ゲーマー兄妹が月の聖杯戦争にログインしたようです   作:遠野ツキ

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03:無明

 ──なんだ、この違和感は。

 長い夢から覚めた少年に対して感じたのは強烈な違和感。

 その正体は、あまりに動きのない少年の表情か。

 どれほど訓練された人間であれ、感情というものは表情・声・動作に必ず現れる。

 微表情と呼ばれる微かな表情の変化を読み取るのは空の得意分野。

 ならば、試してみるか。

 

 

「さぁ、ゲームを始めよう!」

 

 

 杞憂、なのか?

 先のセリフと共に前触れなく姿を現した空と白に向けられたのは、色のある表情。

 『驚愕』それから『困惑』『不審』

 視線は保健室を一周し、また空へと戻る。瞳は戸惑いに揺れている。

 薄くはあるが人間味のある表情に、とりあえず先ほどの違和感は心の片隅にとどめておくこととしよう。

 

「つか、ゲームはもう始まってんだ。グースカ寝こけてた分の遅れを取り戻しにいくぞ」

「……れっつ、ごー」

 

 返答、ナシ。まったく意味がわからないと表情に書いてある。

 立ち上がった空の白の腕に、座ったままの白が抱きついている様子を見て、何かを言いあぐねている。

 

「俺たちのことが気になるのか? 俺と白は兄妹だから、そういうのじゃねぇぞ。

 そもそもここじゃ誰が聞いてるかわかんねーからな、個人情報については後だ後」

「にぃに……また、ふられたぁ……。にぃ、ひどい」

「フラれたって前も言ってましたけど純然たる事実ですよね白さん!? あんまりいじめると兄ちゃん泣くぞ!?」

 

 少年の呆然と見上げる視線とかち合った。

 ────なんだか、すごーく嫌な予感がするなー

 

「おーいちょっと、今の状況わかってるか?

 ──まさか、聖杯戦争が何かわからないとか、そんなこと言っちゃたりとかそんなまさかな?」

 

 

 

「聖杯戦争……って、何?」

 

 

 

 まさかの返答キマシター! マジかよそこからかよ!

 空の脱力を感じた白の窺うような視線には、頭を撫でることで答えた。

 気持ちよさそうに目を細める妹に癒されつつ、この後の算段を立てる。

 

 

「あー、どこから説明したもんかね。

 そうだな、『聖杯』ってのは聞いたことあるか?」

「聖杯というと……西洋の伝承に出てくる、奇跡を起こす聖遺物のことか?」

「そうだ。真贋問わず、願いを叶える願望機としての能力を持ったものを、聖杯という。

 その聖杯を奪い合う魔術師たちの儀式を、聖杯戦争と呼ぶ。

 儀式とはいっても実際には聖杯の所有権を巡る殺し合いだが。

 一方、この戦いは聖杯戦争の真似ごとみたいなもんだ。

 お前は魔術師(ウィザード)として俺たちを呼び出し、聖杯戦争の予選を突破したわけだな。

 ここまではいいか?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。その、殺し合いというのは」

「まー簡単に言うとアレだ。魔術師(ウィザード)はサーヴァントと共に、敵と一騎討ちで勝負する。

 んでライバルを全員倒して最後の一人になったやつの優勝ってことだ。

 負けたヤツは……まあ、そういうことだよ」

「……とりあえず、理解はしたよ」

 

 理解はしても納得できていないのは見ればわかる。

 思慮に耽るのは悪いことではないが、今は時間が惜しい。

 

「サーヴァント。……なにか、わかる?」

 

 白のか細い声に対して、やはり少年は首を横に振った。

 

「先に言っておくが、俺と白はおそらくシステム上で予期されないエラー。特例中の特例だ。

 それを踏まえて、まずは一般論から説明するぞ」

「あ、ああ。わかった」

「元々サーヴァントってのは、聖杯戦争でマスターを勝たせるために呼び出される過去の英霊だ」

「英霊?」

「そう。生前に名を馳せた英雄なんかが信仰されて神仏的な存在──英霊になる。

 その英霊を聖杯の力で戦士として世界に再現することで、マスターの矛にも盾にもなる。

 ただ、英霊の情報を全て搭載するには容量が足りねえから、7つのクラスに応じたパーソナルだけを摘出し、サーヴァントとする」

 

 セイバー。剣技に優れたクラス。攻守のバランスがよく、最も優れたサーヴァントといわれる。

 ランサー。槍技に優れたクラス。機動力・攻撃能力に秀でている。

 アーチャー。何らかの射撃能力を持ち、手数や技、強力な宝具を有するクラス。

 ライダー。何かに騎乗することで高い能力を発揮するクラス。

 キャスター。魔力攻撃に秀でている反面、近接戦闘は苦手なクラス。

 バーサーカー。狂戦士。正気を失うが戦闘能力に特化しているクラス。

 アサシン。基本的な能力は低いが、暗殺・隠密行動に力を発揮するクラス。

 

「基本、クラス名が相手の特性と考えて問題ないだろうけど……ま、今はいいか。

 俺たちのことは、完全に誰の目も届かないと確信できるとこで話すから、それまではオイとかお前とか、適当に呼んでくれ。

 間違っても二人いることがバレねえように気をつけろ。

 ほい、質問は?」

「……今聞ける範囲にはなさそうだ」

「お、理解が早いな。それじゃ俺たちは姿を消すが、会話はできるから心配いらん。

 思う存分、虚空に語りかける不審者気分を堪能してくれ」

 

 空のふざけたセリフにも少年は生真面目に頷いて返した。

 なんとからかいがいのない。

 

「最後に、迷えるマスターにちょっとしたヒントだ。

 この聖杯戦争では敵の情報が武器になる。

 今日のうちに、この校舎を隅々まで探索し他人から情報を拾うことをオススメしておこう。

 それでは、さらばだッ!」

「……さらばっ」

 

 

 

 空と白が霊体化すると、保健室は一気に静かになる。

 少年がベッドから立ち上がると、この保健室に『初めからいた』少女が声をかけた。

 

「あ、岸波さん。目が覚めたんですか?

 よかったです。」

 

 彼女は聖杯戦争を運営するムーンセルにより作られた運営用AI。名は間桐 桜。

 保健室に常駐し、与えられた役割をこなす仮想人格。

 彼女は少年に記憶を返却したと告げるが──

 

 

『名前以外の記憶が、返却されていない──?』

『……にぃ』

『白……』

 

 

 空は以前、存在を奪い合うゲームにより、記憶も存在も何もかもを奪われかけたことがある。

 その時の耐え難い恐怖が脳をよぎる。

 自分が何者かわからない不安。自分が自分だと確信できるだけの過去が存在しない恐怖。

 あの時は、最後まで感覚の残っていた肩から伝わる白の体温だけが、かろうじて空の正気を繋ぎとめていたが──

 

 

『……にぃ?』

『こりゃ、とんでもなく過酷なゲームになるな……。俺たちにとっても、アイツにとっても』

『にぃには……しろが、いる』

『あぁ、白にも兄ちゃんがついてる。だが──』

 

 

 桜から携帯端末を受け取っている、少年には。

 心の支えにできるものなど、何も────

 

 

 

 

 

 魔術師のパートナーとなるべきサーヴァント。空と白。

 空と白の閉じた世界は二人きりで『完成』している。

 自分を構成するあらゆる要素よりも、互いの重要度は高い。存在の前提。

 空がいなければ白はなく、白がなければ空もない。

 

 

 

 

 完成した二人きりのサーヴァントと孤独なマスターによる聖杯戦争は、誰が望まずとも静かに幕を上げた。

 




Master 岸波白野

Extraの主人公は、死の淵に強く願う内容によって別のサーヴァントが応じてくれます。
それぞれのサーヴァントによって少し主人公の性格が違ってくるところが持ち味だと思うので、なんとか、再現、したいのですが。
勝ちたいという願いから始まった主人公なので、原作に比べて多少好戦的・勝つことに貪欲な性質。


ちなみに、空の微表情についての講釈はノーゲーム・ノーライフのDVD/BD1巻初回限定特典ブックレットに書かれているよ!(露骨なステマ)
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