【完結】ゼロの極点   作:家葉 テイク

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第一七章

 シエスタの故郷、タルブへ向かっていた一行は、途中の道で野宿することになっていた。

 いかに風竜といえど、学院からタルブまでの距離はかなり長い。一日で行けるほどの距離ではないのだ。とはいえ、途中に宿屋のある村もない。……あるにはあるが、ゴロツキのたまり場であったりなので却って野宿の方が安全、というタバサの進言によりこうして野宿することになった。

 

「まあ、メイジなら野宿でもそれなりに快適な環境が作れるしねえ」

 

 たき火を囲みながら、キュルケはそんなことを言った。

 あたりはタバサの風魔法によって草が刈られ、水魔法によって清められ、最低限野宿はできそうな環境が作られていた。貴族である彼女達からしたらかなりひどい状態だが、流石に一晩だけならそう文句も言っていられない。タバサはこんなこと慣れっこだし、キュルケだって軍人の心得はある。ルイズも、あの戦争の息苦しい夜に比べたらまだしもマシだ、と思えた。シエスタなどは言うまでもない。

 

「メイジなら、っていうかタバサなら――よね。わたし、あなたのこと全然知らなかったけど、意外とこういうの得意なのね」

「……昔取った杵柄」

 

 自分が焚火を起こしているからか、その豊満な胸を張っているキュルケの気勢を削ぐかのように、ルイズはタバサに水を向けてみる。実際、意外な気持ちはあった。クラスでも秀才であるということは知っているが、こんなにサバイバル技術に長けているとは予想できていなかったのだ。

 まるでこんなこと日常茶飯事だとでもいうかのように、今も眉ひとつ動かさず自然体だ。ルイズは勿論、キュルケだって多少の不快感はあらわにしているというのに。

 

「あーら、なんにもしてないヴァリエールと違って、あたしは火を起こしてるんだけど?」

 

 なんてことを考えていたら、キュルケがずい、とルイズに寄って来た。キュルケは自らを『微熱』を称するだけあり、魔法の事を抜きにしても平熱が高い。おそらくその胸部に強力なエネルギータンクがあるからだろう――とルイズは忸怩たる思いで常に分析しているのだが、そのキュルケに近寄られたものだから、夜の涼しさを何気に満喫していたルイズは思い切り眉を顰めた。

 

「うっさいわね、ツェルプストー。今回の旅行はわたしのリフレッシュなんだから、あんた達はついて来た分働くの!」

「はいはい、そういうことはコモンマジックの一つでも使えるようになってから言いましょうね~」

「ぬぐぐぐ……!! そ、そ、そこまで言うならやってやるわよ!! 見てなさいわたしの鮮やかな『ロック』を……!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいルイズ! ロックって此処、鍵なんてどこにもないでしょ! 爆発魔法撃つ気満々じゃない! 早まらないで!!」

「ええい鬱陶しい! じゃあライトで良いわよ! 見てなさいもうわたしはゼロじゃないんだからね!」

「あ、あたしが悪かったから! だから此処で爆発は本当に勘弁――、」

 

 必死でルイズを留めるキュルケだったが、意地になったルイズは麦野でも止められない。一応誰もいない場所に杖を向けて、それから呪文を唱える。

 

「『自在発光(ライト)』!」

 

 ――『ライト』とは、簡単に言うと光を灯す呪文だ。杖の先から小さな灯りの玉を浮かべることができる。これに殺傷力はないし、単に灯りがぽうっと浮かぶだけの、火の魔法とも呼べない子供だましのコモンスペルである。

 ルイズがこれを選んだのは、単純に呪文がたったの三文字で短いからである。爆発魔法はどんなものでも発動するので出来るだけ短いコモンスペルを選ぶ癖がついているのであった。

 ちなみに、実際にはそんなことはないのだが、ルイズはコモンスペルによって爆発にも微妙な癖が出るような気がしていた。あくまで気分の問題である。つまり今日はライトの気分なのであった。

 ……とまあそんな感じで、完全無欠に爆発させるつもりだったルイズだが――事態は、誰も予想のしていなかった展開を迎えることになる。

 

「ひい! ルイズ、恨むわよ!! ………………」

 

 恨み言と共に頭を庇ったキュルケだったが、果たして、いつまで構えていても爆発はない。

 ついに時限式爆発を習得したのか、とおそるおそる目を開けてルイズの杖先を見て、キュルケはさらに驚愕した。

 

「……嘘、でしょ」

 

 ぽう、と。

 ルイズの杖の先には、仄かな灯りの玉がついていたのだ。

 それは、『ライト』の呪文が成功したことに他ならない。

 

「……どうしたの?」

 

 そこに、いつの間にかちゃっかりこの場から離れていたタバサが顔を出す。どうやらキュルケがルイズを煽り出した時点で身の危険を感じ退散していたようだ。我が友人ながら抜け目ない――とキュルケは心の何処かで思いつつ、改めてルイズを見る。

 ルイズ自身呪文が成功するとは思っていなかったらしく、呆然とした様子で杖の先を見つめたり、灯りをつっついたりしている。

 

「……ねえ、キュルケ」

「……なあに、ルイズ」

「わたし、成功、してる……? ……普通の、魔法」

「ええ……ええ!」

 

 呆然として、現実かどうかまだ判別がつかない様子のルイズとは対照的に、キュルケは段々とルイズが魔法に成功したという実感が湧いて来た。『ゼロ』と呼ばれていたルイズが、ついにコモンマジックを成功させることができたのだ。わざわざ『普通の』と付け加えたところが何か不自然にも感じたが、そこは普段から爆発という形で魔法は使えていたからだろう。

 

「やったじゃないルイズ!! 魔法、使えるようになったのね!! これでもう、誰もあんたのことゼロだなんて呼べないわよ!」

「ちょっ、ちょっと、キュルケ、苦しい! くるっ、くっ、……ああもう!! 胸で顔が押し潰されてるってのよ!!」

 

 がばっ! と抱き付かれたルイズは、そう言ってキュルケの豊満な胸を押しのける。女所帯だからか、全体的に色々と遠慮がない。でも、ルイズはこうされても不思議と悪い気はしなかった。いつも憎まれ口ばかり叩きあっているキュルケとルイズだったが、こうやって抱き合うことにも違和感をおぼえていない。

 お互いに、どちらかが本当に困っていれば助けるし、どちらかが本当に嬉しいことがあれば一緒になって喜ぶ。そういう関係の『犬猿の仲』だからだ。そのことを改めて感じることができて、ルイズは胸の中がぽかぽかと温かくなった気がした。

 

「コモンスペルだけなの? レビテーションとか、風のスペルは? ファイアボールとかいけそうじゃない?」

「ちょ、ちょっと、試して、試してみようかしら!」

 

 二人は、興奮したように手を取り合って話している。

 まるで、年の近い姉妹みたいだな――と、その様子を脇から見ていたタバサは、ゆるんだ表情を浮かべて楽しそうに話している『仇敵』二人を見て、呆れたように溜息を吐いた。

 

***

 

 ちなみに、四大系統の呪文は全て爆発で終わった。

 使えるのはコモンスペルであって、四大系統の呪文は使えないということなのだろう。ルイズは虚無の系統だから、他の四つが使えないというのはある意味当然だった。浮かれすぎて、そんなことにも思い至らなかったらしい。キュルケはその頃にはすでにいつもの調子に戻っていて、『あーあルイズに期待したあたしが馬鹿だったわー』とか『ゼロじゃなくてイチのルイズね、おめでと』とかと言った憎まれ口を叩いて大いにルイズを怒らせ、また口喧嘩が繰り広げられていたが――、

 それがルイズを落ち込ませないための気遣いだということに気付けたのは、この場ではタバサだけであった。

 

「はい、皆さんお疲れ様でした。お料理が出来ましたよ」

 

 そんな喧騒から少ししたころ、調理を終えたシエスタが鍋を持って現れた。鍋の中に入っているのはシチューだ。それをよそって、ルイズ達に配り始める。何だかんだ騒いでいたりして疲れていたので、シチューの匂いはルイズ達にとって格別だった。

 

「おいしいわ! これ、何の肉かしら?」

「ウサギの肉ですわ。さっきそこでとってきました」

 

 感激したようにキュルケが言うと、シエスタはそう言って右腕で力瘤を作って見せた。……その手でシメたのか、とキュルケは調理現場を想像して、少し気分が落ちた。だが、料理はうまい。

 

「シエスタって、意外とパワフルなのね」

 

 ルイズは普段それ以上にバイオレンスな女の近くにいるからか、そんなに気にせずにウサギ肉を頬張っていた。ウサギの肉くらい今さらである。麦野ならオーク鬼だって屠殺しかねない。もっとも、そんな肉の入ったシチューはたとえ死んでも口にしないが。

 

「田舎育ちですので。学院のお勤めをする前は野原を駆けまわるような生活をしていました」

「そういえばシエスタってけっこうしっかりしているけれど、どこで職業訓練とかしていたのかしら?」

 

 王宮のメイドは貴族の子女が花嫁修業の為に行う――といえば分かるように、高貴な場所で務める者は下賤な職業であってもある程度の高貴さ、有能さを求められる。学院では流石にメイドまでもが全員貴族とはいかないが、それなりに裕福な平民が同じく花嫁修業がてら働いている。タルブといえば確かにそれなりに裕福ではあるが、まだ田舎の部類だ。そんな土地からシエスタという人材が輩出されるのは、不自然とまでは行かないまでも意外な出来事ではある。

 

「いえ、職業訓練というか……ひいおじいちゃんが変わった人で、その話をお父さんから聞かせてもらっていたんです」

「……へぇ?」

 

 話しづらそうに言うシエスタに、ヨシェナヴェに舌鼓を打っていたキュルケが身を乗り出して来た。こういう身の上話にはぐいぐい首を突っ込んでいくのが、彼女の悪い癖であった。

 

「うちのひいおじいちゃんは東方からやって来たんです」

「東方? 確か、ルイズの使い魔もそうだったわよね」

「え、ええ。確かに……」

 

 何でもなさそうにキュルケに水を向けられ、ルイズは背筋が凍るかと思った。麦野が東方ロバ・アルカリ・イエの出身というのは、実は真っ赤な嘘で、彼女は異世界の出身なのである。もしも本当にロバ・アルカリ・イエの出身の人間がいたら、麦野の出自が嘘だとバレてしまう。バレたから何だという話でもあるのだが、ただでさえ麦野は異端だ。何かの拍子に色々と面倒な事態になる可能性は、否定しきれない。

 

「私のひいおじいちゃんの名前は、タケオ・ササキって言うんです。変わった名前ですよね。平民なのに名字があったり……ミス・ムギノと似ていますよね」

「確かに、名前の響きが似ているわよね。アンタの使い魔とシエスタのひいおじい様は同郷とみて間違いなさそうねぇ」

「そ、そうね」

 

 何でもない風を装いながら、ルイズは内心で驚愕していた。麦野はロバ・アルカリ・イエの出身ではない。異世界の出身だ。その麦野と似た響きの名前を持つということは、シエスタの曽祖父は異世界の出身ということになるのではないだろうか?

 麦野の様に誰かの使い魔として召喚された訳でもなく、異世界から召喚された人物。

 ……普通に考えて、そんなことがあり得るだろうか? 『虚無』であるルイズが使い魔召喚を行ったからこそ、異世界の人間が召喚されたのである。自然に異世界から人間が紛れ込んでくることなど、とうてい考えられない。ならば、考えられるのは……、

 

(何か、虚無の力が関わっている? だとしたら、何が……?)

 

 ルイズは疑問を解消する為、気持ちシエスタに詰め寄りながら問いかける。

 

「ねえ、シエスタ。ひいおじい様のことについてもっと聞かせてほしいの。あなたのひいおじい様は、本当に東方から来たの? 本人は何て言っていたの?」

「ええ。ひいおじいちゃんは、東の地からやって来たと言っていたそうです。ただ、ときたま異界がどうのっていっていたらしいですわ。まあ、東方から来たら、確かに此処は異界ですよね」

「ひいおじい様は、どうやって此処に来たって言っていたのかしら? やって来た瞬間のことは、覚えている?」

「さあ……そこまでは聞いていないので分かりません。あ、でもお父さんなら何か知っているかも。どうせタルブへ行くのですから、その時話をお聞きになりますか?」

「…………ええ、是非」

 

 そう言って真剣に頷くルイズに、シエスタはふっと笑みを浮かべていた。

 この旅行は、ルイズが麦野と一旦距離を置いて、彼女が本当は麦野と『どう』なりたいのかを見極めさせるためのものだ、とシエスタは思っている。その為に、麦野と同郷であるらしい彼女の曽祖父の話を聞き、その故郷について理解を深めるのも悪いことではないだろう。

 貴族で、えらいからとシエスタはルイズ達のことを恐ろしい存在だとばかり思っていた。反動で、強くて頼りになる麦野に懐いてもいたのだが……こうしてみると、なかなかどうして、ルイズ達にだって血の通った心があることがシエスタには分かった。こうして、人間関係一つに必死になって頭を悩ませる、普通の少女なのだと。

 やっぱり貴族と平民だから、そういう立場上気を遣わなくてはいけない最低限のラインはあるが、でも心はずっと気安い気持ちだった。こういう人にこそ、心から仕えたい――とシエスタは思う。業務上だけでなく、心までも尽くしてやりたいと思う。

 

 ――一方、ルイズが気にしていたのはそんなことではない。

 勿論、麦野の素性に関する手掛かりを知れる機会というのは有難い。しかし気にしていたのはそこではなかった。

 『虚無』の秘密。

 ルイズはそこに興味を惹かれていた。

 何故、麦野は異世界から召喚されたのか。何故シエスタの曽祖父は異世界からこの地にやって来たのか。このハルケギニアの世界に点在する『場違いな工芸品』はどこに現れるのか。

 すべての点は、一本の線で結べるのではないか。

 何故か、そんなインスピレーションが湧いてくる。何の根拠もないのに、それが正しいことだと思える。

 

「ルイズ、どうしたの? そんな難しい顔して」

「えっ、あっ、わたし、そんな顔してた?」

「ちょっと、しっかりしてよね。色々考えたくなるのも分かるけど、そういうことから気分転換する為の旅行でしょ?」

 

 呆れた表情をつくるキュルケに苦笑しつつ、ルイズは気持ちを切り替えることにした。

 このことについては、シエスタの父から詳しい情報を得なくてはならない。

 だが、今この時くらいはそんな難しいことは忘れて、しばし彼女達と戯れるのも悪くはないだろう――。

 

***

 

第一七章  タルブで見つけたものは ???_and_???.

 

***

 

 翌日の昼頃には、無事タルブに到着した。

 先に帰還の挨拶に向かったシエスタが戻って来ると同時に、ルイズ一行は歓待を受けた。貴族だからと盛大な宴が始まりかけたが、それはルイズ達が固辞した。突然やって来たのだから、無理にそんな催しを開いてもらうのは気が引けるという考えからだった。

 

「……静かでいい場所ね」

 

 一通り歓迎が終わった後、ルイズはシエスタを連れて草原にやって来ていた。シエスタは学院のメイド服ではなく、茶色のスカートに木の靴、そして草色の木綿のシャツを着ている。典型的な平民用の服だ。麦野のように奇妙な着こなし方をしているのではない、普通の。

 村人たちの歓待は嬉しかったが、少し疲れてしまった。キュルケとタバサが相手をしてくれているので、ルイズはシエスタを伴って静かなこの場所に移動したのだ。

 既に日は傾きかけていて、タルブの草原は黄金色に輝いていた。

 

「この草原、とっても綺麗でしょう?」

 

 シエスタは悪戯っぽい笑みを浮かべて、ルイズの顔を覗き込んだ。平民と貴族。ただのそれだけだったならありえない関係性だったが、それも悪くはないかな、とルイズは思った。『これ』が答えなのかな、とも思った。どうして自分が、麦野にこんなにも執着しているのか。彼女に認めてもらいたがっているのか。旅の途中で見せてしまったキュルケへの態度、そしてシエスタに感じるこの感情、『それ』が何なのか。

 

「自然を見ていると、なんだか自分の悩みなんてちっぽけなんだなぁって思うんです。そう思うと、どれだけ辛くても頑張れるなわたし、って思うんです」

 

 シエスタが、笑う。

 ルイズも釣られて笑い返し、草原を眺めた。

 ――綺麗な景色だった。心が洗われるような気持ちがした。シエスタの言う通り、大自然の中ではルイズの抱えている悩みなんてちっぽけなのかもしれない。確かに、そう言われると気分が楽になるような気がしてきた。麦野との間柄も、自分の思い悩んでいたことなんて実はたいしたことのない問題なのかもしれないと思えて来る。

 

「……る、ルイズさん?」

「ひゃっ!?」

 

 突然名前を呼ばれたので、ルイズははっとして飛び跳ねてしまった。

 

「ご、ごめ、シエスタ。ぼーっとしてた。……っていうか、今あんた、わたしのこと名前で……、」

「す、すみません。何度呼んでも反応がなかったので……」

「ああ! いや、良いの。悪くなかったから、その、名前で呼んでも」

 

 照れくさそうに笑みを浮かべ、ルイズは手を差し出す。

 

「その、ありがとう、シエスタ。あなたのお蔭で、気持ちが楽になった」

「そ、……そう言ってもらえると、嬉しいです」

 

 シエスタは嬉しそうに言って、差し出された手を握りしめる。

 

「実は、ルイズさん達に見せたいものがあるんです。……眉唾ものの『お宝』なんですけど、ひいおじいちゃんの『遺品』だから、もしかしたらミス・ムギノの故郷の事を知るのに役立つかもしれないですし」

 

 シエスタはルイズの手を引きながら、この村に伝わる『場違いな工芸品』の話を始める。

 父から話を聞いたのか、先に聞いたときは出てこなかった情報もちらほら出て来た。

 『竜の羽衣』。

 その『場違いな工芸品』は、そんな名前で呼ばれているらしい。

 曰く『竜の羽衣』は空を飛ぶためのマジックアイテムであり、人間を呑み込んで凍りつかせ、どんな風竜よりも素早く空を駆けるのだそうだ。もっとも、村人たちはただのほら話だと断じてしまっているようだが。

 シエスタの曽祖父は生前これをいたく大切にしていたらしく、固定化の呪文を何回もかけて安置していたそうだ。シエスタの曽祖父が村の仕事を熱心に手伝っていたことも助け、彼の死後は村人たちが勝手にご神体か何かのように祀っているらしく、今は森の中に神殿のようにして保管されているそうだ。

 

 そんな話を聞かされながら歩いていると、ちょうど件の神殿モドキに辿り着いた。

 

 その外観は、槍のようだった。

 細長い槍のようなものに、薄っぺらい翅が生えている。竜というよりは羽虫の類の方が近そうな形状だ。

 しかし、桁違いなのはそのサイズ。羽虫どころか、その大きさはドラゴンをも大きく超えていた。ドラゴン三体を縦に並べてもそれより体長は大きい。そんなものを森に安置しているものだから、周囲の木々を斬り倒すことで無理やりスペースを空けている状態だった。

 

「これは……?」

「わたしのひいおじいちゃんは、『これ』に乗ってタルブまで来たそうです。ええっと、先程お父さんに聞いたんですが、ひいおじいちゃんはここにやって来た瞬間のことは覚えていないそうです。どこかの国と戦争をしていたら、いつの間にか砂漠にやって来ていたんだって言っていました」

「砂漠……」

「まあ、誰も信じてませんけどね。大体こんな大きなもの、飛べるわけないですし」

 

 この奇怪な、それでいて洗練された生物的ですらある機械は、あの戦争において現れた『機械の蟲』と似ている――とルイズは思った。多分、技術水準的には向こうの方が上だが、これも麦野の世界――『学園都市』の産物と見て間違いないだろう。

 であれば、これは飛ぶ。シエスタや村の人達は信じていないようだが、ルイズには信じられる。というか、あの機械の蟲だってどんな理屈か分からないが羽虫の様に自在に空を舞っていたのだ。それに比べれば、これが空を飛ぶと言われても何ら不思議ではない。

 

「…………」

 

 なんてことを考えていると、ふとシエスタの言葉が止まっていることに気付いた。

 気になってみてみると、シエスタはどこか怪訝そうな表情を浮かべてあたりを見渡していた。

 

「……? どうしたの、シエスタ。何か気になることでもあった?」

「いえ、別にそういうわけではないんですが、何か違和感が……」

「違和感? 何それ」

「いえ、そんなはずないんですけど、此処って、確かもうちょっと狭かったような……」

「しばらく空けていたから、記憶が薄れてるんじゃないかしら?」

 

 怪訝そうな表情のシエスタに、ルイズは半ばあきれてそう言った。地面の感じからして、新たに木を伐採して範囲を広げたということはないだろう。というか、このままでもかなり『竜の羽衣』を入れるのにギリギリなのだから、これ以上狭めたら『竜の羽衣』が木々に埋もれてしまう。

 

「何にしても、気のせいじゃないかしら」

「多分、そうですね。すみません、変な事言って」

 

***

 

 その夜、ルイズ達はシエスタの生家に泊まることにした。

 流石に貴族の客を泊めるのだから、ということで村長まで挨拶に来る騒ぎにはなったが、こういうのは評判とかが大事なのだろうとルイズ達は麦野と酒場の諍いの件で学習していたので特に何も言わなかった。

 

「……そういえば、もうあれから一か月近く経つのね」

 

 そんな騒ぎがひと段落したところで、ルイズはぽつりと言った。

 タルブ産のワインで酒盛りしていたので、ルイズの頬はぽうっと赤く染まっている。タバサなどはすっかり酔いつぶれてぐっすりだ。起きているのは、お酌をしていたシエスタとお酒に強いキュルケだけだった。

 

「色々あったけど、トリステインは平和そのものねぇ。アルビオンの反乱も何故かおさまっちゃったみたいだし。アレは絶対革命が成功すると思ってたのにねぇ」

「……、あんた、戦争の事とか分かるの?」

「そりゃあ、ツェルプストーは軍人の家系ですもの。公爵家のヴァリエールと違って多少知識は備えていますわ」

 

 キュルケは悪戯っぽく微笑み、

 

「しっかし、そうかぁ。まさかとは思ってたけど、その様子だとあんたが革命をどうにかしちゃったのね」

「っっっ!?!?!?」

 

 突然に言い当てられて、ルイズは呼吸が止まった。

 完全に図星だった。

 その様子を見て、傍に控えていたシエスタも目を丸くする。

 

「図星。あんたってホント、嘘吐けないわよねぇ。そんなんじゃこれから貴族として大変よ?」

「わ、分かってるわよ……。それより、」

「ええ。誰にも言わない。それと、あんたが『特別な魔法』を使えるってことも、言わない」

 

 キュルケは何てことなさそうな顔で、次々と衝撃の事実を漏らしていく。

 

「あんた、魔法が使えた時に『普通の魔法が』って言ってたでしょ。あのときは『爆発魔法じゃない魔法が』って意味だと思ってたけど……ただの爆発魔法で、革命を終わらせることなんて出来ないもの。なら、あんたはあたしには言えない『特別な魔法』を使えるようになったってことになるでしょ」

「……、その、」

 

 ルイズは、言葉に詰まった。

 隠し事は、いけないことだ。それも、こんな重大なことを隠し通しているなんて、不義理かもしれない。キュルケが此処に来てそれを捲し立てたのは、そのことを糾弾する為ではないか――と不安に思ったのだ。

 ルイズだって、たとえばキュルケがそういう大事なことを隠し通して、勝手に思い悩んでいたのなら怒る。どうして自分を頼ってくれないのか、どうして一人で抱え込もうとするのか、そんなに自分は頼りないのか、と。キュルケだってルイズに負けず劣らず熱血気質だから、当然そういう思いはあるだろう。

 しかしキュルケは曖昧に微笑んで、

 

「馬鹿。別に怒ってなんかいやしないわ。あたしはあんたと違って大人なの。……言えないことがあるんなら、それで良い。前も言ったでしょ」

 

 ぴん、とルイズのおでこを突いた。

 その言葉を聞いて、ルイズは肩の荷が下りたような思いがした。同時に、多分初めてキュルケのことを明確に尊敬した。

 

「あんたは、何をするにも肩肘張りすぎてんの。あんたの使い魔とのこともそう。義務感とか責任とかそんなのに縛られ過ぎて雁字搦めになってるの、見てて痛々しいわ。そういうのが一概に悪いとは言わないけど、あたしと話してるときくらい、『色ボケのツェルプストーなんかに!』とか言ってる感じで肩肘張らずにぶつかってきなさいよ。隠し事の一つや二つくらいで遠慮してんじゃないわよ。私、そんなので怒るほど器の小さな人間じゃないわ」

 

 キュルケは、そこまで言うと一旦言葉を止め、そっぽを向く。

 照れ隠しをするようにルイズから視線を逸らしたキュルケは、蚊の鳴くような細い声で、小さく小さく呟いた。

 

「――――と、友達なんだから、ね」

 

 それは多分、ルイズほどでないにしても意地っ張りなキュルケにしてみたら、勇気の要る一言だっただろう。普段憎まれ口を叩いているだけに、素直な好意をあらわすのはかなり恥ずかしいものだ。

 それでも、柄にもなく頬あんて赤らめて、歩み寄ってくれている。

 ルイズは、思わず吹き出してしまった。

 

「……ぷっ、馬鹿みたい」

「な、何よ! せっかく人が慰めてやってんのに――――」

「でも、ありがと」

 

 多分。

 きっと、そういうことなんだろう。

 ルイズが求めているものは、こういう関係なんだろう。

 

 シエスタと笑い合っているときに感じる、温かいもの。

 キュルケと言い合っているときに感じる、温かいもの。

 

 そうした感情を、麦野とも共有したい。

 誰よりも強く誰よりも傲慢なくせに、誰よりも寂しいあの少女と、笑い合って、言い合って、そして認め合って――『友達』になりたかった。

 きっと、だからルイズは麦野に認めてもらいたかったのだ。

 認めてもらって、『やるじゃんかルイズ』なんてあの不敵な笑みで、主人を主人とも思わない傲慢な態度で小突かれて、それでルイズは『何よ偉そうに』なんて憎まれ口を叩いて、そして二人で笑い合いたいのだ。

 何でそう思ったかなんて覚えてない。きっかけは多分些細な――突き詰めてしまえばつまらないただのボタンの掛け違いなんだろうけど、ルイズにとっては大切な思いであることに間違いはない。

 

(……ああ、なんだ)

 

 ルイズは自分の胸に手を当てて、思う。

 確かに、こんなのは些細な問題だった。考えてみれば、馬鹿らしいことだ。何で自分がこんな小さなことで悩んでいたのだろうと、今更ながらにおかしくなってくる。

 

(まだ、わたしの幻想は殺されてなんかいない。シズリがわたしに特別な価値を見出したからって、それが何? その価値が最終決定なんて、誰が決めたのよ? なら、それが上書きされるくらいのことをわたしがすれば良いだけじゃない。たったそれだけのことで諦める必要なんて、どこにもないじゃない)

 

 胸に当てた手を、握りしめる。

 ルイズは、まだ折れていなかった。その思いはこの拳の中に、しっかりと握り込まれている。

 

「やるべきことは、もう決まった?」

 

 にやにやとからかうような笑みを浮かべて、キュルケが尋ねてくる。その横では、シエスタが安心したような笑みを浮かべていた。

 二人には、かなり心配をかけてしまった。だが、もう大丈夫だ。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールはもう立ち直った。あとは、やるべきことを――いや。

 

「やるべきことなんか、ない。――貴族も平民も、虚無さえ関係ない。アイツの思惑なんて知ったことじゃないわ。わたしは、わたしのしたいことをする。それだけよ」

 

***

 

「まあ、大方の所はきみの予想通りだったよ」

 

 同時刻。

 日も没した頃、場末の酒場で精悍な顔立ちの青年がそんなことを言った。

 彼の対面には、一人の女性が座っている。背丈だけなら青年の肩までしかないが、その威圧感は他のすべてを圧倒していた。酒場の喧騒も、彼女の周囲はまるで別世界のように遮断されていた。

 

「ご苦労だったな、ワルド」

 

 気怠そうな表情を浮かべながら、女性――麦野沈利は鷹揚に言った。

 

「しかし、これで確証が持てた。ヤツが使っていたのは『アンドバリの指輪』。そしてそれを扱うのは『ミョズニトニルン』、ね……」

 

 ワルドが調べていたのは、簡単に言うと敵勢力の詳細だった。

 ひとくちに調査と言っても、並の人間では危険が伴うどころか命さえ危うい。プロの中でも一流のワルドだからこそ出来た所業だった。

 

「ああ。『レコンキスタ』の台頭の時期と前後して、ラグドリアン湖の水位が上昇している。調べてみたところ、『蘇生の宝』であるアンドバリの指輪が盗まれているようだ。それで宝の番人だった『水の精霊』が怒って水位をあげているらしいな。色々と嗅ぎまわってみたら、痛い所に突っ込んでしまったのか少し手荒い歓迎を受けたよ」

 

 ワルドは肩を竦めた。だが、その襲撃の結果がどうなったのかは目立った傷の見られない彼の今が物語っているだろう。

 

「戦い方から察するに、アレはガリアの手勢だろう。強力な魔法による波状攻撃をしてくるのは、人材が豊富なあの国ならではの戦法だからな」

「なるほど、ガリアの『虚無』がミョズニトニルン。上出来よ」

「お役に立てたようでうれしいよ」

 

 王宮の方でも、色々と情報収集はしていることだろう。しかしワルドほど正確な情報は得られまい。せいぜい、『敵は情報が殆ど得られないほどの国力を備えている国家だろうから、ガリアではないだろうか?』くらいのふわふわした推測が限界だろうか。

 そんな状態では、当然ながら国と言う大きな組織は舵を切ることができない。つまりこの情報を得た麦野は、誰よりも先に動ける機会を手にしたという意味だ。

 

「――本当に、行くのか?」

「ああ。トリステインには、最低限『戦争』をやってもらわないと困るからな」

 

 麦野はそう言って、立ち上がった。

 トリステインは、『ファイブオーバー』という兵器を過小評価している。

 といっても、それはトリステインが愚かだという意味ではない。ましてそれを伝えるワルドの理解力が低かったわけでもない。

 なまじ『機械の暴風』という『数』のイメージが大きかったから、一発一発のダメージを過小評価してしまっているが――本来、『レールガン』というのは地球においてもド級の威力を誇る攻撃なのである。一発だって、人肉どころか城一つを『固定化』の魔法ごと貫通するほどの威力を秘めている。

 ワルド達はそれを知らず、あれほどの火力は連射しているからこそなせる業だと考え、だからこそ『弾数の問題で「ファイブオーバー」を投入する機会は限られる』と考えた。

 だが実際にはそうではない。レールガンの一発で城が破壊できるなら、向こうは確実にそうする。そして、分間四〇〇〇発という恐ろしい連射力はそのまま膨大な弾数になる。連射ならあっという間になくなる弾数だが、一発一発で運用してくるのであればトリステインの全貴族に打ち込んでもお釣りが出る。

 それを麦野が教えずに、わざと相手の戦力を過小評価させるように仕向けたのは、そうしないとトリステインが戦争をしないからだ。早々に降伏して被害を減らそうとするだろう。それではだめなのだ。少なくともルイズを引きずり出して『虚無』を使わせるまでは、トリステインには戦争をしてもらわないと困る。

 

 だから、麦野が動く。

 万能のデウス・エクス・マキナが、ガリアの力を『トリステインとの争いが戦争になるレベル』までそぎ落とす。

 

「始めるとしますか。最初で最後の、楽しい楽しい茶番劇をね」

 

 そう言って、麦野沈利は酒場を後にする。

 雑踏に消えた彼女を見送ったワルドの目には、三日月の様に引き裂かれた笑みがいつまでもこびりついていた。

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