cal.   作:オタクは末端冷え性

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「おはよ、瞬木」

 

「おはよう。今日は随分早いな」

 

 

 本来ならまだ人が少ない時間だが、教室の席はいつもより多くの人が座っている。

 

 皆自分の席でテスト範囲の見直しや最後の足掻きをしている最中だ。

 

 

「あたしもみんなと同じよ。軽く見直しておこうかなって」

 

「でも萌さんと一緒にしては早いな。あの人がこの時間に登校できるとは思わなかったけど」

 

 

 割と酷いことを言っている自覚はあるが、そのくらいに萌さんの登校スピードは遅い。

 

 そりゃ半分以上意識を夢の世界に持ってかれてる状態で登校してるんだから、遅くなるのは必至。

 仮に起きてても木琴叩きながらのんびり歩くから、一緒に登校してくる眞子はいつも時間ギリギリ側の人間だ。

 

 ……決して萌さんを悪く言っているつもりはない。

 

 

「あぁ、お姉ちゃんにはテスト勉強するからってあたしだけ早く出てきたの」

 

「大丈夫なのか、あの人置いてきて」

 

「大丈夫よ。家を出るときは起きてたし」

 

 

 眞子は苦笑しながら言うが、「多分……」と続けて目を泳がせている。

 

 

「それより、瞬木は勉強しないのね」

 

「必要ないからなぁ」

 

「へぇ、凄い自信ね。でもそんなんで杉並に勝てるの?」

 

「自信もなにも、と言う前に、なんで杉並との勝負を知ってるんですかね……」

 

「昨日聞いてもいないのに教えられた。嬉々として話してたわよ」

 

 

 アイツのことだから、こっちの逃げ場を失くす為に言いふらした……という訳でもないか。

 純粋に勝負を楽しみにしてるだけなんだろう。

 

 

「面倒だよなぁ、受けなきゃよかった」

 

「あたしはいつも敵わないのよね。これでもちゃんと勉強してる方なんだけど」

 

「眞子は偉いよ。あのバカがいなければ一位だし」

 

 

 毎度杉並の下に名前があるくらいには眞子は勉強ができる。

 

 医者の娘というのもあるかもしれないが、本人が真面目に勉強しているし必然と言えなくもない。

 

 

「なんなら、あたしとも勝負してみる?」

 

「命令権を賭けてか?」

 

「折角ならね」

 

 

 なんだかんだ常識のある眞子の命令なら別に心配もなにもないが、こっちが勝った場合がまずい。

 

 頭脳よし、運動神経よし、スタイルよし。

 顔も十二分に可愛いし、面倒見がよくノリもいい。

 サバサバしてるので付き合ってても疲れない。

 そのくせ正面から褒められるとすぐ顔を赤くして照れる。

 

 こんな優良物件になんでも命令?

 

 

「まずいだろ」

 

「なにが?」

 

「いやなんでも」

 

 

 素直に言ってやるのもいいが、間違いなく照れ隠しの必殺拳がすっ飛んでくる。

 

 流石にそんなことで命を散らしたくはない。

 

 

「眞子とはちょっとなぁ」

 

「どうしてよ、杉並よりは楽な相手だと思うけど」

 

「お前は真っ当な努力をしてるから勝負したくないんだよ」

 

 

 「真っ当?」と繰り返す眞子の顔が怪訝な表情に変わっていく。

 

 

「あんたカンニングでもするつもりじゃないでしょうね?」

 

「バカ言え。んなことできるわけないだろ」

 

「じゃああんたも真っ当じゃない」

 

「どうだかな」

 

 

 濁すような返答しかしない俺に若干怪しむような視線を向けてくるが、「まあいいや」とすぐに視線から冷たさが消える。

 

 

「あんたがそういうことするヤツじゃないのは分かってるしね」

 

「……」

 

「なによ」

 

「いい女だな、お前」

 

「はぁ?」

 

 

 

────────

 

 

 

 別にさしたる理由はない。

 

 ただ不安定なものをそのまま放っておくというのも気が引ける。

 

 

「こんにちは、月城さん」

 

「……こんにちは」

 

 

 体育館裏。

 

 例のラベンダーの様子を見に来ればやはり先客がいた。

 

 

「状態は変わらない?」

 

 

 こくん

 

 

「そう、まぁ気長に待ってあげな」

 

「……はい」

 

 

 よく見ればラベンダーからは雫が垂れており、彼女の隣にはじょうろが置かれている。

 

 水をやり終えたところだったんだろう。

 

 

「ちなみにもうお昼は食べた?」

 

 

 ふるふるっ

 

 

「じゃあ一緒に食堂いかないか?」

 

 

 提案すると月城さんはこちらをじっと見つめてくる。

 

 しばらく見つめた後。

 

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

「食事に誘うってのは便利だよな」

 

「?」

 

「いや、こっちの話」

 

 

 俺はたぬきうどん、月城さんはカレーライスを頼んで空いてる席に座る。

 

 月城さんはいつも持っている人形を隣の席に座らせ、着けている黒手袋を取っている。

 

 

「カレー好きなの?」

 

 

 ……こくん

 

 

「なるほど、即答する程ではないが好きと」

 

 

 こくんと頷く月城さん。

 

 喋らずともコミュニケーションがとれるのが面白い。

 というか小動物みがあって可愛い。

 

 小さな口でカレーをもぐもぐと食べているその様子は、デリカシーには欠けるが見てて癒される。

 

 麺を早々に食べきってぼーっと眺めてると、月城さんは顔を仄かに赤く染める。

 

 

「あの……恥ずかしい……です……」

 

「あぁごめん、可愛くてつい」

 

 

 雪のように白い月城さんの肌が耳まで真っ赤に染まっている。

 

 言われ慣れていないのは想像に難くないが、将来が心配になってくる。

 

 

「悪い男に騙されないようにな」

 

「……」

 

 

 頷くでも首を横に振るでもなく、じっと俺を見つめてくる。

 

 

「えっと、悪い男じゃないよ」

 

「?」

 

 

 首をかしげる月城さん。

 なるほど、早とちりか。

 

 

「あー、瞬木先輩と月城さんじゃないですか!こんなところで一緒に食事ですか?」

 

 

 食器が乗ったトレイを持った美春が、「一緒に食べていいですか?」と流れるように俺の横に座る。

 返事聞く前に座ってんじゃねぇか。

 

 

「なぁ美春、それ好きなのか?」

 

「バナナカレーですか?勿論ですよ!」

 

 

 美春のカレーには、ごろっとしたバナナが入っていた。

 「ぴりりと辛いカレーにほのかなバナナの甘みが……」などと本人は嬉々として語っているがあまり真似する気は起きない。

 

 というかなんでそんなものがメニューにあるんですかね。

 

 

「月城さんは、普通のカレーですね」

 

「……はい」

 

 

 テンションの高い美春に若干気圧されながら月城さんが答える。

 

 

「ちなみに月城さん、ひとつ聞いてもいいですか……?」

 

「?」

 

「そのカレーって、やっぱり甘口ですか?」

 

「……はい、甘口です」

 

 

 月城さんは恥ずかしそうにしながらそう答えた。

 

 予想が当たって嬉しいのか、美春は妙にテンションが上がっている。

 

 

「あの、あの、もうひとつ聞いてもいいですか?」

 

 

 こくんと頷く月城さん。

 

 

「やっぱりプリンはお皿にひっくり返して食べてますか?」

 

「……はい」

 

「やっぱり~!」

 

 

 ……やはり将来が心配である。

 

 

 

────────

 

 

 

 美春と月城さんとは食堂で別れ、一人図書室に来た。

 

 教室は勉強してる人に溢れていて、その横で勉強もせずに小説を読んでいるのは正直気が引ける。

 図書室も今日は勉強している人が大半だが、同じ状況でも席に余裕がある図書室ならさほど人の目も気にもならない。

 

 なるべく奥の方で過ごそうと進んでいくと、そこにはテーブルに突っ伏している彩珠さん、改めてななこがいた。

 

 眼鏡をかけた状態で眉間にしわを寄せながら、なにやらブツブツと寝言を呟いている。

 その口元からは涎が見え隠れしていて、ちょっと放っておくのも気が引ける。

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……明日の、朝イチ……には……」

 

 

 どうやら悪夢を見ているらしい。

 

 折角寝ているのに起こすのは気が引けるが、このままにしておくのも少し可哀想。

 

 

「ななこ、ななこ」

 

「う、うーん……待ってください印刷屋さん……」

 

「誰が印刷屋だ」

 

「んん……あれ、ここは……ほえ?瞬木くん……?」

 

 

 肩を揺さぶってやってようやく起きたななこは周りを見渡し、俺を見つけてしょぼしょぼとした目を擦っている。

 

 

「あの……もしかして何か変なこと呟いてましたか?」

 

「んー、まぁ朝イチとから印刷屋とか」

 

「あー……」

 

 

 やっちゃった、みたいな顔をして固まっているななこ。

 

 

「寝言はともかく、随分と寝苦しそうにしてたから起こしたんだ」

 

「そ、そうでしたか……ありがとうございます」

 

「とりあえず、はいティッシュ」

 

「……なんでしょうか?」

 

「口元」

 

「……あっ」

 

 

 指摘されて気付いたななこは、顔を赤くしながら俺からティッシュを受けとると急いで口元の涎を拭く。

 

 

「ごめんなさい、汚いものをお見せしてしまいまして……」

 

「別に気にしてないよ。ななこは昼寝しにここに?」

 

「い、いえ、あたしは勉強しに来たんですが、少し寝不足で」

 

「少しには見えないけど、何時に寝たの?」

 

「えっと、6時です」

 

 

 夕方な訳がない。

 朝の6時じゃ多分一時間も寝れたか微妙なラインだろう。

 

 まだ眠り足りない彼女の身体はぐらぐらと揺れており、まぶたは徐々に垂れ下がっていく。

 

 

「…………すぅ」

 

「おーい、戻ってこーい」

 

「はっ!寝ちゃダメ、寝ちゃダメ!」

 

 

 ななこは自身の頭に思いっきり拳を叩きつける。

 ゴッと鈍い音をたてて、かけていた眼鏡がこちらにふっ飛んでくるほどの威力で叩いた彼女は痛そうに頭を抱える。

 

 

「あいたたたた……」

 

「目を覚ます為とはいえ、自分の身体は大事にしなよ?」

 

「あはは……いつもこうやって覚ましてるんで、もう慣れっこですよ」

 

 

 慣れっことは言いながらも目じりに涙を溜めている辺り痛いことは痛いのだろう。

 

 俺はとんできた眼鏡を彼女に返す。

 

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして。それにしてもななこって眼鏡ないと凄い印象変わるね」

 

「そ、そうですか?」

 

「別に眼鏡かけてても可愛いんだけど、顔のラインがはっきり見える分凄く綺麗に見えるよ」

 

 

 ななこは受け取った眼鏡をかけようとする手が止まり、固まっている。

 徐々に顔が赤くなっていき、隠すように顔を両手でおおう。

 

 

「わぁぁ……本当にこんなこと言われることあるんだ……」

 

「見たそのままを伝えてるつもりだけど」

 

「ひゃぁぁぁぁ……」

 

 

 我慢できなくなったのか、ななこは勢いよく席から立ち上がる。

 

 

「あ、あたし眠気覚ましに中庭散歩してきます!」

 

「お、おぉ、またね」

 

 

 図書室なのに宣誓するような声をあげてそそくさと出ていくななこ。

 

 図書室の視線は彼女が去った扉と、同じ席にいた俺に集まる。

 ここは幸い窓際の席、俺は視線から逃げるように窓から見える校庭に顔を向ける。

 

 冬の日差しは暖かかったが、背中の視線は冷たかった。

 

 

 

────────

 

 

 

 HRも終わり今日は一人で桜並木を通って帰っていると、どんっ!と背中に勢いよく何かがぶつかる。

 

 

「お、っと」

 

「ご、ごめんなさ……あっ」

 

 

 背中にぶつかったのはことりだった。

 

 ぶつかった際に抱えていたのだろう、地面には色とりどりの封筒が散らばっていた。

 

 

「ようやく追いついた!」

 

「はぁ……はぁ……こ、ことりって、足速いんだな」

 

 

 横から純一が、ことりの後ろからは息が上がった工藤がやってくる。

 どうやらことりを追いかけてきたらしい。

 

 ことりは散らばった封筒を隠すように鞄に急いで詰めていたが、ふたりはばっちり視認している。

 

 詰め終わったことりは立ち上がり、誤魔化すように「あはは……」と笑った。

 

 

「……恥ずかしいポエムでも書きつづったブツなのか?」

 

「……朝倉、それは違うだろ」

 

「あ~も~、分かっているくせにそういう事いうんですよね」

 

 

 状況はともかく、ことりが隠すようにしたあの封筒はなんとなく察しがつく。

 

 

「なんだお前ら、人の恋文が読みたくてピヨさん追っかけてたのか?」

 

「ちがう、顔をみて逃げられたからつい追いかけただけだ。ていうかなんだピヨさんって」

 

「俺は朝倉にことりを捕まえるように言われたんだ。でもことりには悪いことしたな、ごめん」

 

「ううん、突然逃げ出した私も悪いから気にしないでください」

 

 

 各々気まずそうにしているが、事故で巻き込まれた俺はどうしろというのか。

 

 黙っていると純一が口を開ける。

 

 

「ことりってもてるんだな」

 

「もてる女はツライですよ」

 

「もてない男よりはツラクないだろ」

 

「……」

 

 

 ことりは純一の顔をじっと見て口を開こうとした時、一瞬俺の顔に視線が向けられる。

 

 ん?

 

 

「朝倉君って、結構素敵だと思いますよ」

 

 

 ことりはくるりと振り返って「ねっ?工藤君?」と工藤に同意を求める。

 

 急にふられた工藤は少し面食らっていたが、すぐに表情を戻してにっこりと笑う。

 

 

「ああ、そうだな」

 

「……お前に誉められて、俺は喜ぶべきなのか?」

 

「喜ぶべきですよ。ね?工藤君?」

 

「あ、あぁ、そうだな。喜んでくれたら、嬉しいぞ」

 

「……んじゃまぁ、一応喜んでおくか」

 

 

 純一の反応が鈍いのも分からなくはない。

 

 学園一の美男美女と謳われている二人に誉められても実感が湧かないのだろう。

 はぁ、と小さくため息をついている辺り、間違ってなさそう。

 

 

「で、ピヨさんはそのラブレターどうするの?」

 

「そうですね。みんなごめんなさい、ですね」

 

 

 ことりは封筒を入れた鞄に視線を向ける。

 

 

「今の私なら、この人たちの想いも痛いくらいに分かります。でも、私にはまだ怖くて……だからお断り、ですね」

 

「怖い?」

 

 

 純一が繰り返すと、ことりは小さく頷く。

 

 

「文字だけじゃ、相手のほんとの気持ちなんて、分からないじゃないですか……」

 

「……」

 

「不安なんですよ、それって」

 

 

 唇をきゅっと噛み締めて、ことりは俯く。

 が、すぐに顔を上げる。

 

 

「ご、ごめんなさい、何だか変なこと言っちゃいました。じゃあ、私は帰りますね。瞬木君もぶつかっちゃってごめんなさいでした」

 

 

 矢継ぎ早に告げたことりは、「それじゃあ」とその場から早々に去ろうとする。

 

 だから。

 

 

「ことり」

 

「っ、はい?」

 

 

 俺の声に、ことりは足を止めて振り返る。

 

 

「大丈夫だ」

 

「あっ……。うん、バイバイ」

 

 

 たった一言。

 けれど、どうやらことりが欲していた言葉をちゃんと言えたらしい。

 

 ことりは表情を明るくして、手を振って去っていった。

 

 この場に残ったのは学ランを着た俺たち三人。

 

 

「ラブレター、か……」

 

 

 遠くなったことりの背中を見つめながら、工藤がおもむろに呟く。

 

 

「……どうしたんだよ?」

 

「いや、別に」

 

「さよか」

 

 

 なんだコイツら。

 

 ことりにつられてセンチメンタルな気分にでもなったんだろうか。

 

 

「俺は帰るぞ。別に腹が立ったわけでも、虚しくなったわけでもないからなっ」

 

「あ、ああ……」

 

「気をつけて帰れよー」

 

 

 唐突になにか言ったかと思えば、純一はキレ気味に帰っていった。

 

 

「なにに怒ってたんだ、あいつ」

 

「己の若さと世の理不尽に、かなぁ」

 

「どういうことだよ……」

 

 

 工藤は呆れながら呟く。

 

 

「なぁ、瞬木」

 

「ん?」

 

「瞬木は、ラブレターってどう思う?」

 

「どう、か」

 

 

 また答えが出しにくいものを聞いてきやがったなぁ。

 

 ことりが去っていった方を見つめながら答える。

 

 

「別に、いいんじゃないか。結局ラブレターだろうと最終的には面と向かうわけだし」

 

「……そうだな」

 

「ことりの不安は理解できる。けど、ラブレターを出すことだって相当に勇気がいる。なら後は、普段どれだけそいつの言葉を信頼してるかじゃないか」

 

「信頼、か」

 

「そう、信頼。お前はいるか?信頼できるやつ」

 

 

 工藤に顔を向けると、その顔はにっこりと笑っていた。

 

 

「ああ、いるよ。目の前に」

 

「はぁ、相手は選べよ」

 

「選んだから、信頼できるんだよ」

 

「……あっそ」

 

 

 今日は少し、気温が高いかもしれない。

 

 

 

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