鳳仙は羅漢と将棋をして棋院から怒られてしまった。流されてしまったとはいえ、やってしまったのは事実だ。鳳仙が静かにしおらしく聞く中、その横で羅漢が話を聞いていた。退屈そうにしているのが極端で印象的だった。解放されたのはだいぶ後だった。疲れ切った鳳仙はカフェに立ち寄る。紅茶を飲みながら二つの棋譜を思い浮かべた。一つは囲碁、もう一つはやらかしてしまった将棋。どちらも心躍る程に素晴らしい一局だった。
「……」
温かい紅茶で喉を潤しながら息を吐く。少し熱気を帯びた吐息が全身を温めるようだった。まだしたい、と思うのも久しぶりだ。そんな願いを叶えるようにカフェの中に男が入って来る、羅漢だった。ズカズカと入ってきて前のめりになって鳳仙に乞う。
「鳳仙、もう一回やらないか?」
先ほどまで怒られたというのに、随分図太い男だ。不愛想な顔で感情をひた隠して、鳳仙は答える。
「……勿論、試合の対局でなければいくらでもお付き合いします」
ですが私は囲碁がしたいです。将棋では羅漢に負けてしまった、ならば得意な囲碁で勝ちたいと思うのは当然だった。鳳仙とて負けず嫌いなのだ。まして誇りを持っているならば猶更に。
「だったらさっきと同じことをしよう」
私と鳳仙がやりたいことをそれぞれやろう。そう言ってのけた男は他の棋士よりもずっと輝いて見えた。囲碁が楽しい、将棋が楽しい。そんな気持ちにさせる対局はマグネット盤であっても幸福であることは確かだった。
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羅漢と鳳仙を繋げるものと言えば将棋と囲碁である。前世で妓女であった彼女は決して身を売らず芸だけを売っていた。その芸によって繋がった縁だった。軍部で負け知らずの羅漢、妓楼で負けなしの鳳仙。考えるに対局はどちらが負けても面白いに違いなく、見世物にでもされた気分だった。実際観客は多く白黒の碁石まみれだったことをよく覚えている。
無数の白黒の風景の中で、彼女の爪先は赤い爪紅に染まっていた。碁石を置くたびにそこだけが淡い、鳳仙花のような赤。見えづらい自分の視界の中で、そこだけが鮮やかに輝いていた。
今も目の前で輝く赤が羅漢の眼前に映る。鳳仙は相変わらず不愛想な顔で囲碁を打つ。羅漢もその一手にやり返した。苛烈な応酬の繰り返し、場所は飲み屋の一室で行うには似つかわしくない光景だ。酒は入っていても変わらぬ鳳仙に対し羅漢は既に朦朧としていた。決して強くはない酒の筈だったが、どうにもよろしくない。どうやら今世でも下戸のようだった、さてどうしたものかとこの局面に追い込まれる。囲碁ではやはり勝てないようだ、羅漢はテーブルに突っ伏してそんなことを考えていると、羅漢の黒石を奪うように鳳仙の指先が当たる。碁石がテーブルの上に落ちていくが拾う気力がない、指が密着して少しずつその面積が増える。気付けば、その手が重なった。
やはり、鳳仙からは甘い言葉はない。互いにそんな柄じゃないのも分かっている。だがそれでもこの手に応えるのは、そういうことでしかなかった。手に引かれるままホテル街に出て歩く。足取りは覚束ないが、羅漢は言わねばならぬことがあった。酒に流される訳にはいかない。酒が抜けたのも分かるのだ、下戸であっても今は意識がはっきりしていた。
「……鳳仙、結婚しよう」
この言葉は、前世では言えなかった。柄にもないことは言うだけでも時間が掛かる。やっと甘い言葉を吐けたと思えば鳳仙は目を伏せた。気恥ずかしさからくるその眼が堪らなく美しいと思った。
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――鳳仙に子供が出来た
前世では気付けなかったが今世では同じ轍は踏みたくはない。あまりそういう言葉を率直に吐く女ではないことも分かっていた。そしてそれを察することが出来ない自分にも。羅漢はすぐに結婚して、同時に無事に気付くことも出来た。今回は間に合った、そんなことを思うのはやはり後悔が大きかったのだろう。膨れていく腹の過程を見た、腹を撫でれば蹴られてしまったが羅漢は幸せである。
「……名前は、どうしましょうか?」
「日本人らしくはないけど、もう決めてあるよ」
猫猫、前世でも馴染んでいた少女の名を呼んだ。片喰のような娘を思い出して羅漢は笑みを深めた。
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陣痛が始まった時は対局をすぐに終わらせて走った。運動不足が祟って転んでしまいモノクルが壊れてしまった。道中散々だがたどり着いた病院で鳳仙の居る分娩室へ向かう。既に生まれた後だった、鳳仙を労い赤ん坊を見せてもらった。まだ面差しは幼いが、紛れもなく娘で、涙が溢れる。こんなに小さい手だ、こんな手の指が前世で切り落とされたと考えるとただ辛かった。
前世では何もかもが遅すぎたのだ。三年もほったらかして間に合わなかったのに、今はこうして抱き上げてやれている。このことが奇跡だった。
――だが、まだ金がいる
娘は薬が好きだった。将来はそう言った専門知識を与えてやりたいと考えて羅漢は奮闘することを選んだ瞬間だった。
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猫猫がまだ言葉を知って間もない頃だった。足取りもまだ覚束ない中父の後を追いかけた記憶がうっすらとある。父は娘を抱き上げてにっこりと笑った。さあ、猫猫。父が自分の名前を呼んで笑みを深める。
「
何故か背筋に寒気が走って、その頃から猫猫は父が苦手になった。
前世から刻まれたDNAが生理的に受け付けない。
(◞≼◉ื≽◟ ;益;◞≼◉ื≽◟)
◝(´○ω◜`)◜
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