cal. 作:オタクは末端冷え性
「また随分と遅かったな」
「いや、ヤギがな」
「顔くらい洗ってから登校したら?」
「目は覚めてるっての」
────────
また転校生が来るそうだ。
とはいってもこのクラス来るわけではないから、そうそう接触もないだろうし関わりようもない。
「今週は試験があるからね。ちゃんと今のうちから勉強しておいた方が身のためだよ」
暦先生の、まるで脅しのような連絡から朝が始まり一限目が終わった休み時間。
「よし、噂の帰国子女とやらを見に行こう」
講師が教室を去ったと同時に、杉並が俺たちに勢いよく迫ってくる。
「珍しいな、お前がそういうことに首を突っ込むのは」
「本当ですね、杉並くんがそういうミーハーなイベントに興味を持つなんて」
音夢さんも合流し、俺含めて三人で純一を囲む形となった。
「いやなに、卒業間近に転入してくる帰国子女ときたものだ。並大抵のことではなかろう?」
「つまり未知だ!!」
「……はぁ」
随分と元気な杉並に純一は呆れ、音夢さんは頭を抱えながらため息を吐いている。
「んで、杉並はそういうことらしいが、音夢さんもこういうのに興味あったの?」
「あ、いえ……なんだか先ほどから嫌な雰囲気を感じるという……」
「電波の受信が良くないんじゃないか。それなら屋上に行ったほうがいいぞ」
純一が音夢さんのアホ毛を指差し、「寝癖だろう」と口にした杉並は不可視の拳を顔面に受け倒れた。
「馬鹿だな……女性の髪は命よりも大切だと言うのに」
「お前にそれを言う権利は多分ないぞ」
「本当ですよ」
音夢さんは純一を笑顔で睨みながらとがめてる。
比喩ではなく笑顔から殺気が漏れているあたり恐ろしい。
不可視の拳を顔で受け止めた杉並は机に手をついてヨロヨロと立ち上がる。
「どうなさったの杉並くん?」
「くっ……やはりお前の周囲には時空の断層が展開しているのか?」
「んなわけないだろうが、それはそこにいる「にゃ!」悪魔が……ん?」
不意に猫のような鳴き声……否、声が聞こえる。
各々聞こえたようで、音源である騒がしい廊下を三人は覗きに行った。
俺も覗きに行こうと思ったが、足に違和感を感じて下を向く。
「にゃっ」
足元に白い猫……らしき生き物がすり寄っている。
どこから入り込みどうやってここまできたか不思議なものだが、本人……いや本猫はジッとこちらを見上げている。
しゃがんで軽く触れてみるが、嫌がるような素振りはない、いや足どこだお前。
フシギ猫を抱え、机の上に乗せる。
皆廊下の方に夢中で、こっちを見ている人はいない。
「どっから来たんだ、お前」
「にゃにゃ」
特に何をするでもなく、猫は尻尾を揺らしながらずっと俺を見ている。
廊下の方は……まぁいいだろう、転校生のことは別に今気にするようなことでもない。
この休み時間はこの猫と戯れるとしよう。
「お手できるか?」
「んにゃ」
────────
「時間も時間だからこれで撤収にしよう。週番、挨拶」
普通より五分は早い授業終了の挨拶。
時間に適当なあたり暦先生らしいが、生徒側からするとありがたいことこの上ない。
これから昼休みなわけだが、純一は転校生で幼馴染みのさくらという子の相手をするだろうから邪魔するわけにはいかない。
そうするとなぜか中腰で止まっている純一を置いて教室を出るとして、とりあえず杉並と工藤に話しかける。
「杉並たちはどうするんだ?」
「たまには目先を変えたモノを食いたいと思ってな、外に行くつもりだ」
「お前も一緒に来るか、瞬木」
「あぁ、いや。俺は弁当あるしわざわざ外に出るつもりはないな」
誘いを断ると「そうか、では行くぞ工藤!」と意気込んで出ていく杉並と「はいはい」と着いていく工藤を見送る。
屋上は……この前眞子と萌さんに世話になったばかりだし毎回行くのは気が引ける。
とりあえず中庭あたりで食うのが妥当かなと考えながら弁当を持って教室を出ようとする、が扉越しに青いリボンが左右に揺れている。
「わぁ!」
そっと扉を開けると、そこにいたのは金色の髪をツインテールにした背の低い可愛らしい女の子。
珍しい容姿に、聞かずとも例の転校生であることは一目瞭然。
驚かせないようにゆっくり扉を開けたつもりだが、それでもこの子は慌てふためいている。
少し話しをしたい気もあるが、目的は純一だろう。
「あいつ、待ってるよ」
「あっ」
彼女の横を通り抜け廊下を歩く。
別に今じゃなくても、どうせ話す機会は来る。
それより今は昼飯だ。
「魔法の……?」
────────
「お、ピヨさん」
「あ、瞬木君」
中庭にでて折角だからと日の当たるベンチを探していたら、先客がいた。
「席をお探しですか?」
ことりはそう言いながらベンチの端に寄り、空いてるぞと言わんばかりに自身の隣をペシペシと叩く。
さて、どうしたものか。
この時期にことりと一緒にいるだけで大概の男子から敵視されかねないが。
「私の隣、イヤですか?」
……あー。
「……ご一緒しても?」
「はい、どうぞ」
悲しそうな顔でそんな言われ方されたら座らない訳にはいかないでしょうが。
この際だ、他の視線は一切気にしないことにしよう。
俺が隣に座ると、ことりは満足そうな表情で自分のお弁当を取り出す。
「今日も手作り?」
「もちろん。瞬木君は?」
「俺も弁当だね」
「わっ、じゃあやっと食べさせてもらえるんですね!」
「ん……あぁ、そういえばそんなこと言ったっけね」
ことりとは今までも一緒に昼を過ごすことが何回かあったが、ことりと食べるときはなぜか決まって購買のパンやらコンビニ飯だったりした。
それを見たことりが、お弁当は作らないのかと聞いてきたことが以前あり、たまたま忘れただったり面倒だったりと理由を話すと、
『じゃあ今度作ってきたときは、お弁当のおかず交換しましょう』
なんて些細な約束をした記憶がある。
「そんなに楽しみにしてたの?言ってくれれば作ったのに」
「さすがにお願いしてまで作ってきてもらうつもりはありませんよ。朝の準備だったりお弁当の手間はわかっていますから」
「なるほど、気遣いのできる嫁になりそうだ」
「でしょう?」
少し誇らしげなことりをよそに、自分の弁当を取り出して蓋を開ける。
「すごいですね、思っていた以上にちゃんとお弁当してる……」
「そんなこともないよ。気合い入れて作ったわけじゃないから簡単なモノや作り置きを詰めてるだけだし」
ささみのチーズフライ、アスパラベーコン、パプリカのピクルスなど。
見た目はよく見えるかもしれないが、昨日の残りのフライを除けば大して手間もかからない。
だがそんな弁当もことりのお眼鏡にかなったらしく、興味深そうに見ている。
「これは、炒り卵ですか?」
「そう。今朝調理したやつだから、食感はまだ悪くないと思う。ピヨさんご飯あるならかけてみる?」
「いいんですか?」
「こんなの作っといてあれだけど、白飯の方が好きだからね」
「じゃあお言葉に甘えて……」とことりはご飯にのせて早速口に運ぶ。
「わぁ、ちゃんとふわふわしてる。炒り卵って慣れてないと食感がぼそぼそになりがちだから、ちゃんと柔らかくできるのはポイント高いんですよ」
「下手なもの食わせられないしな。上手くできててなによりだ」
「ふふっ、いい旦那さんになりそうですね」
「そりゃどーも」
自分が作ったものを褒められるのは実に気分がいいものだ。
料理は覚えておいて損がないな。
「じゃあ私からはタコさんウインナーを贈呈します」
「おぉ、これまた随分と王道な」
「基本中の基本です」
人に食べてもらうならともかく、自分で食べる為にわざわざこの形にするあたり、ことりの料理のモチベーションの高さが伺える。
ふむ、たかだか玉子をあげただけでこれを貰うのもなかなか忍びない。
一口サイズのささみフライを箸で挟んでことりの前に持っていく。
「これもそこそこ上手くできてるんだ、ほれ口開けな」
「え?えっと、その」
「なんだ、油ものは嫌いか?」
「い、いえ、そういう訳じゃ……いいんですか?」
「ん?よくなきゃやらないだろ」
「そ、そうですよね」と少し頬の赤いことりは一度深呼吸をしてから口を開ける。
落とさないように、ちゃんと箸まで咥えるように支えて、しっかりと彼女の口にいれる。
もぐもぐと食べていることりを眺めていると、彼女の顔がどんどんと赤くなっていく。
口にいれたものを飲み込んだのを見計らって声をかける。
「どうだった?」
「お、おいしかったですよ」
「そうかそうか、なら満足だ」
「うぅ」だの「あぅ」だのと、ことりが呻いているが美味かったなら良しとしよう。
未だに顔を赤くして自分の弁当をちびちびと食べていることりに聞く。
「そんなに口に運ばれるの恥ずかしかったか?」
「わかっててやってたんですね、もう」
「安心しなよ」
「?」
俺はことりからもらったタコさんウインナーに箸をつけ、自分の口に運ぶ。
「アーンも間接キスも、気の置けない仲の人にしかしないからね」
「っ!もう、瞬木君!」
次があれば気合い入れて弁当を作ってくるとしよう。
おかずの大きさは極力ひとくち大、女の子の口に入る程度で。
久々に食べたタコさんウインナーは、過去の記憶よりあまかった。
────────
「分かってると思うけど、今週の金曜、土曜は学年末試験だからね。ちゃんとベンキョしなよ。赤点とったら、追試だからね」
念を押すように追試という言葉に力を入れる暦先生。
「そうそう。あたしの研究に協力してくれたら、無条件で百点にしてあげるよ」
なるほど、革新的な提案だ。
しかし命で百点を買うのは些かレートが釣り合っていない気がする。
暦先生が週番に合図を送り、HRが終了して席を立つ。
「真っ直ぐ帰るのか?」
隣で、かったるそうに机に突っ伏していた純一が起き上がりつつ聞いてくる。
「いや、神社」
「いつものか」
「あぁ、いつもの」
真っ直ぐ帰るなら同行しようと思っていたのだろう。
神社と聞き、また突っ伏してしまった。
まぁいつものことだから、気にせず行くとしよう。
「瞬木」
後ろを通り過ぎたところで、顔だけ横にしてこちらを向いている純一に声をかけられる。
「なんだ」
「ついでに俺の分も祈っといてくれ」
「何を?」
「ヤギの悪魔が祓えるように」
「……Break a leg」
さて、行くか。
「なんて言ったんだ?アイツ」
────────
小さな島の小さな神社に人の気なんてあるわけがない。
ましてや今は二月末、書き入れ時はとうに過ぎている。
「おっと」
「あっ」
石段を上がりいつもの如く拝殿に向かうと、丁度前で躓いて転びそうになった女の子がいたので支える。
彼女の手から木の板がカランカランと音をたてて落ちる。
「大丈夫?」
「は、はい、ありがとうございます。」
女の子は感謝しながらバランスを戻して、恥ずかしそうに一歩身を引く。
同じ制服で眼鏡をかけた見た目大人しげな女の子。
着ている制服の色から同級生であることが見てとれる。
とりあえず彼女の手から落ちた絵馬を拾おうとすると、
「わわわあーー!!」
と叫びながら女の子は自分の絵馬を俺より先に回収する。
「み、みま……した?」
「?」
「絵馬の内容、見ました?」
女の子は自分の絵馬に書いたことが見られてないか心配らしい。
「いや、なんか書いてある程度にしか見てないよ」
「ほ、本当に何が描いてあったか見ていませんか……?」
「うん、誓って」
俺がそこまで言うと彼女は「よかった……」と安堵して、またすぐに慌て出す。
「ご、ごめんなさい!折角助けてもらったのに失礼な態度をして……」
「あぁ、いいよ。そういうのを見られたくないって人が一定数いるのは分かってるから」
「はい、あの、ありがとうございます」
慌てたり落ち着いたりと忙しい人だ。
けどすぐにそういう点に気付いて謝れるところを見るに、いい子なんだろう。
「あら、あなたは……」
そうこうしていると、背後から声が聞こえ振り返る。
そこにはまぶしい白衣と鮮やかな朱色の袴、つまるところ巫女服を着たファースト転校生、胡ノ宮環がいた。
「こんにちは、ちゃんと話すのは初めましてかな」
「そうですね。ようこそお越しくださいました、瞬木様」
礼儀正しく一礼した胡ノ宮さんは、俺の後ろにいる眼鏡の子に視線を向ける。
「そちらの方は、瞬木様のご友人ですか?」
「いや、彼女は
「ふあぁぁぁ……、すごい……本物だぁ」
眼鏡の子は目をきらきらと輝かせながら、胡ノ宮さんの姿を見つめている。
どうやら胡ノ宮さんの声は届いていない様子。
「あ、あの……」
胡ノ宮さんが怪訝そうな表情でもう一度声をかけると、眼鏡の子は慌てて反応する。
「ご、ごめんなさい!また悪い癖が……」
「胡ノ宮環と申します。瞬木様のご友人でいらっしゃいますか?」
「あ、いいえ。この方には先ほど転びそうだったところを助けてもらっただけで、友人という訳では……」
「と、いう感じ」
「これは、失礼致しました」
また胡ノ宮さんが一礼すると、眼鏡の子も「こ、こちらこそ!」とつられて礼をしている。
「今日はおふたりともお詣りですか?」
「俺はね」
「あたしは絵馬を掛けに」
「そうでしたか。では、どうぞこちらに」
そう言って胡ノ宮さんが先に立って歩き出し、と思えばすぐに振り返った。
「参道を歩かれる時は端を歩いたほうが良いですよ」
「あぁ、中央は神が通るってやつ?」
「はい。参道の真ん中は神々が通られますので、人はそれを避け、端を歩くのが古くからの習わしなのですが……」
俺の先程の言葉を聞いて、胡ノ宮さんは意外と言うような表情をする。
「同い年でこのようなことを知っている方は珍しく、つい驚いてしまいました」
「あ、あたしは全然知りませんでした……」
眼鏡の子は喋りながら、メモ帳のようなものを取り出して書き込んでいる。
そんな彼女を横目に、俺は少し苦笑いを浮かべながら答える。
「あー、まぁ知識はそれなりに持っててね。受け売りだったり雑多なことばかりだから正しいかは怪しいところだけど」
「いえ、知識を多く持つことはそれだけ多くの知見を得られるということですから、素晴らしいことだと思いますよ」
「そうですよ!あたしなんか知らないことばかりでネタに一苦労なんて良くある……」
「ネタ?」
胡ノ宮さんが聞き返すと、眼鏡の子は「あーっいえ!なんでもないです!」と慌てて訂正した。
そして胡ノ宮さんを先頭に歩き、程なくして拝殿に着く。
「絵馬はあちらに」と胡ノ宮さんに案内されて、眼鏡の子は拝殿の隣にある絵馬掛けに向かった。
さて、こちらもこちらのことをしよう。
神前で浅く一礼し、賽銭は入れず鈴を鳴らす。
深い礼を二回して両手を胸の前で合わせて二回手を叩き、祈る。
祈りが終わり深く一礼したのち、神前を下がるのに浅く一礼。
意識してやると色々と大変だが、流石にずっとやり続けてれば身体が自然と記憶する。
後ろを振り返ると眼鏡の子も戻ってきていたみたいで、二人して驚いた目でこちらを見ている。
「どうかした?」
「いえ、あまりに流れるような動作だったのでつい目を惹かれてしまいまして」
胡ノ宮さんの言葉に、隣の子もウンウンと首を縦に振っている。
「そんなに珍しいもんだった?」
「はい。二礼二拍手一礼だけならともかく、常にかかとを付け、礼の際の手の位置や拍手の際に手をずらしていたこと。お賽銭を入れないところも含めてとても珍しいものでした」
胡ノ宮さんは俺に興味を持ったのか、いつもより少し言葉が早くなっている。
「別に大した理由はないよ。単に長くやってるだけだし、賽銭を入れなかったのも願い事をしに来た訳じゃなくて、単なる報告をしに来たみたいなものだしね。それに」
「それに?」
「教えられたんだよ、本人にね」
「?」
二人とも首をかしげているが、こればかりは口にしたところで仕方がない。
「さて、俺はもう帰るよ」
「あ、じゃああたしも……」
「承知しました。わたくしは社務所のほうでお勤めが残ってますので、ここで失礼します」
「お気をつけてお帰りください」と一礼し、胡ノ宮さんは去っていった。
隣でその後ろ姿に見とれていた眼鏡の子が、ため息とともに呟く。
「胡ノ宮さんってスゴイですね。キレイだし、とても落ち着いていて、同級生とは思えないです」
「あれが純一の許嫁って言うんだから、勿体ないよなぁ」
「え?純一?」
純一の名前を出すと、聞いたことあるかのように反応する。
「純一って、あの朝倉純一くんですか?」
「そうだけど、もしかして純一の友達?」
「あ、えっと、友達かと聞かれると、今朝知り合ったばっかりで、友達って言ってもいいものかどうか、その……」
なぜか唐突にしどろもどろになる彼女。
そういえば名前聞いてなかったな。
「俺は瞬木。純一の……悪友?みたいなもんかな」
「あ、あたしは彩珠ななこと言います」
「彩珠さん?」
「えっと、あたし名字で呼ばれるのが好きじゃないので、できれは名前で呼んでいただければなと。それと同級生だと思うし、ななこって呼んでくれていいですよ」
「じゃあ、ななこでいいの?」
「はい」
ふむ、今知り合ったばかりの子を名前呼びするのは少し難易度が高いが、まぁ本人が言うことだし慣れるとしよう。
「それで、純一となんかあったの?」
「あー、ええっと、助けていただいた……というか、巻き込んでしまったというか」
少し言い淀んでいるあたり、あまり探られたくないなにかが純一とななこの間にあったのだろう。
「迷惑かけてない?」
「いえ、そんな迷惑だなんて!あれはあたしも悪かったし、なにより一番悪いのは」
「?」
「ヤギなんで……」
「……」
「……」
「……Break a leg」
「え?脚……折れ……え?」
更新は、やたら気が乗っている時でない限りゆっくりになると思います