cal. 作:オタクは末端冷え性
「よ、瞬木」
「よっす」
桜並木をゆっくり歩いて登校していると、後ろから工藤に声をかけられる。
「お前にしては遅い登校だな」
「ちょっと色々ありまして」
「ちょっとか色々かどっちなんだよ」
工藤は横に並び一緒に登校するが、少し歩いて不思議そうに俺を見る。
「……なんかやけに歩くのがゆっくりじゃないか?」
「工藤、お前には見えないんだな。この素早い足さばきが」
「それのどこが素早いんだ?」
そう、今俺はいつもの半分程度のスピードで歩いている。
昨日美春がチョコバナナを持ってくるまでに、折れた骨を繋げて無理やり魔法で固定してやり過ごした俺は、帰宅した後一晩中治療にあたり、痛みこそあれど魔法で補強すれば十分歩ける程度まで回復できた。
俺は治す力には秀でていないため、負傷した部分を活性化させて自然治癒を早めることしかできない。
とはいえそれでも普通に治療を受けて治すことに比べれば何倍も速いのだが。
唯一懸念をあげるとすれば、昨日の去り際、美春はずっと俺の脚を心配そうに見ていたことだが、流石に折れてることまではバレていないだろう。
「昨日の夕方頃に足をやってな、ちと歩きづらいんだ」
嘘はついてない。
「え、大丈夫なのか?」
「心配すんな。大したもんじゃない」
俺はズボンの裾をあげて、誤魔化すために足首に貼っていた湿布を見せる。
嘘しかついてない。
「そっか、あまり無理しないでくれよ」
「しないしない。純一ほどじゃないが俺も面倒は好きじゃないしな」
「……」
俺の言葉を聞いた工藤は妙な顔をする。
すると工藤は俺の正面に回り込んで人の顔をじっと見つめてくる。
最近よく見つめられるな。
「なんだ?」
「……ふふっ」
工藤は随分と、らしくない笑い方をする。
気品のある微笑み方、というべきか。
つい最近みたことあるぞ。
「うそつき」
「はぁ?」
こいつ俺が知ってるからって随分と気が緩んでる気がする。
「それで瞬木、いつお礼をさせてくれるんだ?」
「やだね」
「え?」
別にイヤだったわけではないが、なんかさっきの笑顔が気に入らん。
「俺は着物の美少女に貸しを作ったんだ。学ランを着た男女じゃない」
「はぁ?」
「俺に礼をしたいなら本人を出すんだな!あの!着物を着た!美少女を!」
我ながら意味のわからないことに憤慨していると、工藤は頬を染めて俯く。
「あ、あの……瞬木君。あんまり……その……」
何か言いたそうだが知ったことではない。
「ほら、いくぞ」
「……もう」
────────
今日は弁当を作ろうと思っていたのだが、勿論脚の件でそちらまで手を回す余裕もなく。
仕方がないので財布をもって食堂に向かっていると。
「……はぁ、はぁ」
「……ん?」
目の前をブロンドの髪が走り抜けていく。
なにかを抱えながら必死に走っていて、声をかける間もなく、そのまま前に人の波に消えていった。
かと思えば、戻ってくるように前から走ってくる。
「はぁ、はぁ……」
「なにしてんの、さくらさん」
俺の横を走り抜けたさくらさんに声をかけると、足を止めてこちらに顔を向ける。
「あ、あっきーだ。どしたの?」
「なんか奔走してるなと思って。新手の遊び?」
「ノンノン、先生のお手伝いで、教材を倉庫に戻してるんだよ」
足を止めたさくらさんはこちらに向き直る。
なるほど、先ほど胸に抱えていた荷物がない。
「ちょっと特別な授業だったから、クラスのみんなに古語辞典を配ったんだよ。でも、まとめて運ぶ箱の底が抜けちゃったから手作業」
「それは面倒だな」
「でも、誰かがやらなくちゃ」
額に汗するさくらさんのその顔に、負の感情は一切見受けられない。
純粋な笑顔を浮かべて言っている。
「他に手伝いは?」
「うにゃ、いいんだよ今週ボク週番さんだから。それに運んでるのを見つからないように、みんなの目につかない場所に置いたから」
さくらさんは自分のクラスの方を見つめて微笑む。
「みんなゆっくりとご飯食べたいでしょ」
さくらさんは、たまに年不相応な表情を見せるときがある。
帰国子女である彼女は、この年齢である分野においては博士号を持つほど優秀だ。
普通の子とは価値観も考え方も違うのかもしれない。
でも。
「もう少し、周りに迷惑かけなよ」
「うにゃ?」
「ほら、手伝うからさっさと終わらせよう」
イヤとは言わせないように、返答を聞かず隣を抜けてさくらさんのクラスに向かう。
とはいえ、さっさと歩けない俺に、すぐにさくらさんは追いついて隣に並ぶ。
「お兄ちゃんみたいだね」
さくらさんは後ろで手を組み、こちらに笑顔を向ける。
その笑顔は、どこか哀しみを帯びていて。
「……俺はそんなに猫背じゃないと思うけど」
「うん。あっきーはあっきーだよ」
「思ったより早く終わったな」
「あっきーのお陰だよ!」
運び出しは俺が加わり、二回の往復で辞書は片付いた。
「そういえば、さくらさんのクラスにはことりが居たと思うんだけど、手伝うって名乗りでなかった?」
「あー、ことりちゃん、ちょっと調子悪そうだからいいんだよ!言っちゃダメだよ!しー、だよ!」
うん?
「頭痛?」
「ううん、咳がでるみたいだったよ」
「ふむ」
咳か、頭痛でないなら純粋な体調不良だろう。
いつも体調に気を遣えって言ってるんだけどな。
「じゃあ時間もまだあるし食堂に行くとしますか」
「うん!あっきーにはボクがご馳走しないと」
「いいよ別に。気まぐれだし」
「ダメダメ、ちゃんと恩は仇で返さないとね!」
「古語辞典とってこようか?」
────────
どんっ、と胸に衝撃がやってくる。
「おいおい嬢ちゃん、よそ見はいけねぇなぁ」
「あ、すみません……って瞬木君じゃないですか」
放課後に商店街にやってくると、前からやって来たことりは首を左右に振って周りを、店を気にする様子で歩いていた。
「あんまりよそ見しながら歩いてると、俺みたいな悪い兄ちゃんに捕まるぞ」
「瞬木君に捕まったらどうなっちゃうんですか?」
「キラーパスやめてくれる?」
ことりはクスクスと満足そうに笑った。
「それで、ひと探し?」
「ううん、違いますよ」
「あ、こんなところにいた。探したよ、ことり」
後ろから声が聞こえ、振り返ると工藤が手を振りながら爽やかな笑顔を浮かべてやってくる。
「んー、邪魔だった?」
「ち、違いますよ!認識は間違ってますっ!」
「……瞬木」
やけに慌てて否定することりと、わざと言っている俺を咎めるようなジト目でこちらを見る工藤。
「あれ?」
「どうしたんだ、ことり?」
「……ううん、なんでもないよ」
ことりは工藤を見て、なにやら考えるような素振りをするが、すぐに元に戻る。
「工藤君にはちょっとお願いがしてあって」
「お願いとな」
「実はですね、私、あるものを探していて……」
「たまたま出会ったオレは、それを手伝うことにしたんだよ」
なるほど、狭い島だこと。
「最近、ことりには色々お世話になってるからさ」
そう言って工藤はにこやかに笑っている。
「まぁ、あれですよ。一人より二人、ってヤツです」
「ふむ。探し物をしてるのは分かったが、結局何を探してるんだ?」
「お姉ちゃんへのプレゼントですよ」
「暦先生、誕生日でも近いのか?」
「ううん、違うんです。けっ……」
絶句。
そこまで言って、ことりは口を開いたまま急に固まり、すぐに口を手で覆った。
見るからに、失敗したというような仕草。
「まぁ、理由はこの際聞かないよ。な、工藤」
「ああ」
工藤も別に聞き出そうとは思っていないのだろう。
すぐに俺の言葉に頷いて返してくる。
「ごめんなさい、そうしてもらえると助かります」
「で、まだしばらく探すの?」
「時間もまだあるし探そうと思うんですが、もし良かったらプレゼント選びに付き合ってもらえませんか?」
「俺も?」
あの人へのプレゼントかぁ……人体捧げたら喜びそうだよなぁ。
「さっき言ったじゃないですか。二人より三人だって」
「増えてんなぁ」
「気にしちゃ駄目ですよ!」
親指を立てて、グッと突き出してくるハイテンションなことり。
「別に付き合うのはいいけど、力になれるかは微妙だぞ?」
「ほんとですか?意見が聞ける相手が居るだけでも、嬉しいですよ」
「さっき人体捧げたらとか考えてたけど」
「ふざけるのは、めっ!ですよ」
姉思いなんだろう、生真面目な表情を覗かせてしっかりと釘を刺してきた。
「勿論」
「よろしい」
「じゃあ、ことりと瞬木は向こうを探して……オレはこっちを探すよ」
「……そうですね、じゃあ行きましょう瞬木君」
「ん、ああ」
どことなく急かすように、その場から連れようとすることりについていく。
歩きだす直前、一瞬見た工藤が複雑そうな表情をしているのが印象的だった。
「悪くないが、しっくりはこない感じか」
「そうですね……ごめんなさい、折角色々案を出してもらっているのに」
「気にしなさんな。あ、眼鏡とかどう?」
色々な店を回ってはみるが、なかなかことりの納得がいく物は見つからない。
とりあえずことりを連れて眼鏡屋に入り、あの人に似合いそうなフレームを探してみる。
「あの、瞬木君」
「んー?」
あの人に緑はあんまり合わないよなぁ。
「工藤君となにかあったんですか?」
「なにかって?」
というか先生この前眼鏡外した顔見たとき、結構凛々しい顔してたんだよなぁ。
「うーん、例えば……」
「うん」
黒とか濃い赤は若く見えそうだけど、ちと威圧的になるか?
「なにか知っちゃった、とか」
「うん……うん?」
振り返り、ことりを見ると「なるほど」と頷いている。
どうやら眼鏡を選んでいた訳ではなく、俺の後ろで様子を伺っていたらしい。
「おいおい、ピヨさんは一体なにを考えてたんですか?」
「ごめんなさい、どうしても気になっちゃって」
「ちゃんと探さないと見つからんぞ?」
「そうですね、反省します」
ことりは苦笑しながら、一緒にフレームを見始める。
「そういえば、咳は治まったのか?」
「え?」
なぜそれを、というような表情でこちらを見ることり。
「昼間にさくらさんに聞いてな、一応様子を見にきたんだが思ったより心配ないみたいだな」
「……もしかして、探してくれてたんですか?」
「さてね」
誤魔化すようにまたフレームを見始めると、ことりが側に寄ってくる。
どことなく、いつもより距離感が……いや物理的距離が近い気がするような。
「女の子だって、優しくされたら勘違いしちゃうんですよ」
「……?」
「うーん、流石にこれは似合わないかなぁ」
結局その後しばらく歩き回ったり、工藤と合流して工藤が選んだ物をみたものの、ことりが満足のいくものを見つけることはできなかった。
────────
「ほれ出来上がり」
「わぁ、凄い美味しそう……」
「これが主夫力を極めた実力か……」
しばらく何も差し入れをしてなかったので、今日は朝倉家に来て料理をしていた。
とりあえず食材をもってインターホンを鳴らし、キッチンに置いてあったコンビニ弁当を冷蔵庫にぶちこんでやった。
あれからコイツらコンビニ弁当で生きてきたんじゃないだろうな。
ともかくパパっと料理を作り、出来上がった品を器に盛ろうと思ったが、どうやら無意識で作ったためか量が多くなってしまった。
「そういや、さくらさんってこの時間家にいるのか?」
「ん、あぁ。多分いると思うが」
それだけ聞いて俺はエプロンを着けたまま玄関を出る。
用があるのは隣の家、芳乃家。
さくらさんの容姿とは違い、和を前面にした古き良き平屋。
縁側があり、庭で咲いている桜の木を眺めながら日向ぼっこができる造りになっている。
俺は敷地に入り、インターホンを鳴らす。
「は~い」
少し待つと、バタバタという足音とともに玄関の引き戸が開けられる。
「あれ、あっきー。どうしたの?」
「夜分に失礼、夕食はもうお済みか?」
「あ、もうそんな時間なんだ。まだ作ってもないや」
「そうか、ならついてまいれ」
さくらさんは首を傾げつつも俺についてきて、そのまま朝倉家に上がり込む。
「連れてきた」
「やっほーお兄ちゃん、音夢ちゃん」
「なんで勝手に家に上げてるんだお前」
「おおっと純一くんはお腹が減ってないのか、残念だなぁ」
「ようこそいらっしゃいました」
頭が上がらない純一の横を素通りして、キッチンに戻る。
「量が多かったから勝手にさくらさん連れてきちゃった。ごめんね」
「いえ、作ったのは瞬木くんですし、さくらはいつも夜は一人だと思うからいいと思いますよ」
純一はともかく音夢さんには事後報告となったが一応伝えておく。
手を洗い直して豚バラ大根と野菜をこれでもかとぶちこんだバター味噌汁を三人分よそってテーブルへと運ぶ。
「おかわりできるくらいには作ったからさっさと座って食い始めな」
「やった~、あっきーの手料理だ!」
「ほら兄さん、いつまで腰を低くしてるんですか?」
「音夢、貴重な美味を食い逃さないためにも俺達は従うしかないんだ」
「食え」
「よし、たらふく食うぞ音夢」
三人を座らせて俺はキッチンに戻り後片付けを先に始める。
別に後にやってもいいんだが、あの三人の輪に混ざるのは少し……違うだろう。
チラッとテーブルの様子を見てみると、まだ誰も手をつけていなかった。
「なんだ、もう食べはじめていいぞ?」
「いや、さくらがお前を待とうってな」
さくらさんを見ると、満面の笑みを浮かべて待っていた。
……。
「わかったよ、今俺の分も運ぶから」
GW中の更新は最終日にもう1話上がるか上がらないかぐらいだと思います。