戦後の戦争
暗い……暗い…、どうして暗いんだろう。どうして瞼を開けたいのに開かないんだろう?
音が聞こえる、パチパチと何かが弾ける音が聞こえる。ビリビリと何かが震える音が聞こえる。
ドロリと何かが左手に触れた、でもどうしてだろう…右手で何かを触りたいのに、右手の感覚がない。
どうしてだろう?ねぇ、何で痛いの?どうして、火傷したみたいに右腕が痛いの?
「……い…!な…か!い……返…しろ!!
おーい!誰がいないか!いたら返事をしろ!!」
はっきりとした声が聞こえる…
「……っか……こ……い…。」
声が出ない、こんなにも声を出したいのに。声が出ない、まるで何かに押されてるみたいに…私の喉が何かに声が出ない…。
そうだ……、これ……はぐれたときにって貰った笛があったっけ?
感覚のある左手で笛を口まで持っていく、重いなぁ…何かが私の上に乗ってるみたい。
なんだろう……、とっても温かかったのにだんだん冷たくなってるのに…、私どうして涙が出てくるんだろう。
ぴゅ〜〜、ぴゅ〜〜、ぴゅ〜〜。
息を吸うのに合わせて、私の笛から気の抜けた音が聞こえる。
ぴゅ〜〜、ぴゅ〜〜、ぴゅ〜〜……、あぁだんだん眠くなってきちゃった。でも、寝ちゃ駄目な気がする…。
「……おい!いたぞ!!こっちだ!」
誰かがそんな声を出している。
「これは……!奇跡だな、おい!そっちを持て、君声が聞こえるか!聞こえたら、笛を二回…二回鳴らすんだ!」
ぴゅ〜〜、ぴゅ〜〜。
そんな気の抜けた音が響く、いつの間にかビリビリとする音が遠ざかった気がする。
「意識はまだあるんだな、ストラクチャー持って来い!まだ息があ……!!」
なんだか音が聞こえ辛くなってきちゃった…でも、ちょっと目が見える気がする…。お母さん……、お父さん……。お兄ちゃん……、痛い…痛いよ。
私の腕……、右腕が右腕が無くなっちゃってるの、ねぇ皆何処にいるの?
上に乗っていた、温いものが退かされる。やっと重さから解放された、でも物凄く名残惜しいそんな感覚が私にある。
ふわりと何かに乗せられて、私は流れていく景色を眺めている。
空はこんなにも蒼いのに、どうして雨が降るんだろう。どうして、私の目から涙が流れてくるんだろう…。
私が……私が……わがままを言ったから、止まったからあの轟音と地響きとが近付いてきて、それで…お兄ちゃんは私の携帯を取りに行って……。
「お兄ちゃん………。」
目の端にお父さんとお母さんが映る、二人共眠ってる。真っ赤になって、わからないくらいに。
お兄ちゃんも……、何処に
私の目に映る、赤い盾……、狼の絵が描いてある…。
ズズーンという音が聞こえる、青い翼をした天使が空を舞っている。
それをなんともなしにぼーっと見ているうちに、記憶が途切れた。
………
その後、私はまる二日生と死の境を彷徨い、18日に目を覚ましたという。
目を覚ました私は野戦病院にいてそこには、〘MSF〙と言うアルファベット〘赤い人を模したのシンボルマーク〙を胸に抱いたお医者さん達。
〘Blue Cosmos〙と書かれたシャツを着たボランティアの人や様々な食器等の道具が、私を出迎えた。
そして、眼の前で起こった出来事が全て夢ではないと、衝撃を受けた私の心は限界を感じて、三日三晩泣き続けた。
周囲には私と同じように親を殺された子供や、老人達。身体が何処か欠損した人々が並んで横たわっている。
そんな人達に泣き腫らした私は、どこか関係のない人であるように思うようになっていった。
悲しいという感情が希薄になってしまったのは、この頃だろうか。それ以来、私は1度たりとも泣いたことがない。
それどころか、言葉遣いも変わってしまったという。
私は私の家の近所に住んでいた人が、生きていた事を知って安堵し、家族の事を聞いた。
彼等も家族を喪ったりしたという、私は内心〘へぇ、そうなんだ〙と無感情に聞いていた。そんな時に言われたのだ、〘君はもっと、幼い感じだったのに〙と。
私は私を護るために、大人になるしかなかったのかもしれない。そんな頭は達観し、汎ゆる物事に対して無感情になってしまった私は、代償に兄の顔も声も忘れてしまっていた。
どれだけ思い出そうとも、写真を見ても顔だけが認識出来ない。
顔の輪郭を覚えていないとか、そういうものじゃない。それを兄と認識出来なくなってしまっていたのだ。
病院の人にその事を話すと、極度の緊張から私が防御反応として脳がそうやって勝手に処理をしているという。
家族の事を思い出せなくても、〘別にどうだって良い〙
思い返して家族が返ってくるのか?そんな冗談な事、ある訳ないじゃないか。
私は一人になってしまったのだと改めて思いながら、今度は私を救った人の事を聞いた。
数日後、私の目の前に現れた人は首から一眼レフカメラを吊り下げ、無精髭と探検家のような格好をした初老の男がそこにいた。
その人に私は聞いた。
「私の家族はどうなっていたのですか?どんな状態でしたか?正直に教えて頂けませんか?」
と、そんな口調で言ったことを覚えている。それを聞いた男性は目を大きく見開いて、私の事を哀れな目で見始めたのだ。
10歳かどうかという女の子が、そんな声を出して現状を聞くことに、男性はたぶん心が壊れたと思ったんだろう。
実際、私の心は既に壊れている。
両親を失い家族を失った私の心は泣きつかれた時、その時に壊れたのだろう。
「君のご両親は……、四肢を失い…、内臓が……飛び散って四散していた。
正直…、君が生きていたのだって奇跡だったんだ、あんな…あんな砲撃の後だ、判るだろう?」
「そうですね、私の右腕を引き千切ったんですからそうなりますよね…。父は私を庇って私の上で死んでいた、違いますか?」
「そうだ……、君の親戚は何か心当たりはないかい?」
親戚なんて私の家の近くに住んでいたくらいだから、たぶん両親と同じ仕事に付いていたんだろう。
今頃、きっと良い肥料になっているに違いない。
「無い、皆死んでると思う。ねぇ、これから私どうすれば良いと思う?」
大人は子供がそんな事を聞いたらきっと見捨てられないんじゃないかしら、だって今の私正直に言って可哀想だから。
だからきっと孤児院とかそういうのを、紹介してくれるかもしれない。
我ながら悪どい子供だ、こんな子供誰が可愛いものか。
男の紹介でマルキオという僧侶が私を訪ねてくると、私はその男に連れられてアカツキ島へと行くことになった。
CE71年6月の私の記憶だ。
………
『CE73年3月10日、連合・プラント間の2年に渡る戦争に終止符が打たれてから1年が経過しました。現在でも、世界中で様々な民族紛争等が起きていますが、世界の経済状況は戦前と同水準まで回復しました。
また、功労者であるNJCの受け渡しを行ったマルキオ導師はこのことに対して、〘平和が続くことを願っていますとコメントしています。〙
しかしながら、表面化しているプラントと連合の問題点とその関係は未だに冷え切っており、余談を許さない状況です。』
興奮気味なキャスターの声を、私はぼ〜っとTVで見ながら寛いでいる。難しい話し、私の両親を殺した戦争が終わって1年。私は今も孤児院にいる。
「続きまして、数日程前L2宙域へと移動を完了した世界樹と、秘密裏に建設されていました、月面裏の都市群が地球連合へと独立宣言を行いました。
現在、連合内部で協議を開き現時点での帰属権を話し合っています。
首謀者であるムルタ・アズラエル氏以下ブルーコスモスの幹部は財産等を所持し、月面都市連合体〘ハンザ同盟〙への参画を発表。
これにより連合との緊張感が続く見通しとなっており…。」
「マ〜ユちゃ〜ん!マ〜ユちゃん、もう。またこんなところにいた、ねぇみんなと一緒に遊ぼうよ!」
「う〜ん、良いよ。TVつまらないし、なにするの?」
私よりも小さいながら、私に気を遣って呼びかけに来てくれる。私は、失った右腕の変わりの義手を付けて外へと出かける仕度をする。
「えぇ〜、忘れちゃったの?今日は、ラクスお姉ちゃんとニコルお兄ちゃんが来てくれる日だよ?皆、お歌とピアノ楽しみにしてるの!!」
あぁ、そんな事もあったなぁ。二月に1度の訪問の日だ。
ラクス・クラインという前回の戦争の元凶の1人である、シーゲル・クラインの娘。
それと同じく、ニコル・アマルフィというプラントの要人の息子が私達の孤児院に来る日だ。
二人は世界を廻って、様々な避難民などに娯楽の提供と寄付をして回っているという、そのくらいしか接点のない人達だ。
私は別に恨みなんかしない、そんな事しても無駄だから。でも罪滅ぼしで、人に施しをして満足しようと考えているんじゃないか、とかそういう無駄なことを考えてしまう。
近くの広場に集まる客を余所に、孤児院の子供たちを中心に触れ合っていく二人。
対してニュースの中に映る二人にその取り巻き達の浅ましさと言ったらなんとも、お忍びで来てるのにどうしてこう噂は立つんだろうね。
「それで、影武者達がこうやってニュースになっているのに、よくこうやって私達のところに来れますね。」
私の直ぐ側にやって来たニコルさんに、そうやって声を掛ける。
「君はラクスと遊ばなくてもいいの?」
「遊びたくなんてありませんから、正直こうやって見ているだけのほうが気が楽です。
それに…、右腕で触ったところで温もりは直ぐに消えちゃうので。」
自然な人の感触を模倣した義手は、とても精巧に作られていて人の目にはこれが義手だってわからないと思う。
でも、私はこんな腕で彼女に触れたくない。だって、殴ってしまいそうだから。
どんなに良い顔をしても、私が我慢できなきゃ最悪の結末になる。
「義手……デスよね、じゃあ僕と同じですね。もっとも、僕の義足は自業自得の賜物ですが。」
「義足だったんですか…?ニュースではそんな事何も書いていなかったんですけれど。」
そう聞くと、見せてくれた。大腿部の膝下から綺麗さっぱり、私と同じ質感の脚になっている事を、同じような人にはあまり触れないようにしていただけに、それに少し戸惑う。
「昔……、と言っても戦争に参加していまして。撃墜されたんですよ、その時バッサリと。見つけられたときは奇跡だったみたいで、もし少し遅れていれば死んでいたと。
僕は自業自得でこうなりましたが、マユちゃんは違うみたいですけど……。
すいませんね、嫌なことを思い出させるような。」
「良いんです、1年経ってもう現実は受け入れていますから。でも、恨んでいますよ?あの時、もっと早くオーブが負けていれば両親だって死なずに済んだかもしれないって。
でも、今度はそれはそれでプラントから攻撃されるかもしれない、昔のオーブはもうどうしようもない状態だって。」
恨んだって仕方がない、もしお兄ちゃんが何処かで生きていたら、その時は私と同じ結論に辿り着いてるかな?
「それより!ちょっと聞きたいんですけど、ニコルさんはラクスさんにいつ告白するんですか?」
「え?いやいやいや、僕とラクスはそんな関係じゃないですよ、そうですね……、パートナーって言うと誤解があるかもしれないですし…、バディ?とでも言いましょうか、ですから。」
思いっきり嘘なんだろう、だって顔赤いし。でも、難しいんだろうな、コーディネイター間には子供が作りづらいって言うし、それに。
「それに、今の僕はプラントと少し距離を置いていますから、彼女と事を構えるのは遠慮したいんです。」
そんなことを言ってズルズルとこの関係が壊れるのが嫌なだけなんじゃ無いだろうか?
「ふぅん、そう。あぁ〜あ、キラさんとフレイさん同い年なんですよね?あの2人、いっつも来るとイチャイチャしてるんですよ?それくらい図太くなってくれれば、私も心配しないんですけど。」
アハハハ、と苦笑いしながらも何処か悔いのないようなその声に私は少し訝しみを覚えた。
静寂に包まれる宇宙の中を、俺の
争い事は好きではないが、自分で進む道を選択したのなら、それを行う義務が発生する。
例えそれが、目の前の出来事で人が死ぬかもしれないとしても、前に進めなければならない。
「船団は見つかったか?」
「いいえ、まだ見つかっていません。しかし、まさか本当にアズラエル理事が我々に合流するとは、夢にも思いませんでしたな。」
月の裏は、唯一地球から観測出来ない地点だ。
そこに居城を構えるとすれば、こうなることは必然なのかもしれない。地球は俺達に対して警戒心を抱く、するとプラントへの牽制も兼ねた警戒もしなければならないから、必然的に三角関係の対立になる。
「そろそろいると思うんだがな。一応連合と敵対する気兼ねでやってるんだ、連合の艦隊くらい出てくるだろうな。」
そろそろだろう、相手を落としたくはないんだがな。
「MS隊発進準備、方位このまま全艦速力2割加速せよ。第3種戦闘配備、これは演習ではない。繰り返す、これは演習ではない。」
ぐっと少しだけ身体が寄せられる。
「ラウ・ラ少佐に繋げろ。」
艦長席なんて居心地が良いだけで退屈な場所だ、正直彼が羨ましい限りだよ。
「どうかしたかな、提督。こちらはいつでも出撃の準備は出来ているが。」
「こちらから方位を通達する、その方位に向け飛んだあと隠密行動を開始せよ。
連合艦隊との通信が失敗した場合、こちらの制宙圏に入ったと断定次第、船団の保護を優先に交戦権を出す。小隊で対処しろ。」
「了解した、では。」
「どうしてあの方角に?」
若い管制官だ、彼はまだ実戦経験が浅いな。
「敵と保護対象がいるからだ。」
「ラウ・ラ隊、発艦を始めます。」
艦橋から僅かに見えるカタパルトから、デルタプラスが四機発艦していく。
「メガ粒子砲、砲門開け。いつでも射撃できるようにしておけ。」
予想出来ていたことだ、戦争になる事は出来る限り避けたいが、相手が強硬派でないことを祈りたいな。
彼等の出撃から30分程経った頃か、やっと艦が敵を認識した。
「望遠映像出します…船籍…、アズラエル氏個人所有のコーネリアス級です。
それと、後方に未承認の艦隊、1個戦隊の6隻を確認。船籍ありません。
物理攻撃は確認出来ていませんが、電子戦を行っていると思われます。」
「設定宙域まで、後どのくらいかかる?」
「侵入まで残り18分、どうします?」
「ラウ・ラ隊の現状位置を出せ。」
頃合いか、敵もこちらを視認した頃だろう。
「通信回線を開け、相手とコンタクトを取る。船籍がないんだ、叩き潰しても良いがまずは意思を聞こうじゃないか。」
連合に幾つかある特殊部隊指揮下の艦隊か、十中八九ロゴスの部下だろうな。アズラエルを追うならそういう奴等だ、だが何故沈めない?何かあるのか?