cal.   作:オタクは末端冷え性

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 ひな祭り。

 

 陽気はすっかり春のようで、快晴の空の下、肌に当たる日差しがぬくい。

 ついこの前までの、首を引っ込めたくなるような冷たい風が嘘のような、心地よい暖かさを帯びた風が時折頬を撫でる。

 

 まだ午前中、店が開店したばかりの時間に商店街を散歩していたが、店先では菱餅やひなあられ、甘酒などが売られていた。

 

 ちらほらと着物の女性も歩いていたりなど、小さな島ではあるがイベント事はつくづく大好きな島である。

 

 春だなぁと散歩をしていれば、気付けば商店街とは反対の住宅街まで歩いてきてしまった。

 

 

「商店街に戻る頃には昼かな」

 

 

 そろそろUターンしようかな、と歩いていると、道でしゃがみこんでいる人がいた。

 

 紺色の着物に赤い帯を巻いた、ショートの女の子。

 

 よく見れば足元でなにかをしている様子で、事情がなんとなく読める。

 

 

「どうかされましたか」

 

「えっ?」

 

 

 近付いてみて声をかけると、下を向いていた女の子の顔が上がる。

 

 目が大きく、とても可愛らしい顔つきをしているが、どこか凛々しさも感じさせる。

 

 しかしそんなことより、ほんのり化粧をしているようで多少の差異こそあるものの、その顔はあまりにも見知った顔に似ていた。

 

 そう、工藤に。

 

 

「あっ……」

 

「……」

 

「あ、あの……」

 

「……失礼、あまりに知り合いと顔が似ていたのもので。それで、どうかされましたか?」

 

「え?あ、の……躓いた時に鼻緒が切れてしまって……」

 

 

 落ち着きなく答えた女の子の足元を見ると、彼女の言うとおり履いている草履の鼻緒が切れている。

 

 しゃがんでいたのは、歩けなくなって往生していたということだろう。

 

 

「ご自宅はここから近い所に?」

 

「そう、ですね。ここを少し歩いた先なのですが……その……」

 

 

 一番楽なのは肩を貸すなり背負うなりして送り届けることだが、ただの通行人の男に身体を触れられるのは、彼女も嫌がるだろう。

 

 俺は左手をポケットに入れて力を込める。

 

 

「そちらの草履、お借りしていいですか?」

 

「……え?」

 

 

 創りだした薄紅色の手拭いをポケットから出して、端を歯で切り込みを入れてそのまま破く。

 

 

「応急処置するんで」

 

 

 

 

 

 

 道の端に寄り、彼女には余った手拭いの上に足を置いてもらっている。

 

 その隣で地面に座りながら彼女の草履に応急処置を施していく。

 

 

「凄いですね」

 

「ん?」

 

 

 彼女はしゃがんで俺の作業を横で眺めている。

 距離が近く、どことなく彼女から柑橘系の香りがする。

 

 

「よく履いている私が言うのもおかしな話ですが、今時直し方を知っている男の子がいるとは思いませんでした」

 

「知識だけはあったから修繕できるかなーと思いましてね」

 

「その割には、手際がいいですね」

 

「はっはっは、なんででしょうねぇ」

 

 

 彼女は俺に気を使ってか、作業の邪魔にならない程度に話しかけてくれる。

 

 

「直していただけるのは嬉しいのですが、ご予定などは大丈夫ですか?」

 

「ええ。今日一日俺はただ放浪するだけだったので」

 

「ふふっ」

 

 

 彼女は口元に手を当てて上品に笑う。

 視界の端で見えただけだが、その仕草がとても絵になっていた。

 

 

「ごめんなさい、勝手な話ですがあなたらしいと思ってしまって」

 

「だいたいご想像通りの人間だと思いますよ……っと」

 

 

 裏の留め具をつけ直し、ひとまず最低限の修繕を済ませる。

 

 

「できました。一度履いてみてください」

 

 

 「ありがとうございます」と彼女は俺から草履を受け取り、履き心地を確かめている。

 

 

「多少の歩きにくさはあると思いますが、半日くらいなら歩けるのでご自宅には戻れるかと」

 

「……はい、鼻緒も丁度いいキツさなので十分歩けそうです」

 

 

 一通り確認して満足したのか、彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべている。

 草履を直した甲斐は十分にあった。

 

 

「それじゃあ俺はこれで。気をつけて帰ってくださいね」

 

「あ……」

 

 

 立ち去ろうと別れを告げると、彼女は途端に哀しそうな顔をする。

 

 詮索を避けたいだろう彼女のためにもこうするのが正解だろうと思い、少し心苦しいが背を向ける。

 

 

「待ってください!」

 

「?」

 

「私、これから商店街に向かうのですが、どうかお礼をさせていただけませんか?」

 

 

 おっとなんか流れが怪しいぞ。

 

 

「いや、気紛れで直させてもらっただけなんでお礼なんて別に……」

 

「その気紛れで手拭いを破かせてしまったんです。お礼をさせていただかないと気が済みません」

 

 

 いやいや、待て。

 なぜこちらが気を遣って去ろうとしているのにそっちから引き留めにくる。

 

 

「時間的にもうお昼ですし、そろそろ家に戻って昼飯でも……」

 

「なら商店街の方でお昼ご飯をご馳走させてください。午後のご予定もないんですよね?」

 

 

 余計なことを言ってしまったものだ。

 

 

「や、それこそ申し訳……」

 

「それとも、」

 

 

 悲しそうな笑顔を、彼女が浮かべる。

 口元は笑っているのに、その瞳は今にも泣き出しそうな。

 

 

 

「こんな私と一緒にいるのは、嫌でしょうか……?」

 

 

 

 ……なんで女の子っつーのはすぐそういう顔をするんだよ。

 

 

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

「よかった、ではさっそく行きましょうか」

 

 

 彼女は安心した表情をし、そのまま商店街へと歩き始めてしまう。

 

 

「一度ご自宅に戻って履き物を変えてきた方がいいんじゃ?」

 

「半日持つんですよね、なら痛みもないですしこのまま向かいましょう」

 

「見た目、気にされないんですか?」

 

 

 いくら履き心地に問題はなくとも、明らかに即席で修繕をしたのは一目瞭然、決していい見た目ではない。

 

 俺が言うと、彼女は修繕した方の草履を見せるように脚をあげる。

 

 

「私はこの草履、可愛くて好きですよ」

 

 

 思った以上に、彼女は強かなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「すみません、桜餅のセットを二つと三色団子を二本お願いします」

 

 

 『花より団子』。

 商店街にある茶屋で、店員の制服もさることながら店の雰囲気もいい。

 

 桜を眺めながら縁台で桜餅を食べると、まるで時代を遡った気分に浸れる。

 

 

「よかったんですか?茶屋ではあまりお腹は満たせないと思いますが」

 

「丁度甘いものが欲しくなったんで十分です」

 

「お優しいんですね」

 

「気を遣ったつもりはないですよ、値段も大して変わりませんし」

 

 なんなら下手したらこっちの方が高くつくし。

 

 ひな祭りということもあって店にはいつもより客が多く騒がしいが、俺と彼女は黙って桜を眺めて注文したものを待っている。

 

 

「お聞きにならないんですね」

 

「……なにが?」

 

「この姿のこと」

 

 

 隣で彼女は俯きながら話を始めようと口を動かす。

 

 

「……私は

 

「俺の周りの連中はさ」

 

「え?」

 

「俺の周りの連中は、みんな何かしらの秘密を抱えててな」

 

 

 彼女の話を遮り、誰に向けるでもなく独り言を呟く。

 

 

「みんな大変そうだよ。秘密を抱えた上で、懸命に生き方を探してる」

 

 

 「若いのにね」と苦笑し、隣の彼女と目を合わせる。

 

 

「俺は君のことは知らないよ。俺が知ってるのは可愛い顔して学ラン着てる友人の工藤だけだから」

 

「……」

 

「だから気にしなくていい。俺の今日の記録は、着物を着た可憐な女の子と会ってお茶しただけだから」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 どこか安堵したような表情でお辞儀をする彼女。

 とりあえず彼女の懸念はこれで拭えただろう。

 

 

「というか、そもそも俺は工藤のことを男として接した覚えは一度もないぞ」

 

 

 彼女は一瞬呆けたような顔をして、じわじわと頬を染めて顔を背ける。

 

 

「いつも分かってて言ってたんですね?」

 

「さて、どうかな」

 

「いじわる」

 

「はっはっは」

 

 

 「お待たせしました」と店員の方が注文を持ってきてくれるまで、彼女はそっぽを向いていた。

 

 

 

 

 

 

「私がご馳走するって言ったのに……」

 

「隙を見せた方が悪いと思わんかね」

 

 

 彼女が席を立った隙に会計を済ませたことをどうやら根に持ってるらしい。

 

 

「ひな祭りに女の子に金払わせる男がいてたまるか」

 

「でも、それではお礼が……」

 

「次会った時にでもご馳走してくれればいいよ」

 

 

 彼女はこれから家で頼まれた和菓子を注文しに行くらしい。

 流石に待たせることはできないと、ここで解散の流れだ。

 

 

「あの、これ、いただいてもいいでしょうか?」

 

 

 彼女は、先ほど俺が破き彼女の足に敷いた薄紅色の手拭いをとりだす。

 

 

「いや別にいいけど、使い物にもならないし捨てて構わないよ?」

 

「いいえ」

 

 

 彼女は強く否定して、手拭いを大事そうに胸に抱く。

 

 

「この手拭いは私の、大切な思い出です」

 

 

 ……。

 

 

「……そう。じゃあ好きにしてやってくれ」

 

「はい」

 

 

 今日一番の、眩しい笑顔だった。

 

 

 

────────

 

 

 

 もうすぐ夕暮れ時。

 

 彼女と別れて桜公園でいつものごとく読書に興じていたが、もう空気もだいぶ冷たくなってきた。

 そろそろ切り上げ時か。

 

 

「ふむ、来なかったな」

 

 

 今日はことりの姿が見えなかったが、まぁそんな日もあるだろう。

 

 ベンチから立ち上がり、帰路につく。

 

 しばらく歩いて桜公園の出口付近まで来ると、誰かの声が聞こえる。

 間違いなく聞き覚えのある声で、なにかを言っている……美春?

 

 しかし周りには誰も歩いていない。

 けれどどこかから美春の声が聞こえる。

 

 まさかと思い、視線を若干上にずらして探すと、少し離れた場所に見つける。

 他の木より背の高い桜の木、幹から伸びた太い枝の上に美春はいた。

 

 おかしい。

 

 だがそれ以上に不味い。

 

 俺は美春が登った木に向かって走る。

 

 美春はこちらに気付いていない。

 だが変に声をかけ、驚いて足を滑らせるなんてことになるより好都合。

 

 そう思った矢先。

 

 

「あっ!」

 

「こんのバカッ!」

 

 

 言ったそばから足滑らせやがったアイツ!

 

 このまま走れば下には入れるが、間違いなく受け止めきれない。

 俺は間に合う最低限の魔法を使って美春の落下速度を落とすが、それでもまだ速い。

 

 こんなことなら昨日の夜死ぬほどリハビリすればよかったチクショウ。

 

 

「……っ!!」

 

「がぁッ!!!」

 

 

 膝から滑り込む形で、背中から落ちる美春を受け止めるが、衝撃を殺しきれず膝に凄まじい圧力がかかる。

 

 あ、今膝から逝った音した。

 

 

「……あ、あれ?痛くない?」

 

「お、おお、目を開けろバカたれ」

 

「へ?せんぱ……い?」

 

 

 いわゆるお姫様抱っこされた状態で美春はぎゅっと閉じていた目を開くが、いまいち状況が分かっていないらしい。

 

 

「背中痛くないか」

 

「はい、どこも痛くないですけど……」

 

「よかった」

 

「ありがとう、ございます?」

 

 

 ヤバい、膝めっちゃ痛い。

 下が草むらだったおかげで外傷的には然程ではないが、内部的には結構ヤってる。

 

 最近痛みなんて縁遠い存在だったから、久しぶりにやってくると滅茶苦茶痛い。

 ぶっちゃけ泣きたいくらいに痛いが、男として、先輩としてそんな情けない姿を見せるわけにもいかない。

 

 

「え……え?!先輩なにやってるんですか!」

 

 

 ようやく事態が飲み込めたのか、美春は急いで俺の腕から抜け出すとすごい勢いで顔を寄せてくる。

 

 

「なにやってるって、落ちたお前を受け止めたんだろうが」

 

「違います!そんなことを言ってるんじゃなくて……そんなことじゃなくて!」

 

「大丈夫だ、足がちょっと痺れただけだから」

 

「どうしよう、救急車……救急車呼ばないと!」

 

「いや話を聞け」

 

 

 ……どうやらパニックを起こしてるらしい。

 大人しかったり騒がしかったり、忙しい後輩だなまったく。

 

 携帯を取り出して、震える手で救急車を呼ぼうとしてる美春の肩を掴み、抱き寄せる。

 

 

「あっ」

 

「大丈夫」

 

 

 抱き寄せたまま、頭に手を置いて軽く撫でる。

 眞子あたりにやったらぶっ飛ばされそうだな、なんて思ったり。

 

 

「……ごめんなさい、先輩」

 

 

 声が涙ぐんでいる。

 顔は見てないから分からないが、もしかしたら既に泣いているのかもしれない。

 

 

「大丈夫だって」

 

「……、……っ」

 

「怖かったな、大丈夫」

 

 

 

 

 

 

 しばらくして美春も泣き止んだみたいで、手を離す。

 

 

「落ち着いたか?」

 

「はい……」

 

「よし」

 

 

 目元が赤くなっているが、いつもの笑顔が少し見えて安心する。

 

 

「それでお前、あんなところで何してたんだよ」

 

「あ、そうですよ!美春は猫さんが木から降りなれなくなってたので助けようと思って」

 

「そいつか?」

 

 

 美春の足元で大人しく座っている白い猫。

 最近見かけるホバー移動しそうな猫ではなく、正真正銘の猫である。

 途中で気付いたが、美春が泣いている間も隣でずっと座っていた。

 

 

「猫さんも無事だったんですね」

 

 

 美春が猫に顔を近付けると、猫は小さく鳴いてタッタッと駆けていった。

 

 さて。

 

 

「お前なぁ、いくら猫を助けたいとは言っても落ちたら世話ないだろう」

 

「うぅ……」

 

「せめて周りの人に協力を仰ぐなりしなさい」

 

「すみません……」

 

 

 美春は叱られた子どものように、俯いて縮こまっている。

 

 はぁ……。

 

 

「美春のそういう優しいところは好きだけどな、それでもし怪我なんてしたら俺は悲しいぞ」

 

「……はい」

 

「でもまぁ、偉いぞ」

 

「…………」

 

 

 美春の頭に手を置いて、強めに撫でる。

 サラサラだなこいつめ。

 

 美春は目を閉じて受け入れている。

 その表情はどことなく嬉しそうなので、これでこの話は終わるとしよう。

 

 さて、ここからは俺の問題だ。

 

 

「美春くん、君に大事な頼みがある」

 

「はい、なんでしょう?」

 

 

 日は暮れはじめている。

 時間的にはギリギリだろう。

 

 

「チョコバナナ、買ってきてくれ」

 

「え?」

 

「俺は今、無性にチョコバナナが食いたい。だから買ってきてくれ」

 

 

 美春は何を言ってるんだと言わんばかりの顔をしている。

 

 お前にそんな顔で見られとうないわ。

 

 俺はポケットから財布を取り出して美春に押し付ける。

 

 

「ほら、時間がないんだ。出来合いのものでいいからあるだけ買ってこい!」

 

「は、はい!美春行ってきます!」

 

 

 美春は立ち上がり、いつもの店の場所に向かって走っていく。

 

 よし。

 

 

「いってええええええええ!!!」

 

 

 あいつが戻ってくるまでどのくらい治せるかなぁこれ。

 

 

 





感想を書いていただいた皆さんの、D.C.への思いが強くて嬉しいです。

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