cal.   作:オタクは末端冷え性

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「病み上がりとは思えない出来だったな」

 

 

 練習を終え、四人で校門に集まる。

 

 

「えっへん、って胸を張りたいところですけど、正直間に合ってよかったって撫で下ろしちゃってます」

 

 

 安堵した表情でそう語ることり。

 

 ことりが快復し、本番を明日に控えた最後の練習。

 

 満を持してことりから羽ばたいた美声は、自らの後れを全く感じさせることもなく。

 

 また、ことりにチューニングしたともちゃんとみっくんの演奏により、パフォーマンスは最高のものに仕上がっていた。

 

 

「ことりは今日もこの後、あの場所で歌の練習するつもり?」

 

「え?うん、そうだよ」

 

 

 ともちゃんが心配そうな様子でことりに尋ねる。

 

 あの場所とは、例の桜の木がある場所。

 

 そういえば、最近は予定が多くてあまり足を運べてないな。

 

 

「今日はやめておいた方がいいよ。あまり風に当たるのもよくないし」

 

「え~……そんな海辺に佇むわけじゃあるまいし……」

 

「春は風が強いんだから、ね?」

 

 

 快復したとはいえ、昨日まで自宅のベッドで療養していた身だ。

 

 たとえ本人が問題ないと口にしても、どうしたって不安にはなるだろう。

 

 

「ともちゃんの言うとおり、今日は大人しくしといた方がいいんじゃないか?出来は間違いないんだし」

 

「うーん……そうですね」

 

 

 こちらの心配を察したのだろう。

 

 ことりも無理に食い下ろうとはせず、素直にこちらの意見を受け入れる。

 

 

「じゃあ、みんなで花より団子にいかない?迷惑かけたお詫びにおごるから」

 

 

 ことりのその言葉に、ともちゃんとみっくんとが顔を合わせる。

 

 そして二人が口を開く、その前に。

 

 

「ここまで着いてきといてあれなんだが、俺まだ学園に用事があってな。三人で行ってきてくれないか?」

 

「えっ」

 

 

 遮るような俺の言葉に、示し合わせていた二人は驚いていた。

 

 

「そうなんですか?なら瞬木くんの用事が終わるまで待ってても……」

 

「いや、結構真面目な用事でさ。早く終わらせようとか、そういう意思を持って作業するわけにいかないから今回は遠慮するよ」

 

「そっか。瞬木くんがそう言うなら、本当に大事な用事なんですね」

 

 

 ことりは眉尻を下げながらも、笑みを浮かべる。

 

 

「そういうわけだから、二人はことりが無理しないようにちゃんと見張ってくれよ」

 

「は、はい。分かりました」

 

「えーっと、それは任せてください」

 

「もう、私はそんなにヤワじゃないのに~」

 

 

 どの口が言ってる病弱娘め。

 

 

「それとことり、これ」

 

「はい、なんですか?」

 

 

 俺はポケットからそれを取り出し、ことりに渡す。

 

 

「お守り?」

 

 

 両手で受け取ったことりは、首を傾げながらそれを見つめる。

 

 俺は御守りを持つことりの手を覆うように、しっかりと手を握る。

 

 

「あっ」

 

「いいかことり。明後日の朝までこれを肌身離さず持っていてくれ。家から出るときは必ずだ。いいな?」

 

「う、うん」

 

 

 ぎこちなくはあるが、ちゃんと返事が聞けたので、俺は手を離し三人に背を向けて学園に戻る。

 

 

「それじゃ、楽しんできなー」

 

「あ、うん。バイバイ」

 

 

 呆気にとられていたが、あの様子ならちゃんと守ってくれるだろう。

 

 さて行きますか、体育館。

 

 

 

*────────*

 

 

 

「気を遣うつもりが、遣われちゃったね」

 

「うん。有無を言わさず行っちゃった」

 

 

 瞬木くんの背中を見つめながら、ともちゃんとみっくんが言う。

 

 

「きっと瞬木くんは、私達三人の時間も大事にしてほしいんだと思う」

 

 

 昨日の瞬木くんの話。

 

 そんな先のことを考えたことはないから、彼の話に理解を示すことはできなかった。

 

 けれどなんとなく、それが些細な幸せであるということは想像に難くなかった。

 

 

「でも用事があるのは本当だったと思うよ。瞬木くんなら、もっと嘘だって分かりやすい理由で遠慮するから」

 

 

 なんとなく気分じゃないとか、おそれ多いとか。

 

 なにそれみたいな理由を使うこと多いからなぁ。

 

 

「さすがに瞬木君のこと、詳しいね」

 

「そ、そうかな?」

 

「それでなんで付き合ってないのって感じだよ」

 

「もう、そんなこと言うみっくんは、自分でお代を払うってことでいいよね?」

 

「そんなご無体な~」

 

 

 ……詳しいのかな。

 

 合ってる保証なんてどこにもない。

 

 ただ瞬木くんなら言いそうだなって、そう思っただけ。

 

 手の中にある、彼から渡されたお守りに視線を落とす。

 

 

「なんのお守りなんだろうね」

 

「健康祈願とかなんじゃない?」

 

 

 二人も覗きこむようにお守りを見る。

 

 見た目は普通の、銀白色をベースで編まれたお守り。

 

 けど、お守りの表面に文字の刺繍はなくて、なんのお守りかは分からない。

 

 

「明後日の朝……」

 

 

 卒パの間は持っててほしいってことなのかな。

 

 でもそれなら、わざわざあんな遠回しな言い方しないはず。

 

 ……もどかしい。

 

 最近、瞬木くんをより近くに感じるようになった。

 

 以前よりも距離感が近くなったのかな、瞬木くんから触れられることが多くて、その度にどきどきしてしまう。

 

 彼と話し、彼に触れる度に、自分の中にある感情がより大きく、より鮮明に形を帯びていく。

 

 もう抑えることも、誤魔化すこともできなくなってしまったこの気持ちを、明日……明日ステージで。

 

 

「……っ」

 

 

 もし拒否されてしまえば、瞬木くんとの関係は崩壊してしまうかもしれない。

 

 優しい彼のことだから、私が辛くならないように気遣って距離を取ってしまうかもしれない。

 

 遠くに、いってしまうかもしれない。

 

 怖い。

 

 まるであの頃に戻ったような、そんな怖さが……

 

 

「……とり。ねえことり、大丈夫?」

 

「あ……うん、大丈夫だよ。それじゃあ行こっか」

 

 

 瞬木くんと出会って、彼には必要ないと思っていたこの魔法。

 

 でも今は。

 

 今は彼の心を読めないことが、こんなにももどかしい。

 

 

 

*────────*

 

 

 

 目的を終えて、昼飯を買いに購買へとやってきた。

 

 もうしばらくすると下級生の午後の授業が始まる時間なので、売れ残りしか置いていない。

 

 

「のんきなのは俺ぐらいか」

 

 

 明日の準備のために、体育館内は怒号と人が飛び交っていた。

 

 あまりの人目の多さに派手なことはできなかったが、最低限やるべきことはできた。

 

 あとは明日、俺の手で起動させるだけ。

 

 ……それにしてもなんか今日は甘いものが多いな?

 

 

「あ、そっか。今日ホワイトデーか」

 

 

 売れ残りとはいえ、まだ豊富な数の洋菓子が並べられていて、個人的にはありがたい。

 

 せっかくだし、自分用になにか買っておくか。

 

 昼飯用に適当な菓子パンと飲み物を手に取り、菓子を吟味する。

 

 

「お、マカロン。珍しいな」

 

 

 時代的にまだ日本にはそんなに普及してないはず。

 

 手にとって値段を見てみると、やはり学生には少しお高めな値段がつけられている。

 

 しかし興味本位で買っていった学生が何人かいたのだろう、残りはこの箱一つだけ。

 

 その気になれば自分で作ることもできるが、既製品を食べれる機会もそうそうないし買っとくか。

 

 マカロンの箱と、隣にあったキャンディをいくつか手に取り、レジに向かった。

 

 

 

 

 

 

「お、間に合ったか」

 

「あれ瞬木、どうしたの?」

 

「あ~、瞬木くん。こんにちは~」

 

 

 購買で買ったものを手に屋上に向かうと、途中の階段で荷物を持った水越姉妹が降りてくる。

 

 

「鍋食べに来たの?もうとっくに食べ終わっちゃって戻るところよ」

 

「ごめんなさい、瞬木くん」

 

「いや、目的は鍋じゃなくてだな」

 

 

 またしてもポケットからものを取り出す。

 

 なんか気分は青ダヌキだな。

 

 

「萌さんにこれを渡したくて」

 

「これは……なんですか?」

 

「なにこれ、数珠?」

 

「当たらずとも遠からずって感じかな」

 

 

 黒っぽい色味の丸い石が、幾つも連なっているブレスレット。

 

 それを萌さんに渡す。

 

 手に持って首を傾げる萌さんと、覗きこんでそれを見つめる眞子。

 

 

「スモーキークォーツっていう石で……まあそんな細かいことはどうでもいいか」

 

「あら~、もしかしてプレゼントということでしょうか?」

 

「そう受け取ってもらって構いません。とりあえず、しばらくそれを身に付けてて欲しいんです」

 

 

 どこか目をキラキラさせているようにも見える萌さん。

 

 

「色とか好みじゃなくて着けたくないってことなら、装着しなくてもいいです。ただ、必ず所持はして欲しくて」

 

 

 そう言ってる最中にも、萌さんはブレスレットに手を通して手首に着けた。

 

 

「ありがとうございます、とっても嬉しいです」

 

「……そうですか。気に入っていただけてるなら何よりです」

 

 

 杞憂だったようだ。

 

 まあこの人らしいといえばこの人らしいか。

 

 

「じゃあ俺は屋上に用事が」

 

 

 あ、そういえば。

 

 

「そうだ眞子」

 

「なによ?」

 

 

 購買の袋に手を入れ、悩む。

 

 一応自分用に買ったんだよなこれ。

 

 でも適当に買ったキャンディを渡すのもなんだし、いいか。

 

 

「これやるよ」

 

「……え?これ」

 

「確か先月配ってたやつ貰ったから、そのお返しってことで。じゃあな」

 

「え?ちょ、ちょって待ってよ。ねえ瞬木!」

 

 

 マカロンの箱を眞子に押し付け、階段を上がる。

 

 あいつあんまり好き嫌いないし、いらないとか言われても悲しくなるからさっさと去るとしよう。

 

 

 

 

 

 

「眞子ちゃん、何を貰ったの?」

 

「……マカロン」

 

「……ふふっ、よかったね眞子ちゃん」

 

「多分知らないで渡してきただけでしょ」

 

「でもお顔は喜んでるみたいだよ?」

 

「……気のせい、気のせいだから」

 

 

 

────────

 

 

 

 時刻は逢魔時少し前といったところであり、夕食の材料を買いに来た主婦の方々は、既に戦利品を手に帰還している頃合いだろう。

 

 そんな人が減ってきた商店街を、買い物袋片手に歩く。

 

 

「今日は随分歩いたな」

 

 

 屋上での用事が済んだあと、学園を出てそのまま神社へ。

 

 胡ノ宮さんはおそらく巫女部の活動だったんだろう。

 

 いれば声をかけたかったが、不在だったので参拝を済ませて商店街へ移動、食材の買い出しをして今に至る。

 

 

「あれ、音夢さん」

 

「あ、瞬木くん」

 

 

 帰り道を歩いている途中、通りかかった店から出てきたのは、ここのところ話す機会がなかった音夢さん。

 

 

「この時間に夕飯の買い物?」

 

「はい。風紀委員の仕事がさっき終わったばかりですから」

 

 

 そう言って腕を少しあげてビニール袋をかざす。

 

 ビニールから出来合いの弁当が重なっているのが透けて見えた。

 

 

「買い物済んだなら、一緒に帰らない?純一の最近の様子とか聞いておきたいし」

 

「あ、その……えっと……」

 

 

 純一の名前を出した途端に歯切れが悪くなる音夢さん。

 

 案の定ダメそうだな。

 

 俺は空いてる手で、音夢さんの手に掛かっていた鞄を掠め取る。

 

 

「あっ、なにするんですか!」

 

「正直に吐きなさい。でなければこの鞄は永遠に帰ってこないぞ」

 

 

 テキストなどは入っていないだろうが、多少重みがある鞄。

 

 一瞬ジト目で睨まれるが、音夢さんはすぐに目を閉じて溜め息を吐いた。

 

 

「分かりました……洗いざらい吐きますから返してください」

 

「話を聞いたらね。ほら、歩きながら聞いてあげるから」

 

「わわっ……押さないでくださいよ!」

 

 

 

 

 

 

「倦怠期か」

 

「違います。付き合ってないですし、そもそも兄妹なんですから」

 

「はいはい、そういうことにしといてあげる」

 

 

 軽くあしらっても「ぐぬぬ」と唸るだけで、可愛げはあっても凄味はない。

 

 眞子をも凌ぐ神速の拳が出ないあたり、本調子ではないのだろう。

 

 

「要は好きだし好かれたいけど、兄妹という壁が邪魔って話でしょ?」

 

「いえ、そんな……」

 

「結ばれたとしても壁は多いだろうし、結ばれなかったら今みたいな心地いい関係が壊れてしまうのが怖いと」

 

「その……」

 

「で、距離感を測りかねてどう接すればいいか分からなくなった結果、ここ何日かまともに会話もできてないと」

 

「……」

 

「でも今更自分の気持ちに嘘ついて、元の形に戻れるほど感情のコントロールもできないと」

 

「あうっ……」

 

「不器用っつーかなんつうか」

 

 

 あうあうと、もはや言葉を語れなくなった音夢さんは、隣で顔を赤くしたり青くしたりと忙しそうにしている。

 

 いい青さしてるね。

 

 

「……瞬木くんって時々いじわるですよね」

 

「これでも女の子には優しくしてるつもりなんだが。ま、頑張りなよ」

 

「それだけですか?」

 

「激励の言葉じゃ足りない?今の君は、他人が出した答えを欲してるようには見えないけど」

 

「……」

 

 

 沈黙は時として、雄弁より多くを語る。

 

 

「何をどうするべきか。どうしたいかは、全部自分で分かってるでしょ?」

 

「……うん」

 

「なら外野ができることはないよ。せいぜい不安の捌け口になってやるくらいだ」

 

 

 どうやら話に熱中していたらしく、いつの間にか家の前に着いていた。

 

 足を止めて彼女に向かう。

 

 俯いたその表情は、不安を隠しきれていない。

 

 

「はい、鞄」

 

「あっ……ありがとう」

 

「風紀委員が盗人に礼言ったらおしまいだな」

 

 

 今のところ純一は、メインである音夢さんへの道筋を真っ直ぐ進んでいる。

 

 俺の存在が朝倉兄妹に与える影響は少ないだろうが、問題はさくらさんだろう。

 

 

「じゃあ、次に話す時の結果報告を楽しみにしてる」

 

「そんなすぐに決心できませんよ」

 

「そう?案外すぐに転機は訪れるかもしれないよ」

 

「……じゃあ、また」

 

「ああ」

 

 

 別れを告げた音夢さんは、背中を向け家に入っていく。

 

 

「お互い、元気な姿で会えるといいな」

 

 

 小さく呟いた言葉は、きっと彼女の耳には届いてないだろう。

 

 さて、俺も家に……

 

 

「じーっ」

 

「なにしてんだ?」

 

 

 うちの門扉から、半分顔を出してこちらを見ていたミハル。

 

 

「音夢さんですよね、今の」

 

「あぁ、美春が敬愛する先輩だ」

 

「ちょっと元気なさそうでした」

 

「彼女なりの悩みがあってな。俺としてもうまくいくように祈ってるよ」

 

 

 ミハルの横を通るが、ミハルは変わらずに向こうを、朝倉家を見つめている。

 

 

「ミハル、いつか音夢先輩と話せる日が来るんでしょうか」

 

「……そうだな。彼女が落ち着いたときに、そんな機会があってもいいのかもな」

 

 

 玄関の扉を開けると、たたたっとミハルが駆けこんできて一緒にドアをくぐる。

 

 ……もし俺が、ロボットとしてミハルを音夢さんや純一、月城さんに接触させたいと言えば、間違いなく監督役の暦先生には止められるだろう。

 

 向こうもこちらを信用してミハルを託してくれている。

 

 その信用を裏切るようなことがあれば、ミハルの意思など関係なくこの生活はその瞬間に終わるだろう。

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

 靴も脱がずその場で佇むこちらの顔を、ミハルが覗きこんでくる。

 

 

「……いや、なんでもない」

 

 

 わしゃわしゃと、ミハルの頭を軽く撫でて横を通る。

 

 されるがままだったミハルは、終始首を傾げていた。

 

 

 

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