cal.   作:オタクは末端冷え性

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雪ってなぜか筆が進む



3/10 ②

 

 

「この辺に立ってれば見えやすいか」

 

 

 ミハルと荷物を家に置き、映画館前に着いて時間を確認すると、まだ十分あまり時間がある。

 

 このまま前を通る人々を虚ろに眺めていれば、程なくして待ち合わせの時間になるだろう。

 

 

『あたしが来るまで待ち合わせ場所で待ってて欲しいんです』

 

 

 さて、いつ頃来てくれるか。

 

 今後のことでも考えながら気長に待つとしよう。

 

 

 

*────────*

 

 

 

 映画館の斜め前に構えられているこの喫茶店のガラスは、ハーフミラーという外からは店内が見えにくい仕組みで出来ている。

 

 流石に窓際は見えてしまうけど、あたしが今いる奥の席に座ってしまうと、外からは霞んでいて人がいるのかも分からない。

 

 つまりここは人の視線を気にせずに、外の人通りなどを観察するにはもってこいの場所。

 

 

「あっ……」

 

 

 彼が来た。

 

 彼の立ち位置によっては、窓枠などが邪魔になりそうで席を移動することも考えていたけれど、偶然見えやすい位置に立ってくれた。

 

 万が一、彼が喫茶店に入ってきてもバレないように、深く被れる帽子も用意してあるし、これで問題なく……

 

 

「最低、だなぁ」

 

 

 今のあたしは、酷く歪んだ顔で笑ってることだろう。

 

 瞬木くん。

 

 最近知り合ったばかりの男の子で、同年代とは思えないほど大人びて紳士的なこともあるけど、いつも気軽に接してくれる。

 

 時々すごくドキドキする事を口にしたり、距離感が近い時があるけど、天然……なのかな。

 

 でもあの有名な白河さんと恋人なのではという噂もあるくらいだから、きっとあたしなんて眼中にないだけだろう。

 

 だから、いい。

 

 これで彼に嫌われても、縁を切られても。

 

 

「自分で決めたことだから」

 

 

 自分に言い聞かせるように、声に出して呟く。

 

 そうでもしないと、持っているペンが動きそうになかったから。

 

 

 

*────────*

 

 

 

 待ち合わせからは一時間を経過しているが、ななこの姿はない。

 

 残念ながら、ななこと連絡先を交換している訳ではないので携帯が震えることはなく、俺に出来るのはただ待つことだけ。

 

 せめて椅子でもあれば楽なものだが、あるのは太い円柱状の柱だけで寄りかかることが出来るのみ。

 

 まだ一時間、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 待ち合わせから三時間が経った。

 

 日は既に大きく傾いており、空を見れば徐々に赤く染まりつつある。

 

 時間の経過により、午前中食べたパフェのダメージも既に収まった。

 

 

「なにやってんのよ。不審者」

 

「あまりに酷い言葉選びだな」

 

「厳正な審議の結果よ」

 

 

 感情もなく空を眺めていると声が掛かり、顔を向ければビニール袋を提げた水越姉妹。

 

 

「瞬木くん、こんにちは~」

 

「こんにちは、二人で買い物ですか?」

 

「はい。最近は卒パの準備で忙しいので、眞子ちゃんが気分転換にって」

 

「まあそんな感じ。瞬木は?」

 

「ちょっと待ち合わせをね」

 

 

 俺の言葉に、眞子が口に手をあてて驚く。

 

 

「えっ、もしかしてホントにデート?」

 

「なんだもしかしてって」

 

「声を掛ける前に、眞子ちゃんがデートだったら邪魔したら悪いって気にしてたんです」

 

「でもお姉ちゃんが挨拶だけでもって言うから……」

 

「別に問題ない。まだまだ時間あるし」

 

 

 まだ、たったの三時間だし。

 

 

「随分と中途半端な時間からなのね、もう四時だけど」

 

「いいや、待ち合わせは一時だった」

 

「三時間近く待ってるってこと?連絡すればいいじゃない」

 

「連絡先の交換もしてないし、来るまで待ってて欲しいって言われてるからさ」

 

「……なにそれ、いたずらじゃないの?」

 

 

 眞子が急に真剣な顔つきになる。

 

 そういう不義理は許せないタイプだもんなお前は。

 

 隣の萌さんは状況を察していないのか、可愛らしく首を傾げている。

 

 

「お前の思ってる程悲惨な状況じゃないから、安心しろ」

 

「なんでそんなに気楽そうなのよ。あんた騙されてるかもしれないのよ?」

 

「たかが三時間だし。まあ気長に待って我慢できなくなったら帰るって」

 

「あたし結構色んな人の連絡先持ってるから、誰か教えてくれれば連絡取れるかもしれないけど」

 

 

 知ってるだろうよ、ななこなんだから。

 

 

「気遣いはありがたいけど、教えられない」

 

「なんでよ」

 

「待ち合わせの相手が正真正銘俺のガールフレンドなら構わないが、今回はただのデートだ。相手にリスクを負わせたくない」

 

「なんで……なんで迷惑かけられてるあんたが庇うのよ」

 

 

 明らかに不機嫌な眞子は「もういい」と口にし、早足に去っていく。

 

 残された萌さんが、謝罪するように頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい、眞子ちゃんが……」

 

「いえ、気にしてません。俺が余計なことを言ったのが発端ですから」

 

「……眞子ちゃん、瞬木くんのことが大事なんです」

 

 もう随分遠くに見える眞子の背中。

 

 その背中を見ながら、萌さんが優しく微笑む。

 

 

「大事だから、蔑ろにされてるのを許せなくて怒ってるんだと思います」

 

「嬉しい限りです。あそこまで露骨に不機嫌になるとは思ってませんでしたけど」

 

「それはきっと……眞子ちゃんも羨ましかったんだと思います」

 

「羨ましい?」

 

「はい」

 

 

 萌さんはそこで口を閉ざし、ニコニコしながらこちらを見ている。

 

 これ以上語る気はない、と。

 

 俺はポケットから財布を取り出し、お札ではない紙を一枚萌さんに差し出す。

 

 

「これ、花より団子の引換券です。あいつ連れてってやってください」

 

「?」

 

「俺あそこの常連みたいなもんなんで、よく貰うんですよ。二人の気分を害したお詫びです」

 

「そんなこと気にしなくても……」

 

「眞子をいつまでも怒らせておくと、俺の命が危ういですから」

 

 

 萌さんの手のひらに半ば無理矢理に引換券を乗せると、彼女はもう片方の手を俺の手に乗せて優しく包んでくる。

 

 

「ありがとうございます。眞子ちゃんを誘って行ってきます」

 

「ご機嫌、取っておいてください」

 

「はい。でも」

 

 

 優しく包まれた手が、よりしっかりと萌さんの温度を伝えてくる。

 

 

「私だって、怒ってるんですよ」

 

「え」

 

「ちゃんと自分も大事にしないと駄目ですからね」

 

「……肝に銘じておきます」

 

 

 引換券を受け取り、「それでは」と会釈して眞子を追って歩く萌さん。

 

 しばらく外にいて冷えていた手に、まだ暖かさを感じる。

 

 

「お互い様じゃないですかね」

 

 

 

 

 

 

 更に二時間が経つ。

 

 日は完全に沈み、人通りも随分と減った。

 

 映画館こそ夜遅くまで開いているが、このぐらいの時間から徐々に商店街の店は閉まり始める。

 

 例の骨折もあって正直脚の痛みも馬鹿にならなくなってきたが、まだ帰るわけにはいかない。

 

 ここまで待ったんだ、この脚には悪いがもう少し付き合ってもらおう。

 

 

 

 

 

 

 まもなく時計の針が美しく直角を描く頃合い。

 

 もう辺りの店は軒並み店仕舞いしており、外灯以外だと映画館から洩れる明かりのみが道を淡く照らしている。

 

 目を閉じて無心を保っていたが、このまま立ち尽くすには脚がもう限界。

 

 

「どうして、帰らないんですか」

 

 

 声を聞き、目を開く。

 

 目の前には今にも泣き出しそうな顔をしたななこ。

 

 脚の痛みや映画館の受付さんの視線を耐えて、ギリギリまで待った甲斐はあったらしい。

 

 

「丁度良かった。これ以上は脚が限界だったんだ」

 

 

 長らく背を預けていた柱から離れ、ぐっと伸びをする。

 

 

「さて、お嬢さん。夜のデートは如何かな」

 

 

 

*────────*

 

 

 

「人が少ない夜にここを闊歩するのって、気分がいいよね。自分だけの世界って感じで」

 

 

 瞬木くんに連れられて、商店街を出て桜並木まで歩いてきた。

 

 彼の言うとおり周りには人がおらず、ただ彼の声のみが辺りに響いている。

 

 今のあたしにはそれがとても苦しく、胸が痛い。

 

 

「もう数え切れないほどにこの道を歩いてきたけど、俺は一向に飽きなくて」

 

 

 長くても三時間。

 

 三時間程度待ってあたしが来なければ、きっと諦めて帰るだろうと思ってた。

 

 でも彼は。

 

 瞬木くんは帰らず、ずっと同じ場所で待っていた。

 

 なんで帰らないんだろう。

 

 途中から、それしか考えられなかった。

 

 

「小さな島ではあるけど、たくさんの物語が生まれるこの島が、俺は大好きで」

 

 

 時間が経つほどに、胸は痛む一方だった。

 

 早く帰ってと。

 

 あたしを待たないでと。

 

 ペンを握っていた手は、いつの間にか祈るように組まれていた。

 

 

「だからこそ、俺にとってこの島で過ごす一分一秒は凄く大事なものなんだ」

 

 

 喫茶店が閉まってもなお、瞬木くんはそこに立ち続けていた。

 

 無理だった。

 

 彼を放って、一人家に帰るなんて。

 

 

「……最初は、朝倉くんに頼むつもりでした」

 

 

 震える喉から、絞るように声を出す。

 

 足を止めたあたしに合わせて、彼は歩みを止めてこちらに振り向く。

 

 

「一昨日のあの時、朝倉くんを探してたんです」

 

 

 朝倉くんに出会った日。

 

 朝倉くんとぶつかってしまい、持っていた原稿をあたしが落として、ヤギに全部食べられてしまった。

 

 ぶつかってしまったのは事故なのに、朝倉くんは責任を取ると言って、それからあたしのお願いを聞いてくれるようになった。

 

 大抵は、男の子のことを知るために色々質問してただけで、無理なお願いはしてこなかった……と、自分では思ってる。

 

 でも今回のお願いは、あたし自身したくないお願いだった。

 

 だから、あの時朝倉くんがいないと分かって内心ホッとしていた。

 

 

「幸か不幸か、丁度俺に声をかけられた」

 

「朝倉くんも瞬木くんも、最近出会ったばかりですが、どちらも大事なお友達でした。でも……」

 

 

 あたし自身の夢のために。

 

 リアルを知り、リアルに描くために。

 

 ここを逃してしまったら、きっと二度と言い出せない。

 

 そんな一時の気の迷いで、大事な友達を傷付ける選択をとってしまった。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 頭を深く下げて、瞬木くんに謝罪する。

 

 

「いいよ、別に」

 

 

 あっさりと彼は許しの言葉を口にしてしまった。

 

 心のどこかで安堵している自分がいることに、酷く吐き気がする。

 

 

「第一、責任の全てがななこにあるわけじゃない。いつまで待てばいいだとか、別の日にすればいいじゃないかとか。そういう事を言い出さなかったのは俺だから」

 

「違います、あたしが悪いんです!待っててくれた瞬木くんは、なにも……悪くないんです」

 

 

 まるで頭を押さえつけられたみたいに、罪悪感から瞬木の顔を見れず下を向いてしまう。

 

 はぁ、と彼の溜め息が聞こえると、あたしのおでこにコツンとなにかが当たった。

 

 指……?

 

 

「俺が今してやれる最大限の罰だ」

 

「……もしかして、今のデコピンだったんですか?」

 

「一応な。俺からなにかしらの罰がなきゃ納得出来ないだろうから、泣き出しそうな女の子相手にできる俺の限界」

 

 

 とても罰とは呼べないような、痛みなんて全くない触れるだけのデコピン。

 

 

「それに与えるまでもなく、しっかりと自責の念を感じてるでしょ。それで十分」

 

 

 この前出会ったばかりなのに、なんでそんなに。

 

 瞬木くんは視線を外し、斜めに顔を上げる。

 

 視線の先が月なのか、星なのか、舞っている桜なのか、あたしには分からない。

 

 

「いいか、ななこ」

 

「自分の目的のために誰かを切り捨てるという行為を、俺は咎めない」

 

「けどこの行為は、ある種の才能が伴う。優しいヤツほど罪悪感を覚えるからな」

 

「本人に覚悟や執念があっても、ふとした時にどうしたって後悔が襲ってくる」

 

「ななこにこの才能はないよ」

 

 

 優しく言い聞かせるような言葉に、目の前にいる彼が一瞬酷く年老いて見えた。

 

 

「なんで俺がこんな時間まで待ってたと思う?」

 

「なんで、ですか?」

 

「たとえどんなに用事があっても、どんな目的があっても、ななこは来るだろうと思ってたから」

 

 

 再び彼がこちらを向く。

 

 真っ直ぐあたしの目を見て、笑った。

 

 その笑顔に、胸が苦しくなる。

 

 

「ななこが優しいってこと、二番目くらいには分かってる自信あるんだわ」

 

 

 

*────────*

 

 

 

「で、どういうことなんですか?」

 

「あの子バカでさ。俺の様子見るために親御さんに今日は友達の家に泊まるって嘘の連絡したらしくて」

 

「はい」

 

「この時間に誰かに連絡して急に泊めてくれなんて言えないから、今日はここで反省しますなんて言い出したんだよ」

 

「はい」

 

「春が近いとはいえ三月の野外だぞ?そのまま放っておいて帰るわけにもいかないだろ」

 

「はい」

 

「だから……まあ、そういうことだよ」

 

 

 

「凄いです瞬木くん!まるで図書館にでも来たみたいです!」

 

 

 

「さっきまであんなに元気なかったのに、凄いテンション上がってますね」

 

「本、とりわけ漫画が好きだからな」

 

 

 書斎ではしゃぐななこを、ミハルと並んで眺める。

 

 まあ明らかに一般家庭の蔵書を遥かに越える数あるから、本好きには壮観かもしれない。

 

 

「なんでうちに連れて帰ってきちゃうんですか!」

 

「仕方ないだろ。俺とてこの時間に他所様を頼る真似はしたくない」

 

「うぅ、美春さんが先輩の家にいるってあらぬ誤解を受けちゃいますよ!」

 

「安心しろ。ミハルもデータで分かってるだろうが、美春本人とななこは接点がほとんどない。お前が自分をミハルと言っても、さして問題もないだろ」

 

「うぅ~、でも!ミハルが知らないだけで彩珠さんは美春さんをしっかり覚えてるかも」

 

「うちに来たときの様子を見ても分かっただろ?明らかにミハルに対して初見の反応だったじゃないか」

 

「うぅ~~!わん!」

 

「落ち着けって」

 

 

 仮にななこが美春を知ってても、午前中にかけた認識阻害の魔法を応用して別の容姿で見えているため、バレる心配は一切ない。

 

 それでもミハルは不服のようだが。

 

 

「にしても随分と似合ってるじゃないか、メイド服」

 

「ホントですか?先輩に見てもらいたくてこれ着て待ってたんです!」

 

 

 見てと言わんばかりに、その場でくるりと回転してポーズをとるミハル。

 

 杉並曰く、今ミハルが着てるメイド服はフレンチスタイルというらしい。

 

 

「うん、可愛いと思うぞ」

 

「えへへ、いざ言われると照れちゃいますね……」

 

 

 元がいいとなに着ても映えるもんだな。

 

 とにかく、ご機嫌になってくれたようでなにより。

 

 

「瞬木くんこれ、全部読んでもいいんですか?」

 

「好きにしていいが、奥の本はイギリス英語だから読めないと思う。寝たくなったらミハルに声かけてくれ」

 

「大丈夫です!多分寝ませんから!」

 

 

 元気になったなぁ……まあそれくらいの方がこちらとしてもありがたいが。

 

 

「夕飯って用意あるか?」

 

「はい、一応用意はありますよ。でも一人分しかありませんけど……」

 

「ならななこに聞いておけ。本人が必要ないと言ったら夜食用におにぎりを一つか二つ握ってやればいい」

 

「先輩はどうするんですか?」

 

「とりあえず俺は風呂入ってから考える。お前も寝たかったら寝ていいぞ」

 

「分かりました。でも、ミハルどこに寝ればいいんです?彩珠さんにはミハルのベッドを使ってもらうんですよね」

 

「俺のベッドで寝ていい」

 

「先輩おやすみなさい!」

 

「やることやってからな」

 

 

 

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