この世はすべて ひとつの舞台、
男も女も 人はみな役者に過ぎぬ。
ウィリアム・シェイクスピア
“お気に召すまま”
人生は、劇だ。一本の……。
それは、他人から見られるという点では、サブカル中毒のウチからすると、それはそう……。
人生ってのは、まぁ、“一本の可も無く不可もないシネマ”のようなもんで……。
登場人物はみんな何かを持って生まれたり、持たないで生まれたりする。
大した出来事はそんなに起きず、フツーに生きてく。
つまりは“可もなく不可もないシネマ”。
……でも、たまには起きる。お互いが全力でぶつかれば。
イメージを超えるできごとが。
その“ゾクゾク”がレースにはある……。
ああ、だけど。
人生は近くで見ると悲劇だが遠くから見れば喜劇であるって、有名な言葉もあるくらいに。
あの時、言葉の意味をよく考えずに使っていたのは紛れもない事実で。
どこかで自分はそのシネマのわき役だと思っていた点も事実で。
端的に言えば、“覚悟”ができていなかった。
ゾクゾクする、その言葉の意味を。イメージを超える出来事は、決してイイコトばかりではないってことを。
退屈なシネマを見ていたら、それも含めて“劇”の一幕に過ぎないことなんて……。
「レースに必要な情報ならさ、ウチも持ってる。自分の能力値とか、ライバルのリストとか。でも~」
「そうですね」
一人の男性と、少女が向かい合っている。
清潔感のあるスーツに身を包んだ几帳面そうな若い男と、向かい合うはどことなくゆるっとした気の抜けた空気感を纏った少女だ。茶色の髪の毛を後頭部できっちり切りそろえ、右耳にリボンを結んだ彼女は、度の入っていないオシャレ眼鏡ようは伊達メガネをかけていた。
自分の情報を記述した画面を呼び出し見つめつつ、相手を品定めするように人差し指を振って見せる。
「実際の出走するとなると、いろいろあんじゃん? 手続きとか付き添いとか。だから」
「トレーナーというよりマネージャーですね、それは……」
ごもっともな指摘にうむと少女は頷いた。
ウマ娘『トランセンド』。高等部。
「契約してないまんまだと色々不便かなって思うわけ。トレちゃんてきには、ど?」
「別にというと語弊がありますが、いいんじゃないですかね」
「投げやりなところ好きだよ」
「ということで出しておきましたよ、トレーナー契約書。サイン付きでしたからねぇ」
「契約書……あーそういえば」
「そういえばって……別に今からでも撤回は可能ですけどね」
「いやいいよ、じゃウチのトレーナー決定ってことでぇ……ということでぇ……皆様のためにぃ……」
「やめろ」
「わかってんじゃーん」
「いえー」
などとほのぼのした空気が流れているが、“戦場”では殺し合う仲である。
そう、有名な対戦ゲームにおいてはチームメンバーであり、ライバルであった。
じゃあオフ会をしよう! となった際に、
『どこ住み?』
という下心丸見えの発信からお互いの所在地を明かしていった結果……。
『お前中央のトレーナーかよぉ!?』
『お前学生かよぉ!?』
という不幸なすれ違いがあったとか、なかったとか……。
サブカルで通じた仲だ、しかも長年のライバルというかチームメンバーだったこともあったせいか、打ち解けるのは一瞬であった。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
駆け抜ける、一陣の風。
ストップウォッチを握ったトレーナーがその姿を見送る。
一周して戻って来たトランセンドは息を切らせながら尋ねた。
「はぁ………はぁっ……ってことで改めて、芝もダートも走ってみたけど……トレちゃん的にはどっち向きだと思う? 助言よろしく」
単純な話、芝は力が逃げない。ダートは砂であるため、力が逃げてしまう。
脚質と走法によっては、選択を迫られる。どちらかに特化するか。あるいは、柔軟な選択肢を持つウマ娘もいる。両方取るか。
「ダート向きだと思う」
「ふむりふむり。トレちゃん“も”そう思うなら、全面的に信頼。じゃあダートでもういっかーい」
「棒読みやめろ」
謎のイントネーション。分かる人にしかわからないネタが頻出するのはサブカルチャー中毒者特有の現象か。
一応目上だろうが年下だろうが敬語で接するトレーナーだったがたまに化けの皮が剥がれる、その剥がれる頻度の高さはトランセンド相手には類を見ない程であり、それだけ信頼しているということの表れでもある。
砂埃を上げながら駆けていくその姿をどこか眩しそうに見送る。
「ふーむ……トレちゃんそもそもなんだけどさー」
「ん?」
走り終え、スポーツドリンクで喉を湿らせていたトランセンドが言った。
「面白くはないよね、走るのって」
「根源的な問いかけ来たな……ウマ娘のセリフとは思えないぞ……」
まれにいるのだ、ウマ娘なのに走る道を選ばないものも。
それもまた人生。誰もが自在に走れる程、世界は広くはないのだ。
ところがトランセンドは走ることができるウマ娘だ。これからいざ鎌倉という時にこんなことを言い始める時点で、やはりどこか変わっていた。
「クラファンとか漁ってるときと比べるとやっぱこうねぇ……苦しいし、トレーニングはきついし……ワクドキがないじゃん? レースはすっごく面白いんだけどなー」
「しかしレースでワクドキするには走らないといけないわけですよ」
「それな。勝ち負けが好きというよりゾクゾクが好きなんだよねぇ」
ワクワク、ドキドキ。トキメキとでも言うべきだろうか。瞬間的な、刹那的な、そういったことに意味を見出す稀有な人間性の持ち主であった。
人生と言う“可もなく不可もないシネマ”は決まったことしか起きないんだけど……。
そこに本気の誰かが来て、自分も本気になれば、途端、何が起きるかわからなくなる。
「それって最高じゃん? その向こう側をチラ見せしてくれるのがレースなんだけど」
「走ること自体は面白くはないと」
「そ。困るよねー。しかも勝ててもゾクゾクしないことだってあるわけで。困るよねー」
アハハと笑うトランセンド。
未知。好奇心。それが彼女を突き動かしているのは明らかだ。
トランセンドは髪の毛を弄りつつ、ターフをかけていく一団を見送った。
「でもさ、言うのは簡単だけど“イメージの向こう側”……“勝利よりゾクゾクする何か”ってとんでもなくファジーだよねぇ」
「わかる」
「どんなもんなんだろうね。わかる?」
「うーん…………ゲームでゾーンに入った時勝てた! そんなイメージが漠然と浮かびますけどねぇ」
「確かに近いかもしれないね」
こうして波乱の幕開けとなる、トゥインクル・シリーズが……。
ゆるりと始まったのであった。