cal.   作:オタクは末端冷え性

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「よっ!おはよう、瞬木」

 

 

 いつもの如く、まだ人がいない時間にのんびり桜並木を歩いて登校すると、校門前で声をかけられ振り返る。

 

 

「おぉ工藤、おはよう。どうしたんだこんな時間に」

 

 

 後ろから小走りで追い付いて来た工藤は、少し上がった息を整えながら俺の隣に並ぶ。

 

 

「お前が朝どのくらい早いのか、先に教室で待ってみようと思ったんだけど……お前早すぎないか?」

 

「そうか?普段からこんなもんだけど。でも今日より遅い日もそれなりにはあるぞ」

 

 

 今はまだ時計の短針が七の手前。

 確かに一般的な学生の登校時間としては早すぎるだろうという自覚はある。

 

 

「瞬木は、いつも何時に起きてるんだよ」

 

「だいたい……五時には遅くとも目が覚めてるかなぁ」

 

 

「早すぎるっつうの」と隣でぼやく工藤から、どこか爽やかな香りが漂ってくる。

 

 

「シトラス系か」

 

「え?」

 

「いや。朝風呂でも入ってきたのか、シャンプーの香りがな」

 

「あ、あぁ。目を覚ますのにシャワーをな、匂うか?」

 

 

 俺に指摘されて、工藤は少し気にするように髪を指で弄る。

 

 

「いいんじゃないか?俺は別に不快とは思わないし、俺ならともかく工藤なら悪くないだろ」

 

「オレならなんで悪くないんだ?」

 

「ほら、工藤は可愛い顔してるから」

 

「はっ、な」

 

 

 言葉に詰まった工藤の顔は赤く染まり、咳払いをしつつ横目でこちらを睨んでくる。

 

 

「お前、そうやっていろんな子を誑かしてるんじゃないだろうな?」

 

「おあいにく様、俺は世辞が嫌いでな。思ったことが口に出やすいんだよ」

 

 

 別に大したこともない返答をすると「そういうところだぞ……」と顔をさらに赤くした工藤を連れて校舎に入る。

 

 折角俺のために早い時間に登校してくれたんだ、自販機でお茶の一本でも奢ってやるとしよう。

 

 

 

────────

 

 

 

 自らの担当科目を超越した和久井講師が昼休みを10分も消し飛ばしてくれたお陰で、我がクラスは疲労感に満ちている。

 

 隣でへばっていた純一は食堂でも向かうのか、フラフラと立ち上がり教室を出ていった。

 

 あまり出歩く気にもならなかった俺は教室で弁当を広げていると。

 

 

「音夢せんぱ~い!」

 

 

 わんこ……もとい、美春が勢いよく教室に入ってくる。

 

 しかし目的の音夢さんが見当たらずしょげたと思ったら、こっちを見て満面の笑みで飛びかかってくる。

 

 

「瞬木先輩!一緒にお昼食べましょう!」

 

「おー、鼓膜を揺らすんじゃあない」

 

 

 流れるように純一の席の椅子に座り、俺の真横に陣取ってくる。

 

 しかし一緒に、と言ったわりに美春の手には何もない。

 

 

「一緒にって、弁当は?」

 

「えへへ、実はお弁当用意するの忘れちゃって……おまけにお財布も忘れてきちゃいました」

 

「ほぉ、つまり?」

 

「えーっと……ご馳走していただけないかなーっなんて……」

 

 

 誤魔化すように笑う美春に呆れた視線を送ると、だんだんと叱られた子どものような表情に変わっていく。

 

 

「音夢先輩も居ないし、このままじゃ美春、お昼ご飯食べられなくなっちゃいますよぉ」

 

「はぁ」

 

 

 正直自業自得ではあるんだが、それで見捨てるというのも些か心苦しい。

 

 俺は広げていた弁当を美春の方に寄せる。

 

 

「ほら、これ食っていいぞ」

 

「え?これは瞬木先輩のお弁当じゃないですか」

 

「そうだ。だからくれてやるって言ってんの」

 

「ダメですよ、そしたら先輩のお昼ご飯なくなっちゃうじゃないですか」

 

 

 さっきまで図々しくしていたのに、途端に気をつかって遠慮し始める。

 

 俺は机の横に提げた鞄から糖分補給の為のゼリー飲料を取り出してフタを開ける。

 

 

「俺はこれがあるから、お前はそっちを食え」

 

「そんな!美春はそれでも全然いいのに」

 

「ダメだ、女の子が適当なもの食って昼を済ますなんて俺が許さん。全部食えるだろ?」

 

「食べられますけど……」

 

 

 俺が諦めろと言うと、美春は渋々と言った様子で「じゃあいただいちゃいます」と弁当を食べ始める。

 

 

「うぅ……凄くおいしいですよぉ……」

 

「じゃあ美味そうに食えよ」

 

「罪悪感がぁ~」

 

「なら、今度は忘れないようにしないとな」

 

 

 横で「おいしいよぉ」と泣きながら食べる美春を眺めつつ、ゼリーを飲む。

 

 まぁ多少腹は減るが可愛い後輩のこの顔で満たすとしよう。

 

 

「財布ないんだろ?これでクラスに戻るときに飲み物もついでに買ってけ」

 

 

 財布から小銭を取り出して美春に渡す。

 

 

「至れり尽くせりじゃないですかぁ」

 

「俺を頼ったのが悪い」

 

「うぅ~やさしいです……先輩だいすきですぅ……」

 

「おう、俺もダイスキだぞ後輩」

 

 

 中々に有意義な昼休みではあった。

 

 

 

────────

 

 

 

『先輩、放課後って予定ありますか?』

 

 

 昼時、弁当を食べ終えた美春が教室を出る前に予定を聞かれ、特に予定もなかった俺はこの体育館裏に誘われた。

 

 お礼ではないが紹介したい人がいるとか。

 

 

「とはいえ、体育館裏って待ち合わせとしてどうなんだろうな」

 

 

 体育館裏なんて用がない人間がくる場所ではないし、そもそもここに用ができるなんてこともない。

 

 誘ってきた美春も紹介したいと言われた人も見当たらず、なにもすることがない俺はぼーっと周りを見渡す。

 

 周りは雑草ばかり。

 よく目を凝らせば一画に周りの草とは少しついている葉が異なる草がある程度。

 

 普通の学生ならなんの面白味もないだろう。

 

 他とは違うその草を観察しようと近づくと、俺の後方、体育館の表の方から「あ~!」と美春の声が聞こえた。

 振り返れば美春がダッシュで突っ込んでくる。

 

 

「約束通り来「触っちゃダメですうー!!」ごふぁッ!」

 

 

 美春はブレーキをかけずそのままの勢いで俺に凶悪タックルを仕掛けてくるが、ギリギリのラインで抱き止める。

 

 なんてヤツだ……ひ、膝が笑ってやがる。

 

 

「おいバカ犬、触れるもなにもお前のタックルで潰すところだったぞオラ」

 

「むぐ……だって先輩が触ろうとしてるようにみえたんですよぉ……」

 

 

 抱き止めた美春が顔をあげたところで手を離し、守っていた草から距離をとる。

 

 

「近くで見ようとしただけで、別に触りたい訳じゃない。こんなところで自生できるモノじゃないから珍しくてな」

 

 

 そう言うと、美春は不思議そうに首をかしげる。

 

 

「先輩、もしかしてこれが何の花かしってるんですか?」

 

「ラベンダーだよ。詳しい品種の名前こそ忘れたが、以前花屋でバイトしてた子に教えてもらった」

 

「へぇー、先輩にそんなお友だちがいらっしゃったんですね」

 

「遠い昔の話だけどな。それはそれとして」

 

 

 見る限り周りには美春ひとりしかいない。

 

 

「紹介したい人は捕まらなかったのか?」

 

「いえ、多分もうすぐ来ると……あ!」

 

 

 俺の後ろを見て「月城さーん!」と手を振っている。

 

 振り返れば、ピエロのような人形を抱えつつ、じょうろを持った女の子がこちらに歩いてきていた。

 

 白く綺麗な髪の色に、どこか顔立ちがヨーロッパの雰囲気を感じさせる。

 まるで本人も細部まで作り込まれた人形のようにすら見えてくる。

 

 女の子は俺の前にくると歩みを止め、じっとこちらを見つめている。

 

 

「……こんにちは?」

 

「……」

 

 

 あくまで女の子は俺を静かに見つめるだけで、反応は示さない。

 このままだとなにも話さず日が暮れそうだなと思っていると、見かねたのか横から美春が口を挟む。

 

「こほん、こちらは月城アリスさん。ここでそのラベンダーを育てている方です!」

 

 

 拒絶の雰囲気こそ感じないが、だいぶ大人しい子で喋ろうという気配もあまり感じない。

 

 

「俺は瞬木。よろしくね」

 

「……よろしく、お願いします」

 

 

 まるで慎重に言葉を選んでいるかのように、月城さんはゆっくりと小さく言葉を発して軽いお辞儀をしてくれる。

 

 

「君が世話をしてあげてるんだね」

 

 

 頷いた月城さんは、持ってきたじょうろでラベンダーに少量の水を与え、じっとラベンダーを見つめ始めた。

 

 

「このラベンダーは基本的に気温の低い場所で咲くようなモノだったはずだけど。それを分かってて植えたの?」

 

 

 どこか悲しげな表情で頷いた月城さん。

 

 普通に考えればこのラベンダーはここで咲くような花ではない。

 むしろまだ枯れずいるだけでも十分不思議なことだ。

 

 まぁ年中咲いているこの島の桜に比べれば、小さな奇跡の範疇ではあるが。

 

 

「いずれ咲くよ」

 

「えっ……?」

 

 

 月城さんは驚いたようにこちらに振り向くが、気にせず立ち去る。

 

 「待ってくださいよー!」と叫ぶ美春の声が、静かな体育館裏によく響いていた。

 

 

 

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