「また空を見ているな。」
老人は青年に合うたびに、青年が空を見上げている事に気がついた。
それは、室内であれ室外であれ基本的に空を見上げては、首を左右に振り、何かに落胆している事を感じ取っていた。
「また来てしまったよ、君は随分と空を見るのが好きなのだな。」
病室に入ると、老人はそういった。実際、彼は基本空をみあげている。
「ええ、宇宙。いやこれは宇宙と書いて
「ほう、宇宙かね。何故そんなにも宇宙を見ている?」
「未練がましく、確認してしまうんですよ。宇宙にざわめきが無いかとか、あったのならそれは俺達の世界の話だから。」
青年はかなり堪えた様子で、答えた。帰るべき場所を失う事ほど、人というものにとって辛いことはないだろう。なんの為に生まれ、なんの為に生きるのか。その問いに答えることが出来なくなるのだから。
「いい加減前を向かなくちゃとは思うんですけれどね、踏ん切りがつかない。
もし目が見えていたのなら、簡単に諦めていたでしょうね。やはり、感覚だけに頼るのは良くない。
貴方は今日はそれだけを聞きに来たわけじゃないでしょ?」
「君へのプレゼントとでも言えば良いかな、義眼とこれは君の好物らしいものだ。好みがわかってきたからね。
後は君の世界の事に付いて話が聞きたい。」
青年は少し考えて首を縦にふる、その顔はどこか何かを諦めたようだった。
花が散り、雨が降る。
カラッとした気候に対して、珍しい雨は何か物悲しげなものだ。
戦争中だと言うのに、いつもと変わらず世界は周り人間という存在の行う事象の、なんとちっぽけなものかと、感じざる終えない。
ビジネススーツっていうのはこう言う気候のために作られたものだ、だから長袖も別に苦にならない。
俺の実家はカリフォルニアにある、比較的温暖で過ごしやすい街だ。
ブルーコスモスっていう団体のお陰で、街なかにはドラッグをやるような奴は、唯一人もいない。
貧困者の救済や、違法薬物の撲滅運動と、恩恵は計り知れない。
そして今俺は、そんなカリフォルニアに来ている。
戦争中なのに、そんなところに行っても良いのかと思われるかもしれない。だが、生憎と俺達はそう言う仕事をしにいくのだからと、特権を付与された。
戦争が終わるまで、もう俺達に休暇は無いのだ。
俺は最初はここに来るつもりはなかった、齢をとったお袋に迷惑がかかるのを嫌ったからだ。
「普段ですらあまり帰ることもないのに、特別な時に帰らないのはどういう了見ですか?」
等と、グチグチと言う我が副官に同伴という形で俺の実家に帰ってきた。
本人はそれはそれは楽しそうに、どの服を着ていこうか迷っていたが、正直ファッションセンスのない俺に何を聞いたところで、良いんじゃないかとか、もう少し暗い方がとかそんなありきたりな返答しか出来ない。
結局、クロップドトップにフレアスカートで、ふわりと涼しげにと言ってそれを着てくる。
チラリズムというものがあるが、彼女の鍛え抜かれた腹筋が少し見えていたりと、中々に攻めている。
隣り合って歩けば、まあそれなりの絵になるのではないか?
悪い気はしないし、寧ろその方が彼女にあっているように見える。
そんな格好で二人して歩いていく、道行く人々は偶に彼女をちらりと見たりと、俺は鼻が高い。
実家のすぐ横には親父の墓があるから、花でも持っていこうと途中で花屋に立ち寄ることにした。
「お花屋さんですか、良いですね。私、こういう道端にある小さなお店とかに憧れがあったんですよ、うわぁ。」
「成る程ね、君の家柄は結構知っていたつもりだったが、それ程かい?店の花は大人買いするような?」
何の花にしようか、迷いに迷っていたら時間を無くす、ここは直感と行こうじゃないか。
「店主、この青い薔薇と赤い薔薇を数本で2つの束を作ってくれないか?」
「また、青い薔薇なんてお客さん、誰に贈るつもりなんですか?」
「母と父に、好きな花は知らないが二人ならこの色だろうなと思ってね。」
そう店主と話していると、中尉はまだ花に夢中になっている、このまま置いていくべきだろうか?なんだかこのまま俺が墓に入るまで、ずっとついてきそうだな。
「ほら、行くぞ?そんなに気になるのなら、君の行きたいところへ行くときに、充分に見れば良いさ。」
そう言って彼女を半ば強引に引き剥がすと、手を引きながら歩いていく。
郊外から少し離れたところにある、それなりに大きな家が俺の実家だ。
だから、のんびりしていては夜になってしまう。
車をレンタルし、1時間程運転する。
「結構離れているんですね、こうやってあると長時間でも花が枯れないんですね、初めて知りましたよ。」
湿らせたスポンジに刺されている薔薇達をみて彼女はそう言う。
「育ちの違いだな、それくらい皆知っていると思うが?」
「根のない、花瓶の花なんて士官学校入って初めて見ましたからね。」
本当に、物事について知ることというのは、家柄が良く出るものだな。
束の間の二人きりのドライブ、こんな事は一生出来ないと思っていたんだがな。
途中、スーパーマーケットという私が初めて入る施設によって、少しの買い出しをする。
そして、遂に到着すると彼は荷物を両手に持って一軒家に歩いていく。
少佐……ここがアムロさんの実家。
殆ど周囲には住宅の無い、広い農場。近くには孤児院があって、そこからは子供達の声が聞こえる。
たぶん、同じ敷地内だから経営しているんだと思う。
簡素な造りの家、たぶん私の価値観がおかしいだけだと思うけれど、少し小さくも見える。
玄関を潜ると、彼はなんの躊躇することもなく母親の元へと歩いていく。
「お帰りなさい、いきなりどうしたの教えてくれれば良いのに、手料理なんて作ってないわ。」
「大丈夫さ、途中で色々と買ってきたからね。一緒に作ろうか?」
「止めなさい、貴方は料理の腕は良くないのだから。
それよりも、そちらの方は?」
そう言って、アムロさんのお母様は私を見て心底驚いた様な仕草で聞いてくる。
綺麗な人だ、齢を取っているけれど健康的な顔色で、綺麗な蒼い瞳をしている。
「えっと……私は」僕のフィアンセだよ、遅れて済まない。いつか紹介するつもりでいたんだけれど。」
「あら、そうなの?ごめんなさいね、こんな格好で今お茶をいれるから、リビングに行っていてね。」
フィアンセ……フィアンセ?今、私のことフィアンセって言った?え?嘘、そんなだっていつも私と話しているときは、なんか気難しそうな顔とかして、嫌嫌話してそうなのに。
「嫌だったかい?」
「い、いえ。ですが、いきなりそういう事言わないでください。せめて事前に…っ!」
唇に人差し指が宛てがわれて、私は言葉を止めてしまった。今、私はどんな顔をしているだろうか?きっと、真っ赤なのではないか?だって、顔が赤いのだ。
「君は嘘が苦手だろ?だから、そう言うのは原稿が必要かと思ってね?
それに、俺は君といる時いつも不快なんて感じた事なんて無いよ?寧ろ、隣にいて欲しいと思う程には。」
これって告白ですか!
「あら、まだこんなところにいたのねこっちよ、家の間取り忘れてないでしょ?
今日は泊まっていくの」
「泊まっていく為に買い出しをしたんだ、今日はそれでご馳走でも創ってくれたらなと思ってね、さぁ行こう。」
私の頭はグルグルとしている。
……
アムロさんは、一人で墓参りに行ってくると言って、家の近くにお墓があるらしい。
御母様と二人きり、なんだろう複雑な心境だ。
「ところで、貴女は本当はあの子のなんなの?
恋人にしては、貴女はあまりにも初心だったから、下手な嘘ね。」
怒っているのだろうか、そんな事言われても私だって急なことで、考えが纏ってなかったのに。
「でも、否定しなかったという事は満更でもないんでしょ?」
確かに私も否定しなかった、だって確かに意識はしているのだ。
「まあ良いわ。貴女には苦労をかけると思うけれど、最初に謝っておくわ。」
「え、いや苦労なんて、寧ろ私の方こそいつも少佐に苦労を掛けていると言いましょうか。」
フフフと笑う御母様、そのすぐ後ろには写真立てがあってそこには、若い頃の御母様と少佐が……あれ?
「あの、その写真…。」
「ああ、これね。この人は彼のお父さん、もう亡くなって5年になるわね。」
この人が、でもなんだろうか目元も口元も何もかもが、まるで一卵性の双子みたいに。
「似ているでしょう?でもね、あの子は正真正銘私がお腹を痛めて産んだ子供、例えあの人と瓜二つまったく同じ存在だとしても、私の子供。」
「どういう事ですか?」
その言い草じゃ、まるで御父様と同一人物とでも言うように聞こえる。
「貴女の想像する通り、彼はこの人のクローン。やっと言えたわね、この日をずっと待っていたわ。」
想像する事は出来る、けれどもあまり考えたくない事実。笑い話ならそれでいい、でも悪い冗談だ。
「あの子が貴女を連れてきた、初めてよ?家に女の子を連れてくるなんて、それも私と初対面なのに二人きりにするなんて、理由は1つしか無いわ。」
「だからって、クローンなんてそんな悪い冗談みたいな話。」
「あなたが知っている程、世界は清廉ではないしより身近なところで闇があるもの、コーディネイターが存在している時点で、必ず誰かが、クローンを造ったことはある筈よ。」
否定できる材料を私は持ち合わせていない、だって私自身がコーディネイター、つまり遺伝子を弄って産まれてきたのだから、もっと単純なクローンが存在出来ないと言う土壌が無いんだ。
「あの子は、彼に凄く似ているけれど、それでもやっぱり違うところもある。
1人でお墓に行くときは、必ず何かを報告しに行って自分なりの答えを見つけようと、1人蒼い宇宙を見上げているの。」
いつも何かに縋ることすらしない彼が、まるで何かの宗教のようにそうする理由は解らない。
だけれど、オリジナルとしての御父様と何かを話したいのかもしれない。
「あの子の側にいて上げて欲しいの、貴女はあの子が心を許した人なのだから。」
そう言うと指を指す、きっとその先お墓があるのだろう。
……
私が近づくと
「お袋から話を聞いたのかい?俺の事、どう思った?」
そう言って問いただしてくる。
「解りませんですが、貴方と言う人が何かをなそうとするならば、私は必ず手助けします。私は、アナタの副官なのだから。」
答えは決まっていない、だから私を貴方の傍らに置いてほしい。
そう思ったら、彼は私を抱き締める。
「辛い旅になるそれでも、来てくれるかい?」
答えは、熱い口づけを。
軍隊というものは私情よりも軍の任務を優先し、厳格で気が強く
無くてはやっていけない。
そう言って育てられてきた。
実際私の家系の人間は十人が十人同じ様に厳格な性格で、頑固な物が多い。悪く言えば融通が利かない、そんな親類ばかりだった。
たった一人を除いては。
その人は、私の再従兄弟に当たるらしく正直に言って今まで関わっていた周囲との差異に、私は混乱をきたした。
自由奔放で、良く言えばお転婆なお嬢様、悪く言えばじゃじゃ馬で、気がい。
私の兄様達を相手にして一歩も引くこと無く、格闘技をさせれば右に出るもの無し。
なのに、そんな人なのに彼女は私にとって大切な友人だった。
兄様たちと比べて、成績の優秀ではない不出来な私は度々彼女に
励まされて、いたのだ。
コーディネイター、そんな人種だとかそういうものに偏見を持っていた両親は私と彼女の間を断とうとして、しかしそれすらも説き伏せられた。
いつしか憧れる、そんな人に成りたいと。
彼女から最後に連絡があったのは戦争が始まる前だ、私よりも1年早く士官となっているはず、私自身それを承知でいた。
月のエンデュミオン基地が襲撃されたとき、私は心の中で静かに祈った。信じてもいない、そんな神に対して友人が死なないようにと。
それがどうして、そんな彼女がどうして今私の目の前にいるのだろう?
「ナタル、久し振りだね。ごめんね、連絡とかしなくてこれからさまた会えなくなるかもしれないから、こうやって来たんだよ。」
さんざん心配させておいて、今更顔を出すなど馬鹿にしているのか!
そんな心とは裏腹に、静かに瞳に滲むものがある。
「そんな顔しないでさ、そうだ。ちょっと時間ある?大丈夫大丈夫、融通は効かせるから。」
元気そうな顔が見れてよかった…。
戦争なんて怖くない、そんなものは嘘だ。大切な物が失われていく、兄様達が父様がいなくなって気が付く損失感という恐怖。
どうか、どうかこの人が五体満足で帰ってきて欲しい。
昔の人が神頼みをした理由が何と無く、解った気がする。
別れ際に、1枚の紙片と御守りという縁起物を貰った。もしもの時に開いてと、そう言われて。
誤字、感想、評価等よろしくお願いします。