【急募】TS美少女が呪術界で生き残る方法   作:うぇいうぇい

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完結記念です(大遅刻)
続いちゃったんだなぁクォレが……


呪い呪われ、廻り廻って

 

 

 きっかけは二度あった…………

 

 

 ○ ✕ △ □

 

 

 生まれながらの復讐者。

 人類に対する絶対悪。

 

 俺という呪いの生き方は、脇道に逸れる余裕の無い一本道だった。可能性があったとしても、それを選択する気など微塵もなかった。

 

 ……そのはずだったのだ。

 

「おーい、ご飯できたぞ」

「難波の……いつから来ていた?」

「家に上がり込んだ事ぐらい気付いてくんね?」

 

 賀茂式子は、一本道しか無かった俺の生き方に割り込んできて、道を歪ませたのだ。

 

 裏梅ですら、俺の道に沿って歩くのみだったというのに。

 

「裏梅も一緒に食おうぜ」

「いえ、宿儺様と同じ席に着くなど……」

「構わん。そこに座るといい」

「なんとっ……有難きお言葉です。それでは、お隣、失礼つかまつります」

 

 三人で食卓を囲むこの時を、俺は何よりも好いていた。

 復讐者でありながら、人としての喜びを教えられたからだ。

 

『みんなで囲む飯がいっちゃん美味い』

 

 そう言い笑う、誰よりも自由な少女に俺は魅せられていた。

 

 五臓六腑は呪えと雄叫びを上げるが、この笑顔を前にすると、その生き方を一時でも忘れてしまう。

 

「宿儺は、大人になったら何がしたい?」

「……妙な事を聞く。俺のやる事は変わらん。気の赴くままに人里に繰り出し、鏖殺するだけだ」

「いや、えぇ……? なんかこう、日本を旅をして、色んな美味い飯を食べ歩くとか、未知の食材を求めて全国津々浦々とか、もっと夢のある話しようぜ」

 

 食は、自分にとっての喜びそのものだった。

 人を喰らい、その文化を喰らう呪いにとって、料理は最も喰らうに値するものだ。人間が生きる為の行為への冒涜があるからこそ、呪いを宿した俺の術式が、あんな風になっているのだろう。

 

「人間が、料理っていう文化を生み出した。文化は人の営みによってしか生まれない。皆殺しにしたら、料理なんて食べれなくなる」

「……ならば料理人のみを残せばいいだろう」

「そもそも、人を無闇に殺すなって話なんだよ……食材を取ってくれたり、作ってくれる人も必要だろ? 俺達が何気なく食ってる米も、八十八の工程があるって言われてるぐらい、手間暇が掛かるんだ。他の食材にも、こうして料理として並ぶまでに、途方もない汗と涙の結晶が詰まってる」

 

 まじまじと白米を眺める。

 いつも食べている主食にも、そこまでの価値があるものなのか。今一つ理解に苦しむな。

 

「しかも、これはオレがしっかり白米にまで精米して、研いで、釜も特注して、炊く時の水の量は一ヶ月かけて最適解を見つけて、火加減までしっかり見てる。ここまでしても、味も食感も納得いかないんだけどな……」

「この出来でもか?」

 

 少なくとも、俺が食ってきた中で一番美味いと言える米は、難波のが炊く白米だけだった。

 これを帝にでも献上しようものなら、瞬く間に名を馳せるだろうに。

 

「生憎、それ以上を食ってきて、舌が肥えてるんだ」

「ほう、それは気になるな。俺にも食わせろ」

「宿儺にも食べて欲しいんだけど、時代が悪くてな……あと千年、なんとか待てないもんかな」

 

 煙に巻いているようにも聞こえたが、その言葉の裏に、一塵の嘘も感じられなかった。

 

「……気が遠くなるな。言っておくが、俺はそこまで我慢強くないぞ」

「ま、百姓でも雇って、三十年くらいでなんとかやってみるよ。それまでお前も長生きしてくれよ?」

「俺が死ぬと思うのか?」

「そりゃ人なんだから、いつかは死ぬだろ」

 

 さも当然の様に言い切った。

 この俺が人だというのか。腕は四本で、腹にも口がある。

 

 異形の鬼神。それが故の、両面宿儺という名だ。

 母親の腹を割いて産まれてきた、人から外れた呪いそのもの。

 

「……難波の。お前は俺を、人間風情と同じと捉えるのか?」

「そうだなあ……肉体があって、感情と理性がある。それだけで、人間の要件は十分だと思ってる。世の中には、生まれながら手足が無い人間も、二人の身体がくっついた人間だっているんだぞ。幾ら呪力が膨大で、手や口が多くても、宿儺はオレ達と同じ人そのものだ」

 

 呪いか、人か。

 悩んだ事は無い。自分は呪いだと思って生きてきた。

 

 それが揺らぎ始めた。

 

「一応聞くけど、裏梅はどう思いたいの?」

「私は、宿儺様に至上の喜びを差し上げるのみ。ですが、畏れながら……私や式子と共に過ごしているこの時間だけは、何も呪う事の無いまま、ただ貴方様に笑っていて欲しいと……ハッ!? なんと差し出がましい発言を……! この裏梅、如何様な沙汰も受け容れる所存です」

「構わん。貴重な意見だった」

「有難き言葉にございます……っ」

 

 裏梅の、喜びとも悲しみとも取れるような懇願に、自分の存する意味は何だったのかと、今一度問い始めた。

 

 腹を食い破り生まれ、忌みものとして人に呪詛を吐かれながら過ごした幼少。

 どうやって生きてきたのかも忘れた。人というものを憎みながらも、異能の力によって父母を失った裏梅を拾い、村の離れで共に暮らしていた。

 

 その時、当主の名代で俺に会いに来たというシキと出会った。

 

『なら、オレの家に来いよ。丁度メシを作る所だったんだ』

『……俺の姿を恐れないのか?』

『恐いって言うほどじゃないな。話が通じるんなら、オレにとっちゃ物の怪でもなんでもないよ』

 

 俺の姿を見て、それでも笑顔で話しかけられる人間がいる事が不思議だった。

 

 シキとの出会いが、俺の生に意味を与えた。

 美味い飯を食らう楽しみを。そして、それを共有する喜びを。

 

 だが、それが長く続く事は無かった。

 

「────宿儺様っ!! 奴が、シキが賀茂家にッ」

「落ち着け、裏梅。何があったか順に話せ」

 

 賀茂朝臣、難波分家の長女、賀茂式子を呪詛師と認定し、発見し次第極刑に処す……その報せを聞いて、俺は屋敷を飛び出した。

 

 迎え撃たんと迫る呪術師どもを斬り捨て、その先で俺は見た。

 

 白髪の呪術師が、シキを蹂躙する様を。

 

 半身が弾け飛び、片腕を失い、胸に大きく風穴を空けた彼女を拾い上げると、喉が微かに震えていた。

 

「……すくな……お前の、なまえ……考えたよ」

「黙っていろッ! 反転術式の操作が乱れる!」

 

 焼け石に水である事は、とうに分かっていた。

 反転術式を出力して治せる傷ではない。そもそも、生存に特化しているはずのシキの術式が作用していない時点で、生き残る確率は皆無だ。

 

 その時、掠れた声を聞き取った。

 

「……母さんの、みょうじ……知ってる、よな……それに……ひとを、たすける……って、書いて……」

 

 いつだったか。

 シキは、俺に本来の名前が無いことを知って、不遜にもこう言ったのだ。

 

『じゃあ、オレが名前を付けてやる。名前ってのはアイデンティティーなんだ。自分と他人を区別する証。お前だけの、とっておきの名前を考えてやるよ』

 

 そんな口約束、とうに忘れられていると思っていた。

 

 どうでもいいと、俺も突っ撥ねたというのに、最後の最期まで、シキは律儀に約束を守ろうとした。

 

「────虎杖(いたどり)祐仁(ゆうじ)。お前は……呪いなんかじゃ、ない。オレの……大事な、友達なんだ……」

 

 名前を付ける。

 その行為に、どれだけの意味があると思っているのか。

 

 両面宿儺という通称は、あくまで仮の名。便利だから使っているに過ぎず、真にそうだと認めた訳ではない。

 だが、一瞬でもそれを認めてしまえば、それを捨て去る機会は二度と訪れない。

 

 名は体を表す。名に籠められた意味は、何らかの影響をもたらすものだ。

 

 だと言うのに、此奴と来たら……

 

「ああ……そうだ、ごめん……オレ、お前に、美味いご飯、作るって……約束……」

「どうでもいい……! 今更どうでもいいだろう、そんな事は! お前は、俺達と共に来ればそれで────!」

 

 もう、俺の声は聞こえていないのか。

 シキの声も次第にか細くなり、呼吸の音だけが、はっきりと聞こえるのみ。

 

 どうにもできない苛立ちが、頭を支配していく。

 

 力を強めてしまうのを、なんとか自制しながら、何と言っているのか確かめようとシキの口に近付いた。

 

 その時だった。

 シキが、俺の頭をさらりと撫で、その指をやがて頬に添わせ、親指で目許に触れてきた。

 

「代わりに、オレの体……全部ゆうじに、あげるから……」

 

 

 

 ────だから、泣かないで

 

 

 

 すとん、と力無く腕が落ちた。

 

 僅かな呼吸音も無くなり、体の重みが増したような気がした。

 

 ……人であれ。

 

 呪いとして生きてきた俺には、その願望は呪詛のようなものだった。

 

 だが、そうと望んだ者は、既に息絶えている。

 縛りでもなければ、それを守ってやる義理も無いというのに。

 

 シキの腕をもぎ取り、歯を突き立てる。

 

 甘露にも等しいはずの友の血肉は、これまでで最悪の味がした。

 だが、それを囓る口は止まらない。錆び付いた鉄器のような臭いと、歯を跳ね返すような気味の悪い食感、雑食特有の臭みが混ざり、到底食えたものではない。

 

 俺の舌や鼻がおかしくなったのではない。何も、変わりはしない。

 

 その味を捉える俺の感覚が、狂わされていた。

 まるで、並の人のように。

 

「…………ハッ。ハハッ、クハハッ」

 

 俺の知らない感情が湧いてくる。不愉快な感情だ。

 この眼が初めて、物を見る以外の使われ方をした。滲みゆく視界も、不愉快極まりない。

 

「クハッ、ハッ……」

 

 呪いに呪いを掛ければ、人だとでも言うのか。笑わせてくれる。

 

「身の丈に合う生き方をしたと思ってきた。その結果が、これか……」

 

 呪いに、誰かを愛する資格は無い。

 愛は呪いになり得るが、それは不可逆なものだ。呪いは呪いであり、どこまで行こうと愛に成ることはない。

 

「……『捌』」

 

 シキの髪を一房斬り、それを懐にしまう。

 もう、心残りは無い。

 

 もうこれ以上、誰にも、シキを弄ばせてはたまるものか。

 

「『竈』──『開』」

 

 魂に刻まれた虎杖祐仁の名は、捨て去る事能わず。

 だが、名乗らなければ、それはもう死んだようなものだ。

 

 人としての虎杖祐仁は、今この時をもって、生まれたと同時に死に絶えた。

 俺は呪いとして、シキを弑した全てに災いを齎す。

 

 燃え上がる友を背に、俺は誓った。

 

「鏖殺だ。貴様らがシキを……俺達を拒絶するというのなら、手ずから全て、無に帰してやろう」

 

 今度こそ、俺の身の丈に合う生き方を。

 人を呪い殺し、虐げたもの全てに復讐を果たす。

 

 ……強く、そう誓った。

 

 

 ○ ✕ △ □

 

 

 手始めに、シキの息の根を止めたあの白髪の術師を追い掛けた。

 

 術式に派手さは無いものの、生存能力に長けたシキの術式を破った点からして油断ならない相手だったが、ソレは想像を遥かに超えていた。

 

「誰かと思えばその異形の姿、君が両面宿儺って奴か。五条家当主の僕に勝負を挑もうとは、いい度胸をしている」

 

 五条家。その名前と術式は知っている。無限を操るという、訳の分からん術式なのだと。

 

 実際、俺の術式はヤツに通用しなかった。斬撃がまるで到達しない。包丁が岩肌には喰い込まないように、断ち切る所を想像できなかった。

 

「そんな有象無象の術式で僕に勝てるとでも? 無下限呪術は、この世で最も高貴な術式でね。才能も術式も無い君は、そもそも僕と並ぶに相応しくないんだよね。もう顔も見せないでくれよ」

 

 生き恥を晒したのも、これが初めてだった。半殺しにされ、見逃される……呪い殺すと決めた相手への、あまりに屈辱的な敗北。

 

「宿儺様……」

「報いを受けさせてやろう。……必ずだ」

「私は今回の誅殺に関わった者を、調べ上げて参ります」

「ああ。任せた」

 

 あの男を殺す為、俺は方法を練った。

 胡散臭いシキの師、羂索に会い、無下限を突破する糸口を探した。

 

「勿論、無下限を殺す最善の手は、自分の領域に入れることだろうね。でも、今代も結界術の才能は計り知れない。それを破りうる、理論段階の結界があるけれど、未だにそれを成功させた事が無いから私もお手上げさ」

「ほう、理論段階だと?」

「名付けるなら、『閉じない領域』。結界たらしめる外殻を持たず、外と内を分断しない代わりに、術式と効果範囲を引き上げられるというものでね。結界の押し合いに真っ向から刃向かえる、唯一の手だよ」

「……字面で聞くに、そう難しいものではなさそうだが」

「そうだね……君は、屏風に描かれているような倭絵を、屏風も無しに空や大地に描けるかい? これは、そういう次元の話なんだ」

 

 俺とて、必要最低限の呪術の扱い方は知っている。

 だが、それではヤツに勝てん。必要以上を求め、様々な知識を求め、鍛錬を重ねた。

 

 数年の月日を費やし、確実に閉じない領域を展開できるまでの強さを手に入れた頃、ヤツは俺を殺しにやって来た。

 

 だが、閉じない領域に引きずり込めば、ヤツは勝手に肉塊になった。

 敵討ちにしては、つまらん最期と言えた。その足のまま、情報を持った裏梅と共に賀茂家を滅ぼし、陰陽寮の上層部を壊滅させ、帝直下を名乗る塵芥の寄せ集めを片付けると、両面宿儺の名は日本中に広がった。

 

 帝すら平伏し、祀り上げられる程になった頃には、ただ虚しさしか残っていなかった。

 

「ふふっ。貴方の初恋は、既に誰かに取られてしまっているようね」

「…………貴様もよく懲りずに来るものだな、万」

「私は恋する相手にしのぶような、淑やかな女性ではなくてよ?」

 

 この女と話すのも、もう何度目となるか。

 あまりに諦めが悪く、こちらが斬りつけようが付いてくるものの、下手な真似をしてくる訳でもなく、特に構いもしなかったため放置にしている。

 

 だが、此奴の話は、何故か妙に耳に残る。

 恋愛など、微塵にも興味が無いというのに。

 

「賀茂式子の話は、私もよく耳にしていたの。頭脳は明晰にして眉目秀麗、街を歩けば万の男を振り向かせ魅力し、小野小町の再来とも謳われていたわ。しかし、浮ついた話の一つも無く、どんな美男にも靡かず、なんと帝のお声にも断りを入れたそう……噂では、愛する人が居たとさえ言われているわね」

「……なぜ、その話をする」

「あら。宿儺の巫女は、くずれの弾き語りが一つとして人気なのよ? 里の鬼神の生贄となった良家の巫女、式子が捧げるはずの相手である鬼神に惹かれるお話」

 

 すると、術式で琵琶を作り出し、弾き語りを始めた。

 

 どこから突っ込めば良いのやら。そもそも、シキは生贄の巫女などではない。俺と裏梅を拾い、屋敷に住まわせた変わり者の女だった。

 

 ただ、どちらの最期も、俺を危惧した存在による誅殺。

 ハッ……何をしようとも、行き着く先は変わらんという事なのか。

 

「九割九分九厘違うな」

「そうなの?」

「ああ……」

 

 酒が回って、興が乗ったのだろう。あの日々を思い出しながら、語りのあれが違うこれが違うと、間違いを指摘していた。普段の俺ならば、話題にすら上げようとしないだろうに。

 

『そう言えば、両面宿儺って本名?』

『そんな訳があるか。俺に名など無い。……いや、あったのかも知れんが、とうに忘れたな。両面宿儺が、俺を表す唯一の呼び名だ』

『うわ、それはすまん。オレ、ずっと宿儺って名前なのかと勘違いしてた』

『気にするな。呼び名があればそれでいいだろう』

『はぁ? 良い訳無いだろ』

 

 アイツが生きていれば、人として生きる道を歩く選択も、あったのだろうか。

 

「他の女の前で、惚気話を聞かせるなんて宿儺も人が悪いこと。私が付け入る隙すら一厘たりともくれないじゃない」

「…………」

「でも、愛を背負って、事を為す人は大好きよ。愛が人を突き動かす力は、この世で最も確かなものだから」

「……戯けが」

 

 愛とは何か。

 万の言葉が、無限にも反芻し、その度にシキの顔を思い出した。

 

 アイツが俺に人間の愛を与えたというのなら、俺はどうすればいい。

 返し方も分からない。返す相手もいない。行き場の無い激情が、容易く破壊の衝動に変わった。

 

 そうして残ったのは、ただ果てしない虚しさだけ。

 為すべき事も分からず、戯れに鏖殺を繰り返した。

 

 やがて何十年か経ち、何もする気が起きなくなった。

 人の悲鳴は耳障りに。人の肉にかつての甘美な味わいを見出す事も無くなった。

 

 季節は移ろうが、俺の日々は決して移ろう事が無い。

 だが、死ぬ気も起きない。まるで、この世にしがみつく理由が在るかの様だった。

 

 変わらず俺の傍に控えている裏梅に、ある時問いかけた。

 

「なぁ、裏梅……俺の生きる理由はなんだ? 俺は、一体何を求めているというのだ」

「……であれば、少々お待ち下されば」

 

 裏梅は、食事を持ってきた。

 根本から人間と異なる俺は、食事を必要としない身体をしている。生まれた時より、堪らえようのない飢えに苛まれようと、死ぬ事はこの身の呪いが否定した。

 

 だから、シキを失い、その復讐に明け暮れた頃から、裏梅に食事を頼んだ事は一度も無かった。飢えさえも超越した激情が、俺を駆り立てていた。

 

 ……何はともあれ、今は食事だ。もう、俺を煩わせるものは何もない。

 

 箸を持とうとすると、脳裏に薄らと記憶が掠める。

 

『待て待て宿儺、ご飯を食べる時は〝頂きます〟をしてからだ。食べるのが好きなら、食事に関わる人やものに敬意を払うのがスジだろ?』

 

 呪いのように、染み付いた言葉。あの屋敷で身に付けた習慣は、未だ色褪せる事なく。

 

 すべき事をしたというのに、お前の存在だけが頭から離れない。

 全てを俺に押し付け、押し付けるだけして死んでいった。

 

 何よりも煩わしいものは、もう、遠く手の届かない所へと行ってしまったのだ。

 

「…………頂き、ます」

 

 合掌して、煙が昇る白米に口を入れる。

 

 咀嚼すると、その味わいに懐かしさを覚えた。

 程よい噛み応えと粘り気。しっかりとした甘みと雑味がある、シキの作る独特の米の風味。

 

「……裏梅、これをお前が作ったのか」

「はい。昔の屋敷に、シキが残していた指南書がありました。百姓を雇い、品種改良なる秘法を実践し、三十年ほどかけて生み出した米を、シキのやり方で炊いたものです」

「三十年……」

「下準備にかなりの時間を要しましたが、これも全ては宿儺様の喜びの為でございます」

 

 噛み締める度に、長らく忘れていた食事の喜びを思い出す。

 だからこそ、惜しい。この場に居たのならと、そんな事ばかりを考える。

 

 身の丈以上の願いだ。俺は呪いであり、人だ。そのどちらをしても届かぬものを願ったとて、叶うはずは無かった。

 

「裏梅、お前も自分の分を用意してこい」

「はいっ! ふふ、宿儺様と夕餉……」

 

 そんな折だ。

 羂索が訪ねたのは。

 

 暇でも持て余しているのか、年に一回は俺の所を訪れるが、どうも世間話をしに来る空気感を伴っていなかった。 

 

「大体千年くらい後に、私は世界を呪いで満たす予定でね。これを達成する為には、その時代の六眼を排除する必要がある。算段はついているんだけど、やはり鬼門と言わざるを得ない」

「……要領を得んな。俺に何をさせるつもりだ?」

「単刀直入に言うと、君を呪物化した上で、千年後に受肉させる」

 

 死滅回游、などという大結界に、全世界の人間を用いて作る呪霊。いかにもこの狂人がやりそうな、壮大に阿呆らしい計画だった。

 

 鼻で笑ってやると、羂索はまあまあと宥め、良いこともあると力説してきた。

 

「千年後の世界、それはもう珍味で溢れかえっている事だろう。常に飢えを抱えた君とっては、素晴らしい食の宝庫になっているはずだよ」

「……そうだろうな」

「それだけでは、気乗りしないかい?」

 

 千年経ったとて、この心の渇きが満たされる事はないだろう。

 俺にとって欠けているものは、ただ一人の友のみ。

 

 高望みである事は分かっている。俺がどう望もうと、決して叶わぬ願いだ。だが、俺には……

 

「──人の魂は、輪廻を繰り返す」

「生憎だが、仏の教えに耳を貸す気は無い」

「いや、そうじゃなくてね。強力な呪霊が輪廻転生を繰り返してるのなら、呪力の一種とも言える魂もまた、廻るんじゃないかと思ってるんだ」

 

 そもそも、前提の呪霊の輪廻転生については初耳だが。

 斬ってやろうかと殺気を向けると、羂索は肩を竦めて解説しだした。

 

「私が確認した中だと、火炎の術式を持つ特級呪霊かな。大地、特に火山への畏怖から生まれたこの呪霊は、百年くらい前に一度祓われたんだけど、平安に入ってからも似たような奴が現れて、大層苦労したそうだよ」

「……それとこれとは別の呪霊では無いのか?」

「いや、これがどうも同じみたいでね。百年前のが残した呪物に宿った呪力と、平安の火山呪霊の呪力が完全に一致した。他にも数例確認しているけど、どんな呪霊……それがたとえ蝿頭であっても、呪力の質はそれぞれ異なる。それが異なる世代で、双子のように一致していたのには驚かされた」

 

 それが、人にも同様に起こり得ると。

 原理は分かった。だが、それで納得できるほど、俺もこの人間を信用していなかった。

 

「ならば、俺にも前世とやらの記憶があって然るべきだろう」

「いやいや、私にだって無いよ。勿論、彼らにも前世の記憶がきちんと残っている訳じゃない。言動はそっくりだったり、覚えの無い記憶が朧気に残ってるぐらいでね」

「……そんなつまらん話をする為に来たのなら、今すぐ出ていけ」

「でも、シキの魂だ。向上心があり、型にとらわれない考えを好み、思いやりと人情に満ち、家に逆らってでも君との友誼を取る選択を続けた、穢れなき魂には変わりない」

 

 奴の顔には、僅かばかりの敵意が滲んでいた。

 曲がりなりにも、弟子を持った師という訳か。この狂人にそこまでの形相をさせるとは、どこまで人を誑せば気が済むのか。

 

 ……分かっている。俺がシキを殺したようなものだ。俺に関わらなければ、きっとこうはなりはしなかった。

 

 だが、この俺を形作ったのは裏梅やシキとの記憶だ。

 それを、否定されてたまるものか。

 

「何度記憶が消えたって、私は一から、彼女との関係をやり直すよ」

「俺の前でそれを言うか。魂のみとはいえ、シキの存在の一片でも取られるのは癪に障る。千年後には、俺が貰い受けよう」

「強気だね。まあもっとも、人魂の輪廻に関しては、確証の無い賭けみたいなものだ。……それでも構わないのなら、私の手を取るといいさ」

 

 コレを信ずるに値するかは別としても、今の世に俺の存在する意味は見出せない。

 千年後にも無ければ、俺はそれまでだったというだけの話だ。

 

「それと、裏梅も連れて行く。これが条件だ」

「それくらいなら、お安い御用だとも」

 

 魂を指の分だけ分け、奴に委ねた。

 

 己の生得領域で、悠久にも等しい時の中、ただ奴の事だけを考え続ける。

 

 お前は俺に、何をさせようとしたのだ。

 

 人になった俺に、何を求めていた。

 

 なあ、シキ。

 お前は、何がしたかったんだ……────

 

 

 

 

 

 

 ○ ✕ △ □

 

 

『小僧、上だ』

「あっ……ぶねぇっ!!」

 

 この小僧の中で意識を確立した時、何の因果だと嗤ったものだ。

 

 虎杖悠仁。

 俺を喰らい、その力を身に宿した器。

 

 十中八九、この小僧の出生には羂索が関わっていると見ていい。

 俺が奴に話す道理など無いが、奴に限って偶然の一致を起こすなど有り得ん。入念に仕組み、布石を花開かせる事が得意なのだから、俺の名前もどこぞで知られたと見るべきか。

 

『……仁に悠きものと、仁を祐くものか。クハッ、つくづくお前は道化だな』

「なんかよく分っかんねぇけど、とりあえず助けてくんね!? このままじゃ、一緒に地獄行きになっちまうぞ、宿儺!」

『興が乗った。小僧、お前に俺の力を貸し与えてやろう』

 

 木っ端の特級呪霊程度に苦戦するなど話にもならんが、呪力を引き出して一月も無い凡夫にそれを求めるのも、酷な話ではあるな。

 

『まずは手本だ。身体を俺に明け渡せ』

「お、おう!」

 

 力ばかりの眠たい攻撃を躱しつつ、手刀を作り、千年ぶりにその名を詠んだ。 

 

「────『解』」

 

 呪霊の半身がずれ込む。右と左に分かたれるが……腐っても特級と認定されるだけはあるようだ。再生を始め、やがて一体となる。

 

「とはいえ、俺の指を取り込んでおきながら、この程度とはな……分を弁えろ、低級」

 

 棒立ちの俺に、呪霊が喧しい叫びを上げて殴りかかってくる。

 呪霊だというのに、呪力の使い方もままならんとはな。つくづく笑わせてくれる。

 

 二本の指で拳を受け止め、するりと撫で上げる。

 

「────『捌』」

 

 腕に亀裂が刻まれ、砕け散る。

 問題無く術式が行使できる。取り込んだ本数こそ少ないが、魂の本体がこの身体に宿った時点で、刻まれたか。

 

『感覚は掴んだな?』

「多分。なんか、いける気がする」

 

 身体を明け渡し、高みの見物と洒落込む。

 

 俺の呪力操作の技術を、奴は半分も模倣できていない。

 だが、その以前よりも淀みなく呪力を廻したことで、術式は正常に発動した。

 

「いっせーの──『捌』っ!!」

 

 打撃と共に、呪霊の胸に一線が引かれる。

 だが、所詮は包丁の握り方も知らん初心者か。術式の行使には成功したが、切り込む角度も、刃の引き方も粗末の一言だ。

 

 傷を再生され、小僧が蹴り飛ばされた。

 まさに無様の一言よな。

 

「っだぁ、この……!」

『それ、まだ終わりには早いぞ?』

 

 とはいえ、この呪力の礫を軽々躱してみせるあたり、素の身体能力は俺にも比肩している。化けるのは目に見えているな。

 

 そんな小僧を相手にしていれば、この特級もそう長くは持つまい。

 

 それより、やはり気掛かりなのは…………

 

『件の宿儺の器というのは、彼なのですね』

 

 呪術の教育機関で出会った、あの女。

 女らしい口調に違和感こそ覚えるが、その見た目、魂の輝きに、呪力……全て覚えがある。

 

 加茂式那。

 見る限り、その力量は前世の頃より遥かに上だろう。

 

 虎杖悠仁の件といい、恐らく羂索の根回しがあるに違いないが、奴の輪廻転生説の正しさは検められた。

 

 ……シキ。

 

 今度は、俺が必ず────

 

「これで────『解』呪完了、ってな!!」

 

 手刀から放たれた刃が、呪霊の頭を落とす。

 びくりと跳ねるが、奴にもう呪力は残っていない。粉微塵となって消え去り、後には俺の指が残された。

 

「っし、なんとか倒せた〜〜……あんがとな、宿儺」

『借り物の力でしか倒せんとは、所詮は小僧だな』

「辛辣〜! でも間違ってねぇ」

 

 その場に胡座をかいて座り、やけに落ち着いた様子で虚空を見つめる。

 

「……俺、結構強いと思ってたんだ。喧嘩も負けなしだったし」

『…………』

「でも、俺は弱かった。伏黒も釘崎も、守りきれなかった。……断言するよ。お前が居なかったら、俺は確実に負けてた」

『だろうな。俺の気まぐれに救われた、ただの弱者。それがオマエだ、小僧』

 

 これは、呪術師として大成するだろう。だが、それは今じゃない。

 今はただの弱者。俺に守られるだけの、有象無象とさして変わりはしない。

 

『弱い者が負ける。強い者が勝つ。痴呆者でも解るごく自然な摂理だ。弱い者が他者を守れる道理がどこにある』

「──だからさ、強くなるよ、俺。強くなって、爺ちゃんの言ってたみたいに、手の届く範囲は守ってみせる」

 

 ……ああ、この小僧とは、つくづく相容れない。

 

 まるで、俺を見透かしているようで、本当に気味が悪かった。

 

『できるものなら、やってみるがいい。そうしてオマエが折れていく様を眺めるのも、一時の余興にはなるだろうな』

「うわ、性根腐ってんなー……」

 

 だが一方で、虎杖悠仁の行く末を見たいとも思った。

 シキを思わせる、呆れるほど眩い輝きが、この世界に何をもたらすのか。

 

 シキを手に入れるまでの余興として、眺めるのも悪くはない。

 

『せいぜい俺を愉しませてみせろ、虎杖悠仁』

「えー? いや無理。宿儺って、お笑いの審査員とかやったら問答無用で全部0点付けそうだし」

『…………『龍鱗』『反発』『番いの流星』』

「え、ちょ、何詠唱しようとしてんの!? ステイステイ、今度背脂ギットギトの濃厚豚骨醤油ラーメン食わせてやるから! あと今ならハー○ンダッツも付ける!』

『ほう? 言ったな小僧。もし契りを違えたら、その時は────』

「わ、分かった、分かったつうの! お、俺のなけなしの金ぇ……!」

 

 呪いは、呪いらしく。

 人を呪い、不幸に陥れるのが呪いだというのなら、今の俺は、誰よりも呪いらしくあるのだろう。

 

『ケヒヒヒッ! やはり、俺の見立ては間違っていなかったようだな?』

「チキショ〜〜、いつかぜってぇ祓ってやる!」

 

 

 ……そうだな。

 

 お前の言った通り、この世も存外、悪くなさそうだ。

 

 

 




なお次回更新未定(迫真)

問 宿儺味方ルートにおけるラスボスを答えよ(参考程度)

  • 【曇らせ成分100%】加茂式那
  • 【絶望】全日本国民呪霊化&羂索
  • 【再起の特級】夏油傑
  • 【ナニカサレタヨウダ】五条悟
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