時間の境界線
執務室に座り込み、会社の経営状況等を確認しつつ書類を見ては溜息を付いている老人がいる。
工業を中心に発達し一度は荒廃したデトロイトを再興し、今では北米大陸の一大工業地帯へと押し返した男は、隠居してからというもの、こうして嘗て自らが経営していた会社の状況を見守っている。
多額の退職金を元手に、再構築戦争で家族を失った子供達の為に施設を管理運営し、職業を斡旋する。
医療法人ですら金のかかるこの国に、彼は救世主のように降り立ったのだ。
しかし、彼は知っている。これではマッチポンプだと言うこと、そして自らがそれを嫌悪しているという事を。
最近では〘青き清浄なる世界のために〙というスローガンを掲げた、環境保全団体への寄付も行っている。
デスクに向き合う彼の下へ、一通のメールと共に解析結果が届けられる。
地下施設より届けられる、閉じたサーバーを介して。
「凄まじい強度だな、タングステン以上の硬度に金並の靱性とは、にも関わらず重量はマグネシウム並とは、どういう合金だ?」
件の機体の解析が遅々として進まない事に苛立ちを覚えながら。
事実上の敗北を喫した俺達は、艦隊の保全を目的として一路月面プトレマイオス基地へと逃げ延びた。
世界樹の無力化に伴い、それに満足したのかザフトは追うことをせず、世界樹から艦隊を引き上げた。
戦力の消耗が向こうも多かった可能性もある。
L1コロニー群は残りの2割が結託して、これ以上の喪失を鑑みプラント及び、連合へと中立宣言を行った。
これは軍事拠点としての機能を失ったL1に対する、理事国の意向が反映されたものだろう。
武装中立に伴い、双方この空間を緩衝地帯として戦力の回復を試みるのだろう。
尤も、俺のその予想は覆る。
戦力の空白化に伴いヴィクトリアに対して、ザフトは降下作戦を行ったからだ。
ちょうどその頃俺は、連合の本部であるアラスカに降下途中であった。
ニアミスで命を落とすところであっただけに、正直ゾッとした。
アラスカの本部に到着後、直にヴィクトリア攻防戦が始まった事を聞いたのだが、俺に出来ることなど殆ど無く忙しなく動き続ける本部役員たちから、形式的な昇進の訓示を頂き次いでに本部の参謀に呼び出しを食らった。
「それで、小官への用とはいったい何でしょうか?」
「大尉、君に是非とも会いたいという人物がいてね、君には拒否権があるが、拒否した場合君はヴィクトリアに派遣される事になるだろう。」
要するに選択の余地は無いと言っているに等しい、尤も彼も嫌嫌言っていることは何となく察せる。
声に張りが無いからな。
「はい、しかしその人物とは民間人でしょうか?」
「おや?誰かから話を聞いたかな?
そうだな一人は記者で、同時にムルタ・アズラエル氏とあって欲しい。」
ムルタ・アズラエル、確か連合の武器・兵器どころか、家電製品に至る殆どを賄っている、財界人だったか?
そんな奴が、どうして俺に……嫌まてよ?
「ブルーコスモス関連ですか?」
「ゔうん、今のは聞かなかった事にしよう。私も、腫れ物には触りたくないのでね。」
この参謀はブルーコスモスにあまり、良い感情を抱いていないか?
単なる環境保護団体だった筈なんだが…?
「沈黙はYESという事で良いのだな?では、君に彼を任せようと思う、幸運を祈る。」
「失礼します。」
……
退室し、外で待っていた案内役にアズラエル氏がいるという部屋まで連れてこられた。
案内されなくとも、何と無く解ったのだがな。
到着すると、モニターで監視されていたのだろう、直ぐに部屋が空いた。
「入ってください?」
温和そうな人物が目の前にいた。
不味そうにティーカップの紅茶を啜る彼、確か現ブルーコスモスの代表でもあった筈だ。
「アナタがアムロ・レイ大尉ですか、噂はかねがね聞き及んでいますよ。
何でも、宇宙の化け物達の兵器、MSとか言ったそれと戦闘をして、尽くを打ち倒したそうじゃないですか。」
「お世辞は結構です。それに、コーディネイターは所詮人類のF1品種に過ぎません。放っておけば、自然とナチュラルに還りますよ、再構築戦争で崩壊寸前まで行った生態系が十数年で自然治癒していったように。
ですから、化け物という言葉は適当では無いと思いますよ?」
俺にプラントに対する意見を聞きたい筈だったんじゃないのか?俺個人としては、この意見だがそんなに険しい顔をしてくれても嫌なんだが。
「化け物は化け物だと僕は思うんですけどね、遺伝子を組み替えた人で無しと。
でも君は、そんな存在すら相手取って一方的な戦い方をしたそうじゃないですか?
まあ、白色の機体とは互角だったと聞いていますけれど。」
「白色の機体か…いや、彼はナチュラルだよ。遺伝子的にはね。」
その言葉に何やら面食らった様子だ、そして同時に破顔し腹を抱えて笑い出した。
「ハッハハハ、いや済まないね。フフ、まさか連中はその事を知らないと?」
「知らないだろうな、あの振る舞いを見るに自分をコーディネイターと偽ってると、俺は思うね。」
「では、私達の裏切り者ですか。しかし、ナチュラル同士で互角で、コーディネイターに対しては貴方は圧倒すると。なんとも喜ばしい事ですね!……っと、興奮して本題を忘れるところでしたよ。
自己紹介遅れました、僕はムルタ・アズラエルといいます。貴方もご存知の通り、アズラエル財閥の御曹司件ブルーコスモスの盟主をやっています。」
にこやかに嬉しそうだ、一応は好印象ってところか?
「地球連合宇宙軍所属のアムロ・レイ大尉だ。今は艦隊と離れてこんなところにいますが、一応はMAのパイロットをしています。
大気圏内でも、戦闘機なら誰にも負けない自信はあります。」
「それは…頼もしいですねぇ。
それでです、本題はブルーコスモスの事ではなく。
連中の使っているMSと我が社が提供しているMAの件についてですが、貴男の報告書が直ぐに我が社に上がってきまして、非常に興味深い内容でした。特に!」
〘未熟なMSパイロットでも、熟練したMAパイロットに勝る。〙
そんな俺の書いた文章が、送られたらしい。どうやらそれに少しお冠のご様子だ。
「現在行われています、ザフトによるヴィクトリアの攻略は上手く行っていないらしいのですが、貴方のこの文ではMAはMSに対抗出来ないと言う解釈ですね?」
「ヴィクトリアは地上戦です。我々には航空支援から、弾道攻撃を行える長距離自走砲隊と近接戦車隊による攻撃が出来ますから、正直に言って多勢に無勢でしょう。
ですが、宇宙ではその論理は通用しない。
基本的に遮蔽物の少ない中、ジャミングと共に現れるMSというものは、MA以上の横転性を持ってして様々な攻撃に対処することが出来る。更に遮蔽物があればその腕と脚でもって、そこに簡単に納まるだろう。
対してMAは、遮蔽物に隠れることは物に激突しに行くに等しいし、直進性ばかりが良く、細かな動きは出来ない。」
それに対する彼の顔はあまり嬉しい物を見せない一方、合理的に物事を考えられるのだろう、流石は財界人と言ったところか?
「決してメビウスは悪い機体ではないですが、想定する戦場があまりにも現実と乖離しすぎた。
もっと言えば、例えばアルテミスの傘の様な強力な防御手段のあるMAなら対処できるでしょうが、その分巨大になって今度は砲撃の良い的になるのがオチだ。」
「でも、それは君の主観だろう?結果はどうあれ、こちらの人口は相手よりも多いではないですか、部隊規模を増やせば。」
「貴方も良く解っていると思いますが、熟練した工員は一朝一夕には出来上らない。それは例えコーディネイターと言えど、戦いが長引けば人員はどんどん減っていく。
物量が維持できなくなってでは遅いと思いますが?」
感心しているな、向こうも考えていたんだろう。だが、金になるかどうか、そこが解らないというところか?それが判断を遅くしているか?
「面白い人ですね、良いでしょう。研究予算を少し計上します、もし連合上層部から依頼があれば、即動く事を約束しますよ。
それと……、どうです?ブルーコスモスに入りませんか?今なら、私という強大なバックボーンが付きますが?」
「MSの研究は上の判断ですからね、それでもいいんじゃないですか?
ブルーコスモスの件は、宣伝とかで勝手に上層部が使うと思いますよ、親派が多いそうですしね。」
恭しく彼は席を立ち上がると、俺に手を伸ばし握手をねだる。
「今後ともご贔屓に。白い流星さん。」
そんな渾名になるのか、しかし流星ね。地に墜ちることは無ければ良いんだが?
そう思いながら、俺は再配属されるだろう月面への切符を見つめた。
「よう!フラガ、ニュース見たかニュース!」
「うん?そんな物よりもだ、こっちのお尻の方をだな。」
プトレマイオス基地の中、パイロット達は常日頃訓練を積み重ね、信頼関係と実績を積み重ねていく。
「あ?初の実戦において敵のザフトの新兵器の数々を討ち取った、初のエース?
白き流星だ?
は、は〜ん。御大層な、ことだねぇ。
全く、ありゃ負け戦だったのにさ、国民はこれで騙せるんだろうなぁ。」
「ま、ニュースはニュースだ。それと、聞いたところによるとな、近々アムロ・レイが俺等のところに配属になるって噂だ。
L1が墜ちたんだ、ここが最前線って事だからゼロパイロットが揃い踏みだな。」
良くないことを、良いように書くのは情報統制の一貫。事実を織り交ぜる分たちが悪い嘘だ。
「それとだ、演習メニューが新しく加わった。今までの数倍の密度だ、レイ大尉が立案した対MS戦術を試すそうだ。」
「一朝一夕で、本当に行けるのかねぇ。今までの方がマシになるって事もあるかもしれないのによ。」
プトレマイオス基地は今日も平和だ、戦争というものは常に戦っている訳では無い。
日常と言う些細な事が内包されているそれに、〘戦い〙が加わるだけなのだ。
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