【完結】ゼロの極点   作:家葉 テイク

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第一一章

 ルイズ一行が学院を出発したのは、その日の真夜中のことだった。

 本当なら早朝まで仮眠でも取っておくべきだったのだが、早朝出発では他の生徒に出立を感づかれる恐れがあるということで、深夜全員が寝静まった後の出発ということになった。……特にルイズの向かいの部屋であるキュルケは勘の鋭い人間だし、ルイズがお忍びで外出なんてことを知ったら追いかけて来るだろうことは容易に予想できた。

 

「ねむい……」

「だから日中のうちに仮眠をとっておけって言ったのに」

「真昼間から寝られるわけがないでしょ!」

「……こんなに姦しくては夜も早朝も関係ないと思うんだがね……」

 

 そんなこんなでグリフォンに乗り、空の旅。

 尚、原作において登場していた物盗りの襲撃は、予定がズレたことや麦野レベルの頭脳の持ち主に嗾けたりしたらそこから首謀者に行き着かれるリスクがあったので、今回の歴史では消滅していた。ワルドも藪をつついて蛇を出す馬鹿ではない。

 グリフォンを駆るワルドのすぐ後ろで、ルイズを抱えた麦野が乗るという姿勢だ。最初はワルドが抱える役を申し出たのだが、結婚前の若い二人がそんなことしてはならないと固辞したので、仕方がなくこういう形になっていた。ちなみに、麦野は小柄とはいえ自分の膝の上に人を乗せるなんて嫌なのでけっこう渋々である。

 

「綺麗ねぇ、わたし、こんな高いところからの景色は初めてだわ」

「そう言ってくれると光栄だよ。まあ、暢気に遊覧飛行なんてしてもいられないのが残念なんだけどね」

 

 あたりはすっかり真っ暗だった。とはいえ、月明かりや星の明かりがある為、視界が悪いということはない。元の世界では排気ガスなどで見えづらくなっていた星空だが、未だ機械化の進んでいないこの文明世界では、ほぼ原初の通りの姿を残していた。

 

(そうえば、この世界に星座はあるのかしら?)

 

 ふと、麦野は疑問に思った。元の世界では、確か『星座を用いた魔術』というのも存在していた、という話を聞いたことがある。……暗部の噂でしかなく、〇次元の極点の為に行動していたあの一連の事件で魔術に触れて初めて事実だと気付いたのだが、大覇星祭では星座――正確には星空一面の星の並びだが――を用いて、学園都市を支配しようとした魔術師もいたらしい。

 

「ねえジャン、方角は大丈夫?」

 

 ルイズが、ワルドにそう問いかける。

 今日一日で、ルイズはだいぶワルドと打ち解けていた。『ワルドさま』なんて他人行儀な呼び方ではなく、ファーストネームで呼んでくれ――と言うワルドに対し、自分を過度に子ども扱いしないという条件を提示したうえで応じたルイズは、今は級友たちと接するのと殆ど同じテンションでワルドと話せるようになっていた。

 

「ああ、心配いらないよ。今日は星がよく見えるからね、サラマンダー座の方角に行けばラ・ロシェールさ」

「へえ。こっちにも星座はあるのね」

「おや、東方にも星座の考え方があるのか。やっぱり文化はどこに行っても変わらないものなんだね」

「ああ。こっちじゃ占いだとか(まじな)いに使われるけど」

 

 そう言って麦野はワルドの様子を伺ってみたが、ワルドは大した反応を示さなかった。どうやらこの世界では星座を使った魔法というのは存在しないらしい――と内心で結論付ける。ルーンを詠唱する魔法に特化しているのだから当然と言えば当然だが。

 

「ねえシズリ、星座で呪いってどういうこと?」

「十字架をブッ建てるだけで国盗りが成功したりするわ」

「じゅうじか? 何それ?」

「骨董品よ」

 

***

 

第一一章 ラ・ロシェールにて Secret_Wind.

 

***

 

 到着には丸一日ほどかかった。

 途中何回かの休憩を挟んでいたが、ルイズは結局移動時間の殆どを寝て過ごしていた。ワルドはグリフォンを操っているので抱えるのは麦野の仕事だ。お蔭で麦野は殆ど一睡もしていなかった。

 尤も、それくらいでパフォーマンスが落ちるほど生温い職場で働いてはいなかったので、特に問題もないが。

 

「やれやれ、ミス・ムギノは本当にタフだね」

「そうでもしないとやっていられなかったんでね。で、どうする。出発まで二、三時間ほど余裕があるみたいだけど」

「二、三時間くらいならどうということはない。僕が交渉して出発を早めてもらおう」

 

 そう言って、ワルドは船着き場の方へと移動していく。

 そんなワルドと入れ違いになって、やっとルイズが起き出して来た。

 

「ん~……、もう着いた?」

「やっとお目覚めかよ眠り姫。ご覧のとおりもうラ・ロシェールだ。……しっかし、枯れた巨木を港代わりとはあからさまにファンタジーね」

「わたし達にとってはこれが普通よ?」

「知ってる。カルチャーショックってこと」

 

 適当に言いながら、麦野はルイズを抱えたままグリフォンから降りる。

 ワルドの使い魔であるグリフォンは、麦野とルイズにも従順な態度を取っていた。本来は荒い気性なので手懐けるのに苦労した、とはワルドの言だが、それをこれだけ御しきれているというのは、やはりワルドの実力ゆえなのだろう。

 

「ジャンは?」

「交渉に行った。上手く行けばこれからフネよ」

「よかった。明日の朝にはニューカッスルに着きそうね」

 

 ルイズを降ろし、そんな会話を交わしていた、ちょうどその時だった。

 会話をする為に小柄なルイズの顔を見ていた麦野は、すっと顔を上げてあたりを見渡す。ルイズもまた、異常な気配を感じていた。

 風が強い。

 それも自然な風ではなく、渦巻くような――竜巻。

 麦野よりもこの世界の魔法に詳しいルイズが、その名前を言った。

 

「『刃巻烈風(カッタートルネード)』よ!!」

「チッ! 襲撃のリスクを減らしたってのに結局これかよ!」

 

 それは、天災といっても差支えなかったろう。

 高さ三メートルにも及ぶ風の刃を含んだ竜巻が、三方向からいっぺんに麦野に襲い掛かった。

 

「シズリ、これ、躱せると思う!?」

 

 殆ど悲鳴のように言うルイズに、麦野は無言で首を振った。

 一つだけだったならまだ話は違うだろう。グリフォンに乗って回避することは十分に可能だった。ただ、三方向からいっぺんに、となると、流石に不可能だ。何より、

 

(これだけの破壊力がある魔法を、一人のメイジが一度に三発も出せるとは思えない。敵は複数いる)

 

 物量で押してくるなら、躱したところにもう一発撃たれてしまえばもう躱すことはできない。それならば、もっと簡単でお手軽な解決策が麦野にはある。『それ』は麦野にとって最大の矛であると同時に、唯一の切り札だ。ゆえに敵が観察しているであろう状況で簡単に見せたくはなかったが、しかしやるしかない。

 

「『ご主人様』、躱す必要はないわ」

「……! まさか、あんたアレを……!? 駄目よ、アレを使ったら周りの被害が……!」

「『必要経費』よ。弁償は日和見主義のお姫様がやってくれる」

 

 キュガッ!!!! と。

 麦野は、そう言って腕をぐるりと一周させた。

 冷え冷えと輝く光の迸りが、まるで一本の大剣のように周囲を席巻した。

 その爆発的な威力により、運悪く光条が通過してしまった石造りの建物が赤熱と共に切り落とされる。だが、結果として風の刃を伴った嵐もまた、一振りのもとにあっけなくかき消されてしまった。

 たった一人で三つのスクウェアスペルをあっさりと消し飛ばした麦野は、歪んだ電子を振り払うかのように手を振るい、そして腕を組み直す。

 

(……風のスクウェアが三人、か)

 

 一旦は敵の攻撃を撃退した麦野だが、まだ敵の壊滅を確認した訳ではない。もしかしたら今の一撃で一人くらい身体を真っ二つにしているかもしれないが、死亡確認をしていない以上気は抜けない。

 

(……だが、スクウェアっていうのはかなりの人材だ。魔法学院にもギトーの他にはオスマンのジジイしかいなかったはず。国の最高峰でさえこの有様だ。傭兵などの裏街道を歩く人間にスクウェアが一体何人いる? そんなにこの任務の妨害は重要か?)

 

 トリステインを潰す方法など、それこそいくらでもあるように思える。風のスクウェアばかり三人も集めるほどの重要度ではないだろう。

 となれば

 

(――『偏在』か)

 

 風のスクウェアならば、偏在を出して同時に風のスペルを放てる。そうすることで多人数戦と思わせているのだろう。だとするならば、どこかにいる『偏在の本体』を見つけ出せば、敵の脅威は簡単に壊滅できる。ただ、問題なのは既にワルドがフネの交渉に入っていることだ。此処で大騒ぎを起こせば、出立が遅れる危険性がある。

 

「どうする。敵にこっちの素性が知られている以上、ワルドと合流すべきかしら」

「た、た、たてものが……」

「……チッ」

 

 小さく舌打ちし、麦野はルイズを抱えると、そのままグリフォンに跨る。首を掴んで耳元に口を近づけ、『主人のところに行け』と囁くと、驚くほどグリフォンは素直に飛び上がった。

 何もない空中は、麦野にとっては安全地帯に等しい。何故ならメイジは複数の呪文を一度に唱えられないので、飛んだメイジは丸腰だからだ。何事もなく巨木の港に辿り着くと、ワルドと船長が交渉を終わらせたところだった。

 

「ルイズ! ミス・ムギノ! そちらの様子は使い魔の目から確認済みだ。良かった、どこも怪我はないかい?」

「ええ、ジャン。大丈夫よ。それより、さっきのは一体……」

「おそらく、貴族派の尖兵でしょう。どうやら既に手紙の件は掴んでいたみたいね」

「そんな……! 手紙のことは、姫様しか知らない事実でしょう!?」

「……手紙のことはともかく、あのガキが今まで王子様への恋心を完璧に周囲から隠せていたと思うか?」

「……、」

 

 それはない、と残念ながらルイズは断言できてしまった。だって、先日アンリエッタから聞いた思い出話によると、ルイズが園芸会で影武者をしていたその当時には既に、アンリエッタとウェールズは夜に秘密の逢引をしていたというのだから。

 

「トリステインの内通者、か……。頭の痛い問題だね」

「想定内よ。気の休まらない旅だったのは元々だからね。で、交渉はもう終わっているのよね?」

「ああ。僕がフネを浮かせる手伝いをするということで決まったよ」

「メイジってそんなこともできるの?」

 

 そんなことを言いながら、三人はフネに乗り込む。勿論、フネに既に貴族派の追手が紛れ込んでいる可能性も考え、警戒は怠らない。しかしフネの中にいても襲撃は全く起こらず、二〇分が経過した。

 代わりに、驚くべきものが見えた。

 

「あれがアルビオンね」

 

 白の国。

 大河から溢れた水が、空に落ち込んでいる。その際白い霧が生まれ、大陸の下半分を包んでいるのだ。霧は雲となり、大雨を広範囲にわたってハルケギニアの大陸に降らすのだという。

 かつてハルケギニアの地理を聞いたときにコルベールが話した説明だが、このとき麦野は『どうして大陸が空に浮かぶのか?』ということと『何故雲の上なのに水が尽きないのか?』ということを問うたことがある。

 コルベールの答えはそれぞれ『風石がたくさん大陸に埋まっているから』『アルビオンにも雨は降る』だったが、麦野は納得していなかった。たまに降る雨で、あの大河から流れ落ちる水を埋め合わせできるとは到底思えない。

 

(……ついでに言うなら、『風石が埋まっている』のがあそこだけだと考えるのも危険だと思うけど、これに関しては少なくとも六〇〇〇年は音沙汰なしだった点から考えても問題ないかしらね。まあ、()()()()()()()()()()()場所の周辺は危ういかもしれないけど)

 

 ファンタジーだと思って思考を止めることを、麦野はしない。腐っても彼女は超能力という不条理(ファンタジー)を科学的に解明し、自分達の技術とするような科学者の街の住人なのだ。何にせよ、そんな科学者の視点からしてみると、目の前の大陸はまさしく研究材料の宝庫だったと言えるだろう。

 

「……あの野郎なら、見た瞬間興奮しすぎて死にそうね」

「あの野郎?」

「『ご主人様』には決して出会わない輩よ。……そういえば、アイツを殺し損ねていたな……」

 

 最後の方は殆ど憎しみに表情を歪めていた麦野に、ルイズはこれは触れない方がいい話題だと思ったのか、それ以上は言わなかった。しかし同時に、あの麦野がこれほど感情を露わにするような相手が――たとえ不倶戴天の仇だとしても――いたのだというのは、ルイズにとっては意外なことだった。

 あまりにも元の世界への未練がないものだから、てっきり元の世界での麦野は世捨て人のような、絆や因縁とは遠い生活を送っていたのだとばかり思っていた。

 いや、この場合、麦野の言う『あの野郎』が、この使い魔に『そういったもの』を感じさせるほど強大な敵だった、ということか。原子崩し(メルトダウナー)を扱うこの女性にそこまで意識させるとは、一体どんな強大な能力を持つ人間だったのだろう――とルイズは想像をめぐらせて、それでもいまいちつかめなかった。原子崩し(メルトダウナー)の時点でルイズの想像を絶しているのだ。『これ以上』なんて、考えろと言われても無理だ。

 

(あれ、そういえば麦野は『第四位』なんだっけ? ……ってことは、少なくともその『上』には三人いるのよね)

 

 麦野が聞いていれば『ああ、一位と三位は殺したから、実質は私が一位だけどね』なんてことを言っていそうなことを考えたルイズは、そこで甲板が騒がしくなってることに気付いた。

 

「空賊だ! 抵抗するな!」

 

 見ると、近くにまで空賊のフネが迫っていた。ばっと麦野を見ると、にやりとした嫌な笑みを浮かべていた。

 

「シズリ、言っておくけどやめるのよ。わたしが打開策を探すから」

「べっつに撃ちおとしてやっても良いんじゃないかにゃーん」

「空賊の命なんてどうでも良いけど、あいつらのフネに積んでる火薬でこっちまで巻き込まれるって言ってんのよ!」

 

 本音としては一日に二発もあんなものを撃たれては麦野がアレを使うのに慣れてしまいそうで怖かった、というのが大きい。原子崩し(メルトダウナー)は間違いなくこの世界において最強の矛だが、その最強の矛はあらゆるものを薙ぎ払う。……勿論、薙ぎ払ってはいけないものも。下手に慣れられて被害を拡大するのは、ルイズの望むところではなかった。

 

***

 

 結果として、ルイズとワルドは杖を奪われた。麦野も杖を持っていないことからメイジ殺しと判断され、両手を後ろに縛られたまま船室に放り込まれた。

 

「縄紐とは甘っちょろいわね。引き千切って欲しいのかしら?」

「そんなことできるのはあんただけだって……」

「君たちは本当に緊張感がないね……。いや、その気になればどうにでもなる、ということかな? ミス・ムギノの扱う『魔法』からして」

「……、」

 

 そこでやっと、ルイズはワルドが麦野の能力をグリフォン越しに見ていたことに思い至った。というか、ルイズ達の襲撃を知っているのだから普通に考えてそこも見ていないとおかしいのである。あまりに慌ただしくて気付いていなかったが。

 そして、妙な能力を使う相手に無条件の信頼を寄せるほど、ワルドは甘い性格ではない。

 

「君は……エルフなのか?」

「学院じゃ、ハイ・オークってことになっているわね。この姿は先住魔法によって取り繕ったもので、本当の姿は全長三メートルの巨大なオークなんだとか」

「ハイ・オークだってあんな規格外の魔法は撃てないよ」

「信じてもらえるか分からないけど、シズリはエルフじゃないわ。あれは東方の魔法なの」

「魔法じゃなくて超能力ね」

「……、分かった。婚約者の言だ。信じようじゃないか」

 

 ふう、と瞑目してワルドはそう言った。納得はしていないが、これ以上は有益な情報どころかチームワークに亀裂すら入りかねないと判断した結果だった。それに、今までの言動から言って麦野が敵対因子になることは早々ないだろうと思ったのもあるだろう。

 ……『真相』を知る者からしたら三文芝居も良いところだと嘲笑が沸き起こりそうな一幕だったが、この場においてそれを知るのは一人だけである。

 ただ、その一人は『あれ』を見て、自分の選択が心底正しかったと思い知ったのだが。

 と、そこで扉が乱暴に開かれる。

 痩せぎすの空賊の男だった。男はにたにたと、いっそあからさますぎるほどに嫌な笑みを浮かべて三人に問いかけた。

 

「おめえらは、アルビオンの貴族派かい?」

「そんなわけないでしょう。あんた馬鹿?」

 

 ルイズは即答した。

 あまりの調子に麦野は手を縛られたまま溜息を吐いた。こういうときはあえて貴族派のふりをしてチャンスをうかがうものだが、ルイズはそういった駆け引きなど知ったこっちゃないようだった。ただ、

 

「……それで良いわ、『ご主人様』」

「ああ。それでこそ僕の婚約者だ」

 

 ……当のルイズは、逆に不安そうな表情を浮かべていた。別に、彼女は麦野の力をアテにしてこんなことを言ったわけではない。ただ、生き残る為とはいえ貴族派を名乗ることがどうしても許せなかったのだ。しかし、その暴挙を、自分よりも賢い二人は許容する。一体どういうことだろう? と思ってしまうのも無理はない。

 だが、もう引けない。

 

「わたしはトリステインから王党派への使い――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。まだ王党派が潰れていない以上、アルビオンの正統政府は王党派よね。ならば、わたしは大使としての扱いを要求するわ。すぐにシズリの縄をほどいてわたしたちの杖を戻しなさい! これが証拠の『水のルビー』よ!!」

 

 ほとんどヤケクソで、ルイズは一息に言い切った。

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