男と女は、とある場所にやってきた。
ウマという種が存在せず、その魂を受け継いだ人『ウマ娘』が存在するとある世界にて。
20××年、3月11日。
14時46分頃。
三陸沖の宮城県牡鹿半島の東南東130km付近で、深さ約24kmを震源とする地震が発生。
マグニチュード9.0。最大震度は7を記録。
未曽有の大災害が都市を襲った。
被害のほとんどは、地震によるものではなく、後から発生した津波――通称“黒い波”によるものだ。
原子力発電所はこの震災で大きな被害を受け、炉心融解が発生。放射性物質を含む水蒸気が大気中に拡散した。
……。
その日、世界は色を失くした。
一人のウマ娘と、男性が、花を携えて海が良く見える場所にやってきた。
政府が推し進める移転により、ほとんどの家が移転してしまったせいか、あたりにはほとんど家が無くなっていた。
「ばあちゃん、来たよ……」
「トレちゃん……」
懐かしい呼び方をするその相方と共に、両手を合わせる。
ここで大勢が黒い波に飲まれた。
大勢が生活を根こそぎ奪われた。
例えウマ娘だろうが、人間だろうが、地球という巨大すぎる相手に相撲を取ることなどできるはずがない。人も亡くなり、ウマ娘たちも命を落とした。皮肉なことだろうか、その超人じみた身体能力を誇るウマ娘の犠牲者の中には住民を救助しようとして逃げ遅れたものが多数いたことで知られており、彼女たちの弔いのために、海沿いに、寄り添うかのようにヒトの慰霊碑に並んで、ウマ娘の慰霊碑も存在していた。
かつて―――そして今もなお、トレーナーである男は手を元に戻した。
「あれから13年か……長かったようで、短かったな」
「トレちゃん、そうだね」
「懐かしい呼び方をするんだな」
「トランセンド」
髪型こそ一緒ながら背丈が伸び、大人びた姿をした彼女は、合わせていた手を目元にやっていた。彼女もまた、被害者の一人だった。震災で人生を大きく変えられたものの一人だった。
二人の指には銀色のリングが嵌っていた。
トランセンドと呼ばれた茶髪のウマ娘は、どこか嬉しそうに尻尾をパタパタとさせた。
「あ、そっちだって懐かしい呼び方するじゃんよ。ヒトの名前でいいのに」
「トランのほうが正確だったかな。この辺りもすっかり寂しくなったよな」
「ウン……でも、仕方ないかなと思うよ。津波を防ぎきることは、どうしてもできないから」
遠方に目をやったウマ娘―――トランセンドは、防潮堤に目をやった。政府の政策によって建築されたそれは、波を防ぎ、時間を稼ぐものに過ぎない。完全に津波を防ぐことは難しいとされているからだ。
あれから13年。若者だった彼らも年を取り、成長し、立派な大人になった。
「トレちゃん。今はあえてこう呼ぶけど、次の週、やっと解禁されるみたいだよん」
「ボランティアか。募集やっとするんだな」
震災は、何度でも繰り返される。そしてヒトがなすすべもなく飲み込まれていく。
東日本を襲った震災から13年後。正月。
能登半島を震源とする地震が、市民に牙を剥いたのだ。
二人は、そのボランティアに応募することにしたのだった。
「昔のメンバーも何人か来てくれるってさ」
「そっか。同窓会になりそうだな………じゃあ、婆ちゃん。行くよ」
そして二人は、停めてあった車に戻ることにした。眠い眠いぐずる愛しい我が子を引っ張って手を合わさせたはいいものの、すぐに車に戻ってしまって、帰りたい帰りたいと言っているウマ娘が待っていた。
彼女は、震災を知らない世代だ。こうして忘れ去られていくのだろう。しかし、語り継がねばならない。
車に乗ってシートベルトを締めると、助手席にいた我が子が問いかけて来た。
「なんでここ、こんな家ないの?」
「いい質問だ」
素朴な疑問を投げかけてくるその子に、トレーナーであり父親でもある男は静かに語り始めた。
「これは13年前のことなんだけどね……」