漢猫猫の両親はプロ棋士である。囲碁のプロ棋士と言っていたが、猫猫にとっては何処か遠い世界の話に思えた。何せ白黒の碁石を置いているだけにしか見えないのだから才能はないに等しいに違いない。ましてプロとアマの実力差なども分からない。棋力とは何ぞや、とそれこそ猫猫が最初に抱いた疑問である。つまり、猫猫には未知の世界であることは確かだった。一応は遊びで両親に何度か教えてもらったことがあるがそれだけである。
教わったことといえば将棋もあるのだが此方も同様だ。率先して遊ぶものでもないがこれ以外遊ぶものもさして多くもなく、将棋と囲碁をしょっちゅう遊んだだけで留まっていたのだが。……如何せんどうにも興味が湧かない。筋は良いらしいがルールで置いているだけなので猫猫にはピンとこないが現実である。
母である鳳仙は落胆したように早々猫猫に教えることは諦めたが、父である羅漢はまだ諦めてはいなかった。暇さえあれば対局を誘うものだから断る理由を探す方が難しい。それならばと対局に付き合えば、感極まった父の顔がどうにも苦手だった。更に言えばあの声で『
……別に父はそれ程嫌いではない、不器用な男なのだとは思う。ただ家族を優先するだけの。だがそれでもあの言動が苦手なのだ、そしてあの態度。それだけは直して欲しいと願うばかりである。
――寧ろ猫猫は母との関係の方が分からなかった
母は猫猫のことを名で呼んだことがない。それは羅漢に対しても同様で鳳仙が人を名で呼ぶことはないのだ。大体言葉を省いてしまうようで誤解されてしまうこと多い、というのが父の言だがこればかりは当人の問題である。そもそも言葉足らずで薄情にも見えるのだからどうしようもない。これならば父の方が分かりやすいしこの女は囲碁と将棋ばかりなのも悪い。産んだ女という認識になってしまった頃には、猫猫も随分捻くれたものだと思う。泣いたとしても助けもしない女を母だとは認識は出来なかった。これに関しては社会勉強にもなったという意味である程度感謝している。泣くだけではどうにもならぬことを教えてくれたのだから。だが、それだけである。母に対する感傷もその程度でしかなく、祖父の家に通うようになったのもこの頃からだった。
祖父である羅門は本当に優しい人だった、同時に薬のことを教えてくれる師でもある。猫猫が尊敬する祖父、正確には大叔父だが父の羅漢の親権を持つのが羅門だった。養父として羅漢を育てたと聞いたが本当に血が繋がっているのかと疑問に思う程に素晴らしい人格者である。血縁上の祖父と面識はないので、猫猫の認識する祖父といえば羅門である。この家族関係は猫猫いえど詳しくは知らないが、羅門の孫であることを考えれば羅漢と鳳仙の娘であるのも悪くはない、そう思えるのだから不思議だった。
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猫猫が目覚めると見知った天井を見た。眼前で吊り上がる電灯紐が見える。その根元には輪になった電灯が二つ。更に細かく見ると豆電球が並びそこが薄暗く周囲を照らしていた。真横を見れば締め切ったカーテンが窓を覆う。カーテンの隙間から光が僅かに漏れ出して少し開けば眩いばかりの陽光が猫猫の視界を掠めた。眩しい、少し目を薄め更にカーテンを開く。視界は白くなって青空が頭上を塗りつぶした。今日は日曜日、バイトはなし。本日晴天なり、一つ呟いて猫猫はベッドから降りた。
「おはよう爺ちゃん」
「おはよう猫猫」
階段を下りれば既に祖父が料理をしていた。トントン、と小気味よく叩く包丁の音を立てながら慣れた手付きで羅門は何かを切っていた。同時に炊飯器が炊き上がる。猫猫も慣れたようにしゃもじを持って炊飯器の蓋を開いた。開けた瞬間蒸気が噴き出し、目の前が真っ白に染まる。次第に蒸気も落ち着けば輝かんばかりの米が蒸気の中から姿を現した。猫猫がしゃもじでほぐす中、祖父も鍋に豆腐を入れていた。お玉には味噌を少々、少しずつ鍋で溶かしながら出来上がっていく料理を見る。
目玉焼きに、サラダ、それから鮭か。値踏みをしながら猫猫はテーブルを拭く。慣れた手付きで次から次へと食器を並べご飯を茶碗に盛り付けながら、箸を最後に並べた。くつくつと煮込まれるみそ汁の匂いが食欲を引き立たせる。思いのほか腹が減っているようだ、猫猫はお椀に味噌汁を注ぎ、二人揃えば席に付く。
「「いただきます」」
箸に手を掛けて向かい合って食事を始める。慎ましくも静かなひと時、かちゃりかちゃりと箸をつつく中、羅門が口を開いた。例えば、そう言いかけた言葉で猫猫は僅かに反応を示す。来た、必死に平静を保とうとするが猫猫の目が輝く。時折羅門は学びの機会をくれる時がある。学びというのは、薬や人体に関係することで凡例をかいつまんで話し、どう対処するのかを猫猫に聞くのだ。猫猫にとって貴重な時間で難しい難題でもあったが、それ以上に学べることは嬉しかった。間違っていてもどうしてそうなるのかを教えてくれて、更に知識が深まる。猫猫にとって祖父との時間は貴重で必要な時間に違いなかった。
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「ただいまぁ」
猫猫が家に帰れば向こうで人の気配がする。出迎えがないということは、今は対局中か?察して息を殺しながらそっと扉に手を置いた。音を立てず居間に入ればやはりやっていた。両親は集中するといつもこうだ、互いに何も言わずただ盤上の上に碁石や駒を置く。
「……」
「……」
今は囲碁の時間のようで白黒の碁石が増えていた。パチリ、鳳仙の白石が羅漢の黒石と鍔迫り合う。互いに容赦ない応酬を繰り返しながら石は色を紡いでいた。猫猫はそれを眺めて二人を見る。ああ、やはりこの夫婦はこうなのだな。いつもそう思いながら、ただその心地の良い音を聞く。ただこの時間が穏やかで心地が良かった。プロ棋士の子供がプロ棋士になるとは限らない。この世には塔矢アキラなんていう麒麟児もいるらしいが、猫猫には何の関係もなかった。ただ観客としてある方が、猫猫には充分なのである。
羅漢パパは英才教育(爸爸と呼んで)には失敗したらしい。
鳳仙はあまり本心を語らない女性なので、こういう関係になってしまうなって想像していました。内心泣いて焦ってたりで対応出来ずみたいな感覚なのですが、猫猫には学びとしてのきっかけになるのかと。猫猫は今世の両親のことを嫌いではないように設定しました。知り合いで好きだなってくらいの感覚に近いのかも知れませんね。猫猫らしくは書けているかは疑念ですが……。
羅門の方が好感度カンストしてます。どうしたって彼女の好きなことを教えてくれるし距離間の取り方が上手いな、心地いい人なんだと思うので。
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