IS シュヴァルツェ・ハーゼはかく語りき   作:薄影 (黒ウサギ党)

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第12話 復活、再起、そして決着

 俺は今目の前で起きている現象に驚愕している。

 何しろ数時間前まで花月荘の一室で寝ていたはずの親友が、ここに居るんだから。

 俺は水面に浮かびながらそれを見ていた。

 

「ハハハ……ヒーローは遅れて登場するってか……」

 

 そして一夏は下の岩場にいる箒と鈴の元へと降りていった。

 

「い……一夏?」

「おう!」

「あ……あ、あっ……」

 

 じんわりと目尻に涙が浮かぶ。

 僅かに潤んだ視界に映るのは『白式第2形態・雪羅』を纏った一夏だった。

 

「一夏っ、一夏なのだな!? 体は、傷はっ……!」

 

 慌てて声を詰まらせる箒に俺は答える。

 

「待たせたな」

「よかっ……よかった……本当に……」

「なんだよ、泣いてるのか?」

「な、泣いてなどないっ!」

 

 ぐしぐしと目元を拭う箒に俺は優しく頭を撫でてやる。

 

「心配かけたな。もう大丈夫だ」

「し、心配してなどっ……」

 

 どうも強がりばかりが出てくる様子は箒らしい。俺は頭を撫でながら、ポニーテールではないその髪型がやっぱり気になった。

 

「ちょうど良かったのかもな。箒、これやるよ」

「え……?」

 

 俺は持ってきたものを箒に渡す。

 

「り、リボン……?」

「誕生日、おめでとうな」

「あっ……」

 

 そう戦いの最中で気が付かなかったが日付は7月7日。今日が箒の誕生日。

 とはいえプレゼントに何を買っていいのか迷った俺はレオンとシャルロットに買い物を付き合ってもらったわけなんだが。

 

「それ、せっかくだし使えよ」

「あ、あぁ……」

 

 そんな雰囲気に我慢している者が1人いる。凰鈴音である。

 

「ん゙ん゙ッ! 良い雰囲気の所邪魔するけど」

「なっ!? 良い雰囲気など……!」

「来てるわよ」

 

 鈴が指を空に向けると、そこにはこちらに迫る福音の姿があった。

 

「おっと。じゃあ行ってくるな。ーーーまだ、終わってないからな」

 

 言うなり一夏はこちらに向かって来ていた福音へと急加速、正面からぶつかった。

 

「再戦と行くか!」

 

 雪片弐型を右手だけで構え斬りかかる。

 それをひらりと仰け反ってかわした福音を、左手の新兵器『雪羅』で追った。

 第2形態に移行したことで現れたこの装備は状況に応じていくつかのタイプへと切り替えられるらしい。俺のイメージに応えるように、その指先からはエネルギー刃のクローが出現する。

 

「逃がさねぇ!」

 

 1メートル以上に伸びたクローが福音の装甲を斬る。シールドエネルギーに阻まれはしたが、その一撃は確実に福音を捉えていた。

 

『敵機の情報を更新。攻撃レベルをAに変更。対処する』

 

 エネルギー翼を大きく広げ、更に胴体から生えた翼を伸ばす。そして次の回避の後に福音の掃討反撃が始まった。

 

「そう何度も食らうかよ!」

 

 一夏は避けようとせず、左手を構えて前へと飛ぶ。

 ーーー雪羅、シールドモードへと切り替え。相殺防御開始。

 キンッ! という甲高い音を鳴らして、左腕の雪羅が変形する。それから光の膜が広がって福音の弾雨を消していく。

 そう、これはつまりエネルギーを無効化する零落白夜のシールド。

 当然エネルギー消耗は激しいが、完全に攻撃を無効化できる以上、圧倒的にこちらが有利になった。福音に実弾兵器がないのはスペックカタログで確認済みだ。

 

「うおおおっ!」

 

 強化された大型の4機のウイングスラスターが備わった白夜・雪羅は、|二段階瞬時加速〈ダブル・イグニッション〉を可能にしている。複雑な動きをする福音も最高速での回避が可能な訳ではないのだから、これで十分追いつける。

 

『状況変化。最大攻撃力を使用する』

 

 福音の機械音がそう告げると、それまでしならせていた翼を自身へと巻き付け始める。それはすぐに球状になって、エネルギーの繭にくるまれた状態へと変わった。

 ーーーまずい。嫌な予感がする。

 それは、最悪なことに的中した。

 翼が回転しながら一斉に開き、全方位に対して嵐のようなエネルギーの弾雨を降らせる。それはつまりダメージから回復しきってない鈴たちにも攻撃が及ぶということになる。

 

(くっ! 守りきれるかーー!?)

 

 俺はすぐさま仲間の盾に走ろうとするが、それを怒鳴り声に蹴飛ばされる。

 

「お前はバカか! 俺たちは腐っても国の代表候補生なんだよ! 余計な心配してる暇があるなら、さっさとアイツを倒してこい!」

「レオン……! わかった!」

 

 仲間を信じる。今の俺にはそれしかない。だったら、どこまでも信じ切ってやる! 

 俺は右手の雪片と左手の雪羅、それぞれから零落白夜の光刃を作り出して再度福音へと飛び込んだ。

 

 

 

 

(一夏が駆けつけてくれた……!)

 

 それはもう、嬉しいを飛び越えていた。

 心が跳躍する。熱を持って跳ねる。

 そして戦う一夏の姿を見て、何よりも強く願った。

 

(私は、共に戦いたい。あの背中を守りたい!)

 

 強く、強く願った。

 そして、その願いに応えるように、紅椿の天界装甲から赤い光に混じって黄金の粒子が溢れ出す。

 

「これは……!?」

 

 ハイパーセンサーからの情報で機体のエネルギーが急激に回復していくのがわかる。

 ーーー『絢爛舞踏』発動。展開装甲とのエネルギーバイパス構築……完了。

 項目に書かれているのはワンオフ・アビリティーの文字だった。

 

(まだ、戦えるのだな? ならばーーー)

 

 一夏から渡されたリボンで髪を縛り、気を引き締めて福音をみる。

 

(ならば行くぞ! 紅椿!)

 

 赤い光に黄金の輝きを得た真紅の機体は夕暮れの空を裂くように駆けた。

 

 

 

 

 水面に浮かんでいる俺は空の上でおきている戦闘を見ていた。

 

「一夏のやつ、いつの間に第2形態になったんだ? 随分とごつくなってカッコイイじゃねぇか」

 

 そんな感想を口にしているとハイパーセンサーのウインドウに冷却完了の文字が現れた。

 

「よし。使った熱の分は回復したな」

 

 上体を起こして、もう一度空に目をやる。すると福音が繭になり今にも全体攻撃をする構えを取っていた。

 まずいなこのままだと動けないヤツらが危ない! おそらく一夏は助けようと盾になろうとする。そうなったらエネルギーが減って倒すのが困難になる! ならば動けないヤツらの分は俺が盾になるしかない! 

 そうしてスラスターを吹かして、一夏に通信で怒鳴りつけ福音の相手をしてもらうことにした。

 鈴と箒の方は場所的に大丈夫なはずだ。ならばラウラとシャルロット、それにセシリアの方に行こう。

 そして降り注がれるエネルギーの弾雨が落ち始めた。俺は3人の上に位置すると同時に右手に炎を溜め始めた。

 

「バニシング・ヘル・カーテイン!」

 

 大きく溜めた炎の壁を弾雨に向けて放ち弾雨を相殺した。

 

「動けるか! お前ら!」

 

 俺は後ろにいる3人に声をかける。

 3人も機体が回復したようで、それぞれ動き始めた。

 

「なんとか……いけますわ……」

「僕も……いけるよ!」

「私もだ……! 一夏に続くぞ」

 

 3人共にやる気があるようだ。ならば一夏の援護に徹するのが得策だな。

 

「行くぞ!」

「「「了解!!」」」

 

 そして俺たちは一夏と福音の戦いに参戦するために上昇した。

 第3回戦の始まりだ! 

 

 

 

「ぜらぁぁぁっ!!」

 

 零落白夜の光刃がエネルギー翼を断つ。

 しかし、両翼を斬るのは至難の業で、またしても2撃目を回避されてしまった。そうしている間に失った翼は再度構築されて、こちらへと強力無比な連続射撃を行ってきた。

 

「くっ!」

 

 ーーーエネルギー残量20%。予測稼働時間、3分。

 

(くそっ! このままじゃ……)

 

 リミッターなしの軍用ISがどれほどのエネルギーを持っているのか、見当もつかない。

 対して自分の機体は稼働時間が近づいている。それは焦躁へと変わり、じわじわと俺の心を焼いていく。

 

「一夏!」

「箒!? お前、ダメージはーー」

「大丈夫だ! それよりも、これを受け取れ!」

 

 箒の紅椿の手が俺の白式へと触れる。

 その瞬間、全身を電流のような衝撃と炎のような熱が走り、1度視界が大きく揺れた。

 

「な、なんだ……? エネルギーが……回復!? 箒、これは……」

「今は考えるな! 行くぞ、一夏!」

「お、おう!」

 

 そうだ。今は考えてる場合じゃねぇ! 

 

 意識を集中させ、雪片弐型のエネルギー刃を最大出力まで高める。巨大な光の刃を俺は両腕で支えて振るった。

 

「うおおおっ!」

 

 福音は俺の横薙を縦軸一回転して回避、こちらを再び視界に捉えると同時に光の翼を向けてくる。かかった! 

 

「レオンっ!」

「おうよ! ヘル・ヴェール!」

 

 一夏の言葉に応えるように白式の前に現れたのはレオンだった。

 レオンは炎の渦を前方に放ち、福音のエネルギー光弾を相殺した。

 

「今だ! 箒!」

「任された!」

 

 俺たちの方に向けられていた翼を紅椿の二刀が並び一断の斬撃となり断ち切る。

 

「逃がすかぁぁぁっ!!」

 

 すかさず箒は紅椿の脚部展開装甲を解放し、急加速の勢いを乗せた回し蹴りが福音の本体に入った。

 予想外の攻撃に大きく体勢崩した福音に、俺は上空から脚部のプラズマカッターを出して翼に向けて飛び蹴りをかまし翼を絶った。

 

「行ってこい! 一夏!」

 

 そのまま俺とすれ違うように一夏が下から福音に向かっていった。

 そして一夏がトドメの一刺しを繰り出そうとした時、福音は体から生えた翼全てで一斉射撃を行ってきた。

 

「そのまま突っ込め!」

「おう!」

 

(ここまで来たら、もう引かねぇっ!!)

 

 レオンの声に応えるように一夏は降り注ぐエネルギー弾に向かっていく。

 エネルギー弾が目の前まで迫って来た瞬間、白式の前に炎の壁が現れエネルギー弾を飲み込んでいく。

 

『!?』

 

 その現象に福音は少し動揺する。

 

「サンキュー! レオン!」

 

 先程すれ違う時に俺は一夏の前面にヘル・ヴェールを仕掛けておいた。それがエネルギー弾が当たる直前で発動、一夏を守る形で前面に発現したわけだ。

 そして一夏は福音の胴体へと全力の零落白夜の刃を突き立てた。

 

「おおおおっ!!」

 

 エネルギー刃特有の手応えを感じながら、さらに一夏は全ブーターを最大出力まで上げる。

 しかし福音は押されながらも一夏の首へと手を伸ばし掴む。そのまま首を握り潰すように力を入れ始める。それでも一夏は握った雪片弐型に力を入れる。

 

「ぐぅ……! これで止まれーーー!!」

 

 そして時は訪れた。福音が沈黙したのだ。

 ISから光輝かしい粒子が舞う。そうISが解除されようとしていたのだ。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 銀色に輝いていたISというアーマーを失った操縦者はスーツだけの状態で海へと落下していく。

 

「しまっーーー!?」

 

 一夏は咄嗟に手を伸ばそうとしたが白式が動かない、全力で動かしたせいでエネルギーが底を尽き始めていたのだ。

 

『ーーーったく、詰めが甘いのよ、詰めが』

 

 その声の主はダメージが回復した鈴だった。落ちゆく操縦者を海面接触ギリギリのところでキャッチしていた。そしてラウラ、シャルロット、セシリアが集まってきた。

 

「終わったな」

「あぁ……。やっと、な」

 

 紅と白の機体が肩を並べて空を見ていた。

 あれほどまでの青さを誇った空はもう既になく夕闇が朱色に世界を包んでいた。

 

 

 

 

 この戦いを見ていたのは花月荘にいる教師陣と日本海域ギリギリに停泊しているヨーツンヘイムの他にもう1組いた。

 水中から棒のような物が突き出ている。潜望鏡だ。水中20メートル付近にいる潜水艦は身を潜めていた。

 

「うーん。あわよくば水中に落ちた銀の福音とその操縦者を確保したかったが……」

 

 潜望鏡を覗いているのは、この潜水艦の艦長とおぼしき男性だった。

 

「如何しますか?」

 

 艦長は潜望鏡から目を離し後ろにいる人物に声をかけた。

 

「ここで回収したいのはやまやまだが、日本代表がこちらに駆けつけている情報が本部から届いた。長居は無用だな。ドイツの輸送艦もいることだし……」

 

 そう呟く人物の声を遮るように通信士が言葉を発した。

 

「本部より入電!」

「読み上げろ」

「現任務を終了しイギリスに向かいエージェントを回収せよとの事です」

「イギリス……? あっちはモノクローム・アバター……スコールの担当だろうに……はぁ……全く我々は便利な運び屋じゃないって言うのに」

「そう言わないでください。本部からの命令となれば動かざるをえません」

 

 ため息を吐く人物に艦長は諭しながら言葉を紡ぐ。

 

「良いだろう。艦長、深度200にイギリスへと向かう」

「はっ! 操舵手、深度200、バラスト注水。反転180! 潜望鏡下ろせ!」

「了解! 潜望鏡下ろします」

 

 そして海面に出ていた潜望鏡が海中に消え、潜水艦は深海の闇へと消えていった。

 

(まぁ、いずれアンタと会えるさNO.11。その時が楽しみだよ)

 

 

 

 ヨーツンヘイム艦橋ではレーダーに補足していた機影がレーダーから消えるのを黙って見ていた。

 艦は既に第1種警戒態勢に入っていた。

 

「艦長、潜水艦レーダーから消えました」

「そうか……副長、警戒解除。みなに作業に戻るよう伝達してくれ」

「はっ!」

 

 副長は艦内放送で呼び掛け始めた。

 

「よろしかったのですか、あの潜水艦を見逃して?」

「ん?」

 

 そう聞いてきたのは片付けを終えて艦橋に上がってきていたオリヴァーだった。

 

「あぁ構わんよ。下手に攻撃したら日本海に砲撃することになる。そうなれば国際問題に発展する。それにこの艦は足の遅い艦だからな狙われれば乗組員の生死に関わる。私は君たちを無事に本国へと帰らせねばならんからな」

「ごもっともな意見です。失礼しました」

 

 オリヴァーはプロノホウ艦長に謝罪した。

 

「しかし今回のことは箝口令が敷かれるだろうなぁ」

「そうですね。まさか銀の福音が第2形態になるなんて思いもしなかったですから」

 

 今回取れたデータはドイツ本国に送られているが、あまりにも重要データすぎて今回参加したヨーツンヘイム乗組員及び本国で観測に当たっていた者たちには口止めがかかることになる。それは現場で戦っていた2人の代表候補生にも言えることだが、それをまだ2人は知らない。

 

「おそらく、少佐と中尉には夏に本国に呼び戻されるだろう」

「そうですね。ISのダメージレベルの数値がこれでは……査問委員会案件になりそうですね……」

「そこは元帥と中将がどうにかしてくれるさ」

 

 他力本願なこと華々しいが実際一介の軍人が口を挟めるような状況ではない。自分たちにも箝口令が敷かれる以上は藪をつつくような真似はしない。

 

「さて我々も帰るとするか。操舵手、進路をドイツ本国へ」

「ヨーソロ」

 

 そして輸送艦ヨーツンヘイムはドイツへ帰るために、また長い航路を進んでいく。

 

 

 

 

「帰りはレオンの黒の疾風に乗って帰ろ」

 

 そう提案してきたのは以外にもシャルロットだった。

 

「いや、なんでそうなるんだよ……さすがに許容オーバーだわ」

「だって僕たちのISボロボロだし」

「そんなんで飛んだら、いつ落ちるかわからないじゃない」

「それに福音の操縦者も運搬しなきゃいけないしさ」

「そう嘆くなレオン。ちなみに私も疲れた」

 

 おいおい隊長までそう言うのかい……

 

「はぁ……わかったよ。全員IS解除して乗れよ!」

 

 全員が、わーいと歓声を上げた。

 やれやれだぜ┐(´-д-`)┌

 

 

 

 

 そして福音は教師陣経由でアメリカに引き渡されるのを小耳に挟んだ。

 大丈夫だろうか? あれだけの騒ぎを起こしたし気絶してたとはいえ操縦者が処罰されない事を祈っておこう。

 

 アメリカかぁ……叔母さん元気にしてるかな? 

 

 

 

 

「色々なアクシデントはあったが作戦完了だ。諸君のおかげで日本は危機を脱した。日本政府並びにIS学園を代表して礼を言う」

「はい!」

 

 俺たちは戻って直ぐに教師、織斑千冬と山田真耶とのデブリーフィングを行うことになった。

 他の教師たちはせっせと後片付けをしていて忙しそうだった。

 

「さて、お前たちには休息を与えたいが……織斑、お前は無断出撃の件がある。学園に帰ったら反省文と私直々にトレーニングをしてやる。覚悟しておけよ」

「……はい。すみません……」

 

 おうおう、今回活躍したヒーローの帰還だけは手厳しいものだな。

 それもあってか一夏は正座をしている。

 更に箒も今回の一件での責任があるのか同じく正座をしている。そして他のメンバーも対抗意識なのか全員正座をしていた。

 えっ? 俺? いや〜今座ると無理矢理に接合した傷口が開いて出血多量で死にそうだから壁に寄りかかって立ってるよ。ただでさえ福音との戦闘で傷口が開きかかってるわけだし。

 

「それでは、デブリーフィングを終わりにする。山田先生、後は頼みます」

「それでは、1度休憩してから診断しますね。ちゃんと服を脱いで全身見せてくださいね。ーーあっ! だ、男女別ですよ! わかってますか織斑くん!」

「……わかってますよ。てかなんで俺だけ……イテッ!」

「お前が1番常識という枠に当てはまっていないからだ」

 

 織斑千冬のチョップが炸裂する。

 

「とりあえずブリューゲル。お前はその傷をどうにかしてこい。旅館を汚されてはかなわん」

「了解でーす」

「あっ! ブリューゲルくん。とりあえずこれを」

 

 山田先生からスポーツドリンクを手渡される。とりあえず1口飲んでいると、織斑先生と目が合った。

 なんかソワソワしているように見えるし、後ろにいる山田先生はめっちゃニッコリ笑顔だし、なんなんだ? 

 

「どうしたんですか織斑先生?」

 

 正直なところすっごい居心地が悪い。鬼教師(専用機持ち談)に見られていると緊張が解けない面々に織斑先生は

 

「……しかしまぁ、よくやった。全員、よく無事に帰ってきたな」

「えっ……? あ〜」

 

 顔を赤らめているように見えたが、すぐに後ろを向き背中しか見えなくなった。

 なんだかんだ言って1番身を案じてくれてたのは織斑先生だったわけか。

 

「あの〜織斑くん?」

「えっ? あっはい」

「そろそろ、みんなの検診をしたいので」

「えっ!? あっ! 外に出ようぜレオ……って! もういない!?」

「ええっと……」

「「「「「さっさと出ていけ!!!」」」」」

 

 そんな言葉に押されて俺は廊下に出た。そして先に歩いていたレオンの後に着いて行った。

 

「なぁレオン」

「なんだよ」

「俺、みんなを守れたんだよな?」

「そうだな……守れたんじゃないか?」

「そっか……」

 

 そんな一夏の顔は満足気に笑っていた。

 

 

 

「ねぇねぇ、結局何だったの? 教えてよ〜」

「ダメ。機密だから」

 

 その日の夜、何時ものように大宴会場での食事をしている中、旅館での待機を命じられていた生徒たちが食ってかかって専用機持ち組に今回の顛末を聞きに来ていた。

 そのターゲットになったのが、1番取っつきやすいシャルロットだったのだが、その目論見は甘かった。シャルロットは専用機持ちの中でも一番の責任感を持っているため頑なに口を開かない。

 

「私たちずっと部屋で待機してたから聞きたいの〜」

「教えてクレメンス!」

「ダメ。絶対にダメ!」

「ぶぅー、でゅってぃのいけず」

 

 シャルロットはダメとわかるといなやターゲットを変える面々。

 

「セシリ……」

「ダメですわ」

「まだ何も言ってないけど!?」

「秘密事項ですので」

 

 あっけなく門前払いを食らう。

 次にターゲットにしたのは

 

「ボー……」

「断る」

「早いよ!?」

 

 圧倒的速さでの断りを入れらる。まぁ軍人であるラウラに聞くのは無謀だよな。

 

「そんなに聞きたいの?」

「聞きたい聞きたい!」

「おい、レオン!」

「まぁまぁ」

 

 俺の言葉にクラス中の女子たちが一斉に耳を傾け始める。

 

「話しても良いけど、覚悟はあるんだろうな?」

「へっ?」

「覚悟?」

 

 全員が頭ハテナ状態になっている。

 

「そりゃ機密事項喋るんだから、国家直属の監視が付く覚悟だよ」

 

 監視がつく。この言葉を聞いた女子たちの顔が引きつった。

 

「確か最低でも2年だったかな。まぁ最低ってことは最高もあるわけだし、そりゃもう保護観察期間の囚人みたいに発信機は付けられるし四六時中監視員が目を光らせてるだろうし、まぁ花の女子高生にとっての2年は大事だよねぇ。その人生を失う覚悟があるなら耳をかっぽじって聞いてもらおうかな」

「うっ……」

「それは……やだなぁ」

 

 大半の女子が白旗を上げ始める。だがそんなことお構いなしに俺は言葉を続ける。

 

「よし、ならば道ずれにしてやろう。えーっとまずは!」

「やめて! 聞きたくない!」

「私たちが悪かったから話さないで!」

 

 全員が耳を塞いで懇願してくる。

 

「そうそう、知らなくていいんだよ。日本のことわざにもあるだろ、好奇心は猫を殺すって」

「うぅ……」

「ブリューゲルくんって、たまに鬼だよね」

「そりゃ軍人一家に育て上げられればこうなるさ!」

 

 大いに笑いながら俺は食事を続けた。

 

「レオン……やりすぎだ」

「えぇ……」

 

 

 

 ざぁ……。ざぁ……。

 

「ふぅっ……」

 

 海から上がって、俺はとんとんと頭を叩く。右に左に首を傾けて耳の中の水を抜く、そして近くの岩場に腰を下ろした。

 食事の後、俺は旅館を抜け出して夜の海へと繰り出した。

 満月の今日は、真夜中であっても明るい。俺は穏やかな波の音を聞きながらぼんやりと空の月を見上げていた。

 

(そういえば、夕方になんか夢を見た気がするんだが……どんなんだっけ?)

 

 起きた頃には、はっきりと覚えてたような気がするのに今はその内容さえ怪しい。

 夢らしいといえばそうなんだが、なんだかとても大事な事だったように思えて、モヤモヤとしたものが胸の中に溜まっていく。

 

「い、一夏……?」

「ん?」

 

 突然名前を呼ばれて振り向く。

 月明かりに照らされて姿が見えたのは水着姿の箒だった。

 

「箒……? そういえば、昨日は海で見かけなかったけどーー」

「あ、あんまり、見ないで欲しい……お、落ち着かないから……」

「す、すまん」

 

 慌てて体の向きを元に戻す。

 数秒だったがはっきりと見えた箒の水着姿は鮮烈で脳裏に焼き付いている。

 白の水着。しかも箒にしては珍しいというか絶対に着なさそうなビキニタイプ。黒いラインの入ったそれは、かなり肌の露出面積が広く……なんていうか、その、セクシー……そう、セクシーだった。

 

(落ち着かない気分をどうにか誤魔化そうと、とりあえず素数を数えよう! どっかの神父もそれで落ち着こうとしてたし

 えーっと2……3、5……7……11……13……17……19……えーっと次何だっけ……?)

 

「い、一夏……」

「は、はい!」

 

 声が裏返った……うわぁー最悪だ。

 

「そ、その……わ、私の水着はどうだ?」

「ど、どう……とは?」

「に、似合っているか?」

「あぁ……すげぇ似合ってる」

「そ、そうか……良かった」

 

 少し頬を赤める箒に俺はドキッとしてしまった。多分俺の頬も赤くなっているんだろう。すげぇ熱い。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が続く。お互いどう会話していいのかわからなくなっていたのだ。

 

「い、一夏!」

「は、はい!」

 

 2度目の裏返りの返事。

 

「……リボン、ありがとう」

「お、おう。改めて、お誕生日おめでとう箒」

「う、うむ。1日過ぎてしまったが、良しとしよう」

「そ、そうだな……」

 

 お互いぎこちない会話しか続かない。

 しかしやっぱり箒はポニーテールの方が似合っているなぁ。

 

「そ、その……だな。お、お前の方こそ大丈夫なのか? その、怪我をしていただろう」

「ん? あ〜、なんか治ってた」

「な、なに!?」

「えーと、目が覚めてIS起動して、気がついたら治ってたぞ」

「ば、馬鹿なことを言うな! そんなことが有り得るわけ……」

「いやだって、ほら」

 

 一夏はそう言いながら、自分の背中を月光に当てて見せる。

 

「消えている……本当に、なんともないのか?」

「あぁ。うん、治ったよ。えーっと、ほら、あれじゃないかな? ISの操縦者保護機能」

「あれは保護するだけで、傷が治るなど聞いたことがないぞ……」

 

 恐る恐る箒は一夏の背中を触る。そこに傷がないことを何度も確認する。その度に「おかしい、おかしい」と呟いていた。

 

「まぁ、治ったし良いんじゃか。な?」

「よ、良くない! 私のせいで、お前が……一夏が怪我をしたというのに……」

「なんだよ、治らない方が良かったてのかよ?」

「そ、そうではない!」

 

 自分が大声なのに気づいて箒ははっとすら。

 

「そうではない……そうではないが……こんな風に簡単に許されると……困るのだ……」

 

 その声が酷くしょんぼりしていて、目には涙を浮かべている、俺はどうしたもんかなぁと考える。

 どうも、俺が負傷したことに責任を感じているらしいのだが、それが傷が消えてしまったことによって特にお咎めなく許されるのも嫌なようだ。

 なんというか難しいヤツだなぁ。

 

(うんまぁ、本人がスッキリしてないようだし)

 

 仕方ない。箒に罰を与えるとするか。

 

「じゃあ箒、今から罰をやる」

「う、うむ……」

 

 俺は箒の方を向き直って、その顔を直視する。

 ぎゅっと閉じた瞼が覚悟を表していた。

 

(全く、しょうがないぁコイツは)

 

 俺は、その額にびしりと指で弾く。

 

「っ……!?」

「ほい、終わり。これに懲りたら、自信過剰と独断専行は控えろよ」

「な、なに?」

 

 困惑顔の箒が2回瞬きをしてから真っ赤になって俺に詰め寄ってきた。

 

「ば、バカにしているのか!? あんな、デコピンくらいで……!」

「まぁまぁ落ち着けよ。興奮するな」

「だ、黙れ! 私は武士だ! 誇りを汚されて落ち着いてなどーー」

「いや、その……1回離れないか? えーっと当たってるんだけども……」

 

 胸が。

 

「!!!!」

 

 かなり密着していたことに気がついた箒が、ばばっと俺から離れる。

 そして距離を置いてから、胸を抱くように腕を組んで混じりっけなし抗議100パーセントの眼差しをおくってくる。うわぁ……

 

「お、お前は……! 人が真面目に話しているというのに、ふ、不埒だぞ!」

 

 はいはい。男に生まれてすみませんね。

 

「……その、なんだ……い、意識するのか……?」

「はい?」

「だ、だからだな!」

 

 がしっ! 腕を捕まえられて、そのままーーんなっ!? む、胸の谷間に引っ張られてしまう。……あの、箒……さん? 

 

「い、異性として意識するのか、聞いているのだ……」

 

 さっきまでの威勢の良さとは打って変わって、ぽそぽそ声で言ってくる箒。その顔は耳まで真っ赤になっていて、恥ずかしそうにしている。

 

「う、ん……」

 

 勢いに押された訳ではないが、ついつい肯定してしまう。

 けれど、近くに遠くに聞こえる波の音、目の前にはセクシーな水着姿の幼なじみ、空から降り注ぐ月明かりとくれば、雰囲気にぐらりと来てしまっても不思議ではないと思う。

 

「そ、そうか……。そう、なのだな……」

 

 咀嚼するように何度も言葉を噛み砕いては、それを飲み込む箒。

 密着した状態で相手の体温が伝わってくる。自分の胸の鼓動が聞こえてしまわないかなんて心配してしまうほど、俺と箒は近い距離にいた。

 

「……ん」

 

 そして箒は目を閉じて唇を少し上向きに突き出す。

 既に一夏の脳内キャパは限界突破しておりオーバーヒートしかけていた。

 

(まずい……これは、引き込まれる……)

 

 身を預けてくる箒に、俺はゆっくりと顔を近づけてーー

 

 ゴツッ。

 

(ん? なんだ?)

 

 改めて顔を近づけてーー

 

 ゴツッ。

 

(ああもう。さっきから何だよ。何が顔にぶつかってんだよ)

 

 そう思い顔を少し上げる。ーー上げなきゃ良かった……

 

「フフフ……ブルー・ティアーズ……」

 

 その、ビットが俺の額に砲口を押し付けている。

 

 キュィィ……

 

「ぬあああっ!?」

 

 間一髪、BTレーザーが仰け反った俺の髪を焼き切る。

 

「ほう……」

「ーーよし、殺そう」

「一夏、何をしているのかな……?」

 

 回避行動で振り向いた俺を待っていたのは、4人の突き刺さるような視線。

 ちなみに順番はラウラ、鈴、シャルロット。

 

「ほ、箒っ! 逃げるぞ!」

「えっ、あっ。きゃあっ!?」

 

 いきなり抱きかかえられて悲鳴をあげる箒だが、構っていられない。

 脱兎のごとく、4人の専用機持ちから逃げ出す。

 

「「「「待てぇぇぇぇ!!!」」」」

 

(……あぁ)

 

 なんか、先月もこんなことがあったなぁ。

 ーーそんな感慨に耽る俺を銃声だけが追ってきた。やめて死ぬ。死んじゃうから。

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふーん♪ 紅椿の稼働率は絢爛舞踏を含めても42パーセントかぁ。まぁこんなものかな?」

 

 空中投影されたディスプレイに映し出された各パラメータを見ながら、その女性は無邪気に微笑む。

 子供のように。天使のように。

 月明かりが照らすその顔は、いつもと変わらない。

 いつだって退屈そうな顔の篠ノ之束その人だった。

 

「ん〜……ん、ん〜♪」

 

 鼻歌を奏でながら別のディスプレイを呼び出す。そこには白式第2形態の戦闘映像が流れていた。

 それを眺めながら、束は岬の柵に腰を掛けた状態でぶらぶらと足を揺らす。

 

「それにしても、白式には驚かされたなぁ。まさか操縦者の生体再生まで可能だったとは。まるでーーー」

「まるで『白騎士』のようだな。コアナンバー001にして初の実験投入機、お前が心血注いだ1番目の機体に、な」

 

 岬の後ろにある森から音もなく千冬が姿を現す。漆黒のスーツに身を包んだそこ姿は、夜の闇全てを引き連れているかのような静かな威厳に満ちていた。

 

「やぁ、ちーちゃん」

「あぁ」

 

 2人は互いの方を向かない。背中を向けたままの束はさっきまでと同じようにぶらぶらと足を揺らし、千冬はその身を木に預ける。

 どんな顔をしているのか、別に見なくてもわかるーー。

 そんな確かな信頼が2人の間にあった。

 

「ところでちーちゃん、問題です。白騎士はどこに行ったんでしょうか?」

「……白式を『しろしき』と呼べば、それが答えなんだろ?」

「ぴんぽーん♪ さっすがちーちゃん。白騎士を乗りこなしただけのことはあるね♪」

 

 かつて、『白騎士』と呼ばれた機体は、そのコアを残して解体され第1世代作成に大きく貢献した。そしてコアは、とある研究所襲撃事件を境に行方がわからなくなり、いつしか『白式』と呼ばれる機体に組み込まれていた。

 

「それで、うふふ。例えばの話、コア・ネットワークで情報をやり取りしていたとするよね。ちーちゃんの1番最初の機体『白騎士』と二番目の機体『暮桜』が。そうしたら、もしかしたら、同じワンオフ(・・・・・・)アビリティーを開発したとしても(・・・・・・・・・・・・・・・)不思議じゃないよねぇ(・・・・・・・・・・)?」

「………………」

 

 千冬は答えない。

 しかしそんな反応はお構いなしに束は続ける。

 

「それにしても、不思議だよねぇ? あの機体のコアは分解前に初期化したのに、なんでなんだろうね〜。私がしたから、確実にあのコアは初期化されたはずなんだけどね」

「不思議なこともあるものだな」

 

 確かにそれについては、わからないというのが本当のところである。

 それは束にとっても同じ。

 しかし、束は別にわからなくても問題はない(・・・・・・・・・・・・)

 

「……そうだな。私も1つ例え話をしてやろう」

「へぇ、ちーちゃんが。珍しいねぇ」

「例えば、とある天才が1人の男子の高校受験場所を意図的に間違わせることができるとする。そこで使われるISを、その時だけ動かせるようにする。そうすると、本来男が使えないはずのISが使える(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、ということになるな」

「ん〜? でも、それだと継続的に動かないよねぇ」

「そうだな。お前は、そこまで長い間同じものに手を加えることはしないからな」

「えへへ。飽きるからね」

「……で、どうなんだ? とある天才」

「どうなんだろうね〜。うふふ、実の所、白式がどうして動くのか、私にもわからないんだよねぇ。いっくんはIS開発に関わってないはずなのにね」

「ふん……。まぁいい。次の例え話だ」

「多いねぇ」

「嬉しいだろ?」

 

 違いないね、と返して束は千冬の話に耳を傾ける。

 

「とある天才が、大事な妹を晴れ舞台でデビューさせたいと考える。そこで用意するのは専用機と、そしてどこかのISの暴走事件だ」

 

 束は答えない。そして千冬も言葉を続ける。

 

「暴走事件に際して、新型の高性能機を作戦に加える。そこで天才の妹は華々しく専用機持ちとしてデビューという訳だ」

「へぇ、不思議な例え話だねぇ。すごい天才がいたものだね」

「あぁ、すごい天才がいたものだ。かつて、12カ国の軍事コンピュータを同時にハッキングするという歴史的大事件を自作した、天才がな」

 

 束は答えない。千冬も、もう言葉を続けない。

 

「ねぇ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」

「そこそこにな」

「そうなんだ…………じぁ私は行くね♪ あぁそれと、あっちの崖にいる彼にも、よろしく言っておいてね」

「…………」

 

 千冬は沈黙していた。

 そして岬に吹き上げる風が、1度強くうなりを上げた。

 

「あの子に関しては面白いことになりそうだよね」

 

 そう呟くと束は消えた。

 忽然と。突然と。

 

「…………はぁ」

 

 千冬は息を吐き出して後頭部を押し付けるように木に寄りかかる。

 そして胸ポケットからスマホを取り出し、電話をかける。

 

「あぁ、私だ。引き上げていいぞブリューゲル」

『了解』

 

 千冬と束が話をしている岬から離れた崖にレオンはいた。手には狙撃用のライフルを持ち、服装は旅館の浴衣ではなく全身黒一色の部隊装備を着用。

 崖淵にうつ伏せの状態でライフルのスコープを覗き、標準は束に狙いをつけていた。

 耳につけたインカムから織斑先生の声が聞こえ、撤退命令が来たので俺は体を起こしながら顔を覆ってたマスクを取り空に輝く月を見た。

 

「あの人、こっちを見てたよな………化物かよ」

 

 そのまま旅館に戻る途中で海を見ると箒をお姫様抱っこしながら逃げてる一夏を見つけたが、眠いからほおっておくことにした。

 

 

 

 

 翌朝。朝食を終えて、すぐにIS及び専用装備の撤収作業に当たる。

 そうこうして10時を過ぎたところで作業は終了。全員がクラス別のバスに乗り込む。昼食は帰り道のサービスエリアで取るらしい。

 

「あ〜〜…………」

 

 俺の座席の横にいる一夏は一言で言うとボロボロだ。

 あの後1時間近く追い回されてたらしく、それ加えて旅館を抜けたのが織斑先生にバレて大目玉を喰らっていた。

 睡眠時間は3時間強らしい、そこにあの重労働なんだから死にかけている。

 俺? 俺は耳栓してぐっすり6時間寝てたよ。

 

「誰か……スマンが……飲み物持ってないか……?」

 

 まるで砂漠で水を切らした旅人みたいな声で語りかけてくる。

「……唾でも飲んでいろ」とラウラ。

「知りませんわ」とセシリア。

「あるけどあげない」とシャルロット。

 鈴は2組なので居ない。

 頼みの箒は「なっ……何を見ているか!」と顔を赤くしながらチョップをかましていた。

 

「れ、レオン……」

「クッキーならあるぞ」

「殺す気か……」

 

 唐変木である、お前が悪い。一夏頑張れ。サービスエリアはもうすぐやぞ。

 

 

(うーん、ちょっと可哀想だったかな……?)

 

 さっきはつい冷たく返したものの、シャルロットは一夏のぐったりとした様子にチクチクと良心の呵責を感じていた。

 

(まぁ、昨夜は何も無かったんだし、そろそろ許してあげようかなぁ)

 

 荷物からペットボトルを取り出す。乗り込む前に自販機で買っておいたのが役に立ちそうだ。

 

(みんなは動かないみたいだし……よしっ!)

 

 

(さすがに冷たかったかしら……?)

 

 セシリアは、一夏がガックリと肩を落としているのを見ながら、少しそわそわしていた。

 せっかく優しくするチャンスだったのに、つい昨日の事を思い出すとあんな態度を撮ってしまった。

 よくよく考えれば、他の女子が非好意的なのだから千載一遇のチャンスである。

 

(そうと決めればーー)

 

 鞄の中から横になっているペットボトルに手を伸ばす。これは元々セシリア自信が自分用に用意していたのだが、思わぬ形で使えそうだった。

 

(善は急げですわね。……コホン)

 

 

(さっきは、何か別の言い方があったのではないか……?)

 

 そんな自問自答を繰り返しているのは、今回のビーチで新しい1歩を踏み出したラウラだった。

 昨夜のことが引っかかって真っ先に冷たい反応をしてしまった自分が恨めしい。あそこで笑顔を見せてこそいい女というものではないのだろうか。

 そんなことを考えながら、どう巻き返すかと考えるラウラ。

 

(そう……だな。どうも喉が渇いているようだし、朝方買ったお茶が使えるか)

 

 さっき取り出したペットボトルを弄びながら、どう渡したものかと考える。

 せっかく他の女子が引っ込んでいる今こそチャンスだと見据えている。

 

(うむ。さりげなく行って渡すか。そ、それなら一夏も喜んでくれるだろう!)

 

 

「あああ、やってしまった……」

 

 せっかく昨夜はいい雰囲気までいったのに……結局何かしらの結果を得ることが出来なかった。それどころか他の女子から逃げ回る一夏に内心ムッとしてしまって、ついさっきはあんなことをしてしまった。

 

(い、いかんな。私はすぐに手を出す癖がついているのではないか?)

 

 正直、それはまずい。

 先々月までならまだしも、今は同じクラスにシャルロットがいる。

 あの強敵を前に暴力一辺倒では、おそらく後手に回る。

 

(よ、よし! 今こそ優しさをもって接するべきか!)

 

 バス移動までの間に買ったペットボトルのお茶を握りしめて箒は立ち上がった。

 

 

 

「う〜……しんど……」

「「「「い、一夏っ!!」」」」

「はい?」

 

 4人の声が同時に聞こえて俺は振り向く。それと同じタイミングで車内に見知らぬ女性が入ってきた。

 

「ねぇ? 織斑一夏くんっているかしら?」

「あ、はい。俺ですけど」

 

 1番前の席に居たのが幸いした。俺は呼ばれたまま素直に返事をする。

 その女性は、おそらく20歳くらい。少なくとも俺たちよりは確実に年上で鮮やかな金髪が夏の日差しで輝いて眩しい。格好はブルーのサマースーツを着ている。千冬のようなビジネススーツではなく、おしゃれ全開のカジュアルスーツ。開いた胸元からは女性特有の整った膨らみが僅かに覗いている。

 その胸の谷間に持っていたサングラスを預け、腰を折って一夏の顔を見つめてきた。

 

「へぇ。君がそうなんだ」

「あ、あの、あなたは……?」

「私はナターシャ・ファイルス。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の操縦者よ」

「えっ……」

「ムッ……!」

 

 予想外も予想外、つい数時間前に俺たちと死闘を繰り広げていた福音の中に居た人が今目の前にいるだと!? いやそんなことよりも何が目的……

 

 チュッ

 

「なっ……!?」

「へっ……?」

Watt(ヴァット)!?」

「なっ……なっ!」

 

 困惑する俺たちを前にナターシャは一夏の頬に唇が触れた。

 キスである。

 

「これはお礼。ありがとう、白いナイトさん」

「え、あ、う……?」

 

 困惑し頭の上にはてなを浮かべている一夏……しかし時間が経つにつれ顔が赤くなっていく。

 その満更でもない表情の一夏に先程声をかけていたメンバーが黙っているわけなく。

 

「浮気者め!」

「一夏ってモテるねぇ(パキパキ)」

「本当に行く先々で幸せいっぱいのようですわね(ニコ)」

「はっはっはっ……死ね」

 

 おっと、これは離れないと巻き添えを喰らうな。離れとこ。

 4人は一夏の元へと歩き。

 

「「「「はい、どうぞ!」」」」

 

 投げられるペットボトル×4。内容量500ミリリットルが一夏を襲う。

 

「お〜おっかないねぇ〜」

 

 某海軍大将のモノマネをしながら一夏が4人にシバかれる様子を見ながら席を離れていると声をかけられた。

 

「レオン・ブリューゲルくん?」

「ん? はい」

 

 声の主はあそこで起きている発端を作った張本人であるナターシャ・ファイルスがいた。

 

「話は聞いているわ。あなたも暴走した福音を止めてくれたんですってね」

「はぁ、まぁあれは、みんなで掴んだ勝利みたいなもんですから」

「フフ、本当スターが言ってた通りね」

「スター? あぁ、キャシー叔母さんか」

 

 ナターシャがスターと呼んだ人物は俺の母であるガブリエラ・ブリューゲルの妹の『キャサリン・ブリューゲル』のことである。

 現在はアメリカ空軍に所属しており、更には大統領の警護隊隊長を務めている。

 

「いやもうね、会う度に甥っ子自慢してくるから正直めんどくさいと思う反面会ってみたいっていうのもあったのよ」

「なんか身内がすみません」

「良いのよ。もしチャンスがあったら、なんの縛りもなく戦いたいわね」

「えぇ、その時はよろしくお願いします!」

「それじゃあ、またね。バーイ」

 

 ナターシャは俺に向けてウインクをしてバスを降りていった。少しドキッとしたのは秘密。

 

 あぁ叔母さん元気でやってるみたいだな。今度は帰って来れるのかな? 

 

 

 

 

 バスを降りたナターシャは、目的の人物を見つけてそちらへと向かう。

 

「おいおい、余計な火種を残すな。ガキの相手は大変なんだ」

 

 そう言ってきたのは千冬だった。

 

「思っていたよりもずっと素敵で面白い子だったから、つい」

「やれやれ……それよりも昨日の今日で動いても平気なのか?」

「えぇ、それは問題なく。ーーーあの子が……私を守ってくれていましたから」

 

 個々で言う『あの子』とは、つまり暴走によって今回の事件を引き起こした福音のことを指していた。

 

「やはり、そうなのか?」

「えぇ。あの子は私を守るために、望まぬ戦いへと身を投じた。強引にセカンド・シフト、それにコア・ネットワークの切断……あの子は私のために自分の世界を捨てた」

 

 言葉を続けるナターシャは、さっきまでの陽気な雰囲気など微塵も残さず、その体に鋭い気配を纏っていく。

 

「だから、私は許さない。あの子の判断能力を奪い、全てのISを敵に見せかけた元凶をーー必ず追って報いを受けさせる」

 

 福音は、そのコアこそ無事であったが暴走事故を招いたことから今日未明に凍結処理がアメリカ議会で決定された。そのことを俺が知ったのは夏休みの途中であったが、その話はまた別に。

 

「何よりも飛ぶことが好きだったあの子の翼が奪われた。相手が何であろうと私は許しはしない」

「あまり無茶なことはするなよ。この後も査問委員会があるんだろ? しばらくは大人しくしておいた方がいい」

「それは忠告ですか? ブリュンヒルデ」

 

 IS世界大会『モンド・グロッソ』その総合優勝者に授けられる最強の称号『ブリュンヒルデ』

 千冬はその第1回受賞者であったが正直その名前で呼ばれることは千冬は好きではなかった。

 

「アドバイスさ。ただのな。何かあればスターがどうにかしてくれるんじゃないか?」

「そうですか……そうですね。それでは、大人しくしていましょう……しばらくは、ね」

 

 1度だけ鋭い視線を交わしあった2人は、それ以上の言葉なく互いの帰路に就く。

 ーーまたいずれ。

 そんな言葉が2人の背中にはあった。

 

 そしてバスは出発する。我らが母校IS学園に向けて。




お久しぶりです。これにて第3巻の福音編完結です。

次からは夏休み編に入っていきます。次の投稿までお待ちください。
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