cal. 作:オタクは末端冷え性
ダメでした
「ふぁ……ぁぁ」
「珍しいな。瞬木が欠伸なんぞしているのは」
「ん……まぁちょっと」
朝の教室。
教室に着いたものの、眠くて読書する気も起きずボーッとしていたところに、杉並が話しかけてくる。
「明日からテストだというのに、随分と余裕そうではないか」
「んー、適当にやっても本校には進めるしなぁ」
一応付属から本校に進むのにも、ある程度の学力が必要となるが、ハードルとなるラインは低い。
やる気を起こす理由もないので適当に返事をしていると、杉並がニヤリと口を歪ませる。
「では退屈しのぎに俺とゲームをしないか?」
「……聞くだけ聞こう」
「なに、普通のゲームだ。俺と瞬木、どちらがテストの点数が上か」
「はぁ」
ゲームの内容は杉並にしては至って普通。
ならば問題となるのは内容ではなく。
「勝者は?」
「なんでも一つ、命令できる」
そら来た。
ジュースや昼飯をおごるなんて生易しいものをこいつが賭ける訳がない。
「お前自分が学年一位なの分かっていってる?」
「ふっ、そう言ってくることは想定済みだ。欲しければハンデをつけてやろう」
「…………はぁぁぁかったる」
「朝倉の真似か?」
めちゃくちゃ面倒なゲームじゃねえか。
普通に頭のいい眞子となら話は変わるが、こいつが相手となると壁の高さは尋常ではない。
杉並はこちらを見てニヤニヤと表情で挑発している。
おおよそ自分が負けるとは思ってないのだろう。
「……いいだろう、受けてやる」
「ほう、てっきりお前は降りると思っていたんだがな」
「ハンデは貰うぞ」
「よかろう、どんなハンデがいい」
ありがたいことに、こちらにハンデを決める権利を委ねてくれるらしい。
「同点の場合も俺の勝ち。これだけでいい」
「ほほう」
俺の提案を聞いた杉並は、目を鋭くさせる。
どうやらやる気の着火材としては十二分だったらしい。
「俺はてっきり、ひとつの教科を白紙で出せ。ぐらいのものが来ると思っていたんだがな」
「それだとお前赤点貰うぞ」
「リストから名前を消す程度、俺をもってすればどうということはない」
「彗星かよ」
こいつなら本当にやりかねない、というか絶対やるし絶対捕まらない。
普段の行いに信用はなくとも、その手の行動なら信頼さえできる。
「良い勝負になることを期待しているぞ」
「せいぜい楽しませてやるよ」
満足したのか、杉並は「ではな」と自分の席に帰っていく。
「そうだ杉並」
「ん、なんだ」
「今年のテスト用紙、どうだった」
杉並は背中を向けたまま、顔を横に向ける。
その口元にはいつもの不敵な笑み。
「多少ガードが固かったが、上々だ」
それだけ言い、自分の席に戻っていった。
「なんであいつ退学にならないんだよ」
────────
「あれ、胡ノ宮さん」
昼休みになり久々に学食に向かおうとすると教室を出ると、前を胡ノ宮さんが歩いていた。
「あら、瞬木様」
「胡ノ宮さんは購買?」
「はい。本日はお弁当を忘れてしまって……」
「そうなんだ。俺も結構弁当が多いんだけど今日は久々に学食に行こうと思ってね」
ふむ。
胡ノ宮さんと話す機会はあまり多くないし、折角だから少し踏み込むとしよう。
「胡ノ宮さんさ、学食で一緒に食べない?」
「え?」
「今まで話すこともあんまりなかったし、学食のテーブルで一人で食べるのもどうもね」
「…………」
「勿論よければ、だけど」
胡ノ宮さんは少し考えるような素振りこそしたものの、すぐに表情を明るくした。
「では、ご一緒させていただきます」
「お、じゃあ一緒に食堂いこうか」
「それでよかったの?」
「はい、これで」
空いたテーブルに着いて、俺はカレーを、正面に座った胡ノ宮さんは山菜うどんを食べ始める。
特別美味いということはないが、値段にして相応の味といえる。
「不思議ですね」
「なにが?」
胡ノ宮さんがうどんを食べる手を止めてこちらを見据えている。
「わたくしは人見知りなので、こうして誰かと二人で食事をとることはあまり多くないんです。朝倉様以外の殿方なら、なおさら」
「あー、そういえば純一以外の男子と関わってる印象全然ないな」
同じクラスであるだけで、特別用事もなければ関わることなんてそうそうない。
「でも瞬木様にお誘いを受けたとき、不思議とお断りしようとは思わなくて……」
「ふーん」
「なんと申し上げればいいんでしょうか、以前にもどこか……いえ、ここでこうしてご一緒したような気がして」
「……そう。こうして食べるのは初めてだから、間違いなく気のせいだよ」
「はい、だからわたくしも不思議で……」
胡ノ宮さんが考え込むように俯いたときだった。
『ねえねえ、あの人って例の……』
『ああ、あの人の近くに行くと変なことが起こるっていう……』
『怖いよな……また何か起こるのかな』
『あまり、近寄らないほうがいいぞ』
ふと、近くに座る生徒から聞こえてくる言葉と感じる視線。
それは奇異や畏怖が混じりあったものであり、気分の良いものでは決してない。
近くにいるだけの俺が気分が悪いのだから、視線を浴びてる本人、胡ノ宮さんからすればその程度ではないだろう。
正面に座る彼女は悲しそうな顔で微笑んでいた。
俯いたまま、この視線を受け入れるように。
仕方ないことだと、自分に理解させるように。
「その、瞬木様、申し訳……」
「俺が聞いた話はどんぶりと椅子を矢で射抜いたことぐらいかな」
「あ……」
「俺が知らないだけで、もっと色々あるんだろうね」
より俯いた彼女の表情は、長い髪と影に隠れて見えない。
「俺が誘ったばかりに、申し訳ないね」
「いいえ、瞬木様はなにも悪くありません。わたくしが……わたくしのせいで……」
「んなわけねぇだろ」
「……え?」
思わず漏れてしまった普段より強めな口調に、胡ノ宮さんは驚いたように顔をあげた。
「胡ノ宮さんは嫌がらせでそんなことしてるの?」
「違います!ただわたくしは……」
「じゃあ自分のせいだなんて言うなよ」
顔をあげた彼女の目を真っ直ぐに見る。
視線は決して揺らさない。
「よく知りもしない誰かの為にしてるんでしょ?」
「……はい」
「他人のためにしてることで、こんなふうに周りから白い目で見られても続けられるなんて普通はできない」
「……」
「すごいよ、君は」
大したことは何も言っていない。
胡ノ宮さんからすれば励みにすらならない些細な言葉だろうが、ほんの少しでも彼女の荷が軽くなればいい。
「すごい……」と小さく呟いた彼女の表情は難しい顔をしていたが、そこに悲壮感は感じられなかった。
「とりあえず、ごめんね」
「謝らないでください。瞬木様の言葉はわたくしにとってとても……」
「あーいや、そっちじゃなくてさ」
「?……あ」
視線の先、ふやけたうどんがゆらゆら揺れていた。
────────
「じゃあ週番、号令よろしく」
「礼」
眞子の号令でHRが終わる。
明日から始まる試験のこともあり、基本的には皆帰るが教室に残って勉強する組がちらほらいる。
俺は教室に残る理由もさほどないので、素直に帰ろうと教室を出て下駄箱に着いたところで見知った顔がいた。
「音夢警部補はご帰宅で?」
「あ、瞬木くん。今日はテスト前で風紀委員の活動もないんです」
「そっか。じゃあ一緒に帰らない?」
「いいですよ、私も予定ありませんから」
「なんで桜公園にいるんでしょう」
「はいストロベリー」
「あ、ご馳走になります」
音夢さんの予定もないらしいので、校門をでて家と真逆にある桜公園でベンチに座ってクレープを食べる。
途中明らかに帰り道でない方向へ歩きだした俺に、首をかしげながらも着いて来てくれたあたり、音夢さんからの信用が感じられる。
「瞬木くんは甘いもの好きですよね。美春のバナナ好きと同じくらい印象が強いです」
「アレのバナナへの愛よりは重くないと思うが、糖分は人を幸せにするからなぁ」
「でもたくさん食べてる割に体型は変わらないですよね」
「んーその分消費もしてるし、何より食べても肥れないんだよ」
「嫌みですか?」
「音夢さんに関わらず、この世の女子にそれを言われたくはないな」
いわゆるジト目でこちらを見る音夢さんだが、これに関して文句は言われたくない。
美春ですら体感40くらいしかないんだぞ。
そしたら線の細い音夢さんなら同じ、下手したら40以下?
内臓どこにやったんだ。
戦々恐々としつつ自分のバナナチョコクレープに口をつけ、現実から逃避する。
「わぁ……すごい……」
唐突に音夢さんが感嘆の声をあげる。
視線の先を見ると、日傘を差したドレスの女の子が左右のメイドにドレスの裾を持たせ佇んでいた。
まるで絵画から飛び出したような光景に、音夢さんが呆気にとられるのも頷ける。
「どこの方なんでしょう」
「ん?あれは……」
ふと、女の子が日傘を上げ、こちらと視線が合う。
腕に猫を抱いていた女の子は、容姿からしておおよそ俺たちと同じくらいの年齢であることが見てとれる。
俺が軽く手を振ると女の子は一瞬顔を綻ばせてくれるが、すぐに傘を下ろしてそそくさとメイドを連れて去っていった。
「お知り合いなんですか?」
「知り合いって訳じゃないんだけどね。通学路にある鷺澤ってお宅のお嬢さんだよ」
「あのお屋敷の……でも私の記憶だと風見学園に通われていないようですけど、どうしてご存知なんです?」
音夢さんが不思議そうに尋ねてくる。
「登校するときだけなんだけどさ、あの子いつも窓から外眺めてるんだよ」
俺が早朝に登校する際に、なんとなく視線を感じて周囲に目をやると、毎日でこそないが彼女が窓から外を眺めていた。
目的は分からないが、憂うように眺めている彼女を見つけてから、手を振るようにしてみた。
最初からしばらくの間はすぐに隠れてしまっていたが、根気よく続けていたとある日におずおずと手を振り返してくれて今に至る。
そんな話を音夢さんに伝えると、再び視線がジト目になる。
「瞬木くんって結構誑かしてますよね」
「ご冗談でしょう警部補。俺にそんな下心があると?」
「鷺澤さんのことは分かりませんが、白河さんと仲がいいとはよく聞きますよ」
自覚はある。
他人から見たときに仲がいいだけ、と言うには少し無理があるのも分からなくはない。
「まぁ仲がいいことは否定しないけど、そんな誰も彼もにいい顔してるつもりはないぞ」
「眞子から聞きましたけど、最近一緒にお昼を食べてるみたいじゃないですか」
「姉の萌さんも一緒だし、ご相伴にあずかってるだけだね」
「よく美春とも一緒にいますよね。美春も瞬木くんによくくっついてますし」
「じゃれてるだけとも言えるでしょ。そもそもあのスキンシップに恋愛感情があるかも分からん」
「工藤くんとも最近すごく仲良さそうって盛り上がってますよ」
「それで盛り上がってんのは一部の女生徒だけだろ」
「それに彩珠さんとも……あれ?」
流れるように言葉を続けていた音夢さんだったが、急に歯切れが悪くなる。
「瞬木くん、彩珠さんって知ってますか?」
「彩珠ななこでいいなら、知ってるよ。この前神社ではじめましての挨拶をしたきりだけど」
「そう、ですか」
「私、どうして……」と不思議そうに呟いているが、これ以上こっちが責められっぱなしなのは面白くない。
「人のことばかり言ってるけど、そっちはどうなのさ」
「はい?」
「金髪美少女転校生に兄を取られそうで、気が気じゃないのでは?」
「なにを言っているんですか。兄さんとさくらが仲良くしてても何も思いませんし、第一私と兄さんはただの兄妹ですよ」
顔こそ平然としているが、いつもよりほんの少し口調が早い。
「ホントにぃ?」
「本当もなにも
「本当に、それでいいの?」
茶化しはしない。
ただ真っ直ぐに。
「音夢さん、本校には進まないんでしょ」
「え……なんで」
「君の夢もある。島外に出るのはいいと思うけど、後悔が残らないようにしなよ」
「……」
「これでも応援してるんだ、君たちのこと」
ベンチから立ち上がり、あの桜の方向を見つめる。
そよぐ冷たい風が桜の花びらを乗せて頬を撫でた。
「寒いのはあんまり得意じゃないからさ」