れてくれている人がいる。

 始めは恐かった。でも、歌い始めて、また変わる。

 だから、今は言える。

 

『 ――みんなと会えてすごく嬉しいから! 』

 

 心からの言葉。

 ぎこちなさはなかった。心の底から言えた。

 

 必要な儀式を踏み越えて、歌はサビへと続く。

 

『 思い出すのはいつも 大切だったあの日々 』

 

 最初のフレーズを、もう一度。

 大切なメッセージ。この曲が真に伝えたいことを繰り返す。

 

 二人がそれぞれに観客席を指差す。

 

『 守りたい(ハイ!) まだ居たい(ハイ!)

  ぼくだけの居場所に 』

 

 コール&レスポンス。

 聴衆と心を一つに合わせ、一体感を持って一気に歌いきる。

 

『 走り出すのはいつも 守りたかった思い出

  超えてこう 何度でも

  ぼくだけの物語

 

  ――忘れないよ絶対

  勇気をくれた "スイート・マイ・メモリー" 』

 

 それは思い出を語る歌。

 しかし、決して過去だけを想う曲ではない。

 この先の、未来も。

 思い出を、重ねていきたいと願う歌だった。

 

 

 

 

 

「――ぶはぁ~~~! 終わった~~~!」

 

 ずざぁっと楽屋の畳の上に倒れ込む。

 ライブは無事終了。あたしと音猫のスタートダッシュはトラブルなく……少なくとも始まってからは……完遂できた。

 

「お疲れ様、コマ」

「ホントだよ……死ぬかと思った……」

 

 こんなに死ぬと思ったのは儚様の自宅に一人で招かれた時以来だよ。あの時は諸事情があってマジで死の危険を感じた。具体的には生体標本になるところだった。

 

 それでもどうにか乗り越えて、今日のライブを無事に終えられた。しかし……。

 

「ま、順風満帆とはいかなかったけどね」

 

 ライブが終わった時、あたしたちのファンになってくれた人は半々というくらいだった。その半分の人たちはあたしたちの歌に聴き惚れて、目をキラキラと輝かせて……楽しそうに帰っていった。

 でももう半分は、最初から態度が変わらないか、あるいは失望したように立ち去った。きっと、伝説と比べて満足のいくステージではなかったのだろう。

 けど、それでも。

 

「あたしたちはやりきった、よね」

「うん」

 

 音猫も、満足そうないい顔をしている。

 それなら、あたしもいい。

 こっから一緒に駆け上がって行けばいいだけだ。

 

「……へへっ」

 

 なんでだろう。

 無理矢理始めさせられたアイドル活動。

 首輪を外せたのならすぐに辞めてやる、なんて思ってたのに……。

 

「意外と、悪くなかったな」

 

 ステージの上で一生懸命に踊って歌って、観客を魅了する。

 その時間は、思った以上に悪くなかった。

 

 これは、辞められないかもしれない。

 

「おう、お前らお疲れ」

「あ、プロデューサー」

「そっちもお疲れ~。色々とありがとね」

 

 楽屋に顔を出したプロデューサーにあたしは労いを返す。今日ばかりは、流石にプロデューサーも骨を折ったに違いない。純粋な気持ちでお礼を言えた(コマはプロデューサーがスイッチを入れようとしていたのを知らない)。

 

「構わん。それが仕事だからな。……音猫は未成年だしこれで上がりだな。お疲れさん。ゆっくり休んでくれ」

「はーい」

「……ん? "音猫は"?」

 

 不穏な響き。あたしは身体を起こした。

 それは僅かに働いた、身体の防衛反応だったろうか。

 

「ああ。……お前は残って後片付けの手伝いだ」

「なんで!?」

 

 いや本当になんで!?

 

「あたし今日はかなり頑張ったよ!? 怪人倒しまくって全速力で走ってライブに間に合わせて! もうこれ以上ないくらい働いたんだけどまだ働けっていうの!?」

「だけど、遅れてスタッフをやきもきさせたのは事実だろ」

「うぐっ」

 

 それはそうだ。あたしたちの事情なんてライブのスタッフには関係ない。ひたすらにハラハラしただけだろう。

 

「当然俺も頭を下げて回った後だけどな。お前も謝って回った方がいいだろ」

「うぐぐ……で、でも手伝う必要は……」

「その際に手伝った方が印象はいいだろ。今後けるべろ☆すいーつとしてやっていくにはスタッフの機嫌は取っておいて損はない」

 

 そう言われると弱い……あたしの評判ではなくユニットの評判と言われると……。

 おずおずと音猫が手を挙げる。

 

「じゃ、じゃあ私も手伝うよ」

「いや、音猫は疲れが溜まっているだろうから身体を休めてくれ。今日は早く寝るんだぞ」

「あたしは!?」

「お前はまだ元気いっぱいじゃん。そんなに激しいツッコミができるなら」

 

 いや……確かに戦士の墓場の人間ならまだイケるけどぉ……でもぉ……。

 

「ほら行くぞ。俺の眼力はまだ大丈夫だって見抜いてるんだから」

「えと……頑張ってね。ふぁいとっ」

「あぁ~~~……」

 

 首根っこを引っ掴まれてズルズルと引き摺られていく。

 前言撤回だ。

 

「絶対いつか辞めてやる~~~!!!」

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