cal. 作:オタクは末端冷え性
書ききりたいなって想いはあるんですがね……
「あれ、瞬木くん」
「やっ」
「珍しいな。お前がこんな時間にいるなんて」
いつもより遅くに家を出てしばらく門柱に寄りかかりながら桜を眺めていると、待ち人が家から出てきた。
朝倉家の二人と共に桜並木を歩きながら、適当に会話をする。
「明日からは任意登校だろ?最後くらい君らと一緒に登校するかと思って」
「なんだ、瞬木は明日から登校しないのか?」
「するつもりだよ。けど少しやることができたから毎日は行かないだろうな」
例の暦先生の件がメインになりそうだが、他にもやらなくちゃならない事がある。
「ほら兄さん、瞬木くんを見習ったらどうですか。どうせ兄さんは明日から登校しないつもりだったんでしょう?」
「折角学園に来なくてもいいと言われてるのに、なんで登校しなくちゃならんのだ」
「お前はそういう奴だわな」
呆れたように「はぁ……」と頭を押さえながらため息をつく音夢さん。
「付属とはいえ最後だぞ。純一は卒パでなんかやる予定はないのか?」
「なにかしようとは思わないな。杉並とのバカ騒ぎも、俺はもう足を洗ったんだ」
「なんだつまらん」
「兄さんを焚き付けるのはやめてください」
たしか去年は杉並と結託して暴れまわってた純一だったが、今は達観した爺さんのような顔をして遠くを見ている。
なんにせよ卒業式の15日まで、こいつは暇してるってことでいいんだろう。
「暇なら頼みがあるんだが」
「……面倒事じゃないだろうな?」
純一が眉をひそめながらこちらに視線を向ける。
「面倒ではあるが……そうだな、頑張り次第で夕飯のお裾分け頻度を増やそう」
「兄さん、頑張ってくださいね!」
「なんで俺一人で頑張ることになってるんだ」
「私には風紀委員の活動がありますから」
純一は音夢さんに非難の視線を送るが、素知らぬ顔でやり過ごしている。
「一応聞くだけ聞いておくが、何をやらせたいんだ?」
「桜の花びらを集めて欲しい」
聞いた純一は怪訝な顔をしている。
「桜の花びらって……これですか?」
音夢さんが胸の前で手のひらを上にすると、数多舞い散る桜の花びらが一枚乗った。
「それ。集めた時は俺に連絡くれれば取りに行くよ」
「どのくらい必要なんですか?」
「そうだなぁ」
流石に島中の花びら全部を集められたら困るが、純一のことだからもし集めるとしても多くはならないだろう。
「あるだけ使うし、上は考えなくていいよ」
「そんな大量の桜の花びらを一体何に使うつもりだ?」
「んー、いろいろってとこ。詮索はしないでくれると助かる」
「……そうか」
濁した言い方をしたが、気を使ったのか面倒を嫌ったのか、純一はそれ以上聞いてこない。
「期待はするなよ」
「勿論」
────────
「にゃ~」
「なんだ」
午後の授業の準備をして購買へ向かおうと廊下に出ると、足元で例のフシギ猫が俺を見上げていた。
「悪いが今日は構ってやらんぞ」
猫に背を向けて購買へ向かおうとすると、脚の裏側から背中を経由して頭の上に猫が乗る。
「にゃ」
「お前その身体でどうやって上った?」
「あっきー!」
頭から上から猫を下ろそうと手をあげたところで、後ろから元気な声がとんでくる。
「よっす、さくらさん」
「よっす!」
振り向くと満面の笑顔のさくらさんと、その後ろから胡ノ宮さんが歩いてくる。
「こんにちは、瞬木様」
「よっす、不思議な組み合わせだな。なにしてたの?」
「わたくしがさくら様にお願いしてうたまる様を抱かせてもらっていたのですが、突然腕から飛び出してしまって」
胡ノ宮さんは、人の頭に乗った猫を見て愛おしそうに微笑んでいる。
美少女からの抱擁を抜け出して俺の頭に乗ったのか、物好きなヤツだ。
「うたまるは、あっきーがお気に入りなんだね」
「コイツがどう思ってるかは分からんが、昔から動物に懐かれやすくてね」
犬猫にとどまらず、鳥や馬、ウサギに猿など。
動物園に行こうものなら、ろくな目に合った試しがない。
「動物は善き人を好くと言いますから、瞬木様が好かれるのも、そういった理由があるのかも知れませんね」
「それはどうかなぁ」
「この前の辞書運びも手伝ってくれたし、あっきーは優しいよね」
「そいつはどーも」
気分は悪くないが、こうも褒められるとどうにもむず痒い。
「胡ノ宮さんは猫好きなの?」
「はい。顔を洗う仕草とか、我侭なところがもう可愛くて!」
「でしょ?でしょ?ボクはやっぱり犬より猫が好き!」
珍しく胡ノ宮さんが声を上げると、それに触発されるようにさくらさんも興奮している。
でもコイツ、顔洗う手がないと思うんですけど。
「懐いてきたかと思うとすぐにそっぽ向くし、いつ帰ってくるかわからないところとか!」
「たまに帰って来て甘えてくれると、もう何でもやってあげたくなっちゃいます」
「環ちゃんは猫の心得を知ってるね!」
どうやら二人の猫についての意見は気が合うご様子。
「胡ノ宮さんは猫飼ったりはしないの?」
俺が聞くと、熱をもって話していた胡ノ宮さんが少し困ったように笑う。
「以前三毛猫を飼っていたのですが、寿命で。それ以来自分では飼えず、人のお家の猫を可愛がらせてもらっているんです」
「……そっか」
別れの痛みに堪えられないから。
多くは語らなかったが、きっとそういうことなんだろう。
「瞬木様は、猫はお好きですか?」
「もちろんあっきーも猫派だよね!」
「んー?」
胡ノ宮さんの問いに、さくらさんが便乗して猫派に引き込もうとしてくる。
絡まれ過ぎるのは困るが、基本動物に好き嫌いはなく、その点猫なら程よい付き合いができる。
「そうだな、俺もどちらかと言えば犬よりも猫が
『瞬木せんぱーい!』
……。
「あっきー?」
「どうかされたんですか?」
唐突に言葉を止めた俺を二人は不思議そうに見てくる。
「俺は犬も猫も同じくらいかなって」
俺がそう言うと、頭の上から白いしっぽが垂れてきて顔をぺしぺし叩いてくる。
ええい、やめんか鬱陶しい。
「えー、でもあっきー今猫って言いかけてたよ」
「あぁうん、まぁ否定はしないんだけどさ、猫って言ったら悲しみそうなわんこを思い出してね」
さくらさんと胡ノ宮さんは顔を見合わせると、笑顔でこちらに向き直る。
「そういうところなんでしょうね」
「ね!」
「?」
────────
最後の体育は幸いなことに自由行動になったため、隣でなにもしようとしない純一と人間観察に興じる。
「お前までサボりか、瞬木」
「制服着たお前に言われたかねぇよ」
ただ人混みを眺めていると、杉並がやれやれといった面持ちでこちらに寄ってくる。
「あれに混ざりに行かないのか?」
杉並が指差した方向では、バスケが行われている。
「足が痛くて走れないんだよ」
「そういえばそんな節があったな。万年健康体のお前が怪我をするとは珍しい」
そういえばこの学園に入ってから風邪どころか怪我もしたことなかったな。
「猿も木から落ちるもんだろ」
「棒に当たる犬を庇ったんじゃないのか?」
「……ほう」
「ここ2日ほど風邪とは無縁そうな少女が、風邪を理由に学校を休んでいてな」
「で?」
「ところがだ、少女は自身の父親が勤める研究所に、早朝足繁く通っているらしい」
「証人は?」
「俺だ」
お前かよ。
「それと俺の怪我に繋がりがあると?」
「少なくとも俺はそう感じている」
「……根拠は?」
「勘だ」
はぁ。
「つけたのか?」
「興味には抗えん質でな」
「程ほどにしとけよ」
「引き際は弁えている」
こいつが警察の世話になった時のインタビュー、何て言おうかな。
「ところで隣の物言わぬ朝倉はどうしたんだ」
「お前に絡まれたくなくて無我に達したんじゃないか?」
「それは我があるだろう」
「違いない」
────────
「ば、バカな!!」
「お疲れ」
最後の授業。
この前のテストが返却され、合計点が張り出される。
クラスがざわつく中で、杉並が一際大きい声をあげている。
「全て満点……俺と同点だと?!」
「お前、こんなに頭よかったのか……」
「凄いじゃん瞬木!」
隣で純一は俺のテスト用紙を眺めており、一つ奥の席である眞子はわざわざ俺の席に来てまで感心してる。
「瞬木、お前いったいどんなトリックを……」
「あんたじゃないんだから、瞬木は実力でしょ。本当に凄いよ瞬木、あんたいつも適当にやってたの?」
まるで自分のことのようにはしゃいでる眞子のなんと可愛いことか。
やはりこやつ、いい女か……。
「適当って訳じゃないが、今回は思い出すのに随分と苦労したよ」
なんせ命がかかってるからな。
「さて杉並君、勝負は覚えているかね?」
「くっ、この杉並、一度口にした約束を違えることはせん……煮るなり焼くなり好きにするがいい!」
「しねぇよ」
正直負けなければいいと思っていた為、勝ったときの命令なんて考えてない。
さて、どうしたものか。
「……保留にしとく。そう遠くないうちになんか頼むよ」
「ふ、いいだろう。この屈辱は決して忘れん」
もう二度とお前と勝負なんてしたくないから、その屈辱は忘れてくれ。
────────
「何してるんですか、瞬木くん」
放課後、誰もいない教室の窓を開けて一人校庭を眺めていると、後ろから聞き覚えのある声がかけられる。
「なにも。そう言うピヨさんは?」
「私は友達を呼びにきたんですが、どうやら入れ違いになっちゃったみたいですね」
窓枠に頬杖をついて眺めていると、隣にことりが並ぶ。
「綺麗ですね」
「そうだねぇ」
まだ冬であるため日の入りも早く、空からはほんのうっすらと赤みが射している。
「いいの?友達探しにいかなくて」
「多分音楽室で先に待ってると思いますから」
「あー、卒パ?」
「はい。もう時期も迫ってきてますからね」
卒業パーティーは今月の15日。
校庭でも端の方では卒パの準備をしているであろう学生がちらほら見える。
「ピヨさんはどうするの?」
「みんなで曲を演奏するんです。私ボーカルなんですよ」
「そりゃ人も沢山来るだろうなぁ」
ことりには悪いが、曲以上にことりを見に来る野郎共が沢山いることだろう。
「期待に応えられるように頑張らなきゃいけませんね」
「もうバッチリなの?」
「いえ、練習を始めたのは数日前ですし、友達は二人とも上手いですから、あとは私の頑張り次第って感じですね」
「ピヨさん次第なのか」
「そうですね。でも肝心の私は私用で練習空けちゃったりしますし……」
横を向くと、校庭を眺めたまま自信のなさそうな笑顔で微笑んでいた。
「大丈夫」
「え?」
再び校庭を眺めながら言葉を紡ぐ。
「ずっとことりの歌を聴いてきた俺が言うんだから、大丈夫」
「……」
「俺が好きなことりの歌は、きっとみんなにも届くよ」
「……かっこいいなぁ、瞬木くんは」
「かっこつけてんの」
「ふふっ」とことりは笑うと、窓際を離れる。
「じゃあ、瞬木くんのためにも頑張っちゃいますよ」
「楽しみにしてる」
「しててください」
がらがらと教室の扉の音が聞こえる。
ことりが出ていったのだろう。
「最後だからね」
より赤みがかった空の眩しさに、瞼を閉ざす。
「楽しみさ」
オリジナルではここで共通√終了です。