時間の境界線
黒塗りの車に乗り込み、運転手が運転する姿を見る老人の傍らには白い花束が置いてある。
普段は服が汚れない様にと、従者に持たせているそれを誰にも持たせずに、ヨレヨレの焦げ茶色い安物のスーツに身を任せている。
目的地に到着すると、従者すら連れずただ一人歩み、その場所へ花束を置く。
枯れた花束と新しい花束を置き換えて、片手に持った折り畳みの椅子を使ってそこに座る。
「お前が死んでもう、20年になる。世界は相変わらず傲慢な連中が、さも自分が動かしていると思っている。
私の贖罪の変わりに助けた男、やっと顔が解ったそうだ。皮膚の移植が始まるよ。
戦争になどお前が行くなど考えもしなかった、愛国心だとかそういうものが強かったお前が、私達が始めた戦争で死ぬなんて…。」
男は曇り空を見上げながら、自らの死んだ息子の墓を前に目から雫が墜ちる。
どんなに時間が流れても、雲の動きは変わりなくこれから竜巻が起きる、藤田スケール3の規模だろう。
その雲を見ると、椅子を畳みいそいそと車へ帰った。
月と聞くとどのような場所を思い浮かぶだろうか?
地球の出が見られる場所?
ゴツゴツとした岩だらけ、兎さんの餅つき、蟹がいる等神話とかそういう場所に事欠かないものだ。
では実際どうなのかと言えば、ゴツゴツとした岩だらけなのはそうだが、現在は密閉空間を造ることにより内部に、都市を形成して、人が住めるようになっている。
と言っても、完全に球面全てに住めるというわけでもなく、クレーター等を利用して、比較的隕石が降ってこないような場所に作らなければならない。
そして、ここプトレマイオス基地はそんな居住空間の1つである。
到着して直ぐに、部屋を物色して休憩室に行く。どうやら疲れが溜まっているのだろう、こんなにも紅茶が美味しい。
腰掛けを使うと、どっと身体が重くなる。
「アームロ、いや〜久しぶりだなぁ〜元気してたか〜?」
「あ?なんだ、ムウ・ラ・フラガ少尉か、どうしたんだ?こんなところに。」
休憩中だと言うのに、面倒くさいと言うかテンションがおかしい奴と言うか、まあ嫌いではないやつが来た。
ムウ・ラ・フラガ、俺が親父の生前良く世話になった家の御曹司、尤も没落して久しい家だ。
彼の父親であるアル・ダ・フラガは、屋敷と共に焼死するという、悲惨な最後を遂げている。
「嫌だなぁ〜、俺等の仲でしょうよ〜。っと、真面目な事は良い事だけど偶には息抜きしないとさ!」
「はあ、昔からそうだが、お前はもう少し真剣に物事を見たほうが良いんじゃないのか?」
「俺なりに、真剣に見てはいるさ。ただな、俺の知り合いがさいつの間にか遠い存在になっちまったんだなって、そう思ってさ!」
遠い人間ね、実際実戦の経験の有る無しは意外と人を変えるのかもしれないな。
「例えば?階級か?俺は大尉でお前は少尉、完全に上司と部下の関係だな。だが、軍隊にいるのならそういうものだろう?
ずっと、同じ様な友達でいられるような、そんなものでもないさ。」
「そうじゃなくてぇ〜……、ブルーコスモスに入ったって言うのを聞いてな、お前でもあんな連中と同じ様になるんだと思ってな。そんなに実戦は凄いのかと、そう思ってな。」
なる程な、元々は免疫等の強化以外の否定派の人間が、コーディネイター全てを否定すると思ったのか。
「ま、こうやって実際に話してみたけど、あんま変わってないみたいだし、まあいっかてな。」
「そうかい。そうだ、1つ良いことを教えてやろう、明日から新しいフォーメーションを試す。それとだ、メビウス・ゼロ隊にはかなりスパルタで行くつもりだ、一人でも多く生き残ってもらわないと、俺がここに来た理由が無いからな。」
俺がそう云うと、お手柔らかにと言って手をヒラヒラとさせると何処かに行った。
察しが良いのか悪いのか、それともただ遊んでいるのか、調子の良い男だよフラガは。
待ち人というものが来るというのが、だいたい解っているんだから、メビウス・ゼロのパイロットは総じて何処か似ているのだろう。
「あ、あの。アムロ・レイ大尉……ですよね?」
声が掛け辛いのは承知の上だが、そんな恐怖心がある声で言われると、正直気持ちの良いものでは無いな。
「あぁ、そうだが?俺の部屋の掃除をしてくれたのが、誰かっていうのをこうやって、手紙で記してくるなんて結構面白いね君。」
流石に失礼だと思って、立ち上がり振り向く。ふわりと良い匂いが鼻腔を突くように漂うところを感じ、育ちの良さが現れているのだろう。
何よりも、少し気が強そうなそんな雰囲気を感じる。
「………、綺麗だな」
「えっ…?」
お世辞にも無く口から出てしまった、実際彼女は可愛いというよりは綺麗というのが、一番適当な言葉だろう。
肩口までの伸びた、金髪はまるで錦糸の様に風に靡くだろう、月という低重力化で、1つの所作で動く髪。
吸い込まれるような青い瞳が、俺を真っ直ぐに射抜いて…
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、済まない。少し疲れが出たのかもしれないね、ところで君は?」
胸の膨らみ、きちんとした身のこなしにタイトな士官服。相当に教育が行き届いていて、正に姫騎士と言ったところかな?キチンと敬礼までして。
「申し遅れました、自分はアナスタシア・リシュリュー少尉です。現在、第八艦隊でメビウスのパイロットをしております。
呼びづらければ、どうか〘スターシャ〙とお呼びください!」
「では、スターシャ少尉。何か用事があって、俺を呼びに着たんだろ?要件を聞こうじゃないか。」
平静を装ってはいるが、やはりこの子の中には俺に対するある種の恐怖があるな、何よりたぶんだが。発覚するのを恐れている。
「はい、基地内部を案内しろと基地司令及び、ハルバートン提督より仰せつかりました。」
「そうか、ありがとう。だが、案内されるにしても君みたい綺麗な娘を寄こすという事は、俺はかなり警戒されているのかな?」
「は?何故でしょうか?」
「君はコーディネイターだろ?それに、君の友人が直ぐ近くにいるじゃないか、俺が君に乱暴狼藉でも働くのを警戒しているんだろう。
一応言っておくが、俺はコーディネイターではないし、勿論ブルーコスモスでもないから安心してくれ。」
どうやら少し目を逸らして考えている、図星かな?
「大尉はブルーコスモスではないのですか?」
「別に俺はコーディネイターだとかそう言うのを気にしたことは無いよ、喧嘩したって俺に勝てる奴なんてそうそういないしね。
そう言う意味じゃ、差別なんて考えたことも無いよ。
まあそんな事は後で話そう、長話もする気は無いからな行こうか?提督の下へ。」
俺が後にも先にも勝てなかったのは、親父くらいだったものな。
はい!
という元気な声をして彼女は、俺を先導していく。
その一言には、たぶん喜びとか楽しみだとかそう言う感情が、あるのだと思う。
歩きながら施設の場所等を色々と聞きつつ、彼女の家の話もあった。
元々は、旧フランス貴族の家系でフランス革命の折にイギリスに亡命し、そのままイギリス貴族の仲間入りをした。
再構築戦争では、士官として戦い抜いた軍人の家系だ。
元は貴族なのだからと、様々な習い事をしてそれに嫌気が指して女の身で軍人に、しかも前線で戦うパイロットになった。
といったところだろうか?
「それでですね、私は奴に言ってやったんです。
良いか良く聞け、そんなに私と付き合いたいのなら、私に勝てるような奴になりなさい!って。」
軍人の家系だから、腕っ節もかなりなものだ。
コーディネイターと言えど、免疫系以外の操作はしていないというのだが、かなり顔がいいのだから寄ってくる虫も多いことだろう。
現に歩きながらも、彼女に対する好意の目があちらこちらにある。中には、俺に対する嫉妬もあるが逆恨みも良いところだ。
「ほら、フラガ少尉なんているでしょう?
配属されたばかりの私に対して、ボディタッチとかのセクハラしてきたんですよ?その場で殴ってやりましたよ。」
「確かにセクハラは駄目だね、あいつの悪いところだ。でも、根はいいやつなんだよ、ちょっと軽すぎるけれどね。」
「そう言う大尉は、全然女遊びとかするタイプには見えませんよね。なんていうか、硬派?みたいな感じで。
正直憧れます、大尉はナチュラルなのにコーディネイター相手に互角以上に戦えるんですよね?他の男達も見習えば良いのに。」
なんだろう、悪い気はしないが少しアピールがすぎるというか、好意的なのは良いことなのだろうが、限度ってものがある気がする。まあ、もしかするともしかするのかもしれないが、だからといってこちらから手を出すのはナンセンスだろうか?
「そろそろ到着します、私はもっと大尉とお話したいんですけれど…。
そうだ、転属願いしてみます大尉の部隊に!そしたら、もっと色々と。」
「ほら、ついたんだろう?そろそろ戻らないと、上司に何か言われるんじゃないのかい?」
監視人の視線も然ることながら、これでは目立ち過ぎじゃないのか?
「ゔぅん。ふう、失礼します!
アムロ・レイ大尉をお連れしました!」
「うん、ご苦労。君は下がって良い。
さて、始めましてで良いのかな?アムロ・レイ大尉。
長旅ご苦労、さて掛け給え。」
出ていく間際、彼女は俺にウィンクをしてくる。それに少し口角を上げて答える。
「随分と気に入られた様だね、だいぶ話をしたのではないかね?」
「盗聴してらしたのなら、だいたいの話の内容はご存知かと?それで、俺への話とは?」
「ザフトのMSというものが、如何なものなのかというものを、正面切って戦った者に色々と聞きたくてね、戦闘詳報だけでは足りないと思ったのだよ。ブルーコスモスのアズラエルには話したのだろう?」
「それは、今後の戦争の展開等にも影響してくるから、という但し書きが付くのでしょう?」
俺のその言葉を聞いて、彼は薄く目を凝らす。
「君は人の心が読めるのかね?」
「何と無くと言ったところですよ、ただの勘と言えば良いのでは?尤も、多かれ少なかれガンバレルを操れる者達は、そういう物を持っていますよ。」
「だが君のそれは……高すぎるのではないか?寧ろ、持て余しているのだろう?感知範囲はどの程度なのだ?」
ある程度で持て余しているのなら、親父はどれほどのものだったのだろう?正直言って、薄気味悪い。
「さあ、試したことはありませんが、意識すればかなりあるのでは?」
「君はコーディネイターには負けたことは無いと聞く、戦闘訓練にせよ、身体能力の高いコーディネイターに対して一方的だったと。
では、逆に聞こうそんな君が勝てない相手は、いったい誰なのか。」
「死んだ父ですよ、死ぬまで一度も喧嘩に勝てなかった。」
士官学校に通っていた頃、反抗期と重なった俺は親父と喧嘩して、軍人でもない親父は、俺を一方的に殴り倒した。
盲目な親父が。
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アナスタシア少尉の容姿はZのセイラ・マスです。