cal. 作:オタクは末端冷え性
ミハル回
「ミハル、一瞬ネジ巻き借りるぞ」
「いいですけど、何するんですか?」
「お出かけのおまじない」
時間は朝の七時前。
日曜日なのもあって、まだ人もほとんどいない桜並木をミハルと並んで歩く。
「やっぱり先輩ってかなり早起きなんですね。運動してる人はいても散歩してる人は全然いませんし」
「世間的に休日なら、早くて七時から八時頃に活動し始めるくらいだ。この島みたいに落ち着いた場所なら、なお遅い」
元々俺が遅寝早起きというよくわからない生活リズムで過ごしているため、ミハルも朝は俺に合わせて早朝に起床する。
ミハルも人間と同じように睡眠が不可欠であり、睡眠時にデータの処理を行うらしく、睡眠不足はメモリを酷使する事と同義らしい。
よって普段からミハルには早めに寝ることを促しているのだが、なぜかこちらが寝るまで寝たがらない。
まあ午前中のみという限られた時間に万全を期すと、昨日の夜は大人しく寝てくれたが。
「先輩はもっと長く寝たほうが絶対にいいと思います」
「調べ物に追われてた時期が長くてな、短時間睡眠に慣れた。それに寝ててもつまらなくて」
「つまらないんですか?」
「夢、見ないからな」
「ここが風見学園……」
商店街はまだ店が開いておらず、時間を潰すためにミハルに行きたい場所を聞くと、ここが最初に挙がった。
日曜日でも部活はあるので校門は開いているが、人の気配はほとんどのない。
「ここに先輩や美春さんが通ってるんですね」
校門の前で胸に手を当て、どこか憧れるかのような眼差しで校舎を見るミハル。
「せっかくだし、少し見ていくか」
「え……っと、いいんですか?」
普段なら飛びつく勢いで喜ぶと思うのだが、ミハルは控えめに尋ねてくる。
「俺がいるから不審者みたいな扱いを受けることはないだろうし、見て回るだけならいくらでも弁明のしようはある」
「学園には美春さんのことを知っている方もいますよね。バレちゃうかもしれませんよ?」
「大丈夫。今日のことは本人にも連絡はしてないが、誰かに美春だと思われることはほぼないよ」
おまじないでね。
そもそもミハルの容姿を認識しづらくしており、ミハルを認識しても常に記憶を阻害され続けるので、離れて数秒もすれば思い出せなくなる。
魔法使いはなにかと身を隠すことが多く、この手の隠蔽はお手のもの。
「でも……」
心配事は解消できてると思うのだが、それでもまだなにかに葛藤しているミハル。
仕方ないので、胸元で握られているミハルの手をとる。
「あっ」
「今後あるかも分からない機会だ、いくぞ」
「それは、そうなんですけど」
「見てみたいんだろ?」
「……ちゃんとエスコートしてくださいね、先輩」
手にとったぬくもりが、より温かさを増した。
「これがグラウンドですか?広いですねー」
「私立且つ新設校だし、器具も新しくて運動部連中は気合い入ってるよ。体育祭とかもあるし」
「体育祭ですか、重箱のお弁当とか作ってみたいです!」
「ここは日当たりがいい場所ですねー」
「中庭は基本、昼時にそこらのベンチでお弁当広げてるやつが多いな」
「きっと気持ちいいでしょうね」
「あとクマが鮭おにぎり食ってる」
「へ?」
「ここが俺の席」
「ここで先輩が……窓際なんですね」
「ああ。授業中は話聞かないで外を眺めてるのが大半だな」
「ダメですよ、ちゃんと授業受けないと」
「初めてのことなら俺もちゃんと聞いてるよ」
「この学園には七不思議なんてのもある」
「七不思議ってなんですか?」
「なんて言えばいいんだろうな……七つある幽霊とか怪奇現象の噂のことかな」
「そ、そんな幽霊なんているわけないじゃないですか」
「まあ開校して十年も経ってないだけあって、内容はでたらめなモノばかりだ」
「じゃあ、幽霊もいないんですよね?」
「ほら次いくぞ」
「否定してくださいよー!」
「ここが食堂。そこの食券機にお金を入れて食べたいメニュー選んだら、あっちに持っていく」
「先輩、これ食べてみたいです!バナナカレー!」
「血は争えんか……」
しばらくミハルと学園を歩いて回ると、人も徐々に増えてきた。
「そろそろ向かってるうちに商店街の店も開くだろうけど、もうちょい見ていくか?」
「いえ、もうたくさん見て回れたので大丈夫です!」
「行きましょう!」とミハルは俺に有無を言わさず、俺の手を引いて学園から飛び出して桜並木を駆ける。
その様子は買い物を楽しみにしている以外に、まるで何かから逃れたいようにも見えた。
商店街に着くとちらほらと店が開いており、ミハルが興味をもった店から入って色々と見て回った。
「先輩!今度はあっちの可愛いお洋服屋さんに入ってみたいです!」
「いやあれ女性物のインナー……これ渡すからお前一人で行ってきなさい」
財布から偉い教育家さまを何人かミハルに渡し旅立たせる。
その手の事はおそらく美春から聞き及んでいる……はずなので、きっと大丈夫だろう。
見送った俺は近くのベンチに腰を下ろし携帯を取り出すと、いつの間にかヤツからのメールが届いていた。
『注文を受けた品が用意できたぞ』
『今出かけてるから後で受け取りに行く』
『別に今でもいいぞ。暇そうに座っているではないか』
「……マジでストーカーの才能あるよお前」
「フッ、そう褒めるな」
「耳腐ってんのか」
後ろを見ると、携帯を片手にこちらを見下げた杉並の姿。
下手なホラーより怖いです。
「いつから?」
「なに、今来たばかりだ。これが例の品だ」
杉並から手提げの紙袋を受け取る。
コイツのことだから、中身の確認は必要ないだろう。
「どーも。ジュースでも奢ってやろうか?」
「対価は既に受け取っている、不要だ」
「人の厚意は素直に受け取っておけばいいものを」
「ならば厚意の変わりに聞くが、先の女人は何者だ?」
何が今来たばかりだよ、見てたんじゃねえか。
「行動から見るに、わんこのようにも思えるのだが、俺の中で何かがそれを受け入れようとしなくてな」
しっかり阻害は受けているようだが、杉並相手だとあまり意味をなしてない。
「わんこに近しい者。これ以上の詮索は身を滅ぼすぞ」
「ほう……それは余計に興味をそそられるが、友人の忠告は聞き入れねばな」
「邪魔をした」と杉並が身を翻して立ち去っていくのを見送ると、入れ違いのように店から出てきたミハルがこちらに駆け寄る。
「先輩!可愛いのがあったんですけど色で迷っちゃって、一緒に選んでくれませんか?」
「無茶おっしゃる……」
「これがバナナパフェ……!」
「随分デカいが食いきれるのか?」
「任せてくださいよ!」
十一時。
昼時にはまだ早い時間だが朝も早かったので、昼食をとりに美春がよく通う喫茶店に入った。
この店にはバナナパフェがあり、美春もそれを好んでここに通っているのだが、目の前のソレはレベルが違う。
パフェの器などではなくプレートに盛られたソレは、おおよそ三人から四人の胃袋を埋め尽くしてしまえそうなほどの大きさ。
バナナがメインなだけで他のフルーツも盛り付けられており、棒状の菓子なんかも突き刺さっている。
「無理だと思ったら早めに言うんだぞ」
ぶんぶんと口いっぱいにクリームを頬張ったミハルの頭が上下に振られる。
なら俺は自分の前に置かれたサンドイッチを齧りながらミハルを見守るとしよう。
コーヒー頼んでおくか、どうせ必要になるし。
「おいひぃれふ!せんふぁい!」
「そうか、よかったな」
どのくらいまで持つのか見物だな。
案の定ダメだった。
「せ、せんぱい……ミハルは、いけると思ったん、です……」
「早めにって言っただろう。いいから少し横になっとけ」
一人で半分ほどの平らげた根性は認めるが、ミハルの胃(?)と精神はもはやボロボロだった。
ミハルは呻きながらベンチシートに横になり、俺の前にはまだ半分ほど残っているクリームの塊が佇んでいる。
バナナはミハルがほとんど食べきったため残ってないが、他のフルーツがまだ残っているだけマシか。
「どれ、片付けるか」
備え付けのスプーンを手に取り、フルーツとクリームを掬って口にふくむ。
もったりとした甘みと、フルーツの酸味が口の中で広がる。
今ばかりは、ブラックのコーヒーが無限に飲める気がした。
店を出て家に帰る前に、食後の運動も加味して再び桜並木を二人で歩く。
「大丈夫か?」
「はい……お店でお腹の中を調整したのでもう大丈夫です」
お腹をさすりながら若干恥ずかしそうにするミハル。
俺がパフェの残りを平らげてる間にミハルは席を立ち、お手洗いで自己修復を済ませたそう。
修復の仕方は人間と同じ、つまりはそういうこと。
「先輩は大丈夫なんですか?同じくらい食べてたと思うんですけど」
「甘いもの好きだし、鍛え方が違う」
「なるほど……ミハルはまだ修行が足りないんですね」
ただクリームの比率が凄まじかったから、俺とて軽症は負っているんだが。
回復も兼ねてしばらくのんびりと歩いていたこともあり、ようやく目的の場所に到着する。
「ほら、着いたぞ」
「わぁ……綺麗……」
高台。
木で作られた柵に、素朴な縁台。
学園の屋上を除けばここが一番高い場所であり、三日月のような形状をしたこの初音島の全面を見渡すことができる。
島全体に咲く桜と一面に広がる海の色合いは、初めてのここから景色を見た人間を圧倒させることだろう。
「これが、初音島なんですね」
「ああ、俺達が住む島だ」
後ろから見守っているから表情は分からないが、ミハルは柵に手をついて島を眺めている。
「ミハルは、美春さんの代わりに一定期間この島で人間に溶け込んで生活することを想定して作られたロボットなんです」
そのままの格好で、ミハルは語る。
「ミハルにとって風見学園は、本来通っていたはずの場所で、今のミハルからしたら憧れの場所でもあります」
「もしかしたら、先輩と一緒に学園に通ってお弁当を食べたり、放課後に一緒に遊びに行ったり」
「もしかしたら……」
「ミハルは怖かったんです。知ってしまったら、羨ましいと思ってしまいそうだったから」
「美春さんを、妬んでしまうかもしれないと思ったから」
「……ミハルは今の生活より、学園に通う生活の方がよかったか?」
「……分かりません」
「ミハルの持っている過去のデータは、美春さんの記憶をコピーしただけのニセモノです」
「でも」
「美春さんだって知らない先輩のことが、今少しずつ増えていってる。ミハルはそれが嬉しいんです」
「ミハルは美春さんのニセモノですが、美春さんになるつもりはありません」
「ミハルはこれからも、ミハルとして生きて行きたいです」
「だから」
「ミハルは、先輩と暮らせる今の生活が、とても幸せです」
振り向いたミハルの笑顔は、俺が一度も見たことのない、彼女の綺麗な笑顔だった。
「あんなこと言わせておいて、午後は別の女の子とデートってどういうことなんですか?」
「はっはっは。クズだよなー、弁明する気すら起きん」
午後の約束もあるので、ほどほどに家に帰ってきた。
俺はミハルから向けられる非難の眼差しを一身に受けつつ、荷物を置く。
「楽しめたか?」
「はい!またデート、連れてってくださいね!」
「まあ頃合いを見つつな」
荷物を下ろし、最後に俺はアイツから受け取った紙袋をミハルに渡す。
「これ、プレゼント」
「え、これもしかして昨日言ってたお洋服ですか?!」
「まあそんなところ。サイズに関してはおそらくピッタリだろうけど、俺がいない間に試しに着て見てくれ」
「やったー!どんなお洋服だろう!」
ミハルは紙袋を抱き締めながら、クルクルと回って喜んでくれる。
「入居祝いみたいなもんだ。何着か入ってるから、よければ着てくれ」
「はい!ずっと大事にします!!」
靴を履きなおし携帯を取り出して時計を見ると、待ち合わせの時間がもう近い。
「それじゃあ、言った通り帰りがめちゃくちゃ遅かったら先に休んでていいぞ」
「分かりましたけど、そんなに遊び歩くつもりなんですか?」
「いや、持久戦になるからな」
「?」
できれば日付が変わる前に帰ってきたいものだが。
長くなりそうだったので分割しました