cal. 作:オタクは末端冷え性
まだ寒いですね
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「おはよう、瞬木」
「ん、おはよう工藤」
人が殆どいない早朝の教室。
いつもの如く適当に買った小説を読んでいると、バカ仲間の一人で常識人枠である工藤が声をかけてくる。
「相変わらず早いな、オレでもかなり早い方だと思うんだが」
工藤が寂しい教室を見渡しながら言う。
「たまに学校側から心配されるくらいだからな」
そうぶっきらぼうに答えると、視界の端で工藤の指先に力が入ったのが見える。
「……そうか」
「変に気を使うなよ?家にいても暇だから早く来ているだけだし」
小説から目を離し、顔をあげて工藤を見る。
相変わらず美形の顔してやがるなコイツ、流石女子に大人気なだけある。
途中で言葉を止めたからか、工藤は「?」といった感じで首をかしげている。
お前がそれをやると、そこらのあざとい女子よりも破壊力あるぞ。
「それに、こうして早く来てお前と話せるのは、存外楽しいんだぞ」
本心とはいえど、キザ過ぎて言ってる自分も少し恥ずかしくなるような言葉。
だが考えや想いをちゃんと口に出すことの重要性は、身に染みている。
嫌というほどに。
素直な言葉を口にすると、工藤は目を点にして……理解して咀嚼したのか顔を朱に染めて顔を反らす。
「……そういうのは、女子に言ってくれ」
「はいはい」
工藤は逃げるように自分の席に戻っていく。
あいつもまだまだだなぁ。
────────
人が賑わってきた朝の教室。
読んでいた本に影が差し、隣を見るとこの時間にしては珍しいやつが席に座った。
「明日は槍でも降るのか?」
「工藤にも似たようなこと言われた。そんな珍しいか?」
「寝るのが大好きな純一がまともに登校してくるのは事件だろう?」
「ほっとけ」
隣の席、バカ仲間の朝倉純一が時間に余裕をもって登校してくるのは珍事だ。
純一が席につき机に突っ伏すと、最後のバカ仲間が「朝から絶好調だな、朝倉」と寄ってくる。
「俺のどこをどう見たら絶好調に見えるんだ?」
「なに、いつも通りということさ」
「違いないな」
朝倉の肩をぽんぽんと叩く杉並に同意してやる。
杉並は頭脳明晰で運動神経もなかなかと総合的にかなり優秀な男。
ちなみに顔も悪くない。
しかし女子からの人気が高くないのは、そのぶっ飛んだ思考と行動力ゆえだろう。
「瞬木はどうだ?」
唐突に杉並に話を振られる。
「悪い、話聞いてなかった。くだらなくないなら教えてくれ」
「『白河ことりが卒業までに何人に告白されるか?』という素晴らしいクイズ大会だ。くだらなくなかろう?」
「賭けだろそれ」
杉並は否定しつつ、正解者には豪華景品があると告げる。
「お前は何人沈むと思う、瞬木」
「んー、まあ相当数は撃沈するんだろうな」
「まったく、あんた達ってほんと、しょうがないわね……」
朝倉の奥から、水越眞子が蔑むような目でこちらを見ている。
「杉並と一緒にするな眞子。俺はまともだ。」
「おい純一、『俺は』じゃなくて『俺達は』と言え。俺もヤバいみたいだろ」
「何を言う、My同志たちよ。共に戦った仲ではないか」
ゲーセンのガンシューティングを引き合いに出しても説得力とかないぞ。
なんなら俺は後ろで見てただけだわ。
同志よ、と腕を組み合う杉並と純一を見て、水越が俺らに「……ほんとあんた達バカ」と呆れている。
俺を含めるな。
────────
「みんなにクラスメイトを紹介する」
担任の暦先生がHRで転校生を紹介し、クラスの中の視線は彼女に注がれる。
本校に進学する直前の時期だが、家庭である神社の都合でここに通うことになったらしい。
名を胡ノ宮環。
名が体を表すが如く、彼女は品があり奥ゆかしさを感じる。
そんな胡ノ宮さんは教室内で何かを探すように視線をさまよわせる。
「あの、朝倉様は……」
そう呟いた彼女の言葉に、今度は先生含めクラスの視線が純一に向く。
当の本人は自分の名前が急に出てきて呆けている様子。
「朝倉とは知り合いだったのか?」と暦先生が聞くと、胡ノ宮さんはとんでもない爆弾を投下した。
「はい。あの……私、朝倉様の許嫁なんです」
────────
昼休み。
まだ教室内は胡ノ宮さんの許嫁宣言でざわめいている。
純一は妹、朝倉音夢にイイ笑顔で引き摺られて教室から出ていった。
昼飯ついでに尋問されるんだろう、音夢さん存外と怖いからな。
詳しい話はそのうち純一から聞くとして、それより今考えるは腹ごしらえ。
今日は面倒で弁当もないから食堂か購買のパンのいずれか。
さて、昼飯はどうしようかというところで暦先生に捉まる。
「用があるから、悪いが備品室の鍵を返してきてくれ」
そう言って俺に鍵を押し付け、先生は去っていく。
いずれ、かの邪智暴虐の師を除くとしても鍵は返しに行かなければいけない。
購買に寄ってパンを買った脚で管理室に向かう。
管理室は最上階にあるため、ひたすらに階段を上るしかない。
上りきった先の管理室に鍵を返し、手に持ったパンを食う場所を求めて辿り着いた先は鉄の扉。
この冬に屋上に行こうだなんて我ながらとち狂ってる。
だが仕方がない、俺の本能が今日はここがいいと叫んでいるのだから。
冷えた空気を浴びるだろうことに意を決して、扉を開ける。
「お姉ちゃん、ポン酢ちょうだい」
「はい。大根もいる?」
「ううん、いい」
「そう、じゃあ白菜入れるね」
「うん」
………ん?
「いや、俺以上の気狂いがいるかと」
「言っとくけど、あたしがしてる訳じゃないからね。あたしはお姉ちゃんに付き合ってるだけだから」
ツンデレみたいなセリフを吐きながら、鍋の灰汁を取っている水越。
「水越萌と言います。宜しくお願いしますね」
水越とは真逆で間延びした、ぽわぽわしてる自己紹介。
見かけたことは今まで何度かあるから分かっていたが、やはり水越の姉らしい。
「どうも、瞬木です。よく木琴を叩いてる方ですよね」
「え?ご存知なんですか?」
「えぇ、まぁ」
この学園は特徴的な人が多いが、木琴叩きながら目を閉じて登下校してる人なんてこの人しか知らん。
「で、瞬木は何しに来たの」
萌さんと話していると、水越が訝しんだ目でこちらに尋ねてくる。
「備品室の鍵を返すように先生に言われてな」
「それでなんで屋上に来るのよ」
「内なる俺がここで昼飯を食えってな」
「……はぁ、あんたも大概バカ組の仲間よね」
「失敬な、俺はあいつらほど背中の曲がったジジイでも真性の狂人でもないわ」
そんないつもの言葉のドッジボールをしてると、萌さんがニコニコと微笑んで楽しそうにしている。
「眞子ちゃんと仲良しなんですね」
「そう見えますか?」
「ちょっと、お姉ちゃん?」と水越がやいのやいのと文句を言い始めるが、萌さんは気に留めていない。
「はい、とっても仲良しさんなんだなと」
「色々と文句言いつつも下らないことに付き合ってくれるいいヤツですからね。コイツのそういうとこ、好きなんで」
「は、はぁ?!」となおさら水越が騒ぐがやはり萌さんはそっちのけでニコニコしている。
「そうですか、これからも眞子ちゃんと仲良しでいてあげてくださいね」
「呆れられないよう、頑張りますよ」
だんだん水越もしおらしくなり、顔を赤くして押し黙る。
口こそ少し悪いが何だかんだ乙女だから、こういう直球にはあまり耐性がないんだろう、ういヤツめ。
「でもそうだな、萌さんもいるし俺も眞子で呼んだ方がいいのか」
「ンン、そうよ。というか最初から眞子でいいって私は言ってたでしょ、まったく」
コホン、と恥ずかしさをリセットするように咳払いをする眞子。
「そんで、ずいぶん旨そうなもの食ってるけど、どうしてこんなクソ寒いとこで鍋つついてんの?」
「眞子ちゃんが教室じゃダメだと言うので」
「あたりまえでしょう。教室なんかで食べれるわけないじゃない」
「部室……は音楽室か。無理そうだな」
眞子はフルートやってるし、木琴叩いてるところから察するに萌さんも音楽部だろう。
なるほど無理がある。
「瞬木くんはパンがお好きなんですか?」
「あぁ、いえ。今日は面倒で弁当作らなかったので、味気ないけど適当に購買のパンで済ませようと」
「そうよね、瞬木はお昼お弁当持ってフラフラしてるイメージが結構あるから」
「人を浮浪者みたいに言うな」
確かにどこかで固定して飯を食うこともないからフラフラはしてるけど、その言い方は俺に効く。
「もしよかったら、一緒に食べませんか?お鍋は大勢で囲った方が美味しいですから」
「いいんですか?ご迷惑じゃないなら是非にと言ったところなんですが……」
萌さんからの嬉しい提案に、隣で半眼になっている眞子に視線を向ける。
「別に、お姉ちゃんがいいなら私は何も言わないわよ」
「おぉ、眞子お嬢様からもお許しが出るとは」
「人をなんだと思ってるのよ」
「ディオニス」
「よほど胃の中を空っぽにしたいらしいわね」
拳を握り目を鋭くする眞子を見ないようにしつつ、萌さんから皿と箸を受けとる。
グツグツと煮えてる鍋。
同じテーブルに乗っている錠剤の瓶に一瞬だけ視線をやりつつ、鍋に箸をのばす。
「では、頂戴しますね」
「はい、いつもここで食べてますから、よかったらまたいらして下さい」
「本当ですか?では今度こちらのお弁当もご馳走させていただきますね」
「あら、楽しみにしていますね」
俺と萌さんで勝手に話が進み、また今度ご一緒することになった。
隣で眞子が呆れるような半眼だったことを気にしたら負けだろう。
────────
今日は土曜日なので午前で授業も終わり。
鍋の片付けを手伝っていたこともあり教室は人がまばらになっている。
カバンがないのをみるに、純一や音夢さんは帰ったのだろう。
杉並は机でなにかを熱心に書いてるし、一人で帰るとしよう。
校舎、校門を出て桜並木を歩く。
ピークは過ぎているため、人通りはさほど多くない。
美しく桜が舞い散るこの道は、何度通っても飽きることはない。
「ん」
視界の端、隠れるように桜の木の影で学生服の男女が向かい合ってるのが見えた。
男子の方はガッチガチで、女子の方は困ったような顔を浮かべている。
今朝言っていた杉並の、学園のアイドル『白河ことり』への告白大会だ。
おそらく断りを入れているのだろう。
申し訳なさそうに頭を下げた彼女は、男子の前から走るように去っていった。
「さて、今年は何枚散るのかね」
────────
もう日も沈みかけている夕方。
「よし、こんなもんでいいか」
肉じゃがを冷ましてタッパーに入れ、家を出る。
片手でタッパーを持ちながら、すぐ近所にある家のインターホンを押す。
少し待つと、おもむろに玄関の扉が開く。
「なんか気分悪そうだな?」
「あぁ、東京タワーが思ったよりBIGでな……」
「は?」
意味の分からないことを述べている純一に持ってきたタッパーを渡す。
「お、今回は肉じゃがか。いつも悪いな」
「言うほどいつもじゃないだろ、気が向いたらだ」
「それでも俺たちにとっては貴重な家庭の味なんだよ」
こいつら若いくせしていつもデリバリーなんて栄養片寄りそうなもんばかり食ってるから、ちょくちょくこうやってお裾分けをしてやる。
「この時間にインターホン押してお前が出てくるってことは、音夢さんまた体調やった?」
「お察しの通りです」
「そうか。冷蔵すれば明日でも食えるから、元気なときにでも食ってくれ」
じゃあ、と帰ろうとすると純一に少し待ってろと言われボーッと待ってると、再び出てきた純一の手には妙な形のチョコがあった。
「なんだそれ」
「BIGの脚だ」
「は??」
それだけ言って俺にチョコ渡すと、肉じゃがに感謝しつつ玄関を閉じていった。
とりあえず手に持った歪なチョコに噛みつく。
めっちゃ食いづらい。