目を包帯で覆った男は病室を移され、陽の光の当たるそれなりに広い部屋は、それに似合わず物が殆ど床に置いていない。
もっと言えば、そこかしこに緩衝材を思わせるものが貼り付けてあって、段差のない部屋だ。
「アムロ・レイさん、お加減はどうですか?」
アムロ・レイと呼ばれた男は、声のした方を確かに見ながら、その医者の声に反応してそちらに歩いていく。
「加減は良いと思うよ、目が見えない以外は。
やっとリハビリにも慣れてきたことだしね。
ただ、不満を言うとすればこの部屋なんだが、俺は別に普通の病室でも良いんだが?」
「そういう訳には行けません、そうやって自分がさも健常者であるように歩いて見せているとしても、貴方は眼球を失っているのです。
それに、そうやって自分を偽っているのは辛くないんですか?」
男はその声に対して少し眉間に皴をよせる、どうやらそれに対して少し不満があるようだ。
「別に無理をしているつもりはないんだが、無くなってしまったものはしょうがないじゃないか、おかしいか?」
「だって、普通の患者さんは悲観的になるものですよ?」
男は現状にめげることも無く、ただ現状を受け止め、逆に現状を楽しんでいるようだった。
バンっ!という音ともに机が叩かれ、手元にタブレットを持つ彼女スターシャは、まるで激昂するように言い放った。
「おかしいじゃ無いですか!中立国を巻き込む様なこんな非道をしながら、どうして中立を保とうとするんですか!」
彼女は俺等の中では最年少で、お嬢様という事も相まって外の世界をあまり知らない。
「別におかしい事じゃ無いよ、恐らくだが甚大な被害故に戦争をする余裕すら無いんだろう。」
彼女のその激昂も解らないものじゃない、実際プラントがやった行為は地球全体に対して甚大な被害を及ぼし、寒冷地に住まう人々は軒並み暖を取る術を失って、総計で10億という途方もない被害を出した。
親父に聞いた戦争よりはまだマシなのかもしれないが、それでもその出血は経済力の乏しい地域には致死量だろう。
「ま、お嬢様の言っていることも解らなくもないけどよ、俺達大西洋連邦だって、南米合州国に似たような事したんだから、人のこと言えないぜ?」
被害の総計はどうであれ、結局人というものは何処にいても変わらないという事でも有り、新人類を自称する一部のプラント住民は結局のところ人だと言う証左だ。
「それは……そうですけれど、でもこれは」
確かにやり過ぎではある。戦争というものは当事者間で成立しなければ、レフェリーがいなくなったらどこまでも続く可能性すらある。
いや、もしその現状こそが望ましいという存在があるのだとすれば、それは人類悪とすら言えるだろう。
「それに、私達は迎撃する事も出来たんじゃないですか?だって、戦闘だって威力偵察くらいで、私達が出撃すれば今回だって。」
「艦隊保全主義ってやつだったか?戦略上は確かに正しいけどよ。それで戦争に勝てるんかね?
それに、せっかく保全した戦力を上はヤキンですり減らしちまったしさ。たぶん、次はここを狙われるぜ?」
そうだろうな、実際月の裏側のローレンツ・クレーターに基地建設が開始されたと言うし、近々来るだろう。
「その為に俺はここにいるんだ、全員で生きて戦争を切り抜ける為にな。」
その言葉とは裏腹に、俺には嫌な予感があった。
そしてそれは、現実となる。
……
「敵艦隊が集結しているだと!?」
第五第六艦隊のヤキン・ドゥーエ攻略の失敗に伴い、戦力の拡充を行っていた最中、ザフトは突然動きを開始した。
確かに、人口の少ないプラントは電撃戦を仕掛けなければ、連合へ勝利することは難しいだろう。
そして、艦隊の損失は確かにそれにうってつけの好機だ。
「既にエンデュミオンクレーターに向けて侵攻を開始したと思われます。
既に第三艦隊が出撃し、迎撃行動を開始したとのことですが、敵の戦力は同等数で、劣勢が予想されます。
ハルバートン提督以下、第八艦隊はこれに対して援軍として出撃せよとのことです。」
第三艦隊の動きが速すぎる、速いのは良い事だがこれは妙だな。だが、思案している時間も惜しいか。
第三艦隊は俺の手で訓練した選りすぐりが、異動の名目でいる筈だ、そうそう落ちたりはしないはずだ。
「了解した、直ちに艦へ移乗する!」
急ぎ急行したいと言っても、半舷休息であった艦隊が出向するのは非常にゆったりしているもので、俺が出港したときにエンデュミオンクレーターでは、既に戦闘が始まっていた。
苛立ちの中、ヒヨッコ部隊員ばかりの第八艦隊を見た俺は辟易しつつも、現状の戦力でのやりくりを思案した。
そして、1つの決断を下す。
「予備パーツとブースターベットはあるか?」
格納庫へ行くと機体の調整をしている整備員に声を掛ける。
もしも間に合うのなら、戦術的な意味合いは無いであろうが、一人でも生き残らせる為にはこれしか無いかもしれない。
私達の艦隊がエンデュミオンクレーターに到着した頃、敵もまた艦隊が到着したばかりという頃合いだった。
クレーター中央部を中心に幾重も配された防衛戦と、360度の警戒網は役に立っているのか解らない程、ザフトは戦力を投入してきた。
聞いていた通りにザフトのMSという機動兵器は、単独運用を前提として作られていたのだろう、単騎で突っ込んできては包囲されて、集団に揉みくちゃにされて、ボロ雑巾のようになっていく。
私の目に映る光景は、その時はまだ良かったのだが最悪の事態が起きていた。
「守備隊のMAは何やってるの!どんだけトロクサイのよ、これじゃあまるでただの虫採りじゃない!」
基地守備隊の機体は私達の様な動きができない、それどころか逃げ惑い私達の射線に入っては邪魔をする。
食い破られる様に、私達は徐々に押されていくのだ。
一機また一機と、味方はどんどん減らされていく。
私達の部隊も、それに釣られていくように段々と被弾が増え、遂に撃墜される者が現れる。
ノーマルだけでなく、ゼロもその例外ではない。
悔しさと歯痒さに、苛立ちが募る中私は一瞬だけ声を聞いた。
「裏切り者め!」
雑音混じりの中それでもはっきりと、私の機体に目掛けてその言葉を発したのは理解できた。
そして、私に対して言うという事は私のパーソナルナンバーを知っていることになる、つまり私達の事をリークしたスパイがいるのだ。
私はそれに無性に腹が立って、言葉を発していた。
「誰がそうさせた!」
推進剤は既にイエローゾーンに入った、でもここで引けば母艦は沈められ、皆が死ぬ。
なんとか堪えなければ、堪えなければという私の思考はまた隙を創る、焦りは禁物であるのに。
「あっ!」
目の前にいきなりジンが現れ、私に肉薄する。ゆっくりとこちらに銃を向けるのが見える、不味い動かないと…
動け、動け……動け!
人は自分が危機的状況になった時、火事場の馬鹿力とか言う肉体のリミッターを解除する事があるらしい。
もしも、それが今私に起きているのならそれが、私を救ったのだろう。
クリアになった視界、自らの反応に対して肉体は追従し、1射を超絶的な反応速度で回避する事が出来た。
でも、あの人のようなスレスレの動きなど出来ない、機体は大きくブレる。それでも、当たるよりはマシだ。
推進剤がレッドゾーンに入る寸前、追ってくる敵は頭上から押し潰れる様に、射抜かれた。
突然の出来事に、自分がまだ生きている事に安堵をする暇すら無く、その降って湧いてきた軌跡を無意識に目で追う。
一筋の光が横切り、こちらに猛烈な速度で向かってきている。
そして、私の眼の前を横切った。
「本当に……どうやって当てたのよ。」
白い機体に特徴的な、ユニコーンのエンブレム。
本人は嫌だと言っていた、プロパガンダの為に付けられたその様式美は、今の私にとっては救世主のように見えた。
「後10分持ち堪えろ!そうすれば第八艦隊が到着する、MA隊の指揮官は誰か!」
「現在前線指揮は、統制が取れていません。
フラガ中尉が、白いMSと交戦中!」
私は咄嗟にそう答えた、戦線はまだ崩壊していない。それでも、ジリジリと押されていくのだ、そんな中に飛び込んできた彼は、命知らずなのだろう。
「アムロ・レイ大尉だ、聞こえているMA隊は一時撤退し、送ったデータの地点まで後退しろ!
繰り返す!」
喋りながらも、その機敏な動きで敵のMSの推進機を破壊し、態々敵に見せびらかすように放置する。
藻掻き苦しむ様は見ていて滑稽だが、そういう戦術はある意味で正解だ。
「アナスタシア少尉、帰還せよ。」
私の所属する艦隊からの通信が回復し、その声に私はどっと疲労が身体を包み込む感覚を覚える。
「解りました、帰投します。」
私が所属するアガメムノン級に帰投中、私達とは少し離れたところから、艦砲射撃をする艦隊が見えた。
アレが数週間前所属していた第八艦隊だというのを、実感した。
帰投して初めて自分の機体の外観を見ると、至る所に弾痕があって落ちていないのが不思議なぐらいだ。
メビウスは多少の被弾には強いという評判だったのだが、こういう事なのかというのが一目で解った。
艦内というものが自然と何処か安心できるような、そんな意味の無い安心感でどうすると、自分に言い聞かせる。
格納庫の喧騒は居心地の良いものでは無いけれど、そんな彼等も戦況を聞いては、彼の戦果に湧く。
英雄が来てくれた、それだけでも彼等の心は温まるのだろうか?
悪化していた戦況は、第八艦隊の出現というザフトの想定外の事態によって、宇宙において初の戦略上の勝利という結果を私達に齎す。
エンデュミオン基地の基地機能の損失という代償を払う勝利。
後にグリマルディ戦線と言われたこの一連の戦闘は、コーディネイターのナチュラルに対する優位性というものに、疑問を投げかける1手となった。
これによって、月面上での地球連合の地盤は盤石なものとなり、逆にプラントは、地球と月の両面からの睨みを警戒するようになる。
それでもこれは、戦争の序章に過ぎなかった。
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