cal.   作:オタクは末端冷え性

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明けましたね、おめでとうごさいました



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「って感じですかね」

 

「なるほどね。普通は組み合わせの想像時点で察しがつくけど、あの子には経験がないから試行してしまった……というところか」

 

「おそらくは」

 

 

 昼休みのチャイムが鳴る。

 

 とりあえず一日経過したミハルの様子を報告しに訪れた生物準備室で、コーヒーが入ったカップに口をつける。

 

 今日も苦い。

 

 

「そういう、人間の『経験に基づいた判断』っていうのは、今のあの子には難しいだろうね」

 

「とはいえかなり助かってますよ。どうしようもない部分以外は、手際良くこなしてくれてますから」

 

 

 実際昨日も料理以外の事に関しては特に失敗した様子もなかったし、家事はほぼ任せられるレベル。

 

 

「ベースとなってる天枷が家事を得意としているのもあって、知識面を教えることは少ないだろう」

 

「俺が何か教えるとしたら、料理のレパートリーくらいですかね」

 

「いいねえ。あたしの家にも来てほしいもんだよ」

 

「料理はことりにも作ってもらえるのでは?」

 

「いつまでも、そういう訳にはいかないだろう」

 

 

 どこかぎこちなく煙を吐く先生に視線を向けつつ、空になったティーカップを置く。

 

 先生は短くなったタバコを灰皿に押し付けて、事務机に頬杖をつきながら横目でこちらに視線を向ける。

 

 

「ところでことりから聞いたけど、卒パは特に何かに参加する訳じゃないそうだね」

 

「俺に企画力はありませんし、どこかに所属すると自由時間が減ってしまいますから」

 

「瞬木といい朝倉といい、付属とはいえ卒業なんだから、積極的な学生を見習ったらどうだい」

 

「なら杉並を見習いましょうか?」

 

「アレは例外だ」

 

 

 頬杖をついた手で、そのまま顔を覆う先生。

 

 毎度風紀委員に目の敵にされてる杉並は、先生方からも頭痛の種だろう。

 

 そもそもアイツを真似しようとしても、できる範疇ではないのだが。

 

 

「折角新しい家族もできたんで、そっちにも時間割きたいですし」

 

「家族ねぇ」

 

「ミハルは違うと?」

 

「いや、こっちの話だよ。あの子のことじゃない」

 

 

 んー、なるほど。

 

 

「……ご家庭でもお持ちになるんですか?」

 

「え?あー、いや、あたしもそろそろそういう歳かなと思ってさ」

 

 

 「ははは」と、明らかにらしくない不自然な笑い方。

 この人も誤魔化すのが下手だな。

 

 訝るような目で眺めていると、先生はわざとらしく咳き払いをする。

 

 

「ところでなんだが」

 

「はい」

 

「ことり、首でも痛めたの?」

 

「はい?」

 

「このところ調子が悪いのは把握してるし、よく咳き込んでるのも知ってるんだが」

 

 

 自らの首筋に手を当てて、さもこちらに見せつけるように身振りをする。

 

 

「顔を赤くしてさ、この辺をこう、やたら気にして撫でてたんだよ」

 

「……はあ」

 

「どうも様子がおかしくてさ。あたしが声をかけても、上の空だったんだよね」

 

 

 先生はどこか芝居がかった物言いをしつつ、こちらの様子を見ながら話している。

 

 心当たりなんてない。

 ないったらない。

 

 

「あれは男だと思うんだよねぇ」

 

「そうですか。それじゃあ俺はそろそろお暇させていただきます」

 

「ちっ……ここからが面白いところなのに」

 

 

 逃げるように席を立つと、ギギギと先生の椅子の背もたれが鳴る。

 

 

「帰るのか?」

 

「今日はもう十分にクラスの手伝いをしたので、あとは適当に見回って帰ろうかと」

 

「そうか。気を付けて帰んなよ」

 

 

 言い終えると、先生は机上の画面に目を向けて作業に戻っていく。

 

 軽く頭を下げて生物準備室を出ると、丁度件の人がいた。

 

 

「あれ、瞬木くん」

 

「ちわっす」

 

「こんちわっす」

 

 

 びしっとこちらに敬礼することり。

 

 見た感じ、昨日より元気そうなのはなによりといった所か。

 

 

「こんなところでどうしたんですか?」

 

「暦先生にちょっと報告をね。ピヨさんも先生に?」

 

 

 聞くと、ことりは後ろ手に持った鞄から包みを取り出してこちらに見せる。

 

 

「今日はお姉ちゃんとお弁当食べようと思って。瞬木くんも一緒にどうですか?」

 

 

 ことりの持っているそれは、女性二人ならともかく俺も含めて食べるなら少々心もとない。

 

 

「寄りたいところもあるから、気持ちだけ受け取っておく」

 

「そっか、残念」

 

 

 悲しげな笑顔のことりだが、すぐに表情は晴れる。

 

 

「そういえば音楽室のアレって、瞬木くんですよね?」

 

「あー、かんぬきの話?」

 

「はい。みんなでビックリしましたよ、昨日の今日であんなものが取り付けられてて」

 

 

 昨日のこともあり、夜寝る前に杉並に連絡を取って色々と注文したものの一つ。

 

 頼んだのは音楽室に取り付けられる普通の鍵だったが、朝早くに見に行って備え付けられていたのはデカいかんぬき。

 

 使うの女の子だし横開きだぞバカ野郎。

 

 流石に本物ではなく、女の子でも容易に扱えるくらい軽かったし、一応要望通り作用するので許した。

 

 本人曰く、持ち合わせがなかったとのこと。

 

 なんでかんぬきはあるんだよ。

 

 

「上手く使えた?」

 

「お陰さまで、今日は落ち着いて練習できました」

 

「感謝は杉並に言いな」

 

「やっぱりアレ、杉並くんの物なんですね」

 

 

 困ったような笑みを浮かべることり。

 

 

「それじゃ、またね」

 

「うん、いつでも遊びに来てくださいね」

 

 

 去ろうとしてことりの横を通り、ふと思い出して振り返る。

 

 

「あー、そうだピヨさん」

 

「はい?」

 

 

 ことりは生物準備室の扉に手をかけながらこちらに振り向く。

 

 

「先生に茶化されたんだ、昨日のやつ」

 

「?」

 

 

 表情を見るに何のことか理解できていない様子で首を傾げる。

 

 

「ピヨさんなら大丈夫と思ったけど、すごい気にしてるって言ってたからさ、悪かったね」

 

「?……あっ」

 

 

 気付いたようで、ことりはサッと首元に手を当てると、見えている白い肌が徐々に色付いていく。

 

 

「じゃね」

 

 

 「お姉ちゃん!!」と、珍しく大きな声で叫ぶことりを背に、その場を離れる。

 

 からかう相手は選んでいただこうか。

 

 

 

────────

 

 

 

「やっほ」

 

 

 例のラベンダーの前、じょうろを脇に置いてしゃがんでいる月城さんに声をかけるとこちらを向き、こくん、と会釈する。

 

 昼の時間、また自由登校による浮わつきも相まってか、普段より三割ほど増した喧騒が校舎の方から聞こえてくる。

 

 

「……こんにちは、瞬木先輩」

 

「調子はどう?」

 

 

 ふるふると首を左右に動かす月城さん。

 

 

「いつも通りか」

 

「……はい」

 

 

 表情こそ豊かな子ではないが、落ち込んでいる雰囲気はとてもよく分かる。

 

 

「こればかりはね」

 

 

 彼女自身が一番理解しているだろうから、かけられる言葉なんてない。

 

 月城さんは、ゆっくりと視線をラベンダーに戻す。

 

 会話も途切れ、こちらは特にやることもなく手持ち無沙汰な為、しばらく月城さんを眺めていると。

 

 

「ロスキルラベンダー」

 

 

 こちらに視線を向けずに月城さんが不意に呟く。

 

 珍しいな、月城さんから話を振ってくるの。

 

 

「それの名前だよね」

 

「はい……先輩は、どこで知ったんですか」

 

 

 純粋な疑問、なんだろうか。

 

 ゆっくりと目を向けてくる彼女の瞳には、どこか救いを求めるような弱々しさを感じる。

 

 俺は月城さんの隣にしゃがみ、ラベンダーを見て懐かしむ。

 

 

「以前海外にいた時期があってね」

 

 

 本当に懐かしい。

 もう何年前になるだろう。

 

 

「その時に仲良くなった子が色んなバイトしてて。丁度その子が花屋で働いてたときに教えてもらったんだ」

 

 

 なんで教わったんだっけか。

 いや違う、あれ押し売りされた時に向こうが勝手に語りだしたんだ。

 

 

「だから特別ロスキルラベンダーに詳しい訳でもないんだ。力にはなれないと思う」

 

「そう、ですか……」

 

 

 残念そうに俯く月城さんに、少々悪いことをした気分になる。

 

 とはいえ出鱈目な知識を与えるわけにはいかないし、仕方がない。

 

 

「花が咲いたときに願いが叶う、だっけか。月城さんは余程大事な思いを込めてるんでしょ?」

 

「……」

 

 

 答えはない。

 

 だが彼女の表情を見れば、言葉はもはや不要だろう。

 

 

「なにもできないけど、時間が空いたらまた様子見しにくるよ」

 

 

 そろそろいい時間だし、この辺りで教室に鞄を取りに帰るとしよう。

 

 俺が立ち上がると、月城さんがこちらを見上げる。

 

 

「瞬木先輩は、どうして……」

 

「ん?」

 

 

 視線をさ迷わせて、なにかを言い淀む月城さん。

 

 

「どうして、良くしてくれるですか?」

 

「そんなに良くしてるつもりはないんだけど……そうだな」

 

 

 どこまで正直に口にするべきなんだろうか。

 

 いいか、別に。

 

 

「下心が皆無な訳じゃないし、単なるお節介とも言えるし。でもやっぱり一番は大事だからかな」

 

「だい、じ?」

 

「大事でしょ。だって……、」

 

「……?」

 

 

 いや、この言葉だけは最初に月城さんに言うのは、俺でなくあいつの役割か。

 

 

「まあ、遠からず分かるんじゃないかな」

 

 

 

────────

 

 

 

 教室の前まで戻ると、廊下からクラスを覗き込んでる見知った顔が一人。

 

 

「想い人とか?」

 

「へ?あ、瞬木くん……」

 

 

 振り向いてこちらを確認すると、目に見えて肩の力を抜くななこ。

 

 

「誰か言ってくれれば呼んでくるけど」

 

「ありがとうございます。えっと、朝倉くんって来てますか?」

 

「今日は見てないな。多分サボりだと思う」

 

 

 純一のことだ、おおかた今日は一日寝っぱなしなんじゃなかろうか。

 

 

「そう、ですか」

 

 

「あはは」と乾いた笑い方をするななこ。

 

 その笑顔は残念そうにも見えるし、どこか安堵してるようにも見える。

 

 

「俺で良ければ代役になるけど」

 

「それは、えっと……」

 

 

 申し出を断る訳でもなく、躊躇いがちにこちらの顔色を窺うななこ。

 

 

「ななこは今から帰り?」

 

「え?は、はい」

 

 

 俺は教室に入り、鞄を持ってすぐに廊下に出る。

 

 

「帰りながら話聞くよ、ほら行くぞ」

 

「わ、わわわっ」

 

 

 鞄でななこの背中を小突いて、無理やり歩かせる。

 

 ななこならこのくらい強引な方が話も進むだろう。

 

 

「ところで甘いもの食べたくない?」

 

「はい?」

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました、あたしの分までクレープご馳走してもらっちゃって……」

 

「ついでだよ。俺だけ食べてるのは感じ悪いし」

 

 

 いつものクレープ屋で小腹を満たし、桜並木を住宅街に向かって歩く。

 

 

「瞬木くんのお家は、たしか逆側の商店街方面でしたよね。こっちに歩いてていいんですか?」

 

「ついで。なんか感じ悪いでしょ」

 

「そんなの気にしませんし、誰も分かりませんよ」

 

 

 苦笑いするななこ。

 

 最初こそ足取りが重かったものの、多少気持ちが解れたのか口数は増えてきたし、笑ってもくれるようになってきた。

 とはいえ反応にぎこちなさは残っているが。

 

 

「瞬木くんは」

 

 

 歩きながら、顔を少し俯かせながら、控えめな声量で話す。

 

 

「瞬木くんは、お付き合いしたことって、ありますか?」

 

「恋人的なアレ?」

 

「恋人的なソレです」

 

「あるよ」

 

 

 ガバッと顔をあげて、ななこが驚くようにこちらを見る。

 

 

「あるんですか?」

 

「あー、うん。まあ一応だけど」

 

「えっと、今彼女さんがいらっしゃったりとか……?」

 

「今はいないよ。以前の……いや以前と言うのもおかしいか」

 

 

 なんと伝えるのが正解なんだろう。

 

 唸っている俺を見て、隣のななこは不思議そうに首を傾げている。

 

 

「ともかく、今はいないね。なんか気になる?」

 

「……っ」

 

 

 一瞬なにかを逡巡したようで口をつぐんだななこだったが、意を決したのか再び口を開く。

 

 

「今度の日曜日、一緒に映画を観に行きませんか?」

 

「いいよ」

 

「い、いいんですか?」

 

「うん。昼過ぎからでいいなら」

 

「時間は大丈夫ですけど……そんな簡単に頷かれると思ってなかったです」

 

「そんな予定詰まってる訳じゃないから、別に断る理由もないし」

 

 

 午前中はできればミハルを外に連れ出したいんだよなぁ。

 本は山ほど家にあるけど、それじゃミハルは退屈だろうし、気が滅入るだろう。

 

 

「あと、一つだけお願いがあるんですが……」

 

 

 なんとなく、こちらの様子を伺う雰囲気でななこが続ける。

 

 

「あたしが来るまで待ち合わせ場所で待ってて欲しいんです」

 

「待ってればいいのね。映画館前?」

 

「そう、ですね。そうしましょう」

 

 

 もうすぐ住宅街に入るというところで、「もう大丈夫ですよ」とななこが前に立つ。

 

 

「ありがとうございました。話を聞いてくれる為に、一緒に来てくれたんですよね?」

 

「いや感じ悪いからだよ」

 

「分かりました、そういうことにしときます」

 

 

 ななこがいいと言うなら、ここで退くとしよう。

 

 

「ちなみになんだけど」

 

「どうしました?」

 

「これはお出かけ?それともデート?」

 

「えっ」

 

 

 言葉を聞いたななこの顔が瞬時に赤らむが、まるで血を抜かれたかのように、すぐに蒼白になる。

 

 そのまま無理やり、取って付けたような笑顔をこちらに向ける。

 

 

「デート、と思ってくれると、嬉しいかもしれません」

 

「……分かった。それじゃまた」

 

「はい、また……」

 

 

 逆戻りしたかのような足取りの重さで去っていくななこ。

 

 

「ずっと手、震えてたなぁ」

 

 

 あまり思いつめないで欲しいものだが。

 

 

 

────────

 

 

 

「先輩!メイドって主人の背中を流すのもお仕事なんだそうです!」

 

「ネットの情報を鵜呑みにするんじゃありません」

 

 

 夕食時。

 

 流石に美春が元なだけあり、一般的な組み合わせで作られた料理は、味に関して言えば文句の付け所がない。

 

 唯一欠点を挙げるなら形が少し悪いことだけだが、それもそのうち慣れるだろう。

 

 

「そうなんですか?皆さん自分が主人だったら絶対喜ぶって書いてありましたよ?」

 

「ミハルの美点は間違いなく、その素直さだな」

 

「えへへ、褒められちゃいました」

 

 

 守るべきか、この笑顔。

 

 こちらが学園に行っている間、ミハルは家事の合間でネットサーフィンをしているとのこと。

 

 本人が楽しんでいるので別に止めるつもりはないが、デマに踊らされないことを祈る。

 

 

「そうだ、日曜日の午前中、試しに外出しようか」

 

「いいんですか?!」

 

「ずっと家の中にいるのは辛いだろうし、ゆっくり外を見たいだろ?」

 

「ヤター!!」

 

 

 両手をあげて喜ぶミハル。

 

 無邪気な笑顔っていうのは、どうしてこう心に効くのだろうか。

 

 

「まあもう一日だけ我慢してくれ」

 

「大丈夫です!ネットの他にも漫画とか絵本なんかもたくさんありますし、家事も楽しいですから!」

 

「そっか」

 

 

 面白味のない家だと思っていたから、退屈でないならよかった。

 

 これで日曜日の予定は埋まったわけだが。

 

 

「……ミハルって、基本的にオリジナルの美春の人格を元にしてるんだよな?」

 

「はい、そうですよ?」

 

「つまり、ミハルの思考って女の子の思考なんだよな?」

 

「そうなりますね」

 

 

 ……ふむ。

 

 

「例えばなんだが」

 

「はい」

 

「デートの前に別の女の子と遊んでる男って、どう思う?」

 

「んー」

 

 

 腕組みをして首を傾げるミハルが「よく分かりませんけど……」と呟いてから、笑顔で告げる。

 

 

「最低だと思います!」

 

「……俺も、そう思う」

 

 

 

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