櫛田視点
時計の短針が17時を少し過ぎた頃、生徒会室に廊下から地を蹴る音が響く
それが扉の前で止まり、今度は十数秒の間だけ消えてしまったかのように気配が無くなる
・・・誰がそこにいるかは分かっている
眉間に皴が寄る
鬱陶しい、気が散るんだから、入るなら早く入って来いっての
「ごめんなさい。遅くなったわ」
扉を開けたのは予想通り、クラスのリーダー様の堀北だ
いつもは16時に生徒会の業務を始めているので、1時間以上の遅刻である
急いで走ってきたくせに、ご丁寧に息と身だしなみを整えてから入ってきた
そのいつも何食わぬ顔をしているのが今も昔も気に食わない
「おっっっっっっっっっっっそい!重役出勤のつもり?それともサボり?」
「謝っているでしょ?本堂君達の勉強会の進捗をヒアリングしていたのよ。悪かったわ」
「それは昨日もその昨日も似たようなことを聞いたっての。池君がーとか、長谷部さんがーとか」
「学年末試験までにできる限りのことをしたいの。あなたにも負担をかけてしまっているでしょうけども」
「まったくよ。お陰でこっちはあんたの仕事までこなさなくちゃいけなくなってるじゃない」
合同合宿の後、特にここ最近は全クラスが異様な緊張感に包まれている
私達のクラスでも、学年末試験に向けて授業の間の休み時間にまで勉強会が開かれている
まるで受験生のようだが、Aクラスでの卒業時に得られる特典を考えれば似たようなものだ
堀北もクラスのリーダーとして、全体の得手不得手の把握やサポートに躍起になっている
朝の授業が始まる前も、生徒会が終わった後も、休む暇なく勉強会に顔を出しているらしい
「・・・それで、今日の業務は?」
「各部活からの来年度の予算申請書の確認。私が今やってるので終わりよ。七瀬さんも帰ったから」
「そう、じゃああなたが持っているのを半分渡してちょうだい」
「い・ら・な・い。あんたはもうお役御免だからさっさと帰ってくれない?中途半端に手を貸されても迷惑だから」
私の机の上にある野球部の予算申請書はほとんど確認を終えている
特に問題も見つからなかったので、後は顧問の先生に判子を貰うだけだ
今更二人で分担するものでもない
「・・・助かるわ。ありがとう、櫛田さん。今日の晩御飯はあなたの好きなーーー」
「いらないってのそーゆー子供っぽい気遣い!今日も先約があって私はいけないから!伊吹のバカに食わせる分だけ作っておきなさいよ!」
「・・・分かった。でもこの借りはいつか返すわ」
それだけ言い残し、やっと堀北は生徒会室を後にした
時間が押しているのか、廊下から聞こえる足音はすぐに遠くに消える
・・・あの女はただで帰るのが嫌なのか、余計な気遣いまで置いていく
私の機嫌が料理なんかで取れると思われていること自体が実に不愉快だ
むしろ料理で失敗して無様な姿を晒してくれた方が気分が晴れる
そんな私の性分を分かっているからか、堀北は私の前では特に気を抜かない
料理も失敗しなければ、疲れた様子も見せることもない
私の手を借りることも極力避けようとする
「・・・まったく」
堀北がいなくなって10分以上経過した後、私は鞄の中に隠していた書類を取り出した
卓球部、陸上部、水泳部・・・などなどの予算申請書
今日中に全てを終えることは不可能だろう
帰ってからも、明日の朝早くも、この書類との格闘が続きそうだ
ーーーこれはAクラスに上がるために必要なことだから、仕方ない
もしこの状況を誰かに見られたら、まるで堀北の負担を減らすために仕事を隠していたと勘違いされるだろうが、断じて違う
不本意ながら、私達がAクラスに上がるには堀北の力が不可欠だ
その堀北が生徒会に時間を割かれているようじゃ話にならない、それだけのこと
だから、断じて私が堀北のことを心配しているわけじゃない
ーーー分かったな?