cal. 作:オタクは末端冷え性
箸休め(自分の)
整合性など度外視のオリジナルです、読まなくても本編に影響ありません。
『Events:Valentine Of Love』
「立ちっぱなしで脚が痛い……」
「遅くまで練習されてましたもんね、音夢先輩」
今日はバレンタインデー。
世の男子学生は「どうせ」と絶望しつつも、心のどこかで一縷の望みを抱きながら、今日という一日を過ごす。
しかも今年は週始めの月曜日ということでチョコの準備、それこそ手作りのチョコを作る時間的余裕もあった。
「ミハルが音夢先輩にバレるとまずいからって、わざとエネルギー切れさせられるとは思ってませんでしたよ」
「容姿は誤魔化せても、ふとした拍子にミハルは~なんて言おうモノなら、ややこしいことになるだろ」
音夢さんから「手作りチョコの作り方を」と懇願され、快く引き受けたものの場所が我が家しかなかった。
なのでミハルに事情を説明し、本当に申し訳ないと思いながらも事前にエネルギー切れを引き起こし活動を停止してもらっていた。
「それで、どんな感じだったんですか?」
「まあ……まあかな」
「すごく微妙そうな顔してますよ」
「三枚くらいオブラート重ねてる」
音夢さんの料理センスが壊滅的なのはもはや仕方ないにしても、モノが完成する確率はなんと驚異の五割。
呪いでもかかってんじゃないか、あの人。
「それじゃあ俺はそろそろ学園に行くけど、ミハルも作るのか?」
「モチロンですよ!立派なチョコバナナパフェを作ってみせます!」
「そうか。まあミハルのだし楽しみにしてる」
「はい!腕によりをかけて作りますから」
────────
「よっ、瞬木」
俺が教室に着いて少しすると、工藤が鞄を持ったままこちらにやってくる。
しかし工藤にしてはいつもより随分と早い気がする。
「おはよう、なんか早くないか?」
「今日はちょっとな。遅いと通学中大変だから」
「成る程」
足止めされ続けるってことか。
モテるヤツは大変だな。
「食べきれなくて処理に困ったら手伝ってやるよ」
「馬鹿言え、オレが貰ったものはオレが食べないと失礼だろ」
「カロリー凄いけど?」
「……そんなこと言うヤツはモテないぞ」
「同性なら問題ないと思うが」
わざとらしく肩をすくめてみせると、工藤は途端に女の子らしく頬を膨らませる。
「酷いよ瞬木君、私だって気にしてるのに」
「素が出てるぞ」
「出してるんです。もう……」
こほんっ、と咳払いを入れて普段通りの雰囲気に戻る工藤。
「でもやっぱりオレが貰ったものは、オレが食べないと可哀想じゃないか」
「それはそうだ。食べきれなかったお前の方が悪者だろうよ」
「いいよなお前は。甘いもの好きでいつも食べてるのに全然体型変わってないし」
「相応に消費してるんだよ」
半目でこちらを見る工藤。
すまない、俺はカロリーを消費する魔法を知っててな。
「俺はお前の方が羨ましいよ。そんな大勢からチョコを貰ってみたいもんだ」
「瞬木ってそんなに貰えてなかったか?」
「配られるチョコはあっても俺宛のチョコってのは、よほどの物好きじゃなきゃ渡してこないな」
「人を物好き呼ばわりするなよ」
工藤の持ってた鞄から、綺麗にラッピングされた紺色ものが取り出されて、机の上に置かれる。
「ほら、念願のチョコだ」
「……驚いたな。まさかお前から渡されるとは思ってなかった」
「別におかしくはないだろ。最近は友達にチョコを渡すのなんて当たり前なんだから」
そう言いながらも視線は横に泳いでおり、指で掻いているその頬はほんのり染まっている。
「じゃあありがたく頂戴する。けど……これもしかして手作りだったりする?」
「ただの友チョコにそんな手間かける訳無いだろ。店で包んでもらったんだよ」
「ふむ……そうか」
「それじゃあ」と自分の机に戻っていく工藤を見送り、机に置かれたチョコを見る。
これ、昨日音夢さんが持ってきたラッピングペーパーの中に同じやつあったんだよな。
……ま、中身は分からんか。
────────
しばらくして教室が賑わってきた頃合いに、純一が教室に入ってきてすぐさまこちらに距離を詰めてくる。
「おい瞬木」
「なに」
「大丈夫なんだよな?」
「なにが」
「信じていいんだよな?!」
「いやなにが」
肩を掴まれ、ぐわんぐわんと前後に振ってくる純一。
その後ろから音夢さんが笑顔でこちらに歩いてくる。
「もう、兄さんったら。瞬木くんが困ってますよ」
「いや俺の方が困る、困ってるんだ。聞きたくないけど聞かなきゃいけないことがあるんだッ!」
「どんだけ必死なんだよ」
「昨日一日付き合ったお前なら、必死になる理由も何を言ってるかも分かるだろ!」
「大丈夫だよ、ちゃんと出来てた。ね、音夢さん」
「そうですよ。そんなに怯えなくてもいいじゃないですか」
「そうか、お前がそう言うなら安心しても……いやまだ……」
安心しろ、分の悪い賭けじゃない。
五分だが。
「おにいちゃーん!」
「ほら、さくらさんが呼んでるぞ。いい加減肩を揺するの止めてくれ」
「あぁ、さくらはさくらでなに渡してくるか分からん……なぜ俺はこんなに怯えなくちゃいけないんだ……」
「BIGはイヤだ……」と呟きながら、さくらさんが待っている廊下に重い足取りで向かう純一。
贅沢な悩みだな。
「もう渡したの?」
「いえ、帰ってから渡すつもりです」
成る程、家ならアフターケアもバッチリだな。
「これ、瞬木くんには先に渡しておきますね」
そう言って音夢さんの鞄から取り出される小袋。
透明なラッピングの中に、チョコが三つほど入っているのが確認できる。
「瞬木くんにはお世話になりましたから、出来合いのものではなく、ちゃんと手作りをお渡ししたかったんです」
「ははは、嬉しいなァ」
出来合いのでよかったのになぁ……
「じゃあ私はさくらを引き剥がしに行くので失礼しますね」
こちらに背を向けて廊下に向かっていく音夢さん。
それと入れ違うように杉並が寄ってくる。
「ほう。同志はもう戦利品を一つ手に入れたようだな」
「いや……なんならお前にあげたい……けど、責任から逃げる訳にも……」
「ただのチョコレートではないか。なにをそこまで怯えている?」
「素材は同じ筈だから確率は50%……いや、一つ一つに何かを仕込ませている可能性もあるか?そしたら50%を三回も……?」
「なんの話をしているのだ貴様は」
人が戦慄している様を見て、杉並は呆れるような溜め息を吐いた。
────────
授業の合間、休み時間。
次の授業の準備をして飲み物を買いに廊下に出ると、さくらさんと胡ノ宮さんが話している。
「あっ、あっきー!」
「おはようございます、瞬木様」
「おはよう」
挨拶だけして横を通ろうとしたら、さくらさんが回り込んで道を塞いでくる。
「ストップあっきー、丁度あっきーを呼びに行くところだったんだよ」
「俺を?」
「丁度今、さくら様と私でチョコレートを交換しておりまして。瞬木様にもお渡ししたいと思っていたんです」
「……俺に?」
純一だけならまだしも、俺にまで渡すのか。
さくらさんはともかく胡ノ宮さんから貰えるとかマジか。
「あっきーは甘いもの好きなんだよね?」
「まあ、自負してるくらいには好きだな」
「じゃあはい!Present for you♪」
さくらさんから黄色の可愛らしい包装がされた正方形のものを受け取る。
「あっきーのチョコ、たくさん義理と人情を詰め込んだんだよ!」
「人情はともかく、義理が詰め込まれてるって言われるのなんか切ないな」
「え?覚悟とか優しさが詰まったものが義理チョコでしょ?」
「あながち間違いとも言えないのがなんとも」
そういやこの人、時代劇好きだって言ってたな。
隣で聞いてる胡ノ宮さんも苦笑いしている。
「私からもこちらを。受け取って頂けると嬉しいです」
そう言って手渡される藤色のラッピングに包まれたチョコ。
「ありがとう。まさか胡ノ宮さんから貰えるなんて」
「瞬木様には大変お世話になっておりますから。私の数少ない殿方の友人ということで」
まあ義理であるのは分かりきってはいるが、それでも貰えるのは嬉しいな。
「純一には渡せたの?」
「い、いえ、緊張してしまってまだ……」
「もう、そんなんじゃお兄ちゃんは受け取ってくれないよ?」
頬を赤くして強張っている胡ノ宮さんを、さくらさんが焚き付けて背中を押す。
「胡ノ宮さんからなら、きっと喜んで貰うと思うよアイツ」
「そうそう!環ちゃんはもっと自信を持たなきゃ!」
「そう、ですね。頑張ってお渡ししてきます」
拳を握って小さく気合いを入れた胡ノ宮さんが、教室に入っていくのを二人で見守る。
「さくらさんはいいの?」
「はにゃ?」
「一応、恋敵みたいなもんじゃない?」
「んー」
人差し指を唇に当て、考えるような素振りをみせるさくらさん。
「もちろんお兄ちゃんにはボクを選んで欲しいけど、それはお兄ちゃんが決めることだから」
胡ノ宮さんが入っていった教室のドアを見ながら、普段と違い落ち着いていてどこか大人びた声音で彼女は語る。
「チャンスは誰しもにあっていいと思うんだ」
「たとえそれで望まぬ結果になっても?」
「……うん。それに」
いつもの声、可愛らしい笑顔で。
「環ちゃんは、ボクの大事な友達だからね!」
どれだけ時間が経っても、やはりこの人には焦がれてしまうほどの眩しさがある。
────────
さて昼飯はどうするか。
学園中で甘ったるい匂いがするし、鍋をご馳走になるのもいいな。
「あ、せんぱーい!」
屋上に向かおうと階段を上がろうとしたところで、下の階段から声がかかる。
「どうした美春……と、月城さん?」
「こんにちは……」
ブンブンと手を振る美春の後ろで、小さくお辞儀をする月城さん。
二人が階段を上がってきたので、俺は階段にかけていた足を下ろす。
「今先輩の教室に行くところだったんですよ!」
「月城さんと?」
「はい!ほら月城さん、今ですよ」
美春は月城さんの後ろに回り込んで静観の構えをとっており、前に出された月城さんは、その白い肌が分かりやすく色づいている。
「あの、これ……」
そう言って月城さんがおそるおそる手渡してきたのは、シンプルな白い包装の薄く四角い箱。
「もしかしてチョコ?」
俺が聞くと月城さんは、こくんと頷く。
「いっぱい、お世話になったから……」
言われるほど何かをした覚えは無いんだけどな。
「ありがとう。大事に食べるよ」
こくん、と。
月城さんは再び頷くと、隠れるように美春の後ろに下がってしまった。
変わって前に出た美春は、持っていた鞄から薄緑のリボンでラッピングされたモノを両手で差し出してくる。
「よかったですね、先輩!これは美春からです!」
「お前もくれるのか、ありがとな」
「もちろん!いつも仲良くしてくれる先輩にはちゃんとお礼をと思いまして。バナナチップをチョコで包んだ美春のお手製チョコですよ!」
「お前はブレないな。まあ美味しそうだし、日頃のタックル代ということにしておこう」
「後で感想聞かせてくださいね。それじゃあ美春たちはお友だちとチョコパーティーがあるので失礼します!」
「おう、月城さんもありがとな」
「はい……失礼、します」
風のように階段を下りて去っていく美春と、きちんとお辞儀してから美春を追いかけていく月城さん。
チョコを渡すためだけに来たのか。
どうやら今年は随分と運がいいらしい。
取り敢えず貰ったものをしまいに、一度教室に戻るとしよう。
────────
「こうも甘いものばっかりだと、しょっぱいものが身体に染みるわね」
「お前随分貰って配ってしてたもんな。それ全部貰ったやつ?」
「そ。食後のデザートついでにね」
「眞子ちゃんは人気者ですからね~」
二月の冬空の下、三人でよく煮えている塩鍋をつつく。
あつあつの豆腐がうまい。
「瞬木は貰えたの?チョコ」
「んー、まあいくつかね。十割義理だろうけど」
「いいじゃない。貰えないよりマシでしょ?」
「貰えない方がよかったものもあったがな……」
「瞬木くんも、人気者なんですね~」
「人気なんですかねぇ」
誰かのついでで貰ってるようなものだし、あんまりそういう自覚はないが。
「はい、これ。あんたにあげる」
不意に眞子から渡される浅葱色のラッピング。
「マジか、俺にもくれるのか」
「なんにも貰えてなかったら可哀想だと思って。まあそんな心配は無用だったみたいだけど」
「いや普通に嬉しいけど、お前これ全員のにラッピングしてんの?」
「してる人もいれば、してない人もいるわよ。あんただけじゃないから安心しなさい」
それでもラッピングしてるものをくれるあたり、なんとも言い様のない幸福感がある。
「それじゃあ、私からもこちらを~」
萌さんからは藍色のラッピングが。
「いつも眞子ちゃんと仲良くしてくれてありがとうございます」
「いえいえそんな、俺だって気が合うからよくつるんでるだけですよ」
「つるんでるって言われると、あんたたちと括られてるみたいでなんかヤね」
「立派なツッコミ担当だろ」
「願い下げよ」
淡々と鍋を食べながら流れるようなドッジボール。
これで喜んでいいのか萌さん。
「私も眞子ちゃんも、一緒に鍋を囲めて嬉しいんですよ?だからこれからも、食べに来てくださいね」
「勿論。こちらこそよろしくお願いします」
ニコニコ笑顔の萌さんと、感心がないようなフリをしてちゃんと意識はしてる眞子。
いい姉妹してるなぁと思いつつ食べる鍋は身体に沁みる。
「それじゃあシメにうどん入れちゃいましょうか」
「俺マジで鍋食えて幸せだよ」
「感謝なさい」
────────
「悪かったね、運んで貰っちゃって」
「なにが悪いですか。誰かを犠牲にするつもり満々だったでしょうに」
教室に戻る途中、明らかに誰かを待ち伏せしてるような暦先生の前を通ったら、気がついたときには荷物持ちをさせられていた。
職員室に荷物を届け、現在付近の自販機前。
「ちょっと寝不足で重いもの持ちたくなくてさ。ほら、奢ってあげるから好きなの選びなよ」
「あー、じゃあブラックで」
「うん?瞬木ブラックは好きじゃないって言ってなかったっけ?」
「今日はなんの日ですか」
「なるほどね」
ガコンッ、と吐き出されたブラック缶を暦先生がこちらに投げる。
先生はそのまま続けて同じブラックのボタンを押す。
「なんだ、瞬木も隅に置けないね」
「なんかよく分かんないですけど、明日あたり轢かれても仕方ないかなってくらい運が良くてですね」
「別に偶然って訳でもないだろう?容姿も頭も悪くない、変わっちゃいるが人をそこそこ思いやれて常識も知ってる」
「色々過大評価じゃないですかね。常識も知ってるだけで遵守出来てる自信はないですし」
「そういう自覚があるなら十分だよ」
出てきたブラック缶をその場で開けて口をつける先生。
「あたしがあと何年か若かったら相手にしたんだけどねぇ」
「学生の頃の先生ですか。模範的な優等生か、振りきれた問題児のどっちだったんですか?」
「優等生に決まってるだろ。ちゃんと表では先生方の言い付けを守ってたからね」
「裏は?」
「好き放題」
「俺じゃ荷が重いっすね」
杉並に眞子のパワーが加わったようなもんかな。
生態系の頂点。
「そういえば、もういった?」
「何がです?」
「その様子じゃまだみたいだね、なんでもないよ」
ブラック缶をぐいっと飲み干すと、脇にあるゴミ箱に缶が放られる。
「あたしは次の準備があるからもう行くよ、瞬木も早く戻んな」
「そうします。あとこれって先生からのチョコだと思った方がいいですか?」
「はあ?」
「いや、お返し用意するべきかどうかと」
怪訝な顔をした先生だったが、吹き出して首を横に振る。
「あたしにはいいから、他の子に良いモン返してやんなよ」
手を雑に振って去っていく先生。
あの人もモテたんじゃなかろうか、主に女子に。
────────
放課後。
ホームルームが終わってお手洗いに行き、教室に戻ろうとすると、教室の方向から鞄を持ったななこが歩いてくる。
「よ、ななこ」
「あ、瞬木くん。よかった、まだ下校してなかったんですね」
ほっと胸を撫で下ろすように息をつくななこ。
「どした?もう皆帰り始めてる頃合いだと思うけど」
「これを瞬木くんに渡したかったんですけど、教室にいなかったので」
さっと鞄から取り出されたのは蓬色のラッピング。
「くれるのか?」
「はい。あんまり味は期待しないで欲しいですけど」
「もしかして手作り?」
「男の子は手作りの方が嬉しいのかなと思いまして」
「上手にできませんでしたけど」と、ななこは照れくさそうに笑っているが、その心意気が嬉しい。
「別に出来合いだからどうのとか言うつもりは全くないけど、やっぱり手作りってのは嬉しいもんだよ」
気持ちがこもってるからね。
味より気持ちが大事……いやほんのちょっと味も大事かもしれない。
「ありがとう、ちゃんと嬉しいよ」
「そう、ですか。なら頑張ってみた甲斐があったかな……」
やはり恥ずかしかったのか、「それでは!」と走り去っていくななこ。
俺がチョコをもって教室に入ると、既に誰もいない。
「ん?」
皆、妙に帰るのが早いなと思いながら自分の席に戻ると、机の上にポツンと何かが置いてある。
桜色のラッピングに、『瞬木へ』とだけ書かれた白い紙。
宛先が俺だから俺ので間違いないんだろうが、誰からだろう。
女子で俺を瞬木って呼ぶのなんて、眞子くらいしか……
「……まさかな」
なんとなくあいつの顔がよぎって笑みが溢れてくる。
どうやって用意したんだよ、まったく。
取り敢えず受け取っておくが……霊にお返しってどうしたらいいんだろうな。
────────
「なにしてるんだ?こんなとこで」
「あや、瞬木さん」
すぐに家に帰らず、桜公園で本日限定のクレープを食べて歩いていると、ピンクのクマがベンチで寛いでいるのを見かける。
その手には同じクレープが大事そうに握られている。
「紫さんもこれ目当てで?」
「いいえ。私はアルバイトの休憩中でして、これは賄いで貰ったんです」
そういや時々着ぐるみのバイトしてたな。
元の姿が着ぐるみなのに、別の着ぐるみの中からピンクのクマが出てくるんだからちょっとしたホラー。
まあクマに見えるのは一部の人だけなんだが。
「やはり地球の文化は面白いですね。一年という周期でこうした伝統の催しがたくさんあって」
「まあ伝統というよりか商業的な意味合いのが大きいけどな」
「あや、そうなんですね」
ハロウィンからクリスマス、正月にバレンタインと、年末年始は一般人より店の方が盛り上がっている。
「私も皆さんに習って、お友達と交換するためにチョコを用意したんですが、余ってしまいまして」
そう言ってどこからか取り出されるピンク色の小袋。
「よければ瞬木さんに差し上げます」
「いいの?」
「あい。聞けば友達で交換し合うのではなく、女性から男性にチョコレートをあげるのが本来の形だそうで」
「それもうちの国だけの文化なんだわ」
「あやや……地球にも場所によって色々な文化があるんですね」
「貰えるならありがたく貰うよ、ありがとう」
紫さんから貰った小袋を鞄に入れるが、もう鞄の中に凄いことになってんな。
俺もベンチに座って二人でもしゃもしゃとクレープを食べていると、太ももの辺りに柔らかい感触が当たる。
「ん?」
「あい?」
隣を見るがどうやら紫さんではない。
視線を下ろすと、いつから居たのか三毛猫が人の上に足を乗っけていた。
ニャアと小さく鳴く猫の身体の下には、先程までなかったえんじ色の箱。
「これ、紫さん置いた?」
「いえ、私はクレープを食べてましたので」
それはそうだ、俺も見てたし。
小柄な猫の頭を少し撫でると、満足したのかスタタと走っていく。
箱をそのままに。
「あややや……地球は凄いですね、このような小型の動物もチョコレートを用意するなんて」
「いや、ないない」
手に取ってみると、背面でなにかに触れる。
中身が分からないので、返さないように上に持ち上げて下を覗くと、リボンの間にメッセージカードが挟まっている。
『瞬木様へ いつもありがとうございます』
綺麗な文字で、それだけ書かれた質の良さそうなメッセージカード。
「文字も書けるんですね」
「んなバカな……」
────────
紫さんと別れ、帰る前に桜公園の奥に進んでいく。
ある程度近づくと綺麗な歌声が聴こえてくる。
澄んでいて柔らかく、優しい声。
案の定、あの木の下には彼女がいた。
丁度歌が終わる頃合いだったらしい、閉じられていた目が開き、こちらを捉える。
「ばんはっす、瞬木くん」
人懐こい笑顔を向けることり。
「どうしたんですか、こんな時間に」
「お互い様でしょ。もう冷えてくる時間だし」
「そうですね。ちょっと寒いです」
ことりに近づき、すれ違い様に肩に軽く触れて木に背中を預ける。
「瞬木くんって不思議なことたくさんしますよね。今触れられてから、ポカポカしてきた感じがします」
「よく効くおまじないだよ」
「凄いんですね、おまじないって」
「……」
「……」
「……」
「今日がなんの日か、知ってますか?」
「バレンタインデーだな」
「そうですね。でもそれだけじゃないんです」
「そうなのか?」
「はい。私にとって特別な日でもあるんですよ」
「……最初、随分と避けられたもんだよな」
「覚えててくれてたんですね」
「じゃなきゃ来ないよ」
「……そうですね。凄く、怖かったです」
「よくもまあここまで仲良くなれたもんだな」
「瞬木くんのお陰ですよ。瞬木くん、全然踏み込んでこないんですもん」
「それお陰なの?」
「色んな人と話してきましたけど、瞬木くん、私のこと全然興味なさそうでしたよ」
「そんなことなかった……と、思うけど」
「別に気にしてませんよ。でも、今まで声をかけてくれる男の子ばかりだったから、逆に気になっちゃったのかもしれません」
「素っ気ない方がよかったのか」
「そんなことないですよ。ただ、壁を溶かす時間をくれたから。初めて、私から近づけた人だから」
さわ……と、木が揺れる。
前には片手で帽子を押さえたことりが、もう一方の手で赤いラッピングを。
「ハッピーバレンタインです」
「……ありがとう、ことり」
「それだけですか?」
「嬉しいです。とても」
「なら良かった。お返し、何をくれるか楽しみにしてますね」
「……あれ男の方にはちゃんと意味あるのずるくない?」
「私は気にしちゃうかもしれません」
「お手柔らかに頼む」
「ふふっ、来月が楽しみですね」
────────
「凄いですね、こんなにたくさん貰ってくるなんて」
「明日あたり矢でも降ってくるんじゃなかろうか」
「でも先輩、まだ真打ちが残ってますよ」
「……二つ、家に帰ってきてから目を逸らしてるところがある」
「はい」
「……一つ。まずなんだ、あのチョコのゴミ山は」
「いやー、こっそりお買い物に行って追加分買ってきちゃいまして」
「この際出掛けてたのは目を瞑る。だがあまりにも多いよな?」
「大丈夫です!ミハルのお小遣いから出してますから!」
「……二つ。なんだ、あの山は」
「何を隠そう、これがミハルからのチョコです!渾身の出来ですよ!」
「チョコバナナパフェじゃなかったのか」
「ネットで調べていたら、おっきいケーキが出てきたんで真似してみたんですよ。こっちの方がインパクトあるかなって」
「おまっ……お前、あのサイズのケーキをなんて言うか知ってるか?」
「え?ウェディングケーキですよね?」
なんか、書きたくなっちゃいました